【第三陣】残された者

 今日で南美なみと結婚してから8年目となる。

 毎朝、挨拶をして仕事に向かうから特別感というのも薄れていたが、美果みかが生まれてからというもの、こういう日は祝いたいという思いが強くなっている。

 まだ5歳の美果にとって家族でなにかをという経験は記憶に残り続けるかもしれないから、暗くなんかしたくない。そのためにも今日はハートが飾られたハットを被り、ケーキを切り分けている。


「ねぇねぇ、パパはいつもお仕事から帰ってきたらママに愛してるって言ってるけど、どれぐらい好きなの?」


 子供らしい質問だ。純粋な好奇心でなんでもかんでも答えを欲しがる。

 好奇心を失った人間は成長しないと考えているのでこの気持ちを忘れないでいてほしいなと思いつつ、照れはするけど答えてあげよう。


「美果がパパのことを好きだなって思ってくれている倍くらい好きだよ」

「じゃあ、全然じゃん」

「なんでだよー、美果、パパのこと嫌い?」

「えへへ、嘘だよ。いつも美果のためにお迎えしてくれたり、休みの日にいっぱい遊んでくれるパパがだーいすき!」


 そう言って勢いよく抱き着いてくれる美果が本当に愛らしくて堪らない。既に娘をどこぞの男に渡したくない思いが湧いているほどに大切な存在だ。

 残念ながら今南美はいないが、いたら右側から私もと抱き着いてくれるだろう。なぜかないはずの温もりを感じられたのは南美も同じように思ってくれている証拠かな。


「そういえば、この前、ママが買ってくれたポーチの紐が切れかけていたの。だから、今度新しいの欲しいな」

「こらっ、どさくさに紛れないの。今日はパパとママの為の日なんだから、美果から何かプレゼントないの?」


 まだ5歳だから絵を描いてくれたら嬉しいななんて思ってみたり。でも、最近お遊戯会の練習だなんて言って毎日寝る前まで読み合わせをしているから、準備している雰囲気ないんだよなー。

 良く聞くところでいくと肩たたき券なるものがあるはずだが、それすらもなさそうだ。

 美果は俺の隣から動く気配がないし、今回は残念賞か。


「パパは描けるけど、ママが今どんなお顔してるか分からないから、パパが欲しがっているものはあげられないよ」


 小さな顔をあげてこの歳で俺のことを見透かすように瞳を覗いてくる。子供は霊感が強いという人がいるように、人の気でも察せられるのだろうか。


「確かに。ママは綺麗だからちゃんと描かないと怒られそうだしな」

「うんうん」


 大きく頷くこの姿を見せただけでも、そんなことで怒らないでしょと言われそうだ。

 実際贔屓目なしに俺にはもったいないぐらい綺麗だったから、顔が見れない期間が長くなればなるほど恋しさが増していく。そんななかで幸運にも美果が南美似で助かった。

 髪も長くしたいようでこれからますますそういった重なりが増えていくことだろう。

 それに南美がもらえないのだから俺だけというのも違うな。これ以上は続けないでせっかくの記念日を楽しもうじゃないか。


「ほらっ、お話は一旦終わりにして一緒に選んだケーキ食べようよ」

「じゃあ、美果がママにも持って行ってあげるね!」


 そう言って、ショートケーキとおめでとうと書かれたチョコが盛られている小皿を部屋に置かれている南美の仏壇の前に持っていく。

 美果が生まれ、初めてママと呼んだときに見せてくれた母の顔はとても優しくて、持っていたカメラで撮ったわけだが、まさかこんなふうに使うなんて当時は思いもしなかった。

 美果にとってその存在の喪失というものは計り知れないほどショックだっただろう。それでも、今こうしてある時間を生きようと前を向いてくれているからこそ、俺も日々頑張れる。美果が顔をあげているうちは、親である俺が俯く姿なんて見せたくないから。


「さあ、皆で一緒に手を合わせようか」


 戻ってきた美果は珍しく俺の膝の上に座る。南美の顔を見て寂しくなったのかな。いつかはその寂しさを一人で抱えられるよう健やかに育ってほしいし、育つよう尽力したい。


「いただきます」

「いただきまーす!」


 この笑顔を壊さぬように。

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【短編集】恋に踊らされて 木種 @Hs_willy

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