第8話
ぴちゃん。
どこかで水音が聞こえる。
レツは、ゆっくりと目を開いた。
眩しい光に包まれて、強く目を閉じ、聖の肩を掴み。
よくわからない水晶の光に包まれ、吸い込まれるように祭壇へ引き寄せられ……
「なんだ、ここ……」
ブレットの声が聞こえる。
見れば、先ほどと変わらず、右にはブレット、前には聖の位置取りのまま、謎の空間に放り出されていた。
辺りはヒカリゴケよりは明るいけれど、ぼんやりとした淡い光で外ではないな、ということは分かる。見渡せば、まだ先ほどと同じ石壁と床。洞窟内ではあるらしい。
水中の中にいたはずだが……ぱっと見、周りに水は見えない。もしかしたら壁側のどこか、谷みたいになっていて水が流れているかもしれないけれど。
立っているのは丸くドーム状に開けた空間の、比較的端の方。後ろには先ほど吸い込まれた祭壇によく似たものがある。けれど先ほどのものとは違い、左右に配置されているのは少し黒い色をした水晶だ。さっきのは、もっと白かった気がする。広さ的には先ほど川に入る前にいた空間と大差はないようだった。
「っ……!?」
レツは息をのんだ。
レツたちのまっすぐ正面、ドーム状の空間の、ほぼ中央あたりに。
あの時と、変わらない姿の。
「ショウ君……!?」
彼が。
ショウが、透明に見える水晶の中に閉じ込められるようにして。
あの時の姿のまま、瞳を閉じ眠っているような様子で固まっていた。
「ショウ君!」
「あ、レツまって……!」
考えるよりは、駆け出していた。
走り寄り、水晶に触れる。ひやり、と冷たい、つるりとした硬い感触。ショウの大きな体をすべて包み、さらに周りに余分を作る様に、立ったままの彼を完全に封じ込めている。
姿はあの時のままだった。瞳は閉じられ、右手に握った長剣もそのままで、少し長い金髪はまるで風になびく途中のような、マントもやや翻った様相で、全てそのまま、時が止まったかのような姿。
透明に見えた水晶は、少し青みがかかっている。足元は台座のような、先ほどの文様をさらに複雑にしたような祭壇で、周囲にはほかに何もない。
必死に叩いて、ショウに呼びかけた。
「あー……こりゃまた……」
レツを追いかけやってきた聖が、水晶の中で佇むショウを見上げ、苦笑を漏らした。ブレットは言葉を失いながらもショウを見つめ……どちらかというと、彼の握る剣を見つめている。瞳の奥に少しだけ、残念そうな色が滲む。
「レツ、叩かないの。割れちゃったら困るでしょ」
聖がそう、レツを止める。
そんなこと、言っても。
レツが泣きそうな顔でぐっと唇を噛み、ゆっくり水晶を叩くのをやめた。手を握りしめ、少し俯く。
なんでこんな。
どういう事なんだろう。
「これ……贄の祭壇か?」
ブレットが水晶の下の文様とショウを見つめ、眉間にしわを寄せる。聖が、そうだねえ、と肩をすくめると、取り込まれちゃってるみたい、と笑う。
「なーにやってんだかほんと……世話が焼けるったら」
笑う聖に、笑い事じゃないだろ! とブレットが鋭い声を上げた。
「贄の祭壇ってことは……これ、さすがに……」
ブレットが言葉を詰める。
贄の祭壇。
……ショウ君の集めてた資料の中に、そんなものが、あった気がする。
レツは必死で記憶を手繰り寄せた。
確か。
「贄の祭壇、って……確か、目的を達成するために、魔力を吸い取って捧げるっていう……」
「……そうだ。贄になると生命力ごと魔力を全部吸い取られる。魔力があれば贄は何でもいいが、人間が一番効力が強いからって、昔は生きた人間を何人もそれで殺してたらしい。もう100年も前に禁止されてる」
ブレットが険しい顔をしたままそう言い、水晶をみやり。
「……取り込まれてる、ってことは……ショウは……」
魔力は、生命力と精神力だ。その二つの影響を強く受けるし、逆に影響も与える。
そんな魔力を、全部。
吸い取られてしまっていたら。
「ど……どうしたらいいの!?」
レツはすがる様にブレットにつかみかかり、激しく揺さぶる。
落ち着け、とブレットが焦った声を上げレツを宥めるが、レツはいやいやと首を振り。
「だってそんな……いきてるかも、って……」
そんなことって。
レツが、足元から崩れそうになった時。
「あーだから大丈夫だって。ちょっと待ってて」
聖が、とても軽い口調でそう言うと。
ちょっと離れててね、とレツとブレットを追いやり、どこからともなく取り出した少し短い杖でがりがりと、ショウと祭壇を囲むように地面に円を書き始める。
「ひ……聖……?」
呆気にとられ、ブレットを掴んだままで、レツは顔だけ聖に向けて、彼女に向かってそう呟くように聞けば。
「だーいじょうぶだから。任せといて」
気負わぬ緩い、明るい口調で、聖はそう言いながら何かを地面に描いていく。
材質はわからないが、まるで木材のような柔らかそうな杖で硬い石の地面が削れるわけではない。
けれどそこにどうやら魔力を流し込んでいるらしく、ガリガリ擦ったところから、ぼんやり金色の光が浮かぶ。
それはショウを囲むようにして、祭壇を包むようにして、円と複雑な文様が絡み、何かの陣を完成させた。
「よっし。じゃあ始めますか」
ぱんぱん、と軽く手をはたくと、聖の周りの空気が変わる。
それは、凛と張りつめたような。
まるで澄んだ深い森のような。
「―――…………」
呟くような、小さな聖の声が響く。レツの耳には、言葉としては届かない。ただ声が、まるで歌うようなその音色が。静かな洞窟に小さく響き渡り。
「っ!?」
途端に、聖の描いた魔法陣の光が強くなり。
それから庇うように、ブレットがぐっとレツを引き寄せ、背にして。
ブレットはそのまま少しだけ腰を低くし、何かあればすぐに飛び出せるような態勢を取りつつ、左腕で光から目を庇う。
眩しい、光が洞窟を満たし、目を開けていられない。
レツはギュッと目を瞑り、ブレットが目をすがめ顔をしかめ。
瞼の裏に、金色の光の波。
そして。
「イングス・ケナズ・ウィルド・エイワズ!」
目を開けていられぬ光の洪水の中、聖の声が、高く洞窟へこだまし。
ぱりん! と澄み渡った音が鳴り響き、轟とした魔力の渦が風の様に吹き付けてくる!
「っ……!」
レツは必死にブレットにしがみつき、ブレットは重心を低く踏ん張って、何とか二人、吹き飛ばされるのを耐えた後。
光が、風が、余韻が収まり、レツとブレットが瞳を開くと。
「……聖、か……悪い……助かった」
「何やってんだか。後でちゃんと聞かせてね」
頭から倒れこみそうだったショウをかろうじて受け止めた聖が、それでも重さに耐えかねたのだろう、床に二人、膝をつきながらも、体ごと倒れこむことはなく、余韻も収まり陣も消えた先ほどの中央にその場に座り込むようにしており。
がらん、と少し重たい音がして、ショウの手から剣がはなれ床に転がる。
少ししんどそうな様子のショウが苦笑しながら、何事か聖に囁くと、聖が少し呆れたような顔をしてから、腰元のポーチを漁り始めた。
「ショウ、君……?」
一歩、二歩とショウにゆっくり近づきながら、レツが信じられないものを見るように呟く。
生きて、いる。
生きている!!
「ショウ君……!!」
走り寄り、勢いよくショウに抱き着き、涙腺が緩むのも気にせずにただ、ひたすらに。
「ごめっ……ごめんなさい! ごめんなさい……!」
「……レツ、か? なんだお前……でかくなったなぁ」
突撃され尻もちをついたショウにそのまま抱き着いて、泣きじゃくり謝り続けるレツにショウはそう、笑顔で言うと、ぽんぽん、と軽く頭をなでる。
「悪かったな……怖かったろ」
優しい声色でショウはそういう。レツはただ首を横に振るだけで、ショウの首元にかじりつくようにして抱き着いたまま、離れようとはしなかった。
ショウは小さく笑うと、聖が差し出してきた小ビンを受け取り、そのままそれを一気に煽り飲み干して。
ショウは小瓶を聖へ返すと同時にようやく、ゆっくりと近寄ってきた見慣れぬ男に気が付いた。ちらり、と視線を向けてから、聖に視線を移し。
「どうなってるんだ?」
問いかける。
ショウのその言葉に聖は、あー、と何とも言えない声をだし、空の小ビンをポーチへしまい。
「とりあえず君が回復するまで少しあるし……休憩がてら、話でもしようか」
聖が軽く小首を傾げ、可愛く笑ってそう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます