応援コメント

評論4 語り部としてのとしてのなろう作家。」