さすがにビンボくさいな~

「うびゃああああ~っ!!」

 生まれたばかりの時には『ふみゃあ……ふみゃあ……』と子猫のような泣き方をしていた赤ん坊だったが、どうやらそれは出産に時間がかかったことで赤ん坊自身、疲労困憊してただけのようだ。翌日、見舞いに行くと、病棟中に響き渡りそうな声で泣いていたのが聞こえた。そして羅美は看護師に、

「ほらほらお母さん、赤ちゃんがおっぱいを欲しがってますよ。頑張って」

 とか尻を叩かれながら半死半生の有様で新生児室に入って行くのを目撃してしまった。出産を終えたばかりの時には車椅子に荷物のように載せられて運ばれていただけだったから、それに比べればまだ回復したんだろうが、改めて出産というヤツは大変なんだと思い知らされたよ。

「うち……あの子のこと、どうにかしてしまいそう……」

 授乳を終えて病室に戻った羅美はベッドに横になってまたそう言って泣いた。体中ガタガタだし悪露は酷いし、昨日だってやっと出産が終わったと思ったら<後産>って形で不要になった胎盤が排出されるのを経験させられるしで、散々だったそうだ。

「そうか……」

 俺はそんな羅美の泣き言にただ耳を傾ける。実際に出産を経験したわけじゃない俺が何を言ったところで無駄なことは分かってる。上から目線で説教されたところで殺意しか湧かんだろう。だからそんな無益なことはしない。今はとにかく回復するのを待つだけだ。いわば今の羅美は死に瀕した重傷者みたいなものだしな。そういう態度にもなるさ。


 そして、普通は一週間で退院になるところを念のため十日まで粘って退院。さらにそのまま、

 <産後ケアセンター>

 という施設に入る。二週間で六十万円オーバーという結構なお値段だが、構わんさ。代わりに、出産後の母親に必要とされるあれこれを、二十四時間体制、至れり尽くせりでケアしてくれるそうだしな。実はもっとお安いところもあったが、せっかくなので奮発したんだ。

 そこで回復を図りつつ、羅美自身がこれからどうしていくかをゆっくり考えてもらう。


 こうして、産後ケアセンターで二週間を過ごし、丁寧にいろいろ教わったことで、羅美も少し余裕が出てきたようだ。

「あ~、さすがにビンボくさいな~、この部屋は~」

 赤ん坊と一緒に俺の部屋に戻るとそんな憎まれ口を叩けるまでに落ち着いたか。あと、産後ケアセンターのはお高いだけあって部屋もまあまあなグレードのホテルを思わせる部屋だった。でも、

「でも、なんかこっちの方が落ち着く……」

 と言ってくれた。<実家のような安心感>と言ったところか。エステも足湯もマッサージチェアもないけどな。


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