ケーキのあとで姪推理!

あいはらまひろ

ケーキのあとで姪推理!



 ひとさし指とピストル、そしてジャンケンのチョキ。

 この3つのサインがあらわすものとは、いったいなんだろう?


 五月のある日曜日。

 わたしは注文したケーキが来るのを待ちながら、この謎の答えを探し続けていた。テーブルの下に隠した右手で、いろいろな形を作りながら。


 わたしの名前は、片山帆風ほのか

 今年の春に中学生になったばかりの、ごく普通の女の子。趣味は謎解きと謎が出てくるお話を読むことで、将来の夢は「名探偵になること」だ。


 でも、名探偵への道はまだまだ遠い。

 大切な友だちの頼みだから、この謎だけは自分の力で解きたかったんだけど。ダメだ、さっぱりわからない。


「おーい」

「……」

「おーい、片山帆風ほのかさーん?」

「はい?」


 名前を呼ばれて、私はわれにかえった。

 向かいに座ったコタさんが、あきれた表情でわたしを見ている。いつの間にか目の前には、紅茶とケーキが運ばれてきていた。


「どうしたぼーっとして。なにか考えごとか?」

「うん。ちょっとね」

「それなら、まずは糖分補給だな。脳の栄養は糖分なんだ。ケーキを食べたら、いい考えが浮かぶかもしれないぞ」

「そうなんだ。さすがコタさん、物知りだね」


 コタさんはお母さんの弟で、わたしの叔父おじさん。

 名前は、岩城いわき耕太郎こうたろう。だから略して、コタさん。これはわたしが幼い頃につけた愛称だ。


 年齢は二十七歳で独身。

 本人は「もうオジサンだよ」なんて言っているけど、お父さんみたいにお腹も出ていないし、わたしと歩いていて年の離れたお兄さんだと間違えられたことだってある。ときどき寝ぐせがついているのは残念だけど、見た目も洋服のセンスもギリギリお兄さんで通用すると思っている。


 それに仕事で忙しい両親に代わって、一緒に留守番をしてくれたり、宿題を教えてくれたり、遊んでくれたりしてくれる。わたしにとっては、本当に年の離れたお兄さんみたいな存在だ。


 そしてコタさんは、名探偵を目指すわたしの師匠でもある。

 わたしも謎解きやパズルは得意な方だけど、コタさんにはとうていかなわない。わたしが1時間かかっても解けない問題を数分で解いてしまうし、探偵もののドラマなんて主人公より先に犯人を当ててしまうのだ。


「それじゃ、いただきまーす」

 謎解きはケーキのあとで。

 そう決めて、さっそく目の前のレアチーズケーキにとりかかる。たっぷりとブルーベリーソースがかかっていて、美味しそうだ。


「どうだ、この店のケーキ。うまいだろ?」

「うん。すっごくチーズが濃厚!」

 切り分けたケーキを口にいれて、舌の上で溶けていく甘さをゆっくりと味わう。そんなわたしを見て、コタさんは満足そうな表情でコーヒーに手を伸ばした。


 コタさんは甘いものが大好きで、美味しいスイーツのお店を見つけると、時々こうしてごちそうしてくれる。

 でも、なぜかコーヒーにはお砂糖をいれない。甘いものを食べたあと、苦いものを飲んでお店を出る。こんな不思議なことはないのに、この謎だけはコタさんから納得のいく答えを聞いたことがなかった。


