【第二陣】荒波に揉まれて

 今日は一段と街中が彩られている。煌びやかな装飾によって。

 それに従うようにというわけではないけれど、私も家のなかでクリスマスツリーを置いて、その雰囲気を楽しんでいる。


「はぁ、灯弥とうやまだ来ないのかな」


 大学の同級生である灯弥とは文芸サークルで知り合った。そこから1年ほど期間をかけて彼から告白されるのを待ってちょうど1ヶ月前に付き合ったばかり。

 普段から眼鏡をかけて身体もひょろっとしていて奥手だけど、勇気を振り絞ったように付き合ってくださいって大きな声で言ってくれたのは嬉しかったなー。さすがに2人でお出かけしているときに街中でされるとは思っていなかったから、知らない人たちに拍手されたのは恥ずかしかったけど。

 今日は恋人になってから初めてのクリスマスだっていうのに、灯弥ったら遅れるって連絡だけ寄越して私の返事にはなにも反応なし。

 告白した日以降、吹っ切れたのか外見を特に気遣うようになって、コンタクトに変えたり流行りのファッションを学んだり、私の為でもあるから嬉しいんだけどこれでちょっと近付いてくる女が増えたらやだなーなんて思っちゃう。


「今、下着いた!」


 ネガティブな思考になりかけていた私に気を遣ったかのようなタイミングで送られてくる連絡で、一旦その考えを胸の内にしまって冷やしておいたグラスや、小皿なんかをテーブルに並べていく。

 マンションで一人暮らしの私からすれば信頼できる人に守ってほしくて合鍵を渡しているから、すこしすれば玄関の扉が開くだろうし。

 よし、ここからはいっぱい楽しむぞー!


「ごめん、待たせちゃって!」


 謝罪の言葉と共に入ってきた灯弥の服は多少濡れているように見えた。


「あれ、もしかして雨降ってた?」

「いやいや、雪がね。それで温かいもの最後に買って帰ろうとしたら遠回りになっちゃってさ」


 たしかに手にはケーキショップとは別の袋がいくつかあって、買ってきてくれたのは分かる。でも、遠回りしなくちゃならなかったっていうのはおかしい。だって、最寄駅からここまで来る途中の経路でいうと、先にケーキ屋さんがあって、その後にチキンを売ってる某チェーン店があるはずだもの。

 そんな見破られやすい嘘をつくぐらい、勘づかれたくないことがあるってこと?

 なんだかもやもやするなー。


「じゃあ、タクシーでも使えばよかったのに」

「ああ、思えばそうだね。全然目に入らなくて考えもしなかったよ」

「あれ、おかしいなー。いつもみたいに駅からきてたら階段降りた先にタクシー乗り場あったはずだけど?」

「えっ、そ、そうだっけ?」


 見るからに動揺した様子で、買ってきたケーキを冷蔵庫のなかに仕舞おうとしている手は震えている。先に洗面所で手を洗ったせいだといいんだけど。


「なんだか今日熱そうだね」

「そんなわけないじゃないか。もう真冬だよ?」

「そう? それならいいんだけど」


 まあ、ここで詰めすぎて本当に知らない影が後ろについてたら泣いちゃうからやめておこう。そんなに私も心強くないし、灯弥が申し訳なさから白状しても今は嫌だし。

 せっかくのチキンが冷めちゃう前に食べちゃおう。

 わざとらしく灯弥の隣に座って並べられた骨なしチキンに手を伸ばす。

 汚れたら駄目だからと、アルミホイルを渡してくれる。


「そういえばさ、この前書いた短編が中間審査通ったんだよね」


 話題を替えたいのか、単に報告してきたのかわからない。タイミング的には前者にしか見えないけれど。


「良かったね。これで夢に一歩近付いたじゃん」

「今回に限れば本当に大きな一歩だからな。中間と最終しかないし。佳作でも選ばれたら実績になるんだけど、そうなるよう願うことしかできないわ」


 執筆関係の仕事に就きたい灯弥からすれば、とりあえずはアピールできる実績が欲しいらしい。自分の好きなことを仕事にという姿勢が好きで初めは話しかけたから、その夢を諦めずに追ってくれている姿が格好良く映る。


「読んでて面白かったから大丈夫だと思うけどな。私は周りが不透明な作品が苦手だから、大きな舞台とそれに関連した比喩を使って人物像や場景を表現しているのは好印象だったよ。それを踏まえて1.5万文字以内で甘い恋愛もの書いてたのも好きだったし」


 素直な感想を口にした。

 サークル内で定期的に感想交換を行うとき、偶然灯弥の作品を読んでいたから完成度も相まって良く記憶に残っている。多少の贔屓目はあるだろうけど、作品として欠陥は限りなく0に近かったと思う。


「そういう意見はもちろんありがたいんだけど、俺が書いたものは一般的な恋愛ものに過ぎない。一風変わった設定を持つキャラは現れないし、涙を誘うような暗い展開も少ないし、そういった要素をもうすこし増やせれば良かったんだけど、まあ確かに削れる無駄はしっかりと排除したから目についてほしいね」


 私からの褒め言葉を受け止めたうえでまだまだ上を目指せると真剣な表情で話す灯弥の横顔がもう格好良すぎて堪らない。頬にチキンのタレがちょぴっとついているのが尚更愛らしい。だからこそ、私だけを見ていてほしいと思ってしまう。

 いつ確かめようか。今は知りたくないなんて避けたけど、やっぱり頭の片隅で囁いてくる。スマホ見せてっていうのも急だし……そうだ、今、私のスマホ充電中だから写真撮るときに貸してもらおう!

 これなら違和感ないよね。よし、そうしたらチャンスを早速つくるためにケーキ持ってこようかな。


「ケーキ、入るよね?」


 自然な流れをつくるため、一応確認をいれた。


「全然大丈夫だよ。ホールじゃなくて8種類のピースで売られてたやつ買ってきたから、先に4つ好きなの選びな」

「いいの?」

「俺は店で全部嫌いじゃないってわかってるから、どれ残ってもいいよ」


 こういう何の躊躇もなく私を第一に考えてくれるところも好き。ああもう、好きっていう感情が心を埋めていく度にたった1つの気がかりがその倍迫ってくる。いくら供給しても需要がそれを上回っていたら追いつくわけがない。

 今、私がどんな表情で自分を見ているのか分かったらどんな反応を見せてくれるのかな。どうしたのってあくまで知らんぷりをするのか、それともこれ以上嘘はつけないって包み隠さず話してくれるのか、そもそも全て私の杞憂に過ぎないのか、何回考えるのをやめようと思ってもすぐ顔出してくるから意味ないや。

 早く真実を明らかにしよう。


「ねえ、写真撮りたいんだけど、スマホ借りていい?」

「いいよ。ほれっ」


 これまた躊躇なく、帰ってきてからポケットに入れっぱなしだったスマホを取り出して渡してくれた。

 これで安心認定は出来ない。逆に堂々とした姿を見せることで私に罪悪感を与えて行動に移さないよう仕向けているのかもしれないから。最後まで手を抜かずいこう。


「そのままLINEで送りたいからトーク画面からカメラ起動させるね」


 さあ、焦るなら焦れ! 平静を装うとしてもなにかしら行動を起こすはず。


「せっかく色とりどりなんだから綺麗に撮らなくていいの? 多分内蔵カメラだと光の反射で鮮やかに取りづらいと思うんだけど」


 きたきたきたきたー! こうやってアプリを使わせて撮り終えたら自分が送っておくよっていう流れに持っていきたいんじゃないの? こっちからは見えない表情はハラハラしてたまんなくなってんじゃないの? 

 早く返事してくれって願っているんじゃないのかな。


「別にどこかにアップするわけじゃないから。ただのアルバム用に欲しいだけ。気にしないでいいよ」


 さあ、思い通りには行きそうにない今、どうするつもり?


「それなら二人でケーキ挟んで撮らない? 俺、そういうセンスないからシャッター押すタイミングは任せるわ」


 ……あ、あれ? 全く焦っている様子はないな。それどころか写真にノリノリじゃん。

 わざわざ立ち上がってこっちまで来て、付属のろうそくみたいに固まっている私を見て首を傾げている。


「撮るんだろ? ほらっ、俺が左側でゆうが右側でさ」

「あっ、う、うん……」


 あまりにも潔くて戸惑いを隠しきれないまま、言われた通りの配置に着く。ここまでだと本当に初めだけ動揺してた理由が分からない。

 もしかしたら連絡を取り合っているのは別の方法で、LINEに絞ったことで余裕が出てきたとか?

