沈黙に積雪 ~河童が大好きな女の子、チエちゃんのお話~

桜庭ミオ

沈黙に積雪 ~河童が大好きな女の子、チエちゃんのお話~

 あるところに、河童が大好きな女の子、チエちゃんがいました。

 チエちゃんは小学3年生の春に、学校の図書室で借りた河童の絵本が気に入りました。


 明るくて、元気いっぱいで、歌とダンスが大好きな河童――チャッピーのことが、チエちゃんは大好きになったのです。

 どうしてもその絵本がほしくなったチエちゃんは、本屋さんで同じ絵本をさがして、お年玉で買いました。


 そして、他の河童の絵本もたくさん読むようになりました。

 チエちゃんは、河童って、可愛いな、好きだなって思っていたので、「いつか本物の河童に会いたいな」と、お母さんに伝えました。


 するとお母さんに、こう言われてしまいました。


「あのね、チエ。河童なんていないのよ」

「――えっ?」


 ショックを受けたチエちゃんに、お父さんが言いました。


「チエ、河童はいるぞ!」

 と。


 チエちゃんが、「お父さんは河童、見たことある?」と聞くと、「いや……見たことはないが……」と、困ったような顔をしました。


 お父さんも河童を見たことがないと知り、チエちゃんは悲しい気持ちになりました。

 学校の子たちに気持ちを話すと、「河童なんかいるわけないじゃん」とか、「夢見る夢子ちゃんがいるー」とか言われて、笑われました。


 チエちゃんは、とても悔しい気持ちになり、「いるもん。河童」と口をとがらせ、河童の存在を信じ続けました。



 月日が流れ、チエちゃんは小学5年生になりました。

 もう、河童のことをだれかに話したりはしませんが、河童が出てくる絵本を。とても大切にしていました。


 そして、時々こっそりと、町の図書館や、学校の図書室で、河童について調べていました。


 チエちゃんが5年生になってから、お母さんがパートに出るようになりました。

 そのため、お父さんが、チエちゃんのために、スマホを買ってくれました。


 チエちゃんはスマホを使って、河童について調べるようになりました。

 学校の図書室や、町の図書館ではわからなかったことが、ネットの世界にはたくさん書いてありました。

 ネットにはウソの情報がたくさんあるので、気をつけるようにと、いろいろな大人たちから言われていましたが、もしウソだとしても、河童のことを知ることは、とても楽しいことでした。


 小学5年生の冬休み、チエちゃんはお母さんの実家に行くことになりました。

 お母さんの実家には、小さなころに何度か行ったことがあります。


 前に行ったのは1年生の時でした。

 飛行機に乗ったことと、親戚がたくさんいて、いとこがみんな男の子だったことを覚えています。

 写真もたくさんあるので、それを見れば田舎で、夏だったことがわかりました。


 今回、お母さんの弟さんのお嫁さんに赤ちゃんが生まれたので、お母さんと2人で、お祝いに行くことになったのです。



 1月。

 チエちゃんとお母さんは飛行機に乗ったあと、バスで駅まで移動して、そこで、迎えにきてくれたおじいちゃんと会いました。

 おじいちゃんは、お母さんを見て手を上げるぐらいで、しゃべろうとはしませんでした。チエちゃんのこともチラッと見るぐらいでした。


 チエちゃんはペコリとおじぎをするだけにしておきました。なんて言ったらいいのか、わからなかったからです。


 チエちゃんとお母さんは、おじいちゃんの車で、お母さんの実家に向かいます。

 夜なのですが、雪が積もっているのがわかります。雪はバスからも見ていたので、チエちゃんは車の中で眠りました。


 お母さんの実家に着くと、おばあちゃんが笑顔で出迎えてくれました。


「2人共、遠くからよぉきたねぇ。寒かっただろ」


 おばあちゃんとは、電話で何度か話したり、年賀状を書いて出したり、もらったりしていましたが、会うのはものすごくひさしぶりです。


 チエちゃんは恥ずかしくて、「こんばんは」とあいさつをするので精一杯でした。

 おじいちゃんが相手でも緊張しましたが、おばあちゃんでも緊張しました。

 そのあと、わらわらと親戚の人たちが集まってきて、みんなで赤ちゃんのいる部屋に行きました。


 赤ちゃんはとっても小さくて、やわらかく、温かくて、甘い匂いがしました。

 大きな目でじっと見つめられると、チエちゃんはどうしたらいいのかわからなくて、黙ったまま見つめ返すことしかできませんでした。

 そんなチエちゃんを見て、大人たちは楽しそうに、クスクス笑っていました。



 仏間にみんなで集まって、ごちそうを食べることになりました。


 お母さんは大人たちと同じテーブルで食べていて、チエちゃんは子どもだけのテーブルで食べていました。

 子どもと言っても、そのテーブルにいる子たちはみんなチエちゃんよりも年上です。


 赤ちゃんは、赤ちゃんを入れて移動できるベッドみたいなものに入っていて、その中ですやすやと眠っているのですが、部屋の隅で寝ていますし、一緒に食べるわけがありません。


 いとこと言われても、よく知らない子たちばかりです。お母さんは8人兄弟なので、お母さんの兄妹の子どもということはわかりますが、男ばかりでみんな顔が似ていますし、年上ばかりなので、チエちゃんから話しかける勇気はありません。


