第10話

「うちに住んでる、って……え、ちょっとまて、どういうことだ?」


 訳が分からない、といった様子でショウがそうレツに問いかける。

 確かに、4年たってると言っていたし、レツの成長度合いからまあ、時間が経過してるのはわかった。レツは血縁者だし、家に行くこともまあできただろう。が、なんで俺んちに住み着いてるってことになってんだ?

 ショウが怪訝そうな表情のまま首をひねると、レツが苦い笑みを浮かべつつ。


「その……僕ね、ショウ君があの時……死んじゃったって、思ってたから。最初は、君の死亡を、ショウ君の家族とか、ご両親とか……そういった人たちに知らせないといけない、と思って君の家に行ったんだ」


 レツは当時を振り返る。

 しかし、自分の両親に聞いて向かったショウの家には、誰もおらず。家自体にも結界が貼られ、そもそも家がある場所自体惑うようにされていて。周り近所に他に家がある様子もない状態で、仕方なく両親から聞いていた方法で中へと入ると、そこは大半、魔法で保護されていた。あれこれ解除したり、ショウの両親の手がかりを探したりしているうちに……彼の研究を見つけ。


「ご両親とか家族の手がかりがないかなって、少し家の中を探させてもらったら……君の研究、見つけちゃって。君が死ぬ前に何をしてたのかとか、それはどうするべきなのかとか……旅の目的は何だったのかとか。色々調べてるうちに、そのまま住み着いちゃったんだよね」


 ははっ、と笑ってレツが言う。話を聞きながらショウは頭痛がしてくる思いがした。

 俺の研究を、紐解いてた、だって?

 当時のレツはまだ12歳。いくら血縁とはいえ、あの家を探し出すのは楽なことではなかっただろう。研究に至っては、理解するのも難しいはずだ。


「正直言うと、研究内容とかはほんと、全然わからなかったんだけど。君の資料とか理解するために勉強したりしたおかげで、魔道方面はちょっと詳しくはなったかも。……あ、あと、君の手記とかも読んじゃった……ごめんなさい」


 おそらく他人に読まれることを想定していないであろう手記を読んでしまったことを謝り、レツは伺うようにショウを見た。

 あの手記は、50年分以上あった。内容は走り書きのメモのようなものばかりだったし、所々は日記の様にもなっていた。詳細にすべてを読んだわけではないけれど、人に見られていい気分がするものではないだろう。


「あー、まあ……そうか……」


 ショウは少し頭を抱えたまま眉間にしわを寄せる。

 研究内容まではわからなかったか。まあ当然だろう。なんせ俺の60年分だ。そう簡単に理解されても、それはそれで困る。手記は……ほぼ日記や思いついたものを走り書きしていたもののことだろうな、何書いてたっけか……

 ショウがそのまま考え込み黙してしまったので、変わりというように聖がレツに疑問を投げかけた。


「あの家って、街もちょっと遠いし不便じゃなかった? 隠れ家にはいいけど、住むには困らなかったの?」


 ショウの家を訪ねたときに、レツが出てきて不思議には思った。けれど、まさかそんなずっとあそこに住んでいたとは思わなかったのだ。

 聖が首をかしげると、レツはうーん、と少し考え。


「確かに街はちょっと遠かったけど、1日で行って来れない距離でもなかったし。森にそれなりに色々生えてたし、菜園も作ったし……獣もいたし……」


 レツが一人つましく生活する程度なら、何とかなる範囲だったのだ。

 レツの言葉に聖は少し感心し、ちらり、とショウを見て。


「親戚でも生活力はだいぶ違うのね……」


 ぽつり、と呟く。その言葉にショウが、ほんの一瞬固まった気がした。

 そんなショウを横目に、聖は、それじゃあ、と少し考えながら。


「一度ショウ君ちに戻るとして……いきなり出てけ、なんて非道なこと言わないよね?」

「いうわけないだろ」

「そうだよね。でもずっとあそこに住むのは多分危ないよねえ……そうそうバレるようなところでもないとは思うけど、一応あそこ君の拠点だし」

「……お前の拠点でもあるだろ、今は」


 ショウの拠点、とは言ったが、わけあってあの家には聖の部屋も存在する。二人の拠点、と言った方が正しいし、つまりそれは、何かあれば二人ともあそこに戻ってくることがある、という事でもある。

 注意はしているが、自分たちがいない間にあそこが連中に見つかり、レツが襲われたなどとなったら、さすがに少し、寝覚めが悪い。

 今はショウが死んだなどと噂されたり、聖自身も大っぴらに名前を出して活動をしていないから、現状では存在がすぐにばれることもないだろう。再び連中の噂をちらりとでも聞くようになったのも、ほんの数年前からだから、おそらくまだ、昔ほどの規模もないはずだ。今のうちならまだ多少、猶予もあるだろう。たぶん。

