第9話
レツも落ち着き、軽い休憩のためと聖は魔法で小さな火をおこした。お茶を煮出してそれぞれ木のコップを手に、火を囲み円陣になるような形で座り込む。
レツが一口、温かいお茶を口にすると、体が温まり、ほっと体から力が抜ける気がした。
「それで、君はなんでこんなとこに?」
聖がそう、石の床に座ったままで首を傾げつつ左隣のショウに聞く。ショウは一口お茶をすすると、うーん、と困った顔をして。
「よくわかんねーんだよな。レツとここきて探索して、アサシンに襲撃されて、一緒に水に落ちたとこまでは覚えてる。水中で逃げられそうになったところを落として……川底についたくらい、だったか? そこからはもう、意識が浮上しても動けねぇし魔力吸われる感覚しかなくて、あんまり抵抗も出来なくてな……気づいたらさっきだった」
考えながらショウはそう言い、聖に向かい、助かった、と苦笑する。その態度は、レツが記憶する彼よりもだいぶ砕けた、気の置けない人に対するような態度で。
ああ、やっぱり知り合いだったんだ。
「さすがに魔力全部持ってかれんのはキツかった。正直お前にもらった装備なかったら発狂してたかもしんねー」
「そりゃあ、あんだけ魔力外に漏れだしてるくらい吸われてたんじゃね……」
聖も苦笑した後に、少しだけ眉根を寄せる。
「たぶん、君の魔力に反応して祭壇が起動しちゃったってことだとは思うけど……贄の祭壇なんて危ない物、なんでこんなとこにあったんだろ」
聖が少しだけ、険しい目つきで思案して、炎を見つめた。燃え草もなく燃える炎は、大きさが変わることもなく、ただ静かにそこで燃え続けている。
「それは多分、俺らが受けた依頼に関係してると思う。あの資料にあった陣は昔の自然災害を収めるための祈りの陣だった。贄の祭壇までは書かれてなかったが……大方、街ができる前に使われてた何かとかだったんじゃねえかな」
ショウが軽く顎に手を当てそういうと、確か街ができて100年くらいだからその時に廃れたんじゃないか? と続けた。
「禁止されてだいたいそのくらいだからタイミング的には合うしな。そんで祭壇の魔力が枯渇して、高魔力に勝手に反応して取り込まれた、ってとこか……」
少しだけ肩をすくめるショウに、聖がぽつりと、魔石替わりかー、と呟いた。そこでふと気づいたように、ショウがレツを見てから、そういえば、と。
「あれからどれだけたったんだ?」
レツの顔をまじまじと見て、ショウがそういうと、レツは苦笑し、4年、と答えた。
「僕もう、16歳になったんだよ」
「16……成人してんのかぁ。そりゃあでかくなるわけだ」
レツの言葉に、ショウが笑う。一般的にはよほど何かない限り、15歳で成人なので、そこからさらに1年はたっている。大人びてもこよう。ショウにとって最後の記憶が12歳の少年のレツなので、そこから成長期を経てまだまだ身長も伸びている。現状でさすがにショウほどの高身長ではないが、大きくなった、と思うのも仕方ない。
「で。そっちの君は?」
ショウはそう、向かいに座る金髪の青少年、ブレットへ視線を向けつつ問いかけた。
聖やレツが警戒している様子もなく一緒にいることを考えると、悪い奴ではなさそうだが。
「俺はブレット。冒険者だ。ランクはC」
そう言いながら、ブレットは胸元に下げていたプレートを引っぱりだし、一度ショウヘ見せるようにして。
「あんたが死んだ、って話がギルドで出てたから、その真偽を確かめるために聖と一緒に居させてもらってた」
そう告げてから、プレートを服の中へ戻し、ショウに向かい、色々と聞きたいことがある、と伺う様にブレットは言った。
「もう、謎だらけだ。聖もレツも気にしてないが、そもそも贄の祭壇に取り込まれて無事なのも、吸収されてないのもおかしい。普通じゃない。それに、その剣が噂の魔剣……だと見受けるが、さっき見た限りだとそっちも折れも欠けもしてるようには見えなかった。どういう事なんだ、魔力が豊富だとしても限度があるだろ、お前本当に人間なのか。あとその魔剣くれ」
淡々と早口でまくしたて、最後にとても熱のこもった眼差しで剣を見つめてブレットが言う。
ショウは一瞬だけ呆気にとられ、くっ、とこらえきれずに笑い始めた。
「な、なるほど。なかなか正直な奴らしいな」
くっく、とショウが堪えるように笑い、一口お茶を飲むと、ちらり、と聖を見る。