「ところで、帆風ほのか

「ん?」

「悩みごとがあるなら、いつでも相談にのるからな」

 ケーキを食べ終わる頃になって、コタさんが心配そうな表情でそう言った。

 わたしは苦笑した。

 ずっと考え事をしていたせいで、誤解をさせてしまったみたいだ。


「実は、どうしても解けない謎があって」

「なんだ、そっちか。いやあ、かわいいめいっ子にも、ついに青春の悩みか!? なんて思ったんだけどな」

 そう言ってコタさんも苦笑する。


「話、聞いてくれる?」

「もちろん」

 実はこうなることを予想して、友だちにも話はしてあった。どうしてもわからなかったら、謎解きの師匠である叔父にも手伝ってもらうかもしれない、と。


 だけど、さすがのコタさんも、今回の謎は難しいかもしれない。

 だってこの謎は、実際にあったことだから。謎解きの本みたいに、ページをめくればそこに正解が書いてあるわけではない。

 でも、コタさんならもしかして……なんて期待もしてしまう。


 わたしは紅茶をひとくち飲むと、話しはじめた。

 ひとさし指とピストル、そしてチョキの謎を。



「ほーちゃん、おかえりー」

「ただいまー」

 金曜日の放課後。先生に日誌を届けて戻ってくると、愛ちゃんが教室で待っていてくれた。もう掃除は終わっていて、教室に残っているのはわたしたちだけ。わたしは自分の椅子をくるりとまわすと、愛ちゃんと向かい合って座った。


 愛ちゃんは、中学校で最初にできた友だちだ。

 彼女の苗字は桐野。出席番号順に座ると私の後ろが愛ちゃんの席になる。

 入学式の日、教室で自己紹介をしたあとに背中をつつかれて、いきなり「ほーちゃんって呼んでいい?」と聞かれて、すぐに仲良くなった。


 愛ちゃんは笑顔がとってもかわいい。ほわほわといった感じの、見ていると心が癒されるような笑い方をする。

 そのせいか、愛ちゃんのまわりには自然と人が集まってくる。おかげで少し人見知りなわたしも、みんなと話せるようになった。愛ちゃんには感謝しかない。


 ところがある日、そんな愛ちゃんから笑顔が消えてしまった。わたしが「なにかあったの?」と聞いても、「なんでもない」とはぐらかされてしまい、モヤモヤとした時間を過ごすことになった。


 でも今朝ようやく愛ちゃんが重い口を開いて、こう言ったのだ。

「ねえ、ほーちゃん。謎解きは得意?」と。朝の読書の時間に、謎解きの本を読んでいるのを見て、わたしの趣味を思い出したのだそうだ。


 もちろん、わたしは全力でうなずいた。他ならぬ愛ちゃんの頼み。できることならなんでもしよう、そんな意気込みだった。

 そして放課後、詳しく話を聞くことにした。


「それで、その謎っていうのは?」

「えっとね。ひとさし指とピストルとチョキってなんだと思う?」

 愛ちゃんはそう言うと、私に向かって右手のひとさし指をぴんと立てた。それから親指も立ててピストルの形にして、最後にジャンケンのチョキの形に変える。


「んー?」

「ごめん。はじめから話すね」

 愛ちゃんは少し考えてから、ゆっくりと話しだした。


「私のおじいちゃん、手術することになって、この間まで入院してたの。遠くに住んでて、なかなかお見舞いに行けなかったんだけど、この間やっと家族3人で行けたんだ。そのときにね、おじいちゃんが私にこのサインを送ってきたの」


「それが、ひとさし指とピストルとチョキ」

「そう。私、おじいちゃんの顔を覗き込んで、どういう意味?って聞いたんだけど。寝起きでぼんやりしてて、すぐにまた眠っちゃったんだ。でも、あとで聞いたら、そんなの覚えてないって。たぶん寝ぼけていただけだろうって……」


「でも愛ちゃんは、そう思ってないんだ」

「その日は手術の前日だったの。難しい手術みたいで、私すごく怖かった。きっと、おじいちゃんだって怖かったと思う。そんなとき、右手でふとんをぽんぽんって叩いて、このサインを何度もくりかえしたんだよ? 絶対、なにか私に伝えたいことがあったんだと思う」