 とにかく今は写真撮っちゃおう。


「撮るよー。3,2,1!」


 笑ってはみたけれど、いつもに比べればぎこちない。


「さっきからなんだかおかしいぞ。体調でも悪いのか?」


 さすがに灯弥も連続しての違和感に口を挟まずにはいられなかったようだ。

 これはもう遠回りしている場合じゃない。最悪、雰囲気も何もかもぶち壊す可能性があるけれど、聞いてみよう。


「身体は凄く元気だよ。ただ、私馬鹿だから、遅くなった理由とかタクシー見つけられなかったとか、何度もこっちに来たことがある灯弥なら絶対に間違えないはずの嘘をつく意味が分からなくて……」


 まだなにも聞いてないのに声が少し擦れてきた。不安が一度に押し寄せて心を覆いつくそうとしているからだ。

 やっぱり隠していたことがあるみたいで、灯弥もバツの悪そうに顔を逸らした。


「灯弥、最近見た目を良くしようって頑張ってて、実際に付き合う前も好きだったけど、一段と格好良くなって可愛い女の子に声かけられたんじゃないかって、そう思ったら……怖くて……。私なんて可愛く……」

「そんなことないよ」

「えっ?」


 その先を口にすることは許さないとでも言いたそうに、今度は真っ直ぐ見つめて覆いかぶせてきた。いつもより大きな声に感情が思わず出てしまったのがよく分かる。


「確かに俺は夕に隠しごとをしている。それが原因で心配させてしまったならごめん。でも、それは夕のためだから、卑下しないで。俺の大好きな人を悪く言うなんて絶対にさせないよ」


 私のため? なにがどう私に都合よく働いているの?


「忘れてはいないと思うけど、今日はクリスマスでしょ。俺が言うのもなんだけど、こんな日に隠すものなんてひとつしかないよ」

「……あっ!」


 すっかり忘れていた。いや、可能性としてはあったはずなのに勝手に排除してしまっていた。根拠もなくそれはないだろうと無意識に。

 それぐらい灯弥が好きで離したくないと思うほど、存在が大きくなっていたんだ……。

 そういえば、入ってきたときに抱えていた袋も多かった気がする。いつ隠したのかは分からないけど、見逃してしまうぐらい動揺していたのかな。

 証拠を見せるよと玄関からすぐ近くの洗面所の扉を開け、ピンク色の可愛らしいラッピングが施されたものを持ってきた。


「雰囲気があまり作れなかったのはごめんだけど、ちゃんと夕のこと想って買ったから、受け取ってくれると嬉しいな」

「いやいや、謝るのは私の方だよ。急に変な疑いかけちゃってごめんね。もちろんプレゼントは嬉しいよ、ありがとう」


 今は何を選んでくれたのかなんて考えている余裕はない。いろんな感情が押し寄せてきてもうぐちゃぐちゃだ。訳も分からず泣きたくなるぐらいに。でも、今私が涙を流すのは違うから。瞬きをして誤魔化した。


「ほらっ、開けてみな」


 促しに頷き、紐を解き丁寧に包装された外側を破らないよう捲っていく。形からわかってはいたけど、箱が出てきた。そこには私が愛用している化粧品のブランド名が記されている。

 パッと顔をあげると多分明るくなっている私の顔を見て安堵した灯弥が柔らかい笑みを浮かべた。


「初めてここに来たときに夕が使っているのを見て、付き合ってからも同じ名前のものが並べられているのが偶然目に入ったから、好きなのかなって」

「うん、うん! 良く見てくれてたね! すごく好きなんだよね、ここのやつ」


 ああ……灯弥も私のこといっぱい見てくれてたんだ。

 この事実だけで心を幸せ一色に染めてくれる。


「なんだか、表情蕩けてない? そんなに喜んでもらえたなら俺も嬉しいよ」


 一歩こちらに近付いてギュッと抱きしめてくれる。その温もりが心地よくて本当に溶けてしまいそうで身を委ねた。

 頭部に何かが触れた感触がある。多分キスしてくれたんだろう。

 この数十分のなかで得た負の感情が全て裏返された反動のせいで気持ちの高ぶりが酷い。

 プレゼントをテーブルに置いて、手を取り、部屋へと連れて行こうとする。


「ちょっ、ケーキ溶けちゃうよ」


 そんな灯弥の声を無視して力任せに引っ張るともう何も言わず、ついてきてくれた。

 今日はこのまま聖夜を楽しもう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る