 そんなあれこれに思考を巡らせながらの聖の言葉に、ショウはやや憮然としながら不満げに言う。


「大体、俺たち世間じゃもうエルフ交じりとか言われてんだし、そろそろ気にしないで街に拠点構えてもよかったっつーのに……」


 ため息をつき、ショウはがりがり頭を掻いてとても面倒くさそうな様子で呻く。そんなショウに聖が呆れた顔を見せ、出来るわけないでしょそんなこと、と彼の言葉を否定した。

 人と関わることが多くなればそれだけ、秘密がばれやすくなるという事でもある。街などにおりて住み着いてしまえば、不審に思うものも出てくるかもしれない。

 まして今となっては、身を狙われている以上、街に拠点を移しでもしたら、街ごと襲撃されかねない。


「お前たち二人はその、一体何に狙われてるんだ? レツの話に出てきたアサシンか? けど、それはショウと一緒に落ちたなら……おそらくそっちは死んで、吸収されてる、よな」


 ブレットがそう問えば、ショウは少しだけ考えこみ、眉間にしわを寄せ。


「……黙秘させてもらう」


 短くそう言ってブレットを見た。聖はそんなショウに苦笑してから、同じくブレットを見つめ。


「さすがにちょっと、言えないかなあ。あたし達魔道士は適当な嘘もつけないし、そこは許して」


 小さく首を傾げて、それより君はどうするの? とブレットに聞き返した。


「レツはまあ、ショウ君とこ住んでたって言うなら一度一緒に戻る必要があるけど。君はショウ君に会う事と、剣の交渉するのが目的だったんでしょ?」

「やんねぇぞ?」


 聖が言えば、ショウが間髪入れずに答えつつ、鞘に納め自らの座るすぐ左に置いてある剣に左手で触れながら、これはダメだ、と断言する。聖はそんなショウを眺めつつ、軽く肩を竦め、ほらね言った通りでしょ、と呆れた声を上げた。


「もう何十年も一緒にやってきた相棒だぞ、手放すわけないだろう。……それに、俺以外が使えるものでもない」

「まあ、メンテも大変だし魔力も食うもんね。……ほらねブレット、無駄だって言ったでしょ?」


 ショウが大切そうに剣の鍔に嵌められている金色の魔法石をそっと撫でれば、聖がそんなショウを眺めつつ、そろそろもっといいもの作れるんじゃないの? と聞いた。

 ショウは少しだけ不満そうな視線を聖に向けると、これがいいんだよ、と少し拗ねたような口調で言ってから、少しだけ考えるそぶりを見せ。


「……まあ、そのうちまた作るのもいいが……これは手放さねぇぞ」

「わかった、わかったって。……だそうだけど、ブレットどうする?」


 言われ、ブレットは少し考えるように腕を組み、ショウと聖、そしてレツを見た。

 目的の達成、という意味では確かに、達してはいる。噂の冒険者本人にも会えたし、ちょっととんでもない秘密まで教えてもらった。剣や装備なんかのマジックアイテムが手に入らなかったのは残念だが、トレジャーハントなんて元々そんなもんだ。成果が必ず上がるものでもない。頑なだし交渉の余地はなさそうだから、これ以上深入りする理由も、確かにない。……ないんだが。


「こんなに中途半端な情報だけで、成果もなしにじゃあさよなら、なんて冒険者としてはちょっと面白くないな」


 ブレットはそういうと、ショウを見てから、例えばなんだが、と口を開いた。


「あんたの有名な冒険譚の中には、戦利品や発見したお宝なんかの話もあるだろ? その中に、あんたが使ってない剣なんかの噂もある。さすがに神話級のシロモノが実在するとは思えないが、手放してもいいというようなもので俺に譲ってもらえるものはないか? 買い取りで構わないから譲ってほしい」


 例えば、鉱山に巣食った高位魔族との戦いの話。例えば、深淵の森に潜む人を攫う吸血鬼を懲らしめた話。例えば、邪神を貴ぶ集団を殲滅した話。例えば、どこぞの国のお家騒動を収めた話。例えば、例えば、例えば。ショウが過去に絡んだとされる噂に上る冒険譚には様々なものが存在するし、真偽はどうあれ、伝説級の話もある。実際のところはいざ知らず、本当に何十年も若いままで生きていて、なおかつ今でも冒険者をしており、さらにS級という最上ランクを持っているならば、その中のいくつかは、誇張されていたとしても真実に近いものもあるだろう。

 『蒼天の魔剣士、ショウ・クオンタム』……そう人々に称される彼は、その昔その称号を得た戦いで、多くの財と秘宝を手にしたと聞く。その中には、あの神々が残したとされる神の遺産オリハルコンで作られた、伝説の神剣があったとも。


「それもかなわないなら、せめてその剣を打った鍛冶師が生きてるならその人を紹介してくれ」


 ブレットの真剣な、それでいて少し切実な頼みに、ショウが怪訝そうに眉を顰める。

 剣を求めるものは、確かに世の中には多い。自分の強さのため。コレクションのため。名誉のため。金のため。理由は様々だが、追い求めるものが多い物であることは間違いない。

