そんなやせ我慢してないでさ

 俺は床に敷いた布団に横になり、リモコンで照明を消した。大虎のことはもう気にしないことにする。

 もちろん完全に気にしないなんてことは無理だろうが、気にしないように努める。

 すると大虎は、

「オッサン、オッサン、そんなやせ我慢してないでさ、楽しもうよ♡」

 せっかくベッドを空けてやったのにわざわざ俺の布団に入り込んでくる。裸のままで。しかも俺の体を撫でまわし、

「溜まってんでしょ? 私がヌいてあげるからさあ……」

 耳元で囁く。だが、残念だったな。俺はほぼ毎日、自分で始末してるから溜まっちゃいないんだよ。しかも俺は<清楚系>が好みだ。お前みたいなのは好みじゃない。

 なのに、男の体ってのは自分の意思に従わん時がある。勝手に反応しちまう。それを大虎に気付かれて、

「無理しちゃって~♡」

 とか囁いてくるが、お前それ、エロ漫画とかの受け売りだろ? 女は気が乗らないと実はそういう気分にもならないらしいが、男にだってそういうのはあるんだよ! 

 実際、体は確かに反応してるが、俺の頭の中はますます冷めていって、スーッと意識が遠のいていくのが分かった。こうして寝られるってことは本当に俺は気分的に鎮まってるんだろうな。むしろ大虎の体温があたたかくて気持ちよくて、ムチャクチャ眠りに誘われていく。

『あれ……? 俺、他人と一緒には眠れないはずだったのにな……』

 そんなことも思う。

 そうなんだ。俺、本来なら他人の気配があると寝られないはずなんだ。こうやって触れたままなんてそれこそ無理。のはずだったんだがなあ……

『……まさか、今までの女とは相性が悪かっただけか……?』

 すでに半分寝た状態で、ぼんやりと考えてるうちに、意識が途切れたのだった。


 と、

「……!?」

 ハッと気が付くと、もう外が明るかった。

「ヤベッ! 遅刻だ!」

 自分でもびっくりするぐらいぐっすり寝て、夢も見ないくらいに熟睡して、目が覚めたらいつもなら家を出る時間だった。うっかりアラームを止めちまったらしい。

 だから慌てて着替えて用意をする。メシはキヨスクで何か買うとしよう。

「ん~、いってらっしゃ~い……」

 大虎は布団に入ったままそう言った。こいつ、何考えてんだ……!?

 とは思ったが構ってる暇はない。

「鍵とかは気にしないでいいから勝手に出て行け! いいな!」

 とだけ声を掛けて部屋を出る。

 どうせ盗まれて困るものもない。空き巣の中には盗むものがないと嫌がらせに糞をしていく奴もいると言うが、そん時はそん時だ。金はまだ十分に残ってるし、別の部屋にでも引っ越すさ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る