 名前は、となりに座っている子ならわかります。彼はアキラ君。小学6年生なので、チエちゃんに一番年が近い子です。だからでしょうか、この家にきてから何度か話しかけてくるのです。


 チエちゃんが、無言のまま、ちまちまとお寿司を食べていた時のことです。


 アキラ君が、「なぁ、お前、河童が好きなんだって?」と、話しかけてきました。


「えっ? なんで知ってるの? だれに聞いたの?」


 おどろくチエちゃんを見て、アキラ君はニカッと笑いました。


「ばあちゃんから聞いた」


「えっ? おばあちゃんが? お母さんが話したのかな?」


「知らねーけど、河童が好きならさー、いいとこあるぜ」


「いいとこ?」


「ああ、河童がいる池があるんだ」


「河童が? 調べたけど、この近くにそんなものはなかったような……」


「池はソラっ、あっ! オレのダチのことなんだけど……ソラのいとこの家にあるんだ」


「えっ? 家?」


「ああ。2年前から河童が出るらしいんだ。池からヌッと現れて、勝手に家に上がってバナナをぬすんで食べるんだ。だから、池の前にバナナを置くようになったんだって」


「バナナって、それっ、サルじゃないの?」


「緑色で、手足に水かきがあるサルがいるか? クチバシは黄色くて、背中にはカメみたいな甲羅があるんだぞ。頭も河童って感じだったらしいし」


「アキラ君は見てないんだね」


「ああ。オレは見てない。その河童は男が嫌いなんだ。男がいる時は出てこないって言ってたから」


「ふうん」


「ソラにはさ、河童好きな女のいとこがくるって話してあるんだ。そしたらさー、いとこに話しとくから、いつでもいとこん家に行って、見せてあげればいいって言うから話してみたんだ。どうする? 行く?」


「……うん、でも今は冬だよ? 雪積もってたし、寒くても出てくるのかな?」


「大丈夫みたいだぜ」


「そうなんだ……」


 チエちゃんはチラッと、お母さんが入るテーブルを見ました。大人たちはお酒を飲んだり、お鍋やお寿司を食べながら、楽しそうに大声でしゃべっています。



 次の日、チエちゃんが起きると、雪が降っていました。

 みんなで朝ご飯を食べて、のんびりお茶をしたあと、チエちゃんとアキラ君は、おばあちゃんから2本のバナナと白いビニール袋をもらいました。


「ソラのいとこん家に行ってくる」


 アキラ君がそう言うと、おばあちゃんは「おやまあ!」とおどろいたあと、「2人でかい? 雪があるから気をつけて行くんだよ」と言いました。


 はーいと元気に返事をしてから、チエちゃんとアキラ君は家を出ました。バナナ入りのビニール袋はアキラ君が持っています。


 雪が降る中、チエちゃんとアキラ君は歩き、目的の家にたどり着きました。


 アキラ君の友達のソラ君のいとこである――ミサトちゃんは、とっても明るくて可愛い女の子で、チエちゃんと同じ5年生でした。


 アキラ君は男の子なので、ミサトちゃんの家の玄関でおるすばんです。


「ほれ」


 アキラ君はバナナ入りのビニール袋をチエちゃんにさし出しました。


 チエちゃんは「ありがとう」と、笑顔で受け取ります。


「こっちっ!」


 ニコニコとうれしそうなミサトちゃんに手を引かれて広い庭を歩くと、大きな池が見えました。


 濃い、緑色の池は、氷が張っているところもありますが、氷がないところもあります。


「チャッピー!」

「えっ? チャッピー?」


 池に向かって叫ぶミサトちゃんの言葉におどろくチエちゃん。

 そんなチエちゃんを見て、ミサトちゃんはクスクス笑ってから、口を開きました。


「大好きな絵本に出てくる河童の名前だからつけちゃったの」

「歌とダンスが好きな河童だよね? あたしも好きな絵本で、ずっと大事に持ってるんだ」

「そうなんだー!」


 2人で楽しく話していた時のことです。

 グイッと、チエちゃんが持っていたバナナ入りのビニール袋が引っ張られました。


「あっ!」


 チエちゃんの手から、ビニール袋が奪われました。ビニール袋を奪ったのは河童です。どう見ても河童です。


 チエちゃんがおどろいている間に、河童はビニール袋から2本のバナナを取り、ポイッとビニール袋を捨てました。


 河童は皮ごとバナナを2本持ち、ものすごい勢いで食べ始めました。そして、2本とも食べ終わると、すさまじい速さで池に近づき、池の中に入ってしまいました。


「あーあ、行っちゃった」


 残念そうなミサトちゃんの声。


 チエちゃんは、しゃべりません。ものすごくビックリしたので、胸がドキドキしています。


 いつか、河童に出会ったら――。

 チエちゃんの心の中には、たくさんの夢がありました。希望がありました。

 いろいろな空想をして、楽しんでいたのです。


 チエちゃんはじわじわと、悲しみを感じました。そして、自分はここで、なにをやっているんだと思いました。


 沈黙したままのチエちゃんに、雪が降り積もります。


 しばらくして、チエちゃんは心に誓いました。


 バナナを持ってまたこよう、と。


おしまい

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

沈黙に積雪 ~河童が大好きな女の子、チエちゃんのお話~ 桜庭ミオ @sakuranoiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