真似するんじゃないよ

 変な間取りの家だった。

 夜になって電話をしていると、家の中のどこからか声が聞こえてくる。

 電話を切った私は、はておかしいなと思い、喋っては黙り、喋っては黙りしながら音の出所を探った。


 そうして突き止めた場所は廊下の奥の、何に使うかわからない空間。


 私が足をドンと鳴らすと、一拍遅れてその床の下からくぐもったドンという音。


 私が「おぉい」と声を出すと、一拍遅れてその床の下からくぐもった「おぉい」という声。


 ああ、なんだ、変に反響しているだけか。

 しかし、家のどこで音を出しても、ここから返ってくるのはなぜだろう。


 妙な特徴があるなら、借りる前に教えてくれればいいのに。

 僅かに怒りを覚えながら、私はその音の仕組みを探ろうと一人声を上げてみる。


「変な家だ」


 一言呟く。


 一拍遅れて床下からくぐもった声で「変な家だ」。

 仕組みがわからない。


 私は怒りに任せたまま、部屋に戻るために踵を返し、「真似するんじゃないよ」と吐き捨てた。


一拍、二拍。


 音が返ってこない。

 それが逆に気持ち悪かった。


 三拍、四拍。

 嫌な時間だ。

 ジワリと背筋に寒気が走る。 


「真似……」


 返ってきた。

 よかった、場所によって返ってくる時間も違うだけか。

 まったく、驚かすんじゃない。

 恐れが怒りに変わる瞬間だった。


「しなくていいの?」


 やけにクリアな幾重にも重なった声が、生暖かい息遣いと共に私の耳朶を揺すった。


 情けない悲鳴を上げて、転げそうになりながら廊下を走る。

 走る音がばらばらになって私の後をついてきていた。

 笑い声、笑い声、笑い声。私は笑ってなどいないのに!


 ドアを開けて靴下のまま外へ飛び出す。

 雨が降っていることなど関係なかった。


 私が外へ飛び出してしばらくの間も、家の中では騒々しい足音と笑い声が響く。


 そうして最後にどこからともなく、「真似するんじゃないよ」とくぐもった声が聞こえ、まるでなかったかのようにぴたりと音が止んだ。


 雨の降る夜の中、靴下を湿らせながら、私はただ呆然と立ち尽くす。

 私にはもう、家の中へ戻る勇気はなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

宵闇散歩 嶋野夕陽 @simanokogomizu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