第10話 探偵の助手たち⑤
学校の様子でまた異変があった。異変というには大げさな気がするなと、祐実や勲には思えたが、二日酔探偵との調査にあってはこの程度でも大きな変化、事件と見るべきだと二人とも心得るようにしていた。
「別の生徒が二人、しばらく学校に来てないそうです」
いつものファストフード店の二階席で、茂木探偵はイチゴシェイクを口にして二人の報告を聞いていた。
「どんな子たちだ?」
「今度は女子です。奥村と尾野って奴。前から休んでる男子とは違うクラスの子で、男子は2組、女子は1組」
「二人同時にか?」
茂木探偵は紙カップを持った手の、人差し指でカップの側面を叩いている。
「そうです。休んでる理由も表立って公表されてる様子もないですね」
女子二人は一週間程前から学校を欠席しているらしく、そのクラスの生徒が言うには欠席理由は病気、体調不良ということになっているそうだ。やはり詳しくはクラスメイトらも聞かされていないらしい。普段から学校をさぼることも多い女子生徒だったらしく、学校側も欠席かどうか把握するまで時間がかかっていたようだ。
「前に休んでいた男子たちとその女子たち、何か繋がりはないか?」
やはり茂木探偵はカップを指で叩きながら訊いてくる。祐実はその指の動きに何となく注視していた。それが名探偵や刑事が推理をする時の手癖のように思えた。探偵は何か考えながら質問をしてるように思われた。
「四人は一年の時同じクラスだったらしいっスよ。ちなみに、男子はバスケ部所属の幽霊部員、女子二人は帰宅部っスね」
勲はぬかりなく調べていたようだ。祐実は意外と出来る奴だと、目を見張った。
「二日酔さん、前の男子二人と同じような理由で女子二人が欠席して、ということは四人が落描き犯てことになるんですか?」
「いや、どうだろうな。その病欠した子たちが休む前日までおかしな言動をしていなかったか、わかるかね」
「それぞれのクラスの奴に聞いてみても、別段変わったところはなかったらしいスね」
祐実は勲に感心した。こんなにこの少年は頭の切れる、利発な奴だっただろうか。別人をみているような感覚すらしそうだ。
「あと、これは少し前からですけど一人不登校で休学していた女子が復帰してますね」
と勲が言ったところで祐実は「え」と声を上げた。
「それって水窪夏希ちゃん?」
「そう、その人。お前知り合いだったけ」
「うん。一年の頃からの友達だけど…」
「それでその夏希ちゃんて子はどんな事情が?」
茂木探偵は顔を宙に向けたまま、指はずっと紙カップの横を叩きながら訊ねてきた。
「ええと、前から休んでる四人の生徒たちと絡んだ噂話もあって」
噂話は時に貴重な情報源になる。突飛なようでいて核心を突いていることがあるからだ。
「あぁ、聞かせてくれ」
茂木探偵は紙カップを叩く指を止めた。
夏希は一年の二学期半ばからいじめを受けていたらしい。いじめていたのは最近休んでいるという四人の生徒たちで、夏希と彼ら四人と一年時、同じクラスであった。よくある話だと探偵は思った。年頃の子供の社会にはどうしたってつきまとう問題で、昔からこの手の話は尽きたことがない。そしていじめに耐えかねて夏希は学校を休むようになり、つい最近まで不登校だった。
噂話というのは、彼女が学校に復帰するようになったその前後から、かつて彼女をいじめいていた生徒が次々に学校に来なくなった為に出来たもので、夏希がいじめっ子たちに復讐したのではないかと、あるいは報いや天罰が下ったのだと、まことしやかに囁かれているそうだ。
「やっぱりただの噂話だと思います。こんな話」
きっぱり否定する祐実に茂木探偵は「なぜそう思う?」と訊いた。
「わたし、一年の頃夏希ちゃんと同じ部活にいたんですよ。バトミントンで。同じ初心者同士で色々話もしたし友達だから分かるんですけど、彼女はそんなに大それたことできる人じゃないんです。どっちかていうと不器用な人だし、根は凄く優しいからいじめをしていた人に仕返しとか、復讐みたいなことは出来ないと思います。いや、やらないタイプです。良い子なんです!」
祐実の目は力を帯びて探偵を向いていた。少し涙ぐんでいた。
(ああ、そうか。こいつは…)
勲は祐実が感情的になった理由に思い至った。彼女は夏希がいじめを受けていた当時を知っているのだ。夏希の辛い状況をリアルタイムで見ていたのだ。クラスは違えど、友達だから。そして、友人の状況を知りながらも何も出来ずにいたことを後悔しているのだろう。不甲斐ないと。友人という立場にあって力になれなかったと。そして―。
(その時、俺は紺藤の様子の変化に気付いてもなかったんだよな…部活で忙しかったとはいえ)
胸の中で勲は苦く思った。
茂木探偵は祐実の激情がこもった視線をぼんやりと受け流す。
「ふむ。あくまで噂は噂であって根拠のない話だと。しかし、実際どんな因果関係があるか分からんからな。調べてみるか」
「調べるってどうやって?」
祐実は勢いのまま聞き返した。語気が荒い。
「本物の探偵には色々やり方があるのだよ、お嬢ちゃん。これはまぁ俺一人でやろう。プロにしかできない領域だから」
「何する気ですか」
祐実は何か危ないことを夏希にされるのか、と危惧した。
「安心しなさい。未成年やまして女性に危害は加えない。僕のポリシーだ」
祐実の不安を感じ取ったか、茂木探偵はそう付け加えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます