第3話 訪れ、繰れる
四月二十日、午後十一時。
北可士和浄水場の管理棟の中には小規模ながらの仮眠室がある。普段、使うことはほとんどないが、不規則なシフトが組まれた時など、特別に利用することがある。
仮眠室以外もそうだが、通常は事務が鍵を管理しているため昼寝をしようとここを使うことはできない。
つまり、赤崎が今、ベッドで横になっているのも、特別な時間だと言える。前回に使ったのがいつなのか、知る由もないため、シーツやマットレスなどが悲惨なことになっているかと思えば、そうではなく、しっかりと掃除や管理はされていた。
これは赤崎も驚いた。自分の組織のことではあるが、しっかりと機能しているのだなと思った。すべてではないが、組織によっては、形だけの部署があるというところも少なくないのではないだろうかと赤崎は思っている。
そんな非日常的な部屋で、使い慣れていないベッドと枕で仮眠することになる。
だから赤崎は眠れなかった。
大雑把でがさつだと思われている赤崎だが、本人は繊細だと思っている。現に今布団が変わっただけで眠ることができない。
稀にある出張で地方のホテルに行くときなども同じ条件ではあるが、その場合はアルコールを摂取している。そうすれば眠ることができた。
唸りとも溜息とも判別できない声を出すと、右手の腕時計を確認する。もう十時を回っている。ベッドに入ってから二時間ほど経過していた。
相良を除いた柚咲の課のメンバーはきっちりと午後六時に集合して夜番に入った。
赤崎は一度家に帰り、着替えとシャワーを浴びてから戻ってきた。赤崎の家は、課のメンバーの中で最も遠い場所にある。そのため、一度家に帰り、身支度を済ませればほとんど何もできない。それでも煙草を二本ほど吸ってから家を出た。
浄水場に戻る途中で他の課の人間ともすれ違った。
当初は柚咲の課の他にも数人残業していたが、一時間以内にはその職員達も帰宅していった。
簡単な打ち合わせの後、次の巡回まで残っている仕事などを進めていた。
午後九時、最初の巡回があり、青原と柚咲が対応した。
「そうだ。赤崎さん、見回りながら黄田に詳しく施設を教えてくださいよ」
「お前、まだ教育すること残ってるんか?それって最初に教えることじゃないのか?」
「もちろん教えてますよ。でも反復学習が効果的なんすよ。それに違う人からも説明を受けた方が違った視点を持てるじゃないですか?」
笑顔の青原に、赤崎は鼻で息をした。
「施設の説明なんかが、人によって違ったら困るやろ」
「まあ、お願いします。それまで寝ててくださいよ」
青原の提案を赤崎は辞退しようとした。
「私は仕事しておくことがありますから。赤崎さん、先にどうぞ」
黄田が先にそれを辞退した。
部屋の中に黄田と赤崎二人だけでいても、どう過ごせば良いかわからなかった赤崎は青原の提案を受け入れて仮眠室に向かったのである。
結果として部屋にいて仕事をしていた方がマシだったと思った。
仮眠室の扉がゆっくりと開いた。すぐに赤崎は上体を起こす。
扉を開けた状態で立ったままの青原は飛び退いた。
「うわ。びっくりした。起きてたんすか?」
「ああ。眠れんかった」
「珍しいっすね。布団に入ったら三秒で寝息立てるでしょう」
「酒入っとらんからなぁ。意外にワシ、繊細なんよ」
「面白いジョークっすね。いつの間に覚えたんすか?」
「永遠に眠らせようか?」
青原は両手の平を赤崎に立てて見せた。
課の部屋に戻る最中で青原から見回りの結果を引き継いだ。引継ぎと言っても、全体的に異常なし、の一言で終わり、五秒で終了した。
課の中には、柚咲しかいなかった。
「おはようございます」
柚咲が赤崎の姿を見て言う。酷い顔をしていたから皮肉を言ったわけではなかった。柚咲もまた赤崎がしっかり寝ていると思っている。
「いやー眠れん…」
「枕合わなかったのですか?」
心配そうに柚咲は尋ねるが、赤崎は首を振る。
「繊細なんよ」
柚咲は目を丸くする。黙ったままだっが、誰の事を言っているのか分かっていなかったような顔をしていた。
「え?赤崎さんが?」
「あかんか?」
「いや…ギャップだなぁって」
「どうです?女性ってギャップがある男に弱いっていうでしょう?課長、赤崎さんなんてどうです?」
「ギャップの種類にもよります。それと、セクハラだよ?」
柚咲は即答だった。
「おい、青原、ワシの気持ちも尊重せぇ」
二人の上司から詰め寄られた青原は自分の発言を後悔していた。
「それより、黄田は?姿が見えんぞ?」
「お手洗いよ。そんなこと気になる?」
赤崎は口を開きかけて留まる。何を言っても分が悪くなると考えたからだった。
「お前ら、何時に戻ってきた?」
「十時半くらいっすかね」
柚咲も頷いた。
赤崎は時計を見る。あと三十分ほどで日付が変わる。
「日付変わる頃に次行くわ。それでええな?」
柚咲は頷く。
この巡回シフトは特殊なものだった。普段であればそれほど頻繁に巡回することは無い。高頻度の巡回の理由は監視カメラの定期点検と重なったためである。カメラは翌日には点検が終わり戻ってくるが、それまでは人の目で監視する必要がある。
照明の不備と監視カメラの不在という極めて大変な時期に夜番をしなければならないことが柚咲班にとって不運だと言える。
「青原、照明どんなもんや?」
「あ、そうそう、言い忘れてました。一台投光車壊れてましたよ」
「うわ…緑詩ちゃんナイス」
「そうなんすよ。やっぱりあの子持ってますね」
だな、と赤崎が同意していると柚咲も狼狽した様子だった。
「誰か呪われているんじゃないの?」
「俺やな…」
「自分で言います?」
笑いあう赤崎と青原を見ながら柚咲も微笑む。
「青原君、行きましょう。私たちは仮眠ね」
「二人でか?」
部屋を出て行く二人に赤崎は笑顔で投げかける。
「調子戻ってきましたね」
「馬鹿なこと言わないでください」
笑顔の青原と蔑んだ眼をした柚咲を確認して、赤崎は手を振った。
五分ほどしてから黄田が戻ってきた。
「あ、お疲れ様です。課長と先輩は仮眠ですか?」
「おう、新人、その通りや。ぼちぼち巡回行こうか」
「あ、はい」
黄田の身体に力が入るのが赤崎に分かった。
「一回やってんのやろ?そんなに緊張せんでも大丈夫やろ」
「あ、はい。あの…」
「ん?なんや?今のうちにトイレ行っとくか?」
「それは、済ませました。その…赤崎さんと一緒に回るのが…」
「緊張するのか?」
黄田は頷く。
「取って喰やせんから心配すんな」
「え?そうだったんですか?」
黄田は胸元で手を組んで疑わしい目を向けた。
「青原はどんな風に俺の事話してるん?」
「常に目を鋭くして、女性を狙っていると」
「ちょっとあいつ叩き起こしてくるわ」
すいません、と連呼して黄田が制止した。
「どうしようもない人間か?俺は」
「いえ。そんなことないです」
「極めて嫌な気分やけど、仕事やからな。行こか?」
元気よく返事をする黄田を横目に早足で赤崎は部屋を出た。
廊下に掛けてあるヘルメットと懐中電灯を手に取ると、階段を降りる。
赤崎は一階を素通りして地下一階へ向かう。職員が常駐する管理棟の地下に屋外の浄水施設のポンプなどを管理する操作盤や、薬液のタンクなどが置かれている。
それらが置かれている部屋には電子錠が設置されている。暗証番号を入力しなければ入室できない。つまり暗証番号を知っている職員以外は入室できないということである。
ポンプの業者などが点検に入る際にも職員が付き添い、作業終了まで監視することになっている。これは配水の安全管理が目的である。仮に薬液のタンクに毒物が混入されてしまうとそれだけで付近一帯の水道水が汚染されることになる。それを防ぐために厳重に管理されている。
赤崎と黄田はこれらの機器が正常に作動しているかのチェックを行った。じっくりと時間をかけても十分もかからない作業である。
早々に切り上げると、再び一階に向かう。表玄関を折れて廊下を進むとその先に屋外へ続く扉がある。
赤崎達が勤務しているとはいえ、照明は最低限で灯されている。
暗く長い廊下はそこだけ切り取れば夜間の病院の廊下と言っても納得してしまう人間はいるだろうと赤崎は思った。
赤崎はこの時間帯の廊下が嫌いだった。理由は単純で根源的な恐怖を想起させるからだった。
「夜の事務所って怖いですね…」
黄田が心細そうな声で呟く。このまま自分が喋らなければ黄田は怖がるだろうかと赤崎は思った。
「いずれ一人で見回ることもあるからな。今のうちに慣れておかんと」
そうですね、と背中の方から声が上がる。
二人の足音が響く廊下はそれだけで心細くなる。それは赤崎にも理解できた。
注意して聞けば、足音以外にも音はしている。自動販売機の音、点灯している蛍光灯も僅かに音が発しているように赤崎には聞こえた。
廊下の突き当りの扉は上半分が窓ガラスである。赤崎はその扉を開けると黄田と外に出た。この扉は中からは普通に開けることができるが外からは電子錠を開錠する必要がある。
「大丈夫か?足元気を付けろよ」
「あ…やさしい…」
黄田の顔は笑顔より驚嘆、恐怖、畏怖、軽蔑、それらが混じり合った複雑な表情だった。
「帰ったら絶対青原シバきたおす…」
「す…素直に言ったんですよ」
「まあええわ。さっさと終わらすぞ」
管理棟から出ると、すぐに車道が左右に広がっている。
これは正門から管理棟を回る様に続いている道で、荷物の搬入などで使われる。四トントラック二台がすれ違う程度の道幅がある。
その先に浄水施設がある。管理棟と浄水施設で車道を挟んでいる形になる。
今は二人の目の前に投光車が置かれている。荷台から伸びたライトが遥か頭上で煌々と灯りを灯している。投光車はトラックの荷台にクレーンがあり、その先に六基のライトが取り付けられている。
二人はトラックの荷台から伸ばされたアームの先のライト群を見上げている。
「なあ」
「はい」
「眩しすぎねぇか?」
「…はい」
かなりの高出力でライトが点灯していた。
赤崎は投光車に近づくと、荷台の操作盤で光量を調節する。
「マジか。最大値やん。こんないらんて」
「エネルギィ勿体ないですよね。私たちが来た時もずっと点灯してたんですよね?」
「確かにな。ちょっと暗くするぞ。足元が見えればいいやろ。今のままだとナイター球場くらいの明るさや」
赤崎は光量を調整する。
「よし、じゃあ、さっさと終わらすぞ」
黄田を見ると首を振って周囲を確認している。
「何?どうしたん?」
「いや…あのう…もう一台はどこかなって」
「そうやな…」
二人して探すが、見える範囲には投光車は見当たらなかった。
「正面の駐車場ですかね?」
正面玄関と正門の間には車通勤の職員のために駐車場がある。黄田はそこにもう一台の投光器があるのではないかと言っていた。
「とりあえず先に点検しよか。それから正面に戻って見てみよう」
赤崎と黄田は点検を済ませることにした。
投光車の横を通り抜け、浄水場を右手に進む。車道はそのまま右手に折れて、約五百メートル先で行き止まりになっている。
その途中で施設に入るためのフェンスがある。このフェンスも他と同様に電子錠で施錠されている。
道を折れてすぐに、二台目の投光車が置かれているのが目に入った。
「ここにあるやん。なんで?」
「本当ですね」
赤崎は青原の言っていたことを思い出した。
「ああ、分かった。最初この車両を使おうとしてたんやろ。それでここまで持ってきて動かそうとしたら、壊れてたんや」
「なるほど…」
赤崎はすでに結論が分かったためか、歩き出す。
二台目は無事にライトが点いたものの、ここまで持ってくるのが面倒くさくなってあの場所に置いたのだと赤崎は結論付けた。
壊れた方の投光車の先に、入り口のフェンスはある。
二人が利用する入り口のフェンスは、施設を挟んで反対側にも同じものがある。
こちら側から入ったのは黄田の教育の為だった。
「どうせやから、浄水の流れにそって施設を説明するわ。青原もそうしたやろ?」
「えっと…はい」
二人はフェンスを閉めると短い階段を上がって点検通路に入った。
「あ、明るいですね。これ光量落としていますよね?」
「これぐらいで十分よ。あまり明るいと虫も寄ってくるからな」
投光車によって照らされた浄水施設は懐中電灯を使う必要ないレベルの明るさだった。施設内の端から端まで簡単に見渡せる。逆に、それ以外は闇に包まれていた。窓ガラスの反射でそちらに管理棟があることが分かる程度で、輪郭を確認することはできなかった。
昼の暖かな空気と気持ちを緩和させるのに十分な雰囲気とは異なり、日が落ちると空気はまだ冷たく、微かに吹き込む風は体の硬直を促すのに十分だった。
二人は施設の端に立つ。
北可士和浄水場の浄水施設はカタカナのコの字型をしている。今赤崎と黄田が立っているのは下の横棒の先端である。縦棒の方向に管理棟があることになる。二人が立っているところを起点として、コの字の上部の横棒先端に向かって水が流れることになる。施設はいくつかの水槽が並び、この水槽に河川から採水した水が流れ込むことで段階的に処理が施され、人間の飲料用水として配水される。
「おい、黄田、そもそも浄水施設がある意味は知っているか?」
黄田は赤崎の横がを見る。
「水を浄化するため…ですか?」
「その通りや。良く知っているやないか」
赤崎は鼻で笑う。
「ワシらが日常生活使っている水というのは、もとを辿れば、横を通っている河川やダムや場所によっては地下水をその原水としている。なぜ浄化するかと言えばもちろんそのままでは使えないからや」
そう言って一呼吸置く。
「原水の水質が良質な場合は簡単な浄水設備になることもあるが、いかんせん都市部の方では生活排水や工業用排水によって原水の水質が低下していることは間違いない。産業が発展していることに対する弊害やな」
黄田は頷きながら時折赤崎の方も見ながら話を聞いていた。
「そのためにもこうした浄水施設が必要になってくる、ということやな。じゃあここの施設について、気付いているやろうが、横を流れる利根川の支川から取水しておる。ここからだと夜だし、よく見えないかもしれんが、土手の向こう側に取水門がある。そこから川の水を取水しとる。取水した水はここに溜まる」
赤崎は土手から振り向くと二人の横にある水槽を示す。
「ここが沈砂池と呼ばれるところや」
黄田は水槽を見下ろす。
「こんな感じで進めるけどええか?」
不意に口調が変わったことに少し戸惑っていた黄田は驚いて振り向いた。
「え?ああ…はい。ありがとうございます」
赤崎は頷くとわかった、と言って続ける。
「ここは川の水と一緒に流入したゴミを取り除くところや。取水門の所でもスクリーニングをかけて大きなゴミは取り除いているが、それでもすり抜けてきた大きめのゴミが流入してくる。だからここで沈降させて取り除いておくんや」
「この水槽にいろいろ沈んでいるってことですね」
赤崎は頷く。
「そうやな。結構すぐに溜まってしまうので定期的にここの掃除をせんといかん。お前やったことあるか?」
黄田は強く首を横に振った。
「ラッキーだな。近いうちにやることになるぞ」
黄田は苦笑いして再び水槽を覗き込む。
「水は濁ったままですね」
「そう。まだ大きなゴミを取っただけや。そんな簡単には汚れは取れん。ここで二十分ほど滞留させた後、ポンプで上澄み水を隣の水槽に移すんや」
赤崎は沈砂池の端に設置されているポンプを示した。
「じゃあ次」
二人は隣の水槽に進む。次の水槽は沈砂池に比べると非常に長い水槽だった。
「この水槽は見ての通り長い。それと中で四つに分かれている。それぞれに名前がついとる。まず着水井。ここでは沈砂池で取れなかった汚れを取るために薬品を注入する。ウチで使っている薬品としては次亜塩素酸ナトリウムと苛性ソーダとポリ塩化アルミニウム、これは通称PACと呼ばれている。聞いたことあるか?さっき、管理棟の地下一階で薬品タンク見たやろ?」
黄田は赤崎の質問に頷いた。
ポンプ本体や制御盤、薬品タンクがある管理棟の地下一階は、地上で言えば、施設と管理棟の間にある車道の下にある。
「薬品は殺菌のために入れるのですよね?」
「まあ、そうね。次亜塩素酸ナトリウムはここでは酸化剤の役割を果たす。塩素の強い酸化力で原水中に含まれる鉄やマンガンを酸化させ取り除き易くするんや。苛性ソーダ、つまり水酸化ナトリウムは、次亜塩素酸ナトリウムが非常に不安定な性質やから、自己分解を抑制するために添加している。次亜塩素酸ナトリウムは処理の最後の方で殺菌用にも使われるけどな。ちょっと専門的過ぎたか?」
「いえ、大学の研究室でよく使っていましたから」
「あれ?黄田は…関東出身やったっけ?」
「ええ。大学はR大学でした」
「ん?土木出身だったよな…ってことはあそこの大学か?」
赤崎は何もない方向を指差す。そちらの方向にR大学がある。
「ええ。そうです。実家から通っていました」
そこまで聞いていなかったが、赤崎は頷いた。
「続けるぞ。その前にPACの説明をしとくぞ。これは凝集剤だ。ここに流れ込んでいる水は、原水中の大きいゴミを沈砂池で取り除いただけだから、プランクトンや藻類や不溶性の有機物、地質に由来する懸濁成分などは水中でそれぞれが反発して浮遊している。PACはその中に注入すると加水分解して、浮遊物同士の反発を無くして、凝集させる役割がある。ちなみに凝集してできた塊のことをフロックと呼んでいる」
黄田は頷きながら聞いていた。すでに知っているが、確認しているのだろうと赤崎は想像していた。
「薬品を注入した後は混和池に移動する。混和池では注入した凝集剤と水が完全に混ざるように攪拌機でかき混ぜる場所や」
混和池の水槽の中央には人一人通れるくらいの橋が掛けられており、その中央に攪拌機が取り付けられている。攪拌機の先は水槽の中に入れられていて、攪拌機の先端には羽根が取り付けられていて、それが回転することで水を撹拌する。
「撹拌した水はフロック形成池に運ばれる」
赤崎は次の水槽も指し示す。
「フロック形成池では、混和池よりもゆっくりとした速度で撹拌する」
フロック形成池の中はさらに四つに分割されており、それぞれの水槽には水平に取り付けられた軸に羽根が四つ等間隔で取り付けられている。それがゆっくりとした速度で回転している。
「このスピードで撹拌してフロックを大きく重たくしていくんや。ほれ、よく見てみ。次の水槽に近づくほどフロックが大きくなっていくやろ?」
黄田は水槽を見下ろしながらゆっくりと移動する。
「白い小さな塊が浮いていますね。それが大きくなっていくのですね」
「お前偉いな。知っているやろ?」
黄田は照れたように笑う。
「混和池でフロックの核みたいなものを作って、ここでフロックを成長させる感じやな」
赤崎はは次の水槽まで移動する。
「ここのブロックの最後が薬品沈殿池や。ここはフロック形成池で成長させたフロックを沈殿させて取り除く水槽や」
赤崎が示した水槽はこの四つに分けられた領域の中でも最長の水槽である。
ここに流れ込んだフロックが浮遊している水は、時間をかけてゆっくりと流下していく。その間、重力によってフロックを水槽下部に沈殿させることで汚れを取り除く領域である。
「先ほどまでに形成したフロックが重くなるから水槽に沈んでいくってことですね」
黄田が言った。
「そういうことだ。知ってるやろ?」
「実は…専門は下水道です。知識としては知っていますけれど、ちゃんと見たことは無くて…沈んだフロックはどうなるのですか?」
黄田は質問する。
赤崎は黄田が下水専門だったとは知らなかったので、少し驚いていた。
「沈んだフロックは泥状になって堆積する。ちょっと見にくいかもしれんが、この水槽の床が緩やかに傾斜している。フロック形成池側に傾斜しているから、そこに溜まることになる。そうしたら床のポンプを使って排出するんや」
「そうか…中に入ってお掃除っていうわけにはいきませんものね」
「たまにはやるよ?」
黄田は、そうなんですか、と言って頷いた。
「次は反対側に向かうぞ」
赤崎たちは点検通路を進んでコの字の縦棒を進む。ここはパイプになっていた。
「今、流れは止まって見えますけれど、今は稼働していないんですか?」
「ゆっくりと流れているよ。夜中やからな。明るいうちにあそこの配水池に貯めてあるから。余程の事が無い限り動かさない。夏場はさすがにずっと動かすけどな」
「水はどうやって流れているんですか?」
「基本的には傾斜が付けられている。だから自然流下ってやつや」
黄田は懐中電灯を当てて確認する。
「基本的にポンプを使っているのは沈砂池から着水井ともう少ししたら見える浄水池から配水池までの間だけやね」
そして二人は次の水槽に到着する。コの字の上部横棒の付け根である。
「ここは急速ろ過池。薬品沈殿池である程度はフロックが沈んで汚れは取れているけれども、それでも沈殿しなかった微細なフロックというのはある。ここではその微細なフロックを除去するために厚さで約七十センチの砂の中に水を通過させて、ろ過する。水は上から下方向に砂の層を通過するんや。速度としては一日平均で約百四十センチの速度やな」
黄田は水槽の縁にしゃがみ、その中を覗いている。
「一般の人たちがイメージする浄化に近いでしょうか。サバイバルの知識とかで砂や砂利を使った方法が有名ですよね」
「ほとんど同じ方法やな。活性炭なども使う施設もあるようだからな」
黄田が頷いたのを確認して次の水槽に向かった。赤崎は黄田が頷くのを確認して進むリズムに慣れてきていた。
「浄水設備の最後としては浄水池になる。ここではろ過した水に、さっきも出てきた次亜塩素酸ナトリウムを再度注入する。今度は殺菌剤としての使用目的になるな。この消毒という操作を行って飲料に適する水になるわけだ。ここに水が滞留されるのは四十分くらいかな。それから送水ポンプで配水池へと揚水する」
黄田は浄水池の水をじっと見ている。
「本当にきれいになっていますね。凄い。あのタンクが配水池で水を貯めるところなのですね?」
「そう。先に言われたがあれが配水池。タンクが二基あるやろ。それぞれに水を貯めておく。滞留時間で言うと六時間くらいは貯めておけるかな。順次市街地へ配水されて各家庭の蛇口をひねると水が出てくるということになるわけ」
「なるほど。ちなみに前から気になっていたんですけれど、配水された水が塩素臭くなることってないのですか?」
黄田が言う。
赤崎は距離が離れている配水池に懐中電灯を当てて点検していた。
「気温や取水する水の質によって投入する薬品の量などを変えているけど、どうしても蛇口をひねると塩素臭くなる場合もあると思う。しかし、浄水の目的は蛇口から出る水が各家庭の飲料水として全く問題ないレベルまで浄化することにある。匂いは多少するとは思うけれど、水質には問題ない」
赤崎ははっきりと言った。
「それでも心配だったら少し水を貯めておけば良い。匂いが多少は抜ける」
黄田は大きく咳をして頷いた。
「寒いか?さあ、浄水場ツアーはこれで最後や。かなり駆け足だから上っ面をさらっと撫でただけの説明になる。あとはお前の努力や」
黄田は背筋を伸ばす。
「はい。分かりやすかったと思います。ありがとうございました」
深々と頭を下げる黄田の後頭部を見下ろしながら、赤崎は黄田が自分についていなくて良かったと思っていた。青原がどう考えているかは知らないが、自分にこの子は真面目すぎると思っていた。
「さあ、じゃあ今度は戻りながら点検の仕方を教えてやる。あ、もし青原から別のことを教えてもらったらそっちを覚えろよ。大した違いはないけど、ワシのやり方なんぞ無視しろ」
黄田は不思議そうな顔で頷いた。
「よし、じゃあ入ってきたところから帰るから。帰りながら点検していくぞ。配水池は今ワシがやったから。浄水池からや」
はい、と元気よく返事する黄田の声が夜空に響いた。
それを確認すると、ちょうど後方にあった浄水池を振り向いた。
施設のすべての水槽は、二人が今立っている通路よりも低い位置にある、ちょうど通路の床が水槽の開口部と同じレベルになっている。
投光車からの光だけでは水面下まで見ることはできなかった。赤崎は手に持っていた懐中電灯を点けて、水面に向ける。
浄水池は浄水段階で言えば最後の工程になる。
そのため、水面は波打っているが、投光車の光と懐中電灯で明瞭に水槽の床の色が確認できた。水色とも黄緑色とも表現できそうな色で統一された水槽は清純な水、と言う表現が適切だった。
最終段階の水槽なので、目に留まるような異物は存在しない。赤崎はいつもこの水槽を点検する時は十秒ほどで終わらせる。
そのことを黄田に伝えようとした瞬間、赤崎の懐中電灯が止まった。
赤崎はそれが一瞬何かわからなかった。そこにあるはずのないものが、そこにあったからだった。
「え?あれ…何ですか?」
隣で一緒に見ていた黄田が声を上げる。視線は赤崎が照らしている懐中電灯の先に向けられている。
赤崎はすぐに身を屈めて水面近くまで顔を近づける。流れはほとんどないが、水面はいくつもの波が重なり合って水槽の床にあるものを見づらくしている。
「赤崎さん、あれ何ですか?」
黄田の質問に答えている暇はなかった。
水槽の床にある異物は長い形状だった。グラデーションはあるが、全体的に茶色、所々鼠色をしていた。
「黄田」
「はい?」
急に呼びかけられた黄田は上ずった声で返事する。
「戻って一階の給湯室からビニール袋持って来い」
「え?」
「いいから!」
黄田は駆け出した。
赤崎の頭には、沈んでいる異物が何か、予想がついていた。立ち上がると配水池の方まで走る。そばのフェンスに銀色のボックスがある。それを開けると釣りなどで使う網が掛けられていた。
赤崎はそれを手に取ると脇にある蛇口から水を出して先端部の網を洗う。
それを携えて再び浄水池に戻る。この網は赤崎が置いたものだった。
静かに網を水面から入れると異物を掬い出した。
通路に網を静かに置いたタイミングで黄田が戻ってきた。
「あの…赤崎さん、チャック付きのポリ袋しかありませんでした」
息を切らして、赤崎に報告するが、赤崎は網の中にあるものから視線を外さなかった。
黄田も近寄って一緒に覗き込む。
その網の中には、鈍色に光る所々錆びたナイフがあった。
四月二十一日、午前十一時半。
原田は目を閉じて黙っていた。頭の中ではこの時間は何の時間なのだろうかという自問自答しかしていなかった。
無津呂の車の中、無津呂、大原と共にじっと座っている。
無津呂は正しい姿勢で前方を見ていた。
後部座席で隣に座っている大原はスマートフォンを弄っている。
無津呂から報告された、処理センタで今起こっている事態を、二人は案外あっさりと受け付けた。
実感がない、と言うのが原田の正直な感想だった。警察はまだ働いている。外は日差しが強くなっていたが、車の中は冷房が効いていて快適だった。敷地内に植えられている木々の動きを見る限り、風は吹いているのだろうと思った。
海が近いため、潮風を気にしているのかもしれない、と原田は考える。車の窓を開けないのは、借り物の車の車内が潮でべたつくのを避けようとしているのかもしれないと推測した。
そんな事件が施設の中で起こっているのであれば、帰れば良いはずだ。
しかし、下水処理をしている施設で業務中止、と言う訳にもいかず、通常運用しているのだから、待っていれば採取できるだろう、と言うのが無津呂の意見だった。
実際、無津呂は担当者に連絡を取ったようで、しばらく待ってくれと言われたとのことだった。
それから一時間ほど、この状況だった。
あと五分経ったら帰宅することを提案しようとしたところで、施設の玄関から、ベージュの作業着を着用した男性が出てきた。すぐに無津呂の車を見つけて、ゆっくりと歩いて近づいてくる。
運転席の無津呂の方に近づいてきたので、無津呂がタイミングを見計らって車から降りた。
三原と原田もそれに続く。快適な車内から太陽の熱が頭頂部に降り注ぐ。
「おう、しばらくだな」
「…穴吹さん…お久しぶりです」
「相変わらず、辛気臭さが服着ているみてぇだな。もうちょっと明るい色の作業着でも着ろよ」
無津呂は苦笑いをした。原田は蛙が苦笑いをするとこうした顔になるのかと新たな知見を得た。
「…こちら、センタの穴吹さん。僕とは…」
無津呂は原田と大原に穴吹を紹介するが、すぐに穴吹本人に遮られる。
「ああ、もういいよ。お前が紹介し始めると俺らが干からびる」
とりあえず、涼しい所行くぞ、と穴吹は建物に引き返す。
原田と大原は点いて行きながら簡単に自己紹介を始めた。名乗る程度だった。おう、よろしく、と穴吹は首だけ二人を見て言った。ポケットに手を入れて気怠そうに歩くのは、穴吹の性格によるものが大きいのかもしれないと原田は考える。
「…警察が…物騒な事言っていたんですけれど…」
無津呂は穴吹を見上げて尋ねる。父親と子供以外には見えないだろうと原田は思った。
「死体だってよ。迷惑な話だよ。面倒くせぇ」
建物の中に入ると、さらに警察官が増えたように原田は思った。
可士和市水処理センタのロビーは細長いタイルが前面に張られていて、ホテルのロビーのようだと原田は思った。入ってすぐ、壁の両脇に階段があり、左右に廊下が伸びている。
「…この敷地内で…見つかった…」
「ああ、そうだよ」
ぶっきらぼうに穴吹は答える。
「これからお前らが行く処理施設の中でな」
「…僕らが行っても…大丈夫ですか?」
無津呂は当然の心配をした。
穴吹は大げさに手を振る。
「いいのいいの。別にこっちは気にしないよ。ただサンプルの中に死体の成分が入っているかもな」
穴吹は意地悪そうに笑う。
原田と大原が心配そうな顔でそのやり取りを聞いていたことに無津呂は気が付いた。
「…穴吹さんとはね…」
「無津呂、こっちで説明する。導入部の説明で目的地に着いちまうからな」
やる気のなさそうな目をして穴吹が言う。
穴吹はまた歩き出す。廊下を左に折れると真直ぐ進む。
「大した話じゃないけどな。ただ学会で質疑応答してからだな。こいつが研究していることとこっちの技術で何かできると思ってな」
処理場の職員も学会に行くのかと原田は驚いていた。民間企業や研究所の人間が行くものだと思っていたからだった。
「…それからの付き合いで…いつもありがとうございます」
「こっちも利益があるからな」
無津呂は穴吹の後ろをヒョコヒョコついて行く。
進むにつれて警察官の数が多くなっていた。穴吹の言葉の通り、遺体の発見現場に向かっていることになるため、警察官が多いのは道理である。
廊下に並ぶ扉の一つに警察官が頻繁に出入りしている扉があった。ちょっと待ってろ、と穴吹が言うと、その扉に近づき、立っている警察官に穴吹が会話を始めた。
すぐに三人を手招きで呼ぶと穴吹を先頭に扉を潜る。
扉の先は再び外に繋がっていた。
「また外…あっついー」
大原が力なく言う。穴吹はその様子を一瞥すると先に歩き始める。
「そこの学生二人は処理場のことは知ってんの?」
気怠そうな話し方に原田は慣れつつあった。
「さっき原田君に教えてもらいました」
いつもの調子で大原が言うと、ああそう、と穴吹は言って黙った。
つまり二人共、知識の差はあれ、知っているということだと判断したのだろうと原田は推測した。
「こいつの研究内容については教えてもらったか?」
穴吹は無津呂の頭をポンポンと叩きながら言った。
「えっと…」
「いや、悪かった」
「下水中のリン回収に関する研究ですよね」
原田は不機嫌になりつつあった穴吹に向けて言う。
「まあ、お前は分かってそうだよな。なんか優等生っぽいし」
引っかかるような言いぐさだった。
「その通りだよ。お前も勉強しとけよ」
大原は、えへへ、と笑った。
それで許されるのはまだ研究室に配属したてのこの時期だからである。
「あのな、いつまでもそのままだと痛い目みるぞ?お前のところの研究室は良く知っているからな」
まだニヤついていた大原だが、その顔は引きつっていた。穴吹のような男に注意されたことは大原にとって嫌な思いだったのかもしれないと原田は思った。
「リンって…あのリンですよね?」
ここで何とか学ぼうとする大原の姿勢は褒められるものである。
「どのリンのこと言ってるのかわからないな」
穴吹は欠伸をする。
「えっと…元素記号の?」
「十五番だなぁ。それから?」
「…穴吹さん、もう勘弁してあげてください。…僕がちゃんと教えてなかったから…」
その言葉を待っていたかのように穴吹は無津呂を指差す。
「そう。お前が悪い。自分の部下ができない、失敗した、間違ったことをした、これは全て上司、先輩のお前の責任だ」
勝ち誇ったような顔をする穴吹に原田は苛立ちを覚えた。
しかし、大原も原田も何も言い返すことはできなかった。
無津呂は、精進します、とだけ言うと、頭だけを下げた。
鼻から息を吐く。
「リン自体は肥料に使われたり、食品にも使われる。使用頻度が高いにも関わらず、地球規模での循環はしない」
不安そうな顔をする大原を確認した穴吹は大きく溜息を吐く。
「そこからか…。いいか、循環ってあるだろう?最近はリサイクルだ何だと、一般にも普及したけれどな。資源の循環っていうのを考えて見ろ。水が最もわかりやすいな。海からもう一度山に戻ってまた川になって…。じゃあ、石炭や石油はどうだ?」
話を振られた大原は真剣な顔で考える。
「えっとー、循環しない?」
「中学生でもわかる話だな。燃やすから最終的には二酸化炭素だ。もともとの植物には戻って行かない。吸収するはずの植物も、もう限界だろうな。だから地球温暖化なんて言われている」
穴吹の話に原田は耳を傾けていたが、無津呂は何かを探すように辺りを見渡していた。
「窒素やリンを考えてみろ。窒素は空気中にガス状になっているからそれを固定化できる。でもな、リンは常温常圧ではガスにならん。海に流れたら陸に戻ってくることはない」
視線は海に向けられていた。
「まあ、海鳥が魚を食べて陸上で糞をして戻ってくるって言われているけれど、量なんて期待できないさ。研究者の中では二千七十年ころには世界中のリンが枯渇するっていう指摘もある」
穴吹は頭を掻く。
「これ以上は自分で調べろ。面倒くせぇ。とりあえずな、リンは何もしなければ減っていくってことだ。だから流出するリンをどれだけ回収できるかってことが重要なんだ。下水の分野では、洗剤とか、それこそ肥料を使って農業したあとの排水なんかが流れ込む。ここである程度回収できるはずだ」
そうして顎で先を促す。四人は歩き出す。
「詳細は省くけど、たまたまこの処理場で使っている活性汚泥の中にリンを回収する微生物が多く存在することが分かった。今後のリン回収フローに組み込めるかもしれないっていうことで研究が始まったんだ」
そして隣を歩く無津呂の肩を叩く。
無津呂は驚いて僅かに飛び上がった。
「ちょうど同じころにこいつもその点に着目して研究を始めていた。しかもこいつが凄いところはその先も考えていたってことだ」
「その先?」
原田は思わず声に出していた。
穴吹は見透かしたような目で原田を見た。
「あとで自分が聞け。お前の先輩だろ?」
やはり見透かされていたのだと原田は思った。
原田は返事もせずに施設を見渡した。
いくつかの水槽が並べられており、水がゆっくりと流れている。水の流れは市街地側から海側に向かうように流れている。水槽は蛇行するように設置されていて、浄化する際に必要な距離を稼ぐ様に長い水槽が多いため、そうしているのだと原田は考えた。
警察は市街地側に多く見られた。
「あの、死体が見つかったのは…」
「気になるのか?」
原田は一瞬言葉に詰まる。
「サンプル採取の場所から離れているのかどうか気になりました」
嘘ではなかった。
「死体は沈砂池で見つかった。他の大きなゴミと一緒に柵に引っかかってな」
「…地下ですか?」
無津呂が尋ねる。
「地面レベルとしては地下だな。でも近くまで行けばわかるが、地表から投げ入れることも可能だ」
四人は生物反応槽の前まで来る。
「ちなみに死体は刃物で刺されていたそうだ。それだけじゃなくてな。顔が焼かれていた」
原田と大原は息を飲んだ。原田の額から汗が一筋落ちる。無津呂は無表情だった。
「びびってんな。どうする?やめるか?」
「サンプル採取と…それはまた別問題ですよね?」
無津呂の抑揚のない声が響く。
「面白くねぇな」
「…採取して良いですか?」
穴吹はわざとらしく紳士の様に反応槽を指し示す。
無津呂は二人に指示を出してサンプル採取を開始する。
サンプルは水の流れに沿って、反応槽の端から端まで、いくつかの区域に分け、その区域内で活性汚泥を採取する。
つまり反応槽の入口から出口に向けて活性汚泥のサンプルを採取しようという計画だった。
「…ポケットの中身とか…全部出しておいて」
無津呂は二人に注意する。大原はなぜか、と言う顔で原田を見た。
「反応槽にものを落とさないためだよ」
原田は小声で伝える。大原は納得した顔で頷く。
「…亡くなった方は…誰だったんですか?」
無津呂はサンプル採取を後輩二人に任せて穴吹の隣に立っていた。
「え?ああ、知らん。それは警察も何も言ってねぇからな。まだわからないんじゃねぇの?」
ただ、と穴吹は続ける。
「見つけたのが夜番だった同期の…あれ?お前有馬って知っているよな?」
無津呂は頷いた。
作業中の二人も聞くともなく二人の会話を聞いていた。
「有馬が見つけたんだけれどな、あいつも運が無いっていうか…。まあいいや、そいつが言うには、こう、死体は背中を上にして、だらーんって浮いていて…そんで作業着だったんだよな」
「じゃあ、ここの職員の方…」
「いや、服の色が違う」
はて?というセリフがぴったりな首の傾げ方を無津呂が披露すると、無反応で穴吹は続ける。
「ほら、山側の浄水場、あそこの作業着だったんだってよ」
海からの生暖かい風が三人の頬を掠めて吹いた。
四月二十一日午前〇時四〇分。
管理課の部屋には柚咲班の全員が揃っていた。
部屋の一面の壁には映像が映し出されていないモニタが並んでいる。
誰も口を開くことなくそれぞれの机に座っている。
広い管理課の部屋の一番端が柚咲班のブロックである。
その机の一帯だけ天井のライトが灯されていて、まるでスポットライトのようだった。
柚咲の机の上には、チャック付きのポリ袋に入れられたナイフが置かれている。
袋の内外の温度差からか、袋の中が曇っていた。
「どういったことなの?」
柚咲は袋から目を離さずに呟いた。
特定の誰かに向けた発言ではなかったが、誰に向けられた言葉であっても、その質問に答える人間はいなかった。赤崎が黄田と共に発見したナイフはチャック付きのポリ袋に入れられてここまで持ってこられた。
赤崎と黄田は残りの二人を叩き起こして、事態を説明、寝起きの頭には衝撃が強かったのか、すぐに目を覚ました。
状況を説明した後、この状況になった。
「とりあえず、配水池への水の供給は止めた。それと一旦すべての槽を閉じている状態や」
赤崎は腕を組んで言った。表情は険しかった。
「この場合…どうするんですか?」
メモを机の上に置いているが、そこに何か書こうという意志を黄田は見せなかった。
「赤崎さんがしたようにまず、配水池への供給は止める…かな」
青原も言い淀んでいる。そんな事態はマニュアルには無い。過去にもなかったためである。
「そんなん、異物混入や。汚染の事も考えんといかんやろう」
そうっすけど、と青原は言った後、沈黙した。まだはっきりと覚醒しているわけではないのかと赤崎は考える。
「まず、今、槽に入っている水は全て抜きましょう。清掃の後にすぐまた採水を始めてください」
柚咲は眉間に皺を寄せて言った。
「浄水池だけでええよ」
赤崎は言った。三人は赤崎に注目する。
「隣は急速ろ過池やから、砂の壁がある。それより手前に逆流することもないと俺は思う。心配なら急速ろ過池も止めて砂の交換をするか?」
最後の問いかけは柚咲に向けられたものだった。
大半の工程が自然流下で行われている以上、最終工程の浄水池だけを洗浄すれば良い、と言うのが赤崎の意見だった。
「急速ろ過地と浄水池の間はどうなっているの?」
「それを見つけた段階でゲートを閉じとる。浄水池から配水池のポンプは止めたことも言ったよな?」
柚咲は頷く。
「わかりました。では赤崎さんの案を採用して、まず浄水池の水を抜いて清掃、その後、配水池のタンク…Cのタンクね。その水を排水してください。タンクの清掃は明日、別途頼みます」
すぐに青原と黄田が走り出す。
「おい、青原、CからBにルート繋いでおけ。すぐにワシも行く」
赤崎のコメントには手を挙げるだけで応えていた。
部屋には柚咲と赤崎だけが残った。
「ありがとうございます」
額には汗が滲んでいるのが赤崎の席からも確認できた。
「全くなにも解決しとらんけどな」
立ち上がると柚咲の席に近づく。
改めて袋に入ったナイフを手に取る。
「清掃の指示とか出したけどな…そもそもこのナイフ、いつからあったんや?」
手に持ったナイフを観察しながら赤崎は言った。
ナイフは刃渡り十六センチほどのものだった。浄水池から取り上げた時も確認したが、変わらず、刃先は錆びていた。全体的に鈍い銀色なのだが、所々大きく錆びている箇所があった。大小の水玉がナイフに発生している状態である。
赤崎は袋の上から持ち手の部分を触れてみた。
「革…ゴムか?随分と乱雑に巻かれとるな…」
「私と青原君が見回りに行った時には無かったはず」
赤崎を見上げるように言う。
「じゃあ、あれか、お前らが二人で見回りに行った時には無くて、ワシと新人が見回りに行ったらあったってことか?」
それが何を意味するのか、柚咲は理解できていた。
「それが事実でしょう?」
柚咲が強気で言っているのが赤崎には気になった。
「じゃあ、このナイフ、どこからやってきたのでしょうね?」
わざとらしく赤崎は笑顔で言った。
「知らないわよ」
「それよりもおかしくないか?」
「何が?」
「何で錆びている?」
赤崎が再び机に置いたナイフを柚咲は眺める。
「水の中に入っていたでしょう?錆びていてもおかしいことないじゃない」
「そうやな。水の中に入っていたんやから、錆びていてもおかしくない。でもな。これ錆びすぎじゃないか?」
柚咲はまだ分かっていないようだった。
「専門家じゃないから知らんが、一時間二時間水に浸かっただけでこんな錆び方しないやろ」
「それは…」
柚咲も違和感を覚えたのか、ナイフをじっと観察していた。
「じゃあ、もっと前から?このナイフが錆びるくらい前から浄水池に沈んでいたっていうの?」
まるで懇願するかのような顔で赤崎を見る。
「最後の見回りの報告は見たか?」
赤崎は冷静だった。
柚咲はPCを操作して日報を呼び出す。朝番の最後の報告書を確認していた。
赤崎はそこに二人が知りたいことは書いていないだろうと予測していた。あれば今の赤崎達の様に大問題になっているはずである。
それよりも赤崎には別のことが気になっていた。
「書いてない…」
「だろうな」
「知っていたの?」
「そんなもんが沈んどったら、もっと前に大問題や」
「相変わらず最低」
「お前の教育係の時よりかは丸くなったと思うぞ。自分で言うのもなんやけど」
かつて、赤崎は柚咲の教育係だった。柚咲が新人だった頃の話である。その頃と赤崎の立場は全く変わっていない。変わったのは部下が上司になったことくらいである。
柚咲の発言はその時の赤崎の指導方法が最低だった、ということだった。
「そんなこともっと早く気づかんとあかんやろ」
柚咲の表情は怒りに満ちていた。
だとするとだな、と赤崎は続ける。柚咲の怒りをやり過ごすためである。
「…何ですか?」
「錆びた状態のナイフを入れたっていうことになるわな」
「まあそうでしょうね。それ以外に説明がつかないでしょう」
勢いをつけて立ち上がると柚咲はコーヒーメーカに向かった。
「ならよう。これ、ワシらに引き継いだ後に浄水池に入れられたことになるやろ?」
柚咲はコーヒーメーカを見つめながら、暫く考え込む。
「そう…なる…か」
「いつ入れるんや?これ」
「知らないって…。それを考えているんでしょう?っていうか、考えてください」
「誰が入れられるんや?このナイフ」
「誰って…」
コーヒーを淹れた柚咲が席に戻ってくる。自分専用のカップを持って席に座って飲み始めた。
「淹れてくれてもいいやろ…コーヒー…」
ブツブツ言いながら赤崎もコーヒーメーカに向かう。
「飲みたかった?」
「いいですー」
「何が言いたいの?」
「あのな、セキュリティがしっかりしているこの施設に誰が入ってくるんやってことが言いたいんや」
浄水場はその性質上、セキュリティが厳重である。この北可士和浄水場も周囲をフェンスに囲まれ、それぞれに監視カメラが設置されて、さらに入り口には二十四時間体制で警備員がいる。
浄水施設がある方向は斜面に沿うように作られているため、上ってくることも難しい。
「ん?」
「気が付いたか?あのな、今このナイフを浄水池に入れられるのはこの建物の中にいる人間だけやってことなんよ」
「いや…なら…え?私たちだけ?」
「今から警備室に行って聞いて来ようと思うけど…まあ、期待薄やろな」
「行くなら私も行きます」
「じゃあ、コーヒー飲んでからでええやろ。もう起きたことは仕方ないし…あ、警察にも連絡しとかんといかんな」
固定電話に手を伸ばそうとする赤崎の手を柚咲が掴む。
「何や?」
「それは警備室に行ってからにしましょう」
「そんなん早い方がええやろ」
柚咲は無視して部屋を出る。
柚咲のカップのコーヒーはまだ十分に楽しめる量が残っていた。
四月二十一日、午後一時。
サンプルの採取は順調に進んだ。
三十分ほどかけてすべての区域からサンプルを採取した。
原田と大原は水槽を挟むような形で、それぞれが水槽に柄杓を入れて撹拌されている活性汚泥を採取する。
活性汚泥と言っても、知らない人から見れば泥やヘドロに近い。脱水すれば、砂の様にサラサラになる。
今は小さなキャップ付きの容器に採取して封をする。
槽の位置とリンの吸収率についてのデータを取ることが目的の一つである。
「死体を処理場に捨てるなんてひどい話だよね」
大原は屈託なく言った。
「なんで?」
「こんなところに捨てるなんて非常識じゃない?」
人を殺害することは非常識ではないのだろうか、と口から出かかったが、原田は堪えた。
「まあ…そうかな…」
「ま、下水処理場だから、じゃねぇの?」
その会話を聞いていた穴吹が口を挟む。
「…どういう意味ですか?」
恐る恐る大原は尋ねる。穴吹に若干の恐怖心があるように原田には思えた。
「今朝、トイレ行ったか?」
穴吹の返答に大原は不思議そうな顔をした。
「行きました…けど」
「大か?小かな?」
「最低…」
「何でだ?お前はトイレ使わないのか?」
「使います。そんなこと女性に聞くことが最低なんです」
「それはわかんねぇな。人間だったらトイレ行くことなんか普通だろう?まあ、良いや。じゃあ、朝風呂入ったか?シャワーとか。入るんだろう?女ってやつは」
大原は答えないが、苛立っているのは原田にも分かった。
穴吹を睨む目つきが鋭くなっている。そして穴吹も分かっていて発言しているように思えた。だとしたら、最低な人種であることは間違いない。
「そうしたら髪洗うよな。なんなら身体もか?」
ニヤニヤしている穴吹を大原は軽蔑するような目で睨む。
「そしたら朝飯か?まあ、実家か一人暮らしかは知らんが、実家だとしたら親が朝飯作るだろう?喰い終わったら食器やらなんやら洗うよな」
隣の無津呂は二人の顔を交互に見ながら聞いていた。
「さっきのトイレの洗浄水も、食器洗った水も、工場で何やら使った水だってそうだ。すべての使用済みの水がここに来るんだ」
人差し指で足元を指し示しながら穴吹は言った。
「そこらへんに住んでいる奴らが、蛇口を捻って出てきた水を使ったら、もれなくここに来る。どんな汚れや、異物を含んでいようが、だ」
大原も原田も黙って穴吹の顔を見ていた。嫌な人種だと、原田は思っていたが、言っていることに間違いはなかった。
「だから死体だってここに集まってきても、俺は何も感じないんだよ。誰が刺したか、そもそも刺された奴だって知らねぇがな、刺された奴は刺した奴にとっては汚れた人間なんじゃねぇかな。死ぬ前にここに持って来れば浄化してもらえる、なーんて考えたのかもなぁ」
最後の台詞は、いつもの穴吹の言い方だった。
原田は不思議な気分になった。頭から穴吹の意見を否定することはできなかったからだった。
「…何故…顔を燃やしたんですかね…」
無津呂は力なく呟く。
「お前さ、怖いよ。その言い方でその内容だとかなり怖いよ」
穴吹は照れくさそうに無津呂にツッコミを入れる。
「…いや…変だなって」
「んあ?何がだよ」
穴吹は暑そうに着ている作業着でパタパタと風を送る。
「…顔を燃やすってことは…誰だかわからなくさせたいってこと…ですよね?」
「ああ…まあ、そうだな」
「…作業着は脱がせないと…すぐに分かってしまう…」
「そうだな。有馬がすぐに浄水場の人間だと分かったからな」
「…意味不明」
「俺にはお前の生き方が意味不明だよ」
内心、良く言ってくれた、と原田は思った。
「顔が見たくないくらいに、嫌な人間だったんじゃないですかぁ?殺して、動かなくなってもまだ顔を見ると憎しみが湧き出るっていうかぁ」
全員が大原に注目する。大原はサンプルが入ったプラスチックの便の蓋にビニルテープで封をする作業をしていた。
「…君…怖いこと言うのね…」
穴吹はそう大原に投げかけるが、当の本人は一切穴吹を見ることはなかった。
「まあ、そんなこと、警察が調べるだろからな」
「…そうですけど…」
無津呂は納得していないように原田は思えた。
「さ、お前ら終わったか?警察屋さんの迷惑にならないようにするぞ」
態度とセリフが全く合致していないと原田は思った。それほど、穴吹の態度は人を諭すことに適していなかった。
無津呂も参加して撤収作業をしていると、死体が発見されたところからスーツ姿の男性が四人の元にやってきた。
歩き慣れていないのか、時折、転びそうになりながらも容姿がわかるまで近づく。
上半身は白いシャツ、ネクタイは着けていなかった。灰色のスラックスに細やかな装飾が入った銀バックルのベルトを通している。
天然パーマなのか髪の毛が縮れていた。顔はエキゾチックで、かつ話しかけやすいような雰囲気を醸し出していた。背も高く、それなりの格好をすればナンパの成功率は高めだろうと原田は思った。
「お疲れ様です。C県警の寿と言います。今、ちょっと…よろしいですか?」
穴吹と無津呂ら三人を見比べながら寿と名乗った男性は言った。
「見てわかりません?仕事中ですよ」
仕事なんかしてないだろう、と原田は口から出かかった。こういう時に黙ることができる、ということを特技にでもしようかと原田は考えていた。
「そうですよね…。えっと穴吹小吹さん…でよろしいでしょうか?」
「よろしいですねぇ。寿さん…でしたっけ?随分おめでたい名前ですね。この仕事に向いてない名前を挙げろって言われたら、間違いなく一位ですよねぇ」
「そうなんですよ。でもこうして話のきっかけになるから助かっていますけれどね」
笑顔で対応する寿の方が穴吹より上手だろうと原田は考えた。
「事情聴取にお時間取っていただいてありがとうございました」
丁寧に頭を下げる。
「いや、聞かれたから答えただけだよ」
助かります、と寿は言った。
「非番の方や夜番…と言うのでしょうかね。その方たちからはまだお話を聞けていませんが、現時点で分かったことをお話しさせていただいて、何か気が付いたことがあればまた教えていただきたいと思いまして…」
寿は無津呂たち三人に視線を向ける。
「こちらは…職員の方たちではないですよね?」
「あれ?下っ端の警官から報告受けてないの?R大学の学生さんたちだよ。研究協力をしているんで」
「R大学ですか。私立の理工系大学ですよね。ほわー。頭いいんだ」
「まあ、そりゃあな。一人蛙がいるが、顔もいいだろう?」
「穴吹さんが言わないでください」
原田は我慢できなかった。
蛙と言われた無津呂は特に表情を変えることなく、というより、表情がほとんどないので、表情の変化から感情は読み取ることは原田にはできなかった。
「皆さん愉快ですね。あ、時間もないので本題に入って良いですか?」
呆気にとられる四人を残して、寿は話し始める。
「学生さんたちがいると…」
「気にしなくて良いだろう。別に。どうせ報道されるんだろうから」
不貞腐れた様に穴吹は呟いた。
「わかりました。では手短にお伝えしますね」
寿は手帳を取り出すと数ページ捲って確認するように視線を落とす。
「まず、身元ですが、まだわかっていません」
「んだよ、まだわかってないのかよ」
悪態を吐くように穴吹が言うと、寿は視線を穴吹に向けて続ける。
「ですが、職員の方からご指摘頂いた通り、被害者の着用している衣服から北可士和浄水場で通常着用されているものと判明いたしました」
穴吹が先程言っていたことだと原田は思い出す。
「なので、まず北可士和浄水場の方に連絡を取って連絡が取れない職員の方がいないかどうか、調査する方向です」
原田の隣で立っていた無津呂が首を傾げていたのを原田は横目で見ていた。
「俺良く知らないけどさぁ。やっぱり顔が燃えていると身元調べんのって苦労するの?」
「そうですね…。例えばですが、かかりつけの歯科医院があればそこに問い合わせて照合できますが…」
「身元分からないんだろう?」
「ええ。身に着けている所持品も無くて。全く難儀ですよ」
「良かったじゃんか、作業着を着てて」
全くです、とため息気味に寿が言う。
「あの…」
無津呂が手を挙げた。
「どうした?トイレなら建物の中入って、自販機を曲がったところ…」
「…トイレじゃないです…」
無津呂は寿に近づく。背の低い無津呂が寿の隣に立つと、穴吹以上に親子感が際立つ。
「…刑事さん、ここの職員の方も…連絡が取れない人を…人がいないか確認するべきです」
詰まりながら、言い直しながらではあるが、主張をする無津呂に原田は呆気にとられた。今まで大学では見ない光景だったからである。それは大原も少なからず原田と同じ気持ちだったようで目を見開いて無津呂を凝視していた。
「えっと…それはどうしてかな?」
寿は、それこそ子供を諭すように柔和な言い方で質問した。
「…判断材料が…作業着しかないから…です」
無津呂の回答はあっさりとしたものだった。寿も質問した状態で固まっていた。
「ごめん…言っている意味が…」
「…死体の身元を判断する材料が…作業着だけだから…です」
「それしかないから、仕方ないっていうことなんだけれど」
寿は困ったような顔で後頭部を掻いた。
「…刃物で刺した後…顔まで焼いたことの理由は…どうお考えですか?」
「んー、身元をわからなくしたかった…からかな」
寿は簡単に自分の考えを伝えた。
原田はこんな簡単に捜査状況を民間人に伝えても良いものだろうかと思った。
「…だったら…作業着だけ着させたまま遺棄するっていうのは…変じゃありませんか?」
寿も違和感があったのか、怪訝な表情になっていた。
「風音さん、私良くわからないんです。どういうことですか?」
大原の問いに答えたのは穴吹だった。
「ああ、分かった。こいつが言っているのは、顔まで焼いて誰が死んだかわからなくさせようとしているのに、作業着なんていう、どこで働いている人間かはっきりわかるようなものを残しているのはおかしいじゃねぇかってこと…だよな?」
無津呂は頷く。
「それは…理解できましたけど…だから何、って思っちゃうかな」
おどけた様に寿は言った。
「北可士和浄水場の人間ではないかもしれないっていうことですか?」
次は原田が無津呂の考えを引き継いだ。
無津呂は頷いている。
「北可士和浄水場で働いている職員の様に見せかけるために作業着を着せたっていうことだとすれば、実際はそうじゃない可能性がある…」
そういうことではないでしょうか、と原田は寿に伝える。
「なるほど…でもそうなると、一気に死体の候補が増えることになるなぁ」
「…不特定多数では…ありません。沈砂池に遺棄しようと考えるくらいだから…」
無津呂の額には汗が滲んでいた。
日が高くなって、雲が無い。直射日光は原田の体温も上昇させていた。
「ん?どういうこと?」
「…沈砂池は…地表よりも低い場所にあります」
「そうだね。それとかなり臭いも…きつい」
「遺体を遺棄するなら、そこに投げ入れなければいけません…」
「無津呂、それだけじゃねぇぞ」
無津呂は穴吹が口にした途端に、何か気づいたような顔をした。
「沈砂池ってぇのは、処理前の下水が集中する場所だ。そこで流れ込んできた大きなゴミを除去するんだ。知ってるよな?」
知ってるよな、は原田と大原に向けたものだったが、寿も感心して頷いている。
「もちろん、こいつが言う通り、死体を投げ込む方法もあるんだけれどな。もう一つ方法がある。敷地の外のマンホールに投げ込むんだ」
「それはどういった方法ですか?」
寿は手帳を開いてペンを持った。
「そんな特別な方法じゃねぇよ。敷地に一番近いマンホールから投棄すりゃいい」
穴吹は大げさに両手を広げる。
「直接の投棄と何が違うんですか?」
「いや、知らねぇよ?俺人殺して沈砂池に投棄したことねぇからさ。でも…沈砂池の開放部分から投げ入れようとすれば、遺体を抱えてフェンスを乗り越えさせなきゃいけない。マンホールだったら、まぁ開けるのには苦労するかもしれねぇけど、後は開いた穴に落とすだけだ」
どっちが簡単だと思う、と穴吹は笑って言った。
誰も答える人間がいなかったので穴吹は続けた。
「適当なマンホールじゃだめだ。ここに一番近いマンホール、沈砂池の延長線上にあるマンホールの方が最適だろうなぁ。沈砂池までの距離が短い所だろう」
「遺体の遺棄には二つの方法がある…と」
「…もし…マンホールからの投棄であれば…」
「何か証拠が残っているかもしれない!」
寿は僅かに声を上げる。希望に満ちた顔を原田は久しぶりに見た気がした。
「それと…マンホールは敷地の外にあります…」
「確かにな」
「敷地に入らずとも遺体を投棄できるわけか…」
大原は黙って考えながら聞いていたが、思い立ったように口を開く。
「結局…誰が殺したかってことで言えば…候補は増えちゃってない?っていうか、不特定多数になっている気がする…」
寿の顔から笑顔が消えて行った。
四月二十一日午前一時十分。
古いタイプの自動ドアは開くのが遅く、赤崎はその度に苛立つ。
特に今の状況を考えれば尚更苛立ちが激しい。
最後は自分の手をかけて自動ドアを開けた。
それでも力一杯開けることはなく、ほとんど添える程度の力だった。
身体が出ると、早足とも走るとも言えない速さで脚を繰り出すと、目指すは施設の正門脇にある警備員室の詰め所である。
後ろからは柚咲が肩までの髪を揺らせてついてくる。簡単に後ろで束ねただけの髪型である。プライベートでお洒落な髪型にすればそれなりに男は近寄ってくるだろうと常に赤崎は思っていた。
化粧も最低限に抑えているが、顔立ちは目立っている。
外灯など数えるほどしかない管理棟と詰め所の間を進む。
近くなるとゆっくりと歩いて詰め所の前に来た。
中の警備員は来客に対応するための小窓に向かって机で書き物をしており、すぐに二人に気が付かなかった。
赤崎は一瞬息を整えて、二人と警備員を仕切っている薄いガラスを軽く叩く。
警備員は素早く顔を上げる、
赤崎は軽く手を挙げて自分を示した。
警備員はガラス戸をゆっくりと開ける。
「お疲れ様です。どう…したんですか?」
「おう、お疲れさん。いつもご苦労様」
いえ、と訝し気に言う警備員は帽子を軽く上げるとしっかりと二人を見た。赤崎の記憶では三十台後半だったはずの警備員はよく見ればまだ僅かに青年の面影が残っていた。
「ちょっと聞きたいんやけど…」
何でしょう、と言う警備員の顔は僅かに強張った。こんな夜中に警備室に来ることなど普通ではないと考えているのだろうと赤崎は思った。
「今日の…夕方、終業時間後に来客ってあった?」
若手の警備員にとっては予想外の質問だったのか、気の抜けた顔になった。
「ちょっと…お待ちください」
手元の来客名簿を捲り、確認を取っていた。
この名簿は、日中、常に表に出ており、来客者は警備室に一度訪れて、この名簿に記名する。その後、来客と書かれたプレートを受け取って入場と言うのが通常の流れである。
そのため、終業時間後には名簿は警備室にあり、その後に来客があった場合、警備員が記載するルールとなっていた。
「えっと…終業時間後の来客はありませんでした」
「今、ワシらが来るまでってことやな?」
「そうです。あ…でも…」
「何?」
柚咲も黙っていられずに口を出す。
警備員は別の用紙を取り出してボールペンのノック部分で確認しながら言った。
「来客ではありませんが、職員の方が一名、用事を思い出したということで戻ってこられています」
赤崎と柚咲は顔を見合わせる。
「それ、誰や?」
「管理課の相良…緑詩さんですね」
「相良さんが帰ったのに戻ってきたの?」
「ええ…そうなりますけれど…」
「それって何時頃かしら?」
警備員は書類に目を通す。
「午後九時に戻ってこられて…午後十時には帰られてますね」
どうされましたか、と警備員は不審な顔で尋ねる。
「いや、そうなんよ。相良が戻ってくるって聞いていたのに、夜番のワシらと顔を合わせんかったから、ちょっと心配になってな。ちゃんと戻ってきているなら良いんや。忙しい所すまんかったな」
柚咲の台詞と矛盾するし、わざとらしいとは思ったが、話をはぐらかした。
「そうなんですか…」
「相良さん以外には戻ってきている人はいないのね?」
ええ、と言う警備員を確認すると、赤崎はありがとう、と一言伝え、柚咲の肩を持つようにして管理棟に戻って行った。
「どういうこと?」
警備室から十分離れたところで柚咲は言った。
「どうもこうも、緑詩ちゃんが帰宅したのに戻ってきたってことや。それが事実」
「…あの警備員が嘘をついたってことは?」
「そんな嘘ついてどうするん?なんの利益がある?」
「それは…私たちが知らないことがあるかもしれないじゃない」
「あのな、課長、正門のところと…あと警備室の上の方にも監視カメラがついとる。後でその映像を見ればそんな嘘わかる。意味がないやろ」
「そうね…、その映像だって警備会社が管理しているから改ざんだってできないだろうし…」
「ちゃんと仕事しているだろうしなぁ…」
管理棟の自動ドアの脇に暗証番号を入力して自動ドアが開く。今度はドアが開き切るまで待ってから通り抜ける。
二人の足音だけがロビーに響いていた。
「にしても…緑詩ちゃんはいったいなにしに来たんやろ」
「用事があったって言ってたけど…」
柚咲は警備員の発言を思い出していた。
「それ信じとるの?嘘みたいな理由やん…」
二人は階段を上る。
「でも本当に何かあったかもしれないでしょう?」
「否定できんが、肯定もできん。今の段階じゃあなあ」
管理課のフロアを進むと、その先に青原と黄田が机に座っていた。二人を見つけて立ち上がる。
「どこ行ってたんすか?」
「お疲れ様です」
黄田は新人の型にはまった挨拶だった。
「ちょっと二人でランデブーや」
「赤崎さん何言ってんの?」
「ジョークを言おうとする気持ちは理解できますけどね。質が悪い」
「おう、青原、言うようになったのお」
「とりあえず黄田と水抜いた浄水池の清掃をしてきました」
青原は無視して報告を始める。
「その後、ろ過池の方のゲートを開けて水をまた溜めてます。配水池へはまだ通してません」
「わかった。水溜まったら、水質調べよう。新人、それはできるやろ?」
「はい。大丈夫です」
黄田の返事を聞いて、赤崎は青原に目配せする。
お前も貼りついて見ていろ、という意味だった。
青原は黙って頷く。
「あの…全項目ですか?」
「とりあえず…細菌類、主要病原体、あと、金属イオンやろうな…。一応重金属も調べて」
黄田はメモを取ってから返事した。
「さっきは…ナイフの件ですか?」
ナイフの話を青原は切り出した。二人が部屋にいなかった理由についてである。
「そうや。あのな…」
赤崎は青原たちが出て行った後の事を説明した。
「へー。なるほど…。相良さんに聞けば一発じゃないですか?」
「まあ、そうやな…」
