第11話 動く助手、蠢く探偵①

 店を出たところで、祐実たちと茂木探偵は別れた。祐実たちと茂木探偵は別々の方向に歩いていったが、すぐに祐実と勲は踵を返した。その少し先、夕方の雑踏で賑わう商店街の道を行く茂木探偵の後ろ姿があった。祐実は勲と目配せをしてその後ろ姿を追って歩き出した。


「二日酔いさんはさ、何か隠している気がしない?」


生徒が数人、不可解な理由で休むようになったと聞きつけて調査をしていた時、祐実は勲にふと訊いてみた。ある日の放課後、駅のホームで電車を二人で待っていた。


「なんでそう思うんだよ」


 勲は訝しがる。茂木探偵が怪しいのは今に始まったことではないが、そこに改めて祐実が引っ掛かりを覚えたのが意外だった。


「わたしたちばかり色々調べて、二日酔いさんからは特に情報をもらってないじゃない。あの人普段は何してんのかなって。わたしたちに言えない何かをしているのかな」

「あのおっさんは多分隠し事はしてると思う。本心とか大事なこととかは簡単に、他人に打ち明けたりしなさそう」


 根拠はないけどな、と勲は付け足して言った。


「じゃあさ、今度あの人を探ってみない?」


 祐実は勲に体を寄せて口を手で隠しながら小声で言った。


「いや、やめとけば?めんどいし」


 勲はあからさまに嫌そうな顔をする。


「ノリが悪いなぁ!じゃあ良いよ、一人でもやるしっ」


 不機嫌を露わにする祐実を見て、勲はため息をついた。今更この少女を止めるなんて無理なだと分かり切っていたことだ。


「そう言えば俺が付いてくると思ってんだろ。わかったよ、いってやるよ」


 祐実は親指を立ててニコッと笑う。


彼女のスイッチはすでに入っているのだ。自分はせめて危なげないように傍にいてやるしかない、と勲は思っていた。



 そして定例の報告会を終えて手筈通り、探偵の調査を開始した。

あの探偵はすでにもう何か知っているのではないか。祐実はそう感じていた。根拠ははっきりとあるわけではなかった。今までのやりとりで、探偵の言葉の端々に感じる印象でそう思っただけの話だ。けれどそう思って訊いても当の探偵は何も答えてくれないのは予想できたし、適当の嘘をついてごまかされる可能性も高い。ならば彼が何をしているのか、こっそり観察してやろう、そう祐実は考えた。


 距離にして5,6メートルくらいだろうか。人ごみに紛れて彼を見失わないように二人は歩いていく。付かず離れず、相手に気付かれないように距離を保たなければならない。

 祐実の愛読書の一つ、『スパイ・デイ』には尾行は相手の足下を見ろ、とあったのを彼女は思い出していた。背中や頭を見ると視線に気づかれるから、というのが理由だったはずだ。まさかそんなことを実践するとは思っていなかったが。雑踏の中で彼の靴を見失わないよう集中する。


「なぁ紺藤」


 ぼそりと勲が訊いてきた。


「何?」


 返事をしながらも祐実の目は茂木探偵の足を捉えたままだ。


「相手は本業の探偵なんだから、俺たちの尾行なんてばれてんじゃないか?」

「そうかもね。でも、尾行をする者は自分が尾行されるとは思ってないらしいよ。だから案外うまくいくかも」


 どうせ何かの小説の引用だろうと、勲は思い(実際にそうなのだが)、そうかと言って黙って祐実の後に続いた。


 茂木探偵は路地を曲がり、ひたすら歩いていく。角を曲がるたびに祐実は緊張した。小説や映画なんかでは角を曲がった先で、尾行の対象者が姿を眩ましたり、逆に待ち伏せされたりする展開が多い。ひょっとして自分もそういう目に遭うのではないかと思うと、心臓がドキドキしてしまう。幾度か茂木探偵は角を曲がっていくものの、祐実が想像するような待ち伏せなどはなかった。まだ気付かれてはないようだ。


「おい、この道ってさ」


 勲が言って、祐実も気付く。


「うん、駅の方に向かっているよね。なんで遠回りしたのかな」

「俺たちが駅方向に行こうとしたからじゃねぇか?どこに行くのか詮索されたくなかったとか」


 人ごみが少なくなってきたので、二人は十分に距離を開けて尾行を続けた。茂木探偵は二人の予想通りにみささぎ駅へと入って行った。二人も後へ続く。

 改札から階段を上がりホームへと向かう。二つあるホームのうち、茂木探偵が上がって行ったのは二人の通う高校へと行く方向のものだった。


 階段下で電車が来るのを待つ。そのままホームへ行けば、手狭な場所だからすぐに茂木探偵に気付かれてしまう。ぎりぎりまで彼の視界に入らないところにいた方が良いだろう。運良く電車が来る頃合いにサラリーマンや主婦など十人くらいがまとまってホームへ上がって行く。二人はその集団の後ろにくっついて行った。


 電車が滑り込んできた。目ざとく茂木探偵の姿を見留めるとその車両の別の入り口から二人は乗り込んだ。

 車内は帰宅時間に被ったらしく乗客の数が多く込み合っている。逆にそれが相手に視線を感じさせない遮蔽物にもなり、祐実は見失わないよう茂木探偵を見張ることが出来た。


 やがて茂木探偵は電車を降りた。半ば予想していた通り、二人の高校の最寄り駅だった。

 空を見ればすでに日は没して、初夏の夜の色になっていた。

 茂木探偵は迷いなく学校へと歩いて行く。

 茂木探偵は学校の正門前を通り過ぎ、敷地を取り囲む塀に沿ってどんどん歩いて行く。


そして角を曲がる。祐実は姿を見失ってはいけないと焦り、曲がり角まで小走りで駆け寄った。慎重に角の向こうを覗き込む。街灯が規則正しく並んだ道路に茂木探偵の姿はなかった。


「やられた…」


 祐実は肩を落とした。やはり探偵である。いつの間にか、あるいは初めから二人の尾行に気付いていたのだろう。ここまで尾行させたのは、こちらを安心させて、なおかつ絶対に尾行を撒く自信があると見せつける為だったのだ。


「やられたなぁ」


 祐実はもう一度悔しそうに呟いた。

 勲は、仕方ねぇよプロなんだから、と彼女の肩をぽんぽんと叩いて慰めた。

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