聖は苦笑して軽く肩をすくませて、小さく首を振った。ショウはそれを見ると、何か言いたそうな眼差しで聖を見つめ……小さくため息をつき、軽く頭を掻く。
「言えることと、言えないことがある。俺は魔道士だからな、嘘がつけない。言えないことは黙させてもらう」
ショウはそういうと、にやりとし。
「剣はやんねぇぞ」
ブレットを見据え、ふっ、と笑った。
ブレットはぐっ、と一度押し黙り……しかしその答えは予想していたのか、諦めたように小さくため息をつき、だろうな、と呟く。
「さて、何をどう説明したもんか……お前、贄の祭壇のことそれなりに知ってるのか」
ショウはそうブレットを見ると、ブレットは少しだけ考えるそぶりを見せた後、たぶん、と小さく頷いた。そのままちらり、とレツを見る。贄の祭壇の話は、ついさっきレツとちらりと話した程度には知っている。
「目的のために魔力を吸う祭壇で、魔力が高い程効果が高い。魔力源は人間がベストだが100年前に禁止されている。……そして、魔力源となったものは、魔力を吸われると祭壇に取り込まれ、跡形もなく、人なら骨すら残らず消える」
ブレットがそう、静かに告げた。
骨も、皮も、血も肉も。人の身はすべてに魔力が宿る。魔力が吸われるということは、体ごと全て、消え去るという事でもある。
「魔力全部持ってかれるような状況で、体が無事って考えられないだろ。それがまかり通るなら、人が死なずに生きていられるのなら、贄の祭壇が禁止される理由はなかったはずだ。どういうことだ」
ブレットの言葉に、ショウは静かに笑みを浮かべたままで、手にしたコップを床へと置いた。
ブレットの言う通り、贄の祭壇が禁止された理由の筆頭は、人を跡形もなく殺してしまうからであり、一度取り込まれた人間が抵抗できないものだからだ。
……普通の、人間ならば。
「それの答えは、俺一人じゃ答えられない」
ショウは小さくそういうと、聖を見る。聖は肩をすくめ、まあここなら他に聞かれないし、と軽く笑って、ある程度ならいいんじゃない? と続けた。
「半年くらい付きまとわれてるんだけどまあ、信用していいと思う」
聖の言葉に、ブレットが目を瞬かせ、聖に関係あることなのか? と聞いた。
それに対してショウの方は、半年……と呟くとブレットを少しだけ険しい視線で射抜き眉間にしわを寄せる。整った顔立ちの蒼い瞳に射抜かれて、ブレットは少しばかり背筋が寒くなった。
いや、付きまとったのは悪かったとは思うけど。こっちにも事情があったわけで!
内心冷や汗を流しながら、ブレットは必死に平然と振る舞い、コップのお茶を飲み下す。
暫くそうしてブレットの瞳を射抜いていたショウだったが……一度ため息をつくと、少しだけ真剣な表情を見せ、ブレットと、そしてレツを見やり。
「―――他言はするな。下手をするとお前らも狙われることになる。……誓えるか?」
真面目な声色でショウがそう言うと、聖も真剣な眼差しで二人を見た。
ブレットは思わずごくりと唾をのみ、レツは我知らず背筋が伸びる。
レツもブレットも居住まいを正すと、重々しい様子で、しかししっかりと一度、頷いた。
「精霊に誓う」
「僕も」
ブレットがいい、レツも同意し、二人ともが同じ動作で精霊に誓いを捧げる。右手の指を三本胸の前で構え、軽く目を瞑り、額、唇、胸と指先で触れ、そのまま右手を握り込む。
『ディジェンド』
レツとブレットの声が重なり、誓いの言葉が発される。そのとたん、ふわり、と周りの空気が動いたような、魔力が揺らいだような気配がした。
簡易的な誓いだが、破れば精霊にそっぽを向かれる。精霊に嫌われてしまったとしたら、少なくても魔法に不便するようになる。それ以外にもいろいろと、不便することが出てくると思う。そうしたらこの世界はさぞ、生きづらくなるだろう。
「……いいだろう」
それを見てショウが小さく頷き、一度聖と視線を交わす。聖は軽く微笑み、同じように小さく頷き返した。
ショウはブレットを、そしてレツを見つめ……重い口を開き。
「俺は……俺たちはな。少しばかり、一般的ではない呪いを受けている」
ショウはそういうと、僅かに眉間にしわを寄せた。レツは小さく息をのみ、ブレットが軽く目を見開く。
そんな二人を気にすることもなく、ショウは続ける。
「刻の呪いに属する。人の身に刻まれる時間に影響する呪いだ。それの影響でな、俺は人よりかなり、死ににくい体質をしている」
