赤ん坊がいる普通の生活

 こうしていよいよ、

 <赤ん坊がいる普通の生活>

 に突入する。授乳は約二時間ごと。しかしそれは『二時間寝られる』という意味じゃない。おむつを替えて授乳してと諸々してれば一時間くらいあっという間に過ぎてしまう。つまり、実際には一時間くらいしか休めないんだ。

 <産後ケアセンター>ではその辺りのこともフォローしてもらいながらやれたものの、これを母親一人でやらせようというのは、さすがにきついだろ。

『昔は全部、母親だけてやった!』

 とかホザくのもいるだろうが、それを言うなら、

 <どこへ出かけるにも徒歩だった時代>

 に、お前は戻れんのかよ? 

 <虫歯治療は麻酔なしで行ってた時代>

 に、戻りたいと思うのかよ? 

 <スマホもインターネットもなかった時代>

 で、暮らしたいと思うのかよ?

 ああん?

『そんな時代には戻れない』と思うのなら、これもそういうものの一つでしかないと理解しやがれ。

 だから俺は、自分にできる範囲で羅美をフォローする。

 羅美は法律上の俺の家族じゃないこともあって<育児休業>は取れなかったが、まあそれは仕方ない。残業を勘弁してもらえただけでも御の字だ。羅美の方も学校は休んでるし、家のことは俺がして、とにかく休んでもらう。

「ごめん……オッサン……」

 俺が赤ん坊のおむつを替えてる横で、ベッドに横になりほとんど意識を失った状態の羅美がそう口にする。

「気にすんな。これも俺が決めたことだ」

 俺の言葉に、また、

「ごめん……」

 消え入りそうな声で謝ってきた。そんな風に思ってくれてるならそれで十分だよ。

 ちなみに赤ん坊の名前は<誠一せいいち>。まあ、血縁上の父親に対する当てつけも少なからず含んだ命名だ。と同時に、この子自身がその名前に負けないような誠実な人間になれるよう俺が育ててやるという意図も込めてある。挫けそうになったらこの子の名前を思い出すことで自分を奮い立たせるためにな。

『血縁上の親がどんなだろうが、育ての親で子供は変わる』

 ってのを俺が見せてやるよ。

『見た目は完全に外国人だが、日本生まれの日本育ちで、メンタリティは日本人そのまま』

 という人間も現にいるし、遺伝子だけですべて決まるわけじゃないってのも見せてやる。

 俺がここまでの経験で気付いたことや得たことを総動員してな。

 <国ガチャ>ってヤツも、実際にその子を育ててる親の在り方次第で効果が出たり出なかったりってのも見せてやるさ。

 国や自治体と子供の間にいるのは<親>で、親が国や自治体からの支援を十全に活かせばこそ<国ガチャ>なんてのを語れるってのをよ。


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