うち、この子のこと
そして、分娩室に入ってから丸十五時間を要して、
「ふみゃあ……ふみゃあ……」
と、なんだか子猫のような声で泣く赤ん坊がようやく生まれた。男の子だった。
しかし、
『なんかドラマとかでは元気よく『おぎゃあ! おぎゃあ!』って感じで泣く描写があるが、実際にはこんなもんなのか……?』
なんて思ってしまうくらいに控えめな泣き方だった。
「十八時十二分。母子ともに健康です」
看護師がそう告げてくれるから、こんなもんなんだろう。
そして、文字通り『精も根も尽き果てた』様子で半ば気を失った様子の羅美に、
「よく頑張ったな……偉いぞ……!」
俺が声を掛けると、彼女はぽろぽろと涙を流してただ俺を見た。もう、声を出す気力もないんだろうな。
さらに、生まれた赤ん坊を胸に置かれて抱かされても、涙が止まらないようだ。だがそれは、
<感動の涙>
じゃなかった。
「……どうしよう……うち、この子のこと、好きじゃない……気持ち悪い……どうしよう……どうしよう……」
彼女は涙ながらにそう訴えてくる。けれど看護師は、
「そういうお母さんもいますよ。でも、大丈夫、すぐに可愛く思えてきますからね」
と言ってくれたが、俺にはそれがただの気休めに過ぎないことは分かってしまった。なにしろ、羅美はこの子の父親のことを欠片も愛してなどいない。そもそもどこの誰かも分からない。そんな奴の子供を産むのに『こんな目に遭わされた』わけだから、そりゃ、可愛いと思えなくても当然だよな。
でもな、
「ああ、大丈夫だ。心配するな。俺がついてる。退院したら赤ん坊の面倒は俺が見てやる。羅美はできる範囲のことをすればいい……」
俺はきっぱりとそう告げた。看護師は怪訝そうな
まあそれはさて置き、これも『想定の内』だ。そもそも出産を決めたのだって、あくまで堕胎することで羅美の精神が今度こそ壊れちまうのを回避するためであって、
『宿った子供に罪はない』
なんてのは二の次、三の次だったんだ。で、これで羅美の精神は、取り敢えず守れた。子供についてはまた別の話。受け入れることを決めた俺の問題だよ。
ある程度は羅美の力も借りるけどな。
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