「つまり、このサインで、おじいさんはなにを伝えたかったのか。それが今回の謎ってわけだね」

「うん。私には全然わからなくて。ほーちゃん、わかる?」

 わたしも右手で、その3つのサインを作ってみた。しばらく見ていると、ひとつ気づくことがあった。


「これってチョキかな? 例えば、顔の近くに持っていけば……」

「ピースサイン!」

「そう。あとは、数字の2かもしれない」

「じゃあ、人差し指は数字の1?」

 なんとなく分かりかけてきた気がしたけど、そこから先に進めない。


 考えるのは、情報を集めてから。

 コタさんの口癖を思い出し、私は気を取り直して別のことを聞いた。


「そのとき、病室にいたのは誰?」

「わたしだけ。お父さんとお母さんは、お医者さんとお話をしに行ってていなかった。わたしは枕元にパイプ椅子を持ってきて、おじいちゃんが起きるのを待ってた」


「おばあさんは?」

「後から来る予定で、まだ来てなかった。毎日おじいちゃんのお世話をして疲れたから、少し休んでから行くって」


「お父さんやお母さんに、このサインのこと話した?」

「もちろん話したよ。でも、ふたりとも興味ないみたい。おばあちゃんも、どうせ寝ぼけていただけでしょうって、おじいちゃんと同じこと言うし。いつもは、私たち相思相愛なのよーなんて言うくらい仲良しなのに、気にならないのかな」

 愛ちゃんは不満そうに口をとがらせる。


「おじいさんとおばあさんは、仲良しなんだ」

「うん。ふたりでお散歩するときは、手をつなぐんだって」

「おじいさんって、どんなひと?」

「とっても優しい人だよ。でも昔はちょっと怖かったな」

「どうして?」

「声がすっごく大きいの。昔、中学校で英語の先生をしてたんだって」



「……というわけなんだ」

 話し終えて、わたしはカップに残った紅茶を飲み干した。


「愛ちゃんから聞けた話は、これで全部だよ。それで、なんとか月曜日までに謎を解いていこうと思って、ずっと考えてたんだけど……」

 言いかけて、わたしは口を閉じた。

 コタさんがニコニコと笑顔を浮かべていた。


「まさか、もうわかっちゃったの!?」

「答え、言っていいか?」

「ま、待って!」

 話しはじめてから、まだ5分くらいしか経ってない。わたしから頼っておいてなんだけど、こうも簡単に謎を解かれてしまうのは悔しい。わたしにだって、意地というものがある。


