第8話 巨体ゾンビ
ーーー火口視点ーーー
夜になり、二度に渡る襲撃も撃退した。
考える通りに体が動き、数発殴ると簡単に相手を倒す事が出来た。
明らかに今までとは体の動きが変わっていて、やはりオレはゾンビウィルスか何かに感染してるのだと確信した。
発症はしてないみたいだが、今後4人との接触、特に血液などの体液については気をつけた方が良さそうだ。
恐らくは本能的な閃きもそれが影響してるのだろう。
4人と接触しても何も問題無いと本能が告げてくるが、危険に関わる事を無闇に行うつもりは無い。
「火口さんカッコイー!」
「お兄ちゃん!」
莉緒と絵麻が抱きついてくる。
エリーも近づいて来てハンカチで手の甲を
「カッコ良かったわー。怪我も無いし百点満点ね。」
「ああ、圧倒的な動きだったよ。最早肉身一味など敵では無いな。」
伊織も倒れた相手を警戒しながら感想を述べる。
伊織の戦いも凄いもので、一瞬で相手を無力化していた。
ただオレとは違い相手の意識が残っていたので、乱戦になれば厳しいかもしれない。
頭を狙えば意識を飛ばせるだろうが、加減を間違えば殺してしまうので止めておいたのだろう。
「伊織も綺麗な動きだったよ。」
言いながら頭を撫でてやる。
以前と違ってスキンシップが好きになっており、すぐに4人に触れたくなる。
顔を赤くしながらもされるがままの伊織に満足しながら話を続ける。
「外から施錠されたみたいだな。とりあえず倒した奴らを縛っていこう。」
自由にさせて後ろから襲われたら堪ったものじゃ無い。
順々に縛って部屋の隅に転がしておく。
作業を続けていると、扉の向こう側から騒がしい音が聞こえてくる。
耳を澄ませるとゾンビを導く声と呻き声が聞こえて来た。
「まさかアイツら…」
ここにゾンビを招き入れようとしてるのだろうか。
折角の避難所を潰すつもりか、これではオレ達を倒せても意味が無い気がするのだが…。
4人で顔を見合わせていると、窓から音が聞こえてくる。
窓を見ると先ほどまであった木の板が無くなっており、人影が見える。
「今開ける。」
窓を叩かないので人間だと判断し、窓を開ける。
「遅れてすまない。今更だが助けに来た。」
現れたのは門で会った警備員で、私服だがしっかりと腕章をつけている。
「お、おい!オレ達を置いていくつもりか!?」
「縄を解いてくれ!このままじゃなぶり殺しだ!」
意識が有るチンピラ達が騒いでいるが無視だ。
そもそも何でコイツらを助ける必要が有るのか不明だ。
そのまま去ろうとすると、警備員が一声かけていた。
「そこで暫く大人しくしていろ!後で肉身共々裁いてやるからな!」
吐き捨てるように言うと板を打ち付けて行く。
「…ん?表門の方にゾンビが集まっているな。仕方ない、裏を使おう。」
そう言いながら裏へと向かう。
今の言い方だと、もしかしたら肉身がゾンビを引き入れた事に気づいて無いのかもしれない。
話すべきか迷う。話せば確実に助っ人を頼まれるだろう。
正直あの避難所がどうなろうと関係無いが、わざわざ助けに来てくれた
莉緒達を見てみると皆気づいているようだ。
オレの好きにして良いと目で訴えてくる。
(義理には義理で返すか…。)
こんな世界で、オレ自身人間を半分辞めてる状態だ。
せめて心だけでも人間の側で居たいと思うのは自然な事だろう。
「表の事は気付いているのか?肉身がゾンビを中に招き入れてるぞ。」
「何!本当か!?」
「やはり気付いていなかったのか…。恐らくだが事実だ。目で見てはいないがゾンビの呻き声が聞こえて来ていた。」
オレが言うと慌てて表の方へと向かった。
外壁の角を一度曲がった所で正門の方に集まるゾンビが見えたのだろう、立ち尽くしている。
「そんな…。」
オレも見てみると、角の所からゾンビが溢れていた。
あそこを曲がったすぐ近くに正門が有る。恐らく中にもかなり入り込んでいるだろう。
「思った通りか。……どうするんだ?警備の本隊が戻って来るまではやれる事は無いと思うが。」
本当は聞くつもりなど無かったが、その憔悴ぶりについ尋ねてしまった。
「そうだな…。……、いや、何とか出来る範囲で頑張るよ。君達は気にしないでくれ。」
オレ達を見ながら何かを言おうとしていたが、最後まで言わずに話を終えた。
その潔さを気に入ってしまい、自ら声をかける。
「まさか助けを求めないとはな…。さっき助けられた分位は手伝うぞ。」
オレが声をかけると驚いた顔をしながらも真面目に答えてくる。
「それは、有難いが…。君達は完全に被害者だぞ?この避難所に恨みが有ってもおかしく無いだろう。」
「さっきまでは恨みしか無かったさ。わざわざ助けに来てくれたお人好しが居なければ見捨ててるよ。」
笑いながら返すと相手もまた笑って来た。
「どっちがお人好しだか…。助かるよ。守る人間が既に居るんだ、危なくなったらすぐに逃げろよ。」
オレ達のやり取りに莉緒達も微笑んでいる。
若干エリーの表情が怪しい気がするが、気のせいだろう。
警備員は
避難所から既に音は聞こえなくなっており、ゾンビを引き離す障害は少なそうだ。
暗いから4人は参加させず、2人で進めていく。
商店の時の2倍で進むと考えれば楽なもんだ。
その辺の道端にもゾンビが居たので
オレも怪しまれない範囲で急ぎ、ついにロビーに入れるまでに至った。
(……ん?)
