【番外編】節分の日
2月3日、この日になると夫の秋くんは妙にしょんぼりしている。
子供たちが豆をまく姿を見て、泣きそうな顔をしていることもある。
それをずっと不思議に思ってきたけれど、彼が寝ぼけてツノを出すようになったことで、私はその理由をようやく知ることが出来た。
「秋くん、節分嫌いだよね?」
恵方巻きを買いにきたコンビニで、私は何気なく尋ねる。
すると秋くんは、わかりやすく動揺した。
「もしかして豆もきらい?」
「いや、豆は好きだ。チリコンカンとか、めっちゃ好きだし」
「じゃあ嫌いなのは豆をまく方?」
私の質問に、秋くんは気まずそうに顔を逸らす。
「別に、隠すこと無いと思うけど」
もう色々とバレたあとだしと続ければ、秋くんは観念したように頷く。
「だって鬼は外だから」
「やっぱり、嫌な気持ちになるよね」
「ああ、だから幼稚園や学校で豆まきをやらされたときは、泣きそうだった」
秋くんは本物の鬼で、聞いた情報によるとものすごく長生きしているらしい。
けれど彼は私を慕うあまり、おじさんの姿にも関わらず同じ幼稚園や学校に通っていたのだ。
不思議な力を使ってまでそうしたのは、本人曰く私の幼馴染みというポジションをどうしても得たかったかららしい。
「鬼だって殆どは良い奴なのに、出て行けなんて酷すぎる」
「そうだね。何も知らないで、鬼は外なんて言っちゃってごめんね」
「いいんだ。俺も自分が鬼だなんて言ってなかったし」
それに……と、秋くんはちょっと高めの恵方巻きを取り上げる。
「最近はこの恵方巻きという奴がしゃしゃり出てきたおかげで、節分もちょっと楽しい」
「秋くん、恵方巻き大好きだもんね」
「環奈が恵方巻きを食べている姿は可愛いしな」
小さなお口でモグモグしているところが小動物みたいで可愛いと、彼はうっとりしている。
下ネタ的な意味かと思った私は、秋くんのピュアさにちょっとやられた。そして鬼ではなく、自分の爛れた雑念を追い払おうと決めた。
それから私たちは手を繋ぎ、家へと帰る。
「来年は、ちょっといい恵方巻き買いに行こうか」
「デパ地下的な奴か?」
「コンビニふらっと買いに行くのも楽しいけど、その方が特別感も出るし」
豪華な恵方巻きを食べたら、秋くんも嫌な気持ちにならないで済むかもしれない。
そんな事を考えているうちに家に着き、私は鍵を開ける。
そして秋くんより先に家の中に入り、彼を振り返った。
「鬼はうち」
そう言って腕を広げると、秋くんが泣きそうな顔でガバッと抱きついてくる。
「環奈」
「ん?」
「結婚して」
「いや、だからもう結婚して10年目だよ私達」
そう言って笑いながら、ツノの覗く黒い髪をそっと撫でた。
節分の日【END】
寝起きの夫にツノがある 28号(八巻にのは) @28gogo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます