第7話
休憩を入れながら、歩くこと二刻弱。
前はいくらか魔物に襲われたが、今回はなぜだか、一度も魔物に襲われることもなく。
道を探りつつ、あまり引き返すこともなく、三人は洞窟内を奥へ奥へと進んでいき。
「ここ?」
「……だと、思う」
彼らは、目的だった洞くつの最奥へと、特に苦も無くたどり着いたのだった。
広く開けた洞くつの奥の空間。二、三十人は集まってパーティーでもできそうな広さだ。奥では囂々と激しい水音。奥の壁の少しだけ低い位置を勢いよく水が流れている。壁にはいくらか亀裂のようなヒビが走り、ショウが放った攻撃の名残があの時と変わらず残っていた。
「ずいぶん広いな? 何か用途があったのか……?」
ブレットが怪訝そうな顔で呟き、壁に生えるヒカリゴケを眺める。少し擦って壁を見るが、特に何の変哲もないただの石壁だった。
何か仕掛けや模様があるようには見えない。
「んー。なんかあるようには見えないかぁ」
聖も周囲をぐるっと見渡し、手のひらの光を軽く放って天井付近に留めさせ、軽く腰に手を当てる。光は淡く輝いて、がらんと広いその空間を照らし続けた。
「あの時は……あそこの川に、ショウ君は……」
レツが少しだけ辛そうな表情を見せながら、広間の奥を指さす。少し低く、谷の様になったところに流れる水流。川幅は、大の男が二人両手をいっぱいに広げたよりも少し広いくらいだろう。川の底は見えないが、深さもかなりありそうだった。
「ふうん? ……どれ」
レツの示したその場所へ、聖が軽い足取りで近づく。そのまま聖が縁の付近まで来たとき、ん? と小さく声を上げ、僅かに眉を寄せた。
そしてそっと、胸元を抑える。
「どうかしたか?」
ブレットとレツもそこに近づき、聖に後ろから声を掛ければ。
「……うーん。なんか……なんだろ、この辺……?」
答えるというより独り言の様子で、聖がブツブツ何事か呟く。先ほどレツたちに見せた魔法石のペンダントを胸元から取り出し、じっと見つめ一呼吸。
「あれ……なんか、さっきより光ってない?」
それを見たレツが、不思議そうな顔をして言った。
確かにそれは洞窟へ入る前、見せてもらったときよりも、強い光を帯びている気がする。
「魔力に反応してるんだと思うんだよねー、さっきからちょっと、主張が強くて」
「主張……?」
ちょっと意味が分からない、という顔で、レツとブレットは顔を見合わせた。
魔力の主張が強いって何だろう。熱でも帯びているんだろうか。
「とりあえずこの辺、反応が強いってことは……この奥、って事なのかなあ」
聖が川を眺めながらそう言って、少しだけ身を乗り出す。はたから見ていると今にも落ちていきそうで、レツが慌てて聖を引っ張った。
「危ないから! 流れもはやいし、落ちたらどうするの!」
レツからしたら目の前で……落ちたところを見たわけではないが……すでに一人川にとられた人がいる。まだ出会ってそれほどでもないが、またしても自分の知っている顔が、同じ川にとられたくはない。
聖はそんなレツに苦笑し、大丈夫だって、と軽く言い、魔法の光をもう一つ生み出し、ぽいっと水の中へと放った。光は流れに負けることなく、ゆっくり川底へ落ちていき川の中を照らし出す。
「ん? なんだあれ」
その光を見つめていた三人だったが、いち早くブレットがそれに気づいた。
気を付けながらも身を乗り出し、川底を眺める。
川底を辿った、川の流れの少し先。かなり深いその一部に、何やら見慣れないものがある。
「なにかの……装置、かな」
聖が少し、眉根を寄せてそう呟く。水の流れに揺らめいて、正確なところはわからない。けれどおそらく、洞くつとは違う何かの素材で作られた、四角い台座のようなものと、その上に鎮座ししっかりと固定されている大きな水晶のような何か。台座と水晶は素材が違うのだろうが、水流で流されたり揺れたりしている様子はない。
「ここからじゃあ、よく見えないなあ」
聖が少し険しい顔のままで呟くと、うーん、と軽く顎に手を当て。
「行ってみるしかないかぁ」
軽い口調でそういった。
「……へっ? え、まって、どうやって?」
一瞬聖の言葉が理解できずに。
レツがそれを理解し目を丸くすると、聖は困った顔をみせ、ちょっとしんどいんだけどねえ、と軽く目を瞑って腕を組む。軽く首を傾げてから、目を開け、やっぱそれしかないよねえ、と一人で何か納得し。
「水の中、行くしかないじゃん?」
さも当然、という様に聖は言う。
ブレットが少し硬い顔で、まさか泳ぐ気じゃねえよな、と確認を取った。
こんな水流激しい川では、いくら身体能力が高くても、魔力強化をしていたとしても、流され上がってこれない気がする。川が広間から流れ出る先は、広間や通路と違って高さがない。この広間より先に流されてしまったら、上がってくることはできないだろう。
「泳がないよ。そんなショウ君じゃあるまいし」
呆れた顔して聖が言う。ショウなら泳ぐのか、とブレットは思わず呟いたが、聖はそれに答えずに、水中制御大変なんだけどなあ、とぼやいた。
と、いうか。
レツはやや呆気にとられる。
水の中で魔法が使えるなんて話、聞いたことないんだけど。
「ど、どうやっていくの? 水の中じゃ、魔法使えない、よね?」
水の中じゃ呪文は紡げないし、水中呼吸ができるような……いわゆる伝説の変身薬のような……魔法は聞いたことがない。人間は水中じゃ呼吸ができないし、呼吸が出来なければ、溺れてしまう。
「どうって……うーん、説明が難しいな。ええと……防御魔法はわかるよね?」
聖が腕を組みながら、レツを見てから首をかしげる。
レツは少し不思議な顔をし、一つ頷いた。
防御魔法ならレツでもわかる。魔力で要素に影響を与え、自分の周りに障壁だったり盾だったり、とにかく攻撃から守る何かを生み出す魔法の総称だ。元素が周りにあれば応用で魔力消費もそこまででもないが、無から有を生み出す場合自分の魔力を外壁にするため、少しばかり魔力がかかる。魔力コストを考えると普通に盾を持ち歩く方がいい程度の魔法だ。
「まああれの応用、みたいなもんかなー」
聖は軽くそういうと、こんな感じ、と軽く手を振る。
途端に、ぶわっ! と音を立て、聖の振った手の先に、薄い光の玉のようなものが現れた。
「自分が入れるサイズのこういう感じの作って、浮遊魔法で水ん中はいるの。水流があたるから流されないように抵抗しながらだから、ちょっと制御が面倒だけど……あと空気が作れるわけじゃないから、そんなに長い時間潜ってられないけどね」
こともなげにそう言って、ぱっと作った玉を消す。
レツは絶句したまま、目を丸くして硬直した。
そんな、こともなげに。
二つの魔法と制御を、同時に行う、だって?