ロビーに入ると何か違和感を感じる。
注意深く観察すると、奥の方から変な音が聞こえる。オレ達の閉じ込められた部屋とは別の方向だ。
「あっちには何があるんだ?」
ちょうど入って来た
ロビーの惨状に顔を険しくしながらも静かに答えてくれた。
「あっちは…監視室だな。少し変な音がするな。機械が壊れて無いと良いんだが…。」
「…そうか。」
何となく嫌な予感がする。
一旦離れようと声をかける瞬間、奥から大きな音が響いた。
「出るぞ!」
今の音で折角散らしたゾンビ共が戻って来るかもしれない。
囲まれたら面倒な事になると急いでこの場を離れる。
外に出ると周囲を警戒しながらロビーを注視する。
先ほどから聞こえていた変な音が段々と大きくなり、奥の方に姿を捉える事が出来た。
「何だアレは…。」
姿形は人間のように見えるが、身長は2倍近くあり、胴体は5人分以上かもしれない。
何よりも両手の指が長く伸び、10本の触手のように
「見るからにヤバそうだ。一旦引くぞ。」
そう言って離れようとするが、
「すまないが、先に逃げてくれ。オレはアレを引き付けて西方面へ進む。」
「……死ぬつもりか?」
確かに見た感じは遅そうな動きだ。
注意すればうまく行くかもしれないが…。
「この中には妻と子が居るんだ。アレをこのままにする訳には行かない。」
真剣に見つめてくる。
そう言われてしまっては何も言う事が出来ない。
「そうか…。悪いが流石に手伝えないぞ。」
アレ相手だとオレも勝てるか分からない。
本能的には勝てると感じるが、少なくとも身体能力に疑いを持たれるのは間違いない。
「ああ。ここまでで十分さ。そっちこそ上手く逃げろよ。」
そう言った所で、巨体ゾンビから声が聞こえて来た。
『憎イ…痛イ…。アイツ…。ダケハ…。』
「は?い、今の聞こえたか…?」
「また変な音がしたな。どうやらアレが発しているみたいだな。」
どうやらオレにだけ聞こえるのかもしれない。
今の声はさっきまで散々聞いていた…。
『ソコカ…!死ネ!!』
不意にゾンビが飛んできた。
声に気を取られていたオレは反応が遅れてしまい…。
「あぶない!」
横合いから突き飛ばされて事なきを得た。
「は? え? おい!」
オレを突き飛ばした
ブロック壁は崩れ、ゾンビは頭が潰れている。
「おい!しっかりしろ!今助けるぞ!!」
息はしているものの、頭から血を流し、腕がグチャグチャになっている。
必死で助けようとするオレに声がかけられる。
「オレの事は…良い。妻と子を頼めないか…?アイツから逃すだけで良い…。」
焦点の定まらない目で虚空を見つめながら話しかけてくる。
確かにこの出血量では厳しいかもしれないが…。
腕だけでなく体中血塗れだ。ゾンビの血も混じり、恐らく感染も避けられないだろう。
自らの軽率さを呪いながら、絞り出すように声を出す。
「分かった。だから安心して休め。」
比田の額に拳を当ててやると、安心した顔で目を瞑った。
「ニクミ!!
叫び声と共に、比田の警棒を構えて一直線で巨体ゾンビへと接近する。
慌てて触手を伸ばしてくるが、警棒で寸断する。
『痛イ…。怖イ…。』
感情のままに行動しているのか、今は恐怖だけが伝わってくる。
勿論許すはずも無く、全ての触手を切った後に頭を潰した。
『嫌ダ…。死ヌノハ…。」
その声を最後に巨体は活動を停止した。
比田の元へと戻ると、安らかな顔で眠っていた。
最後にヤツの死を見届けたのだろうか、口元には笑みを浮かべている。
やり切れない気持ちをどこにもぶつけられずにいると、遠くから声が聞こえて来た。
騒ぎを聞きつけたのだろう、4人がこっちへ向かって走って来ている。
周囲を見渡してみると、比田の直撃した壁以外にも避難所の壁や門が破壊されている。
恐らく触手に当たって破壊されたのだろうが、戦いに集中していて全く気付かなかった。
朝日も昇り始め、激動の夜がようやく終わったのだと認識できた。
化物の闊歩する夜はもう終わりだと気持ちを切り替え、4人と共に残りのゾンビを引き離すのだった。
社畜のオレ、終末世界で女性を助け、悪を挫き、ゾンビと友達になる アタタタタ @atahowata
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