ふー、と息をつくとショウは軽く肩を竦め。
「試したことがあるわけじゃないし、俺たち以外にこの手の呪いを受けた奴にも今のところあったことがない。だから例えば、物理的に首が切り落とされたりしても死なないか、と言われると確かじゃないが……それこそ腹に風穴あいたり、魔力が全部取られる程度じゃ、そう易々とは死ねない体なんだよ」
そう告げると、レツとブレットを真剣な眼差しで見つめ、不死は禁忌だ、と続けた。
「不可抗力とはいえな。禁忌とはいっても求めるやつはいるだろう。そういった奴らがこの呪いを転用しようと、利用しようと考えたら……」
不死は、禁忌とされながらも追い求めるものが後を絶たないしろものだ。
不老と合わせ、死を恐れ生に執着するあまり、いつの時代にも、求める存在がどこかにいる。
そんな、『不死』という魅惑の存在があることが、求めるものにばれたとしたら。
そしてその呪いを使い、自分が不死になるためにと、実験を繰り返すとしたら。
不死かどうか、確かめるのは簡単だ。実際に殺してみればいい。
死ななければ不死だ。
……過去にはそれで、大虐殺の末滅んだ国まで存在する程の、禁忌。
「俺も聖も、この呪いの解呪を目的に長いこと旅をしてきてる。俺たち自身もこの呪いを持て余してるんでな。……いいな。絶対に漏らすなよ」
ショウがそう釘を刺した。
言葉を失うブレットとレツの二人に、聖が苦笑しながら、まあ、とショウを見つめ。
「君はあと何百年かしたら、老衰くらいはあるかもしれないけど」
少し茶化すような、それでいてどこか寂しそうな声で聖が言う。
ショウがその言葉にぐっと唇を噛み、眉間にしわを寄せたまま、何か言いたそうな視線を向ける。それでも、何かをいう事はなかったが。
「……二人の、呪いは……種類が違う、のか」
ブレットが伺う様に、そう聞いた。ショウがブレットを咎めるような視線で見つめ……諦めたように息を吐き。
「ああ」
短く答える。
そんなショウを困ったような笑顔で見つめ、聖は少し、視線を伏せ。
「ショウ君は一応、12年に1歳くらいのペースでだけど、ゆっくり時間が動いてる。けどあたしはね……ショウ君より強い。不老不死の呪いなんだ。完全に、人として生きる時間を止められてる」
聖はそういうと視線を上げ、苦笑しながらブレットを見つめた。その視線はどこか、寂しそうで。
「君たちにこの話をしたのは……まあ、信用したというのもあるけども。一番はやっぱり、これ以上あたしたちに関わるのは、君たちが危ないと思ったから」
ブレットを、そしてレツを見つめてから、腰のポーチを漁り、小さな金属プレートを出して見せた。
それは、レツがあの時、拾って持ち帰った手掛かり。
「これのおかげで、確信が持てたからね。今後はまたあたしたちは狙われることもあると思うし。だから君たちはこれ以上、あたしやショウ君と一緒に動かない方がいいと思う」
ブレットももうあたしについて回る必要ないでしょ? と笑ってから、聖は軽く肩を竦める。ショウはそんな聖の手元を見て、彼女へと手を差し出せば、聖はその手にプレートを乗せ。
ショウは燃える火にかざす様にプレートを凝視し両面しっかり眺めた後……小さく首を振り、ため息をつく。
「やっぱりか……どうする、これお前が持っとくか?」
「えーやだ別にいらないし。調べるならあたしより君のが向いてるでしょ」
プレートを返そうとするショウに、とても嫌そうな表情で聖が言いつつ手を振った。ショウはそれを見て何とも言えない表情を見せ、しぶしぶ、という様子で自身の腰のポーチへそのプレートを収める。
「なんにしても、一度家帰んねーと調べようがないな……まずはレツ送り届けて……あ、お前成人したんだよな? 仕事は? 結局冒険者になったのか?」
そこでようやく気付いたように、ショウがレツに向かってそう問いかけ。
ようやく驚きから立ち直ったレツが、あ。と小さく声を上げる。
どうしよう、勝手に住んでたこと、怒られるだろうか。
レツが少しだけばつの悪そうな顔をして、実は、と口を開く。
「僕いま……ショウ君のうちに住んでたんだよね」
「…………はっ?」
苦笑し頬をかきながら言うレツに、ショウはたっぷり数秒沈黙し、目を瞬いて驚きの声を上げたのだった。
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