「お前……ダブルキャストできるのか……」
ブレットも感心したようにそう言った。
ダブルキャスト。その言葉はレツも知っている。二つの魔法を同時に使うことだ。本来なら魔力やいろんな都合上、同じタイミングで二つの魔法は使えない。そんなことができるのは……詠唱破棄ができて、魔力量があって、魔法コントロールがとびぬけていて。そんな、魔法に愛された才能がある人じゃないとできないことだ。そんな才能があるうえで、並々ならぬ努力を重ね訓練後、出来るようになると聞く。もちろん、魔道士ギルドなんかに行ったら、出来る人もそれなりに居るのかもしれないけど。
「あー、うん。まあ……」
少し歯切れの悪い様子で聖が、ダブルじゃないけどねえ、と呟く。
ダブルじゃ、ない?
「え、それって……」
どういうことなの、とレツが口を開きかけ。
聖はそんなレツを見て、自分の口の前に人差し指を立てる。
「聞かないでくれると嬉しいなあ。魔道士は、嘘つけないから」
首をかしげて、少しだけ笑う。とびっきり可愛い笑顔を見せて。
そんな様子に口を噤んで、レツははた、と唐突に思い当たってしまった。
魔法の研究とか訓練とかに、何年も費やしていたとしたら。
そうか。聖は、ショウ君と腐れ縁だ、と言っていた。それなりに、長い付き合いだと。
……ショウ君、もしかしたら、もしかしたらだけど、何十年も生きてる可能性があるわけで。
…………ってことは、もしかして。見た目が若く見えるけど、実は、みたいな感じだったりする可能性も…………?
うん。女性の秘密を探るのは、よくないよね。
「ま、それじゃ、潜ってみますかね」
むん、と気合を入れ聖が川の縁に立つ。ちらり、とレツとブレットを見て、こっちきて、と二人を呼び。
「どこでもいいから、あたしのこと掴んでて」
ざっくばらんにそういうと、すぐに川の方を向き集中を始めた。
二人は急いで聖に近寄り、レツは左肩を右手で、ブレットは右肩を左手で、軽く乗せるくらいに掴む。ほどなく聖の魔法が発動し、三人はふわり、と宙に浮いた。
速度はそんなに早くない。ちょっとした魔道士ならそこそこ使える浮遊の魔法だ。難点は、詠唱がとても長いことと、自分か自分が触れているものでなければ浮遊させられないこと。使うこと自体は難しくないし、レツでも使える魔法の一つだ。
「さて……んじゃあ、行きますかっ、と」
ぱん、と両手を軽くたたいて、聖が真剣な表情を見せる。
すぐに三人の周りに、手を伸ばしても届かないほどの距離の外周に、彼らを中心とした球状の薄い黄色い光が集まった。
三人はそのままゆっくりと、水の中へと入っていく。
光が水に触れた瞬間、一瞬だけぐらり、と揺れる感覚があったが、それだけだった。聖が真剣な表情で、そのまま集中を乱さぬようにし、川の底を目指す。
川の水も飛沫も、光に弾かれレツたちには届かない。レツは少し、不思議な感覚だった。それは、とても、静かな世界。
水中に投げ込まれたままの光に揺らめく洞くつの中。水は揺らめいて、見上げればもう、あんなに荒れ狂うような水流だったなんて思えない。囂々と響いていた音も、水の中では、聞こえてこなかった。
「なんだあれ……」
ブレットが呻くように呟く。近づいてみれば、先ほど見えていた台座と水晶は一部だったのだとわかった。
それは、まるで祭壇のような。
何かの文様が彫り込まれた丸い祭壇と、その周りに設置されているような、四角い柱のような台座と水晶。先ほど見えていたのはこの水晶だった。壁が少し奥へ凹むように削り取られ、そこに祭壇が配置されている。壁の両側にこの水晶が置かれ、いかにも何かありそうな感じだ。
「上からだとここまで見えなかったからね……もうちょっと近づくよ」
聖が真剣な表情のまま、手で胸の前のなにか、宙にあるものを支えるような様子のままでそういった。
この、祭壇の文様は。
レツの心に、記憶に。
何か引っかかるものがある。
「これって……あの時の……」
レツがそう言ったのが先か。
「!?」
聖の動揺が先か。
「わっ!?」
「えっ!?」
「しまっ……!」
祭壇横の水晶が、強い光を帯びたかと思うと。
三者三様の声を上げ、彼らは吸い込まれるように、祭壇の中へと消えていった。
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