第33話 ふざけんな



 ––– 消す?




 その言葉の意味を理解したくなくて、私の頭は一瞬真っ白になった。だがその場のカオスは収まらない。


「サー坊、そう短絡的に事を急ぐべきでは無いぞい。」

「事を急ぐ?俺はただ正直に言っているだけだ。あんたらだって同じ考えなんだろう?それが最善だって分かってる。だから黙ってた。言いにくいから。そりゃそうだ、何の罪もない人間を誰だって殺したくない。だけどそんなの仕方ないって、だろ。」

「……私も結論を急ぐのには反対です。何か方法を考えるべきで……。」

「考える?考えたって同じだ。こいつの能力は、魔術とは全く別物だ。次元が違うんだよ。これはどう考えたって世界の均衡を崩す。このことに、魔族の上位種がどう反応するかも分からない。まだこの世界への干渉が少ないうちに、消すべきだ。」




 ––– また。



 何で、そんな簡単に –––




「……彼女はこの世界の人間ではありません。おまけに意図せずここにやってきた。能力だって、彼女が希望したわけじゃありません。そんな人間をこちらの都合で殺めるなど……。」

「人ひとりと世界どっちが大事なんだよ!もしこのままこいつを野放しにしていたら、何処の国の組織に利用されるかも分からないんだぞ?魔力が無いんだよ!俺たちにとったらそこに存在しないのも同然だ。一旦攫われたら見つけられないんだよ!俺たちが今日会っている事は、東はもちろん北も南も知ることになる。一体何て説明するつもりなんだ!」

「他の地域がお前さんの考えに同意するとも限らんぞい。」

「本気で言ってんのか? 同意するに決まってるだろ!もし外に情報が漏れたら –––」




 サーシャさんとアレクさん、ヤーグ爺さんの会話は続いている。


 私は信じられない気持ちでそれを聞いていた。


 いや、私の頭がそれをプロセスする前に、その前と同じくらい信じられない言葉が続けられていく。


 理解が追いつかない。




 だって、なんで。


 なんでこの人たち……





「いい加減にしてよ!」





 気づくと、私は叫んでいた。


 全員の視線が私に突き刺さる。


 構わずに私は続けた。



「……なんであなたたち、私のことを勝手に決めてるの。この先私がどうなるかって、なんであなたたちが決めるの。」

「はぁ?お前の持ってる力がとんでもない代物だからに決まってんだろ。」

「だから何なの⁉︎ だからってどうしてあなたたちに、私をどうにかする権利が生まれるのよ!」


 サーシャさんの言葉に、私は更に強い口調で返した。


「……異端の者だかなんだか知らないけど、どうしてそれで私の人生をどうにかしていい理由になるのよ。どうして私を勝手に殺していいのよ!ふざけないでよ!私の命よ!」


 感情的に振り切った私の物言いに、サーシャさんも押し黙る。分かってる。反論できないからじゃ無い。私がこんなじゃ、議論にはならないからだ。


 だけど知ったこっちゃ無い。



「私は……私は病弱で、何処にも行けなくて、何にもなれないで、だけど動画見てたまに美味しいパンが食べられれば、それで良かったのよ。それでも幸せだったのよ。そうやって慎ましく生きてて……それが……それが勝手にこんなところに連れてこられて?おかしな能力押し付けられて、誰も何も知らないところにひとりぼっちで放り出されて……それでも何とかやって行こうって、せっかくだから頑張って生きていこうって思ってたのよ……。それなのに何よ!なんであなたたちにああしろこうしろなんて言われなきゃいけないのよ!……そりゃ便利かもしれないわよ。だけど、こんな能力なんか欲しくなかった!私だってで居られるもんならいたかったわよ!なんでそれをあんた達にどうこうされなきゃなんないのよ!」



 聞いていた数人の視線が、不意に不自然にひきつったり細まったりした気がしたが、私はそれどころじゃなかった。



「何が『政治に関与しちゃいけない』よ!あんたらのやり方は、自分の利益ばっかで市民のことなんかこれっぽっちも考えてない政治家とおんなじだわ!自己中心的よ!偉そうで、横暴よ!勝手だわ!」


 忌々しさを全力で吐き出して、私は肩で息をしていた。涙も流れていたが、気にも留めなかった。



 私だって分かっていた。



 たぶん、どうしようも無いのだ。この人たちだって。



 価値のあるものを天秤にかけて、どちらかを取らなければならないのだろう。最低でもその片方に乗せる程度には、私の命を重んじてはくれているのだ。


 だけど私が一番大事なのは私で、この場で守ってくれる人もいない私は、自分で戦わなければならなかった。



 だから全部言ってやった。たとえそれが陳腐な論理に聞こえていたとしても、それが私のできる全てだったから。





 暫しの静寂のあと、沈黙を破ったのはヤーグ爺さんの控えめな笑い声だった。


「ふ……ほっほっ……やぁ、一本取られたのう。よりにもよって、国のお偉いさんがたと並べられるとは。やぁ、まいったまいった。」



 ヤーグ爺さんは杖に重ねていた手をぽんと鳴らし、背もたれから身体を起こした。私の方へ身を乗り出すようにして話しかける。


「嬢ちゃんよ、おまいさんの言う通りじゃ。ワシらはおまいさんのを聞いておらんかった。……おまいさんはこの世界で、一体何をしたい?」

「……何を?」

「そうじゃ。この世界で、どうやって生きていこうと思うておる?何か、やりたい事はあるのかえ?……お前さんは確か、この能力はお前さんに一番相応しいものだと教えられたと言うておった。一体何に使う予定なんじゃい?」


 口調は優しかったが、その視線はじっと、私を見定めようとしていた。




 私が、果たしてこの能力を制御できると判断されるようなモラルを持ち合わせているのかを。




 私は自然と、グイリアさんの家でみんなでテーブルを囲んでいたときの思いつきを思い出していた。


 ほんの数日前、元の世界で私が望んでいたのは、小さなハムスター。




 私に足りなかったのは、お金と、空間と、時間と、健康な身体。



 お金は今もないけど、代わりに私は何処にでも行ける。世界中の自然から、ほんのちょっとずつ色んなものを分けてもらうくらいなら、罪にならないと思いたい。


 空間と時間は、今の私は無限に持っていると言っていい。



 そして健康。



 ここまで来て、私は確信を持っていた。



 私はきっと、二度と発作を起こさない。



 それに私は、あのとんでもない木の実を山盛り食べたのだ。




 今の私ならなんだって出来る。




「やりたい事ならあります。」



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スキル『箱庭』で、私だけの楽園を作ります‼︎ 〜異世界転移した動物好きは、時空操作能力で理想の飼育環境を作りたい〜 瀬道 一加 @IchikaSedou

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