「もう少し考える!」

「じゃあヒント。思い込みを捨てて、見る角度を変えること」

「思い込みと、見る角度?」

「チョキじゃなくてピースサインかも、って考えたのはいい発想だよ。だったらピストルだって、別のなにかかもしれない」

「これってピストル以外にある?」

「そう思い込むと、もう他のものには見えなくなるもんだ。思い込みに気づいたら捨てるべし」

「わかった」


「あとは、起きた出来事を順番に考えてみるのもいいだろうな」

 コタさんはそう言うとコーヒーのおかわりを注文した。私はポットから紅茶の二杯目をカップに注ぎ、お砂糖を少し多めにいれる。糖分は脳の栄養だもんね。


 わたしは紅茶をひとくち飲むと、まずは起きた出来事を順番に考えてみることにした。


 おじいさんは入院していて、ベッドで眠っている。

 そこに愛ちゃんがお見舞いにやってくる。愛ちゃんは枕元にパイプ椅子を持ってきて、おじいさんが起きるのを待っていた。

 そうしたら、おじいさんが右手でふとんをぽんぽんって叩いて、サインを送ってきた……。


「あれ?」

 愛ちゃんは、一度もおじいさんに話しかけてない。

 ということは。

「おじいさんは、お見舞いに来たのが愛ちゃんだと思ってない?」

「いつもは、おばあさんがお世話をしていたんだろう? 枕元で物音がすれば、おばあさんが来たと思う方が自然だろう。寝起きなら、なおさらだ」


「それなら、このサインはおばあさんへのメッセージ?」

「仮にそうだとして。次に、このサインついて考えてみる」

 コタさんが右手でピストル……じゃない、親指と人さし指を立てた形をつくる。

 人差し指がこちらを向いていて、そのままバーンって撃つフリをしたら、うわーやられたーって倒れるのがお約束だけど。


「これは、右手っていうのがポイントなんだよ」

 コタさんはその形のまま、人差し指を天井へ向けた。手のひらは、わたしの方を向いている。


「あ……」

 確かに見る角度を変えると、ピストルには見えない。

 でもなんだろう、この形。


「おじいさんの職業は?」

「英語の先生。あ……もしかして、アルファベット! これ、大文字のエルだ!」

「それなら、ひとさし指は?」

「アイ!」

「最後は?」

「チョキは……ブイ!」

 自信満々に答えると、コタさんが苦笑する。


「そう言うと思った。でも今回は、ワイの可能性も考えてくれ」

「ワイ? ワイにも見えなくはないけど。でも、アイ・エル・ワイってなに?」

 そんな英単語、あったかな。


「おじいさんとおばあさんは今でも仲良しなんだろ? そんな相手に送りたいメッセージで、アイ・エルとくれば、あれしかないだろ」

「あれって?」

帆風ほのかには少し早かったかな?」

「えー、どういうこと?」

「ひとつしかないじゃないか、大好きなひとに言う特別な言葉なんて」


 わかった。

 わかったけど、それを口に出すのはちょっと恥ずかしい。

 だから、わたしはこくりとうなずいた。


 そして、心の中でその言葉を思い浮かべた。

 アイラブユー



「そうだったんだ……」

 月曜日の放課後。

 わたしが真相を伝えると、愛ちゃんは少し目をうるませてそうつぶやいた。


「でも愛ちゃんのおばあさんには、このメッセージ届かなかったんだよね」

 わたしが言うと、愛ちゃんは笑って小さく首を横に振った。


「そういうことなら、きっとわかってると思う。大好きなおじいちゃんのことなのに興味なさそうにするなんて、よく考えたらおかしいもん」

「じゃあ、おじいさんが覚えてないっていうのも……」

「ふたりとも、照れくさくて言えなかったんじゃないかな」

 なあんだ、とわたしたちは笑いあう。


「だから私も、このままわからないふりをしようと思う。だって、あのサインは……おばあちゃんへのラブレターだったってことだもん」

 愛ちゃんは少し赤い顔でそう言った。


「じゃあ、これで解決!」

 頼まれたのは謎を解くところまで。謎を解いてしまえば、そこで探偵の出番は終わりだ。


「ほーちゃん、どうもありがとね。おかげで謎が解けてスッキリした。師匠のコタさんにもお礼を言っておいて」

「うん、わかった」

 愛ちゃんの笑顔につられて、わたしも笑顔になる。でも心の中では嬉しさ半分、自分だけでは謎が解けなかった悔しさ半分って感じ。名探偵への道のりはまだまだ遠い。


「そういえば、このサインも同じ意味なんだって」

 わたしは右手の中指と薬指を曲げて、小指とひとさし指、そして親指を立てる。あのあとコタさんから教わった。アイを小指で、エルを親指とひとさし指で、ユーを親指と小指で表現しているのだそうだ。


 愛ちゃんもわたしをマネして、同じサインを作る。そしてそのサインをじっと見つめて、愛ちゃんはふと視線を窓の外に向けた。

「ねえ、ほーちゃん」

「なに?」

「私もいつかさあ……」

 言いかけて、愛ちゃんは口を閉じる。それから恥ずかしそうに「なんでもない」と笑った。

 言いかけた言葉の続きは、すぐにわかった。わたしも愛ちゃんと同じことを考えていたから。


 暖かな春の風が吹いて、教室のカーテンがふわりと揺れる。よく晴れた空は、優しい水色をしていた。

 わたしもいつか、誰かにこれを言う日がくるのかな。

 アイ、ラブ、ユーって。



 おしまい

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