 ブレットの真剣な渇望は、少しばかりショウに興味を抱かせる類の真剣さだった。


「……なんでそこまで欲しがる。見たところ確かに技量は高そうだが……」


 ショウはまじまじとブレットを見つめ、力量を見極めようとする。

 武器が技量や身体能力についてこない、ということはままある話だ。そのため自分に合う武器を探す、という強者は多いし、それならばまあ、わからなくもないが。


「武器がついてこないレベルか?」


 ショウが怪訝そうに問いかければ、ブレットは、いや……と首を横に振った。

 達人と呼ばれる人々ならそういったこともあるだろうが、少なくてもまだ、今のブレットには、今の武器でも十分戦える。理由は、それではない。


「……詳しい理由は言えない。が、どうしても……神剣クラスか、あるいは高濃度の魔剣か……場合によっては、神話級の武器がいるかもしれない。俺はそのために冒険者になった」


 ぎゅっ、と強く手を握り、ブレットが強い瞳でショウを射抜く。ショウはその眼差しを受け、ちらり、と横の聖をみやれば、聖は小さく首を横に振った。

 ブレットが剣を求める理由も、この真剣さも。聖もそれは知らないところだ。

 ふー、とショウは一つため息をつくと、軽く頭を振り。


「わかった。まあ、事情はそれぞれだ、そこはいい。けど……悪いな、武器関連に関しては、俺はそんなに貯蔵してないんだ」


 これはやれないしな、と自分の剣を示してショウは続ける。


「確かに昔手に入れた中には、魔剣と呼ばれるものも神剣と呼ばれるものもあったと思う。けどそんなものを、あまり居ない家の中に放置しておくわけにもいかないだろ。そういった曰くがありそうな武器類は、全部人に預けちまっててな」


 保全魔法にも限界があるし、魔剣の類は保全魔法をはじいてしまうものもある。管理も手入れもできない状態では、武器にとっても不幸だろう。そんな理由から、ショウは手にした武器の大半を、とある武器鍛冶にすべて任せてしまっているのだ。彼は少しばかり偏屈で、武器コレクターの気がある。自由にしていいと任せれば、割と快く引き受けてくれた。互いの利害が一致したともいえよう。


「そういえば、ショウ君ちって武器類ほとんどなかったかも? 開かずの間の中にでも封印してるのかと思ってたけど」


 ショウの言葉にレツが顎に手を当てて、言われてみれば、と思い出した。狩りに使うような弓矢や簡素なナイフ、手斧や鎌など日常品はもちろんあったが、考えてみれば彼は冒険者。それなのに冒険で手に入れるであろうものはそれほど、家の中にはなかったような。

 家の中にあったのは、おおむね魔導書や魔道具ばかりだった。


「開かずの間、って……」


 ショウが苦い笑いを見せると、レツが少しだけ口をとがらせ、あかない部屋があったんだもん、と拗ねた口調でそれを告げる。


「2階は4部屋のうち2部屋はあけられなかったし、階段の横のドアも封印解けなかったんだよ。そもそも家とか部屋の保全魔法が強すぎて結構大変だったんだから」

「いや、そりゃいない間に劣化しても困る……ん? まて、じゃあ地下は入れたのか?」


 レツが述べた部屋がどこかを考え少しだけ胸をなでおろしながら、ショウはあれ、と首を傾げた。

 地下には彼の研究用実験室がある。万一暴走や暴発しても周囲への影響を抑えるため、地下に作った実験室。あそこもそれなりに、強めの結界をはっていたと思ったんだが。


「地下? えーと……あー、なんか魔道具とか色々置いてあった作業場みたいなとこ? あそこの結界も固かったけど、あそこは解けたよ」

「解け……マジか……」


 レツがちょっとだけ得意げに言い、ショウは少しだけ目を見張る。

 あの結界を解いたって……そんな、誰にでも容易く解けるような簡単なものは組んでいない。それをまだ成人そこそこの若い奴に解かれるなんて。

 ショウは少しだけ愕然として、もしかして、と考えた。

 確かに、うちは家系的に魔力が高い家系だったから、親戚ならレツも魔力は高い方かもしれない。魔力的な才能なんかは必ず遺伝するものでもないが、可能性としては十分ある。まして成長期ともなれば今は魔力が伸びている時期でもあるだろう。そんなときに、図らずも俺の研究を紐解くなんて言う、いわゆる解呪に特化したような勉強をずっと続けていたとしたら……

 もしかしてレツは、クレリックとしてものすごい才能を持っているのでは……?

 ショウはそんなことに思い当り、レツの顔をまじまじ見つめる。

 こいつ、街に行ったら仕事に困んねえんじゃないか。そっちの方がきっと安全だよな?


「レツ、お前さ、もしかして成人の洗礼の儀でクレリック向きとか言われたか?」


 ショウがそう確認すると、レツは、あ。と思い当たったように声を上げ。


「洗礼の儀……そういえば受けてないや」


 あっけらかんとレツがいい。


「……はっ?」


 ショウが目を丸くしてレツを見、しばし硬直したのだった。

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