星空とまちのあいだ
岩清水 我羅璃
星空とまちのあいだ
「好きです」
ありきたりな台詞。次はきっと、
「付き合ってください」
やっぱりそうだ。いつもより高そうなお店。3回目のディナー。ランチは4回いった。少しずつ値段が高くなっている気はしていた。それが進展であったのだろう。
でも、
「ごめんなさい、私、好きな人がいて」
嘘ではない。本当に好きな人がいるのだ。
「そう、ですか。そうですよね。こんな僕じゃ、合わないですよね。すみません」
「あ、いえ、そんな。とても楽しかったです。合わないなんて、そんなことないです。でも、ごめんなさい」
「そんな、謝らないでください。急にこんなこと言うからですよね」
「いえ、嬉しかったです。こんなふうにちゃんと伝えていただいて。ありがとうございます」
「よかった、振られて言うのもなんですけど。本当によかった」
「あの、タクシーで送りましょうか? お金出しますよ」
「いえ、大丈夫です。まだ電車ありますから」
まだ22時だ。電車は当たり前に走っている。
「そうですね。僕も電車で帰ります。駅まで歩きましょうか」
「はい、お願いします」
傷つけてしまっただろうか。駅までは徒歩5分だ。悲しくなるほど近い。
「またご飯とか誘ってもいいですか?」
「はい、また誘ってください。あの、次はお金出しますから」
「あ、いや、そんな」
「これからは割り勘とかの方が、行きやすいです」
「そう、ですよね。そうします」
しばらく無言が続き、駅前まで来た。
「じゃあ、私はここで」
「はい、じゃあ、また」
「今日はありがとうございました」
「こちらこそありがとうございました」
礼をして、振り返らずに改札に向かう。私の鼓動は少し早くなった。
高架から街を見る。煌びやかな街が眩しい。早く暗い町に帰りたくなる。
電車は空いていた。この時間なのに意外だ。席には座らなかった。まちの移り変わりを見ていたかった。
彼に会いたくなった。きっとそれで胸が高鳴っているのだ。ずっとドキドキしている。あの人に好きって言われたからかもしれない。彼に会って話がしたいと思った。
気持ちを伝えたいと思った。
最寄り駅の一つ前で降りた。ここから家に帰る途中、公園に寄る。彼がいるはずだ。
今日は良く晴れている。こんな日、彼はあの公園で星を眺めているのだ。
駆けるように改札を出た。待ち遠しい、彼に会える。
公園は住宅街を抜けたところにある。少し標高が高くなっていて、町を見下ろすことができる。裏には森があって、遠くから見ると山がある。
坂を上る途中、邪魔になってコートを脱ぎ捨てた。背中から小さなオーロラが出ていく。温かいオーロラはすぐに消えていく。ヒールも脱ぎ捨てた。足跡が油膜を張ったように輝いている。
公園が見えた。彼は星を眺めている。
「いた、やっぱりいた」
彼の姿をじっと見ながら近づいていく。彼がこちらを見る様子はない。驚かせないように、ゆっくりと近づく。
「星、綺麗だね」
私は囁くようにして言った。風が吹き、森が揺れる。彼も小さく頷いた。
「まちも綺麗だね。ここから見るまちが一番綺麗」
彼は口を開かない。でも不機嫌ではない。彼は少し笑っているように見える。
「私ね、あなたが好き。それを言いたくてここに来たの」
彼は星を見ている。照れているのかもしれない。
「私、あなたが好き」
彼の正面に立つ。星を見ていた目が私に向けられる。やっぱり少し笑ってる。
私も彼と同じように星を眺める。星が瞬いて、彼は頷いた。
「あなたも、同じ気持ちなのね」
服を脱ぎ、草むらに投げ捨てた。私は下着姿になった。
彼に身体が付きそうなくらい近づいた。
私から出た熱が空気を介して彼に伝わっていく。
彼が私の熱を食べているみたいだ。全身を吸われているような感覚になる。
私はここで彼とセックスをするのだ。
「おーい、あんた、何してんだあ」
街灯の下から声がする。スーツを着たおじさんがこちらを見ているようだ。
よろよろとこっちに歩いてくる。
「あんた、なんて格好してんだ。寒いだろう」
「いえ、暑くなってしまって」
邪魔されている。
「そんなわけないよ、だってもう12月だもの。そんな格好してたら寒いよ」
「大丈夫です」
「これ、やるから。ボロボロだけどあげるから。捨てていいから」
スーツのおじさんは手に持っていたコートを差し出した。
「本当に、大丈夫ですから」
「いいから、いいから。買い換えようと思ってたから」
強引に押し付けると、おじさんは笑った。頬が赤かった。きっとかなり酒を飲んでいるのだろう。
おじさんは千鳥足で公園を後にした。私の手にボロのコートが残った。
彼の方を見る。
「いらないよね、こんなの」
私はまた草むらに投げ捨てた。
彼はまた星を見ている。今度は街の方も見ているようだった。
「続き、しようか」
やっぱり彼は笑っている、少しだけ笑っている。
私は口から、身体から、白いもやをたくさん出した。彼はもやをたくさん吸っている。
「ねえ、私のこと、好き?」
山が少し揺れた、彼は頷いた。
「私も」
少し疲れて、もやが出なくなってきた。熱が空気に食べられ始めた。
「綺麗、ここから飛んでいきたい。あなたもそう思っているからここにいるんでしょ」
小さい頃に戻っていく感覚がする。みるみるうちに手足が縮んでいく。
私は裸足で駆け出した。夜の公園を走る、走る。
夜空を目指して飛び上がる。星空とまちの間に飛んでいく。
振り返って、彼を見た。彼は私を見ている。
宙に放り出された私を、微笑みながら見ている。
ざざざあ。
森が動いて、山が震える。彼は右に傾けて、私をじっと見る。
私は左に傾いて、暗いまちに溶けていく。
星空とまちのあいだ 岩清水 我羅璃 @iwashimizuGarari
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