「相良さんが…あのナイフを?」
黄田は恐る恐る尋ねる。
「お前ら、見回り中に緑詩と会ったか?」
柚咲と青原は首を横に振る。
その質問は赤崎と黄田についても同様だった;
「誰にも会わずにってこと…あるかぁ?」
青原は思い出しながら言う。
「無いとは言い切れませんね」
誰とも視線を合わさずに黄田は言った。
「まあ、それはさ、明日緑詩ちゃんに聞けばわかるから。それでいいやろ」
それより、と赤崎は続ける。
柚咲の机に近づいて、袋に入ったナイフを持ち上げる。
「これ、どうするんや?」
「え?警察でしょ。そんなの持ってるだけで銃刀法執行されますよ」
青原は半笑いで言った。そんなこと聞かないでください、と続けた。
「そうやなぁ…。課長、だってよ」
先程の警察に届け出るかどうかのやり取りを赤崎は忘れていなかった。
柚咲は警備室に行ってから考えるというスタンスだった。
「え?まだ連絡してないの?」
青原は呆気にとられた顔で、赤崎と柚咲を交互に見る。
「したくてもできんかったんや。うちのボスが渋ってなぁ」
「渋っているわけじゃないでしょう?悪く言わないでちょうだい」
若干ヒステリックになっているのが赤崎にも分かった。
「じゃあ、連絡して良いんやな?」
柚咲は沈黙した。
青原は、二人のやり取りが二回目以上であることを悟ったのか、腕を組んでいつもの調子に戻った。
「課長は何を心配してんすか?通報すると何か問題があります?」
口を開かない柚咲は目を伏せたままだった。
「課長、保身か?これは自分の失態だと思ってないか?」
「状況を見れば…責任は…私にあるでしょう?」
「待て待て。ちょっと落ち着け」
「落ち着いています。まだ…仕事を辞めるわけにはいかないんです」
「課長の事情は知りませんけれど、案外辞めても違う仕事見つかるっすよ」
恍けた声色で青原が呟く。
「分かってる。でも、この浄水場で女性の幹部は私だけなの。それだけ期待されているの。今…ここで失速するわけにはいかないの」
柚咲は目を見開いて言った。その言葉は誰に対して言ったものでもなかった。
「柚咲」
赤崎が語りかけるように口を出す。その一言は、柚咲に過去の赤崎を思い起こさせるのには十分だった。そして、驚愕の顔で赤崎を見ている黄田と、なぜか照れている青原がいた。
「なん…ですか?」
恐る恐る、柚咲は返答する。顔は赤崎の方向を向いているが、視線はその足元に向けられていた。
「そのどうでも良い理由で、一番迷惑受けるのは誰や?」
柚咲は答えない。もし、と口を開いたのは黄田だった。
「今の状況だったら、疑わしいのは相良さんですよね」
三人が視線を合わせる。
「まあ…確かにそうやな…」
「赤崎さん、明日、必ず警察には連絡します。その前に相良さんに連絡を取ります。彼女が関わっているかだけ、事前に確認させてください」
早口で柚咲は言う。
「それはなんの解決にもならんやろ。それでいいんか?」
「ナイフに関しては警察がちゃんと捜査してくれます。その前に上司として部下が関わっているのかどうか、それだけ確認させてください」
真剣な目をする柚咲に対して、赤崎は諦めの表情だった。
「勝手にせぇ…。俺はもう知らん」
行くわよ、と黄田に投げかけ、部屋から飛び出るように柚咲は出て行った。
「こっそり、電話する?」
片手で受話器を持つ真似をして青原が言った。
「もう勝手にさせとけ。どちらにせよ、あいつが責任持つことになるんや」
「途中まで格好良かったっすけどね」
「新人に邪魔されたわ」
赤崎の机に上に置かれた、すっかり冷めたコーヒーを一口飲む。
そういうことやないんやけどな、という呟きは青原には聞こえなかった。
同日、午後一時半。
四人が処理施設から玄関ロビーに戻ると、血相を変えてこちらに向かってくる人影があった。
「…あ、狩鷺さん…」
無津呂が挨拶をしようと近づくが、横をすり抜けるように穴吹へと詰め寄った。
「穴吹、何しているんだ?これから打ち合わせだろう?」
「近い…近いよ、お前。近眼か?」
穴吹はゆっくりと狩鷺を押し戻す。
そのやり取りを学生たちは呆気に取られて見ていた。大人が大人に詰め寄られるという状況は、原田も過去に見たことが無かった。
「知ってるよ。イベントの打ち合わせだろう?」
「忘れてないのなら、時間通りに集合しろよ」
歯を噛み締めたまま、しっかりと発音できていることに原田は単純に驚いた。
「毎年同じだろう。やることなんて…俺がいなくても問題ないだろ?」
「あのな、そういうことじゃないんだよ」
じゃあどういうことだよ、と穴吹は言ったが、気付いたように狩鷺の後方に声をかける。
「おい、有馬、華葺は?居ないじゃねぇか」
スマートフォンを見ていた有馬は穴吹の方に顔を向ける。
「連絡つかねぇ」
それだけ言うと再びスマートフォンに視線を向ける。
原田は狩鷺の激怒の理由が分かったような気がした。
「あいつは無断欠勤だ。朝から連絡がつかない。どうせ夜中まで遊んでいたんだろう。それに加えてお前も遅刻だ。お前らどうなっているんだ」
原田は狩鷺の後ろで、何とか狩鷺を宥めようと右往左往している眼鏡の男性がいることンい気が付く。
「ほら、今日はこいつらが来てたからさ、それに死体も見つかっただろう?こっちも大変だったんだよ」
「お互い様だ。全く…お前だけだと思うなよ」
まだ言い争っている二人を見ていると、無津呂がこそこそ原田と大原に近づく。
「…狩鷺さんと…穴吹さんと有馬さんは同期…華葺さんは…三人より後輩で、穴吹さんと有馬さんと良く一緒にいる…」
「良く知っていますね」
「…飲みに連れて行ってもらった…その時に話したんだ」
無津呂を飲みに連れていくという穴吹も相当変わり者なのだろうと原田は思った。
「つーか、華葺どうするの?居なくても良いんだっけ?」
有馬が冷静に、かつ気怠そうに言い争っている二人に言った。
「俺は別にいいよ」
「なんで、俺は、になるんだ?良くないだろう?」
「責任者はお前でしょう?いいじゃん、いなくたって」
「そうだな、お前と有馬みたいに、勝手に打ち合わせいなくなるようなことを華葺はしないからな」
「昔の事を持ち出すなんて…お前もいい加減今を生きろよ」
「是非、今を生きさせてもらいたいね」
二人の言い合いは終わりそうになかった。
「あの二人は仲が良いのかな?」
「そう見えるの?」
素朴な大原の疑問に疑問で返す。
「喧嘩するほどっていうじゃない」
「…狩鷺さんは…穴吹さんと有馬さんと性格合わない…」
無津呂はまだやり取りを見ながら言った。知り合いでもどうすることもできないようだった。確かに学生が大人の喧嘩に口を出すことは難しいだろうと原田は思った。
「わかったわかった。建設的な意見を出そう」
穴吹が両手を広げて言った。
「とりあえず、あいつら連れて行こう」
無津呂たち学生の方を指差して言う。
「ちょっと待て、それのどこが建設的なんだ?他の職員連れていけば良いだろう?」
「イベントのこと回してるのは毎年俺等だろう?他のやつ連れて行ってもそれこそ何もできないだろ?」
狩鷺は黙った。
「…それだと…僕らが行っても同じでは?」
無津呂は言った。委縮しているわけではなく、もともと声が小さいので恐らく委縮してはいないはずだと原田は思った。
「そこらの職員より、斬新な意見が出るかもしれないだろ?それに、お前らが行ってくれれば、俺と有馬は残れる。俺らは華葺の捜索をする。これでお互い上手く回るだろう?」
その意見には原田ら三人の気持ちが反映されていなかった。
「いや、駄目だ」
「何でだよ」
「さっき警察に聞かれたんだ。職員の中で連絡が取れない人間はいないかってね。これから警察に華葺と連絡が取れないことを伝える。警察に華葺の捜索をしてもらう」
穴吹は横目で無津呂を睨む。寿との会話で無津呂が主張したことだった。
「さあ、打ち合わせに行くぞ。このままじゃ遅れる」
「ちょっと待って。俺らが行っても良いのか?ここを動いちゃまずいんじゃねぇのか?」
「もう打ち合わせに行くことは伝えてある。どこにいるか伝えておけば平常通り仕事して良いとのことだ。残念だったな」
「穴吹、もう諦めろよ。行こうぜ」
有馬の後押しもあって、穴吹は天を見上げた。
「わかったよ。でもこいつらも連れていくぞ?社会勉強だからな」
「わかった」
狩鷺は反対しなかった。
無津呂の表情は変わらなかったが、大原は膨れたような顔になっていた。しかし、口で文句を言うことはなかった。無津呂がそれに従っているからである。
原田自身は、今日の帰宅は遅くなりそうだなと考えながらも、何故、無津呂といるとどうでも良いことに巻き込まれるのだろうと思っていた。
「無津呂さん、行くんですか?」
こっちは断ることもできるだろうと考えて無津呂に尋ねる。無津呂は見上げるようにして原田に顔を向ける。
「…うん…断る理由は無いし…」
「サンプルどうするんですか?」
「…預かってもらう。取りに来るときは…僕一人だけでも良いし…」
こういう性格だから巻き込まれるのか、と原田は納得した。
初めて無津呂の事を本気で考えた瞬間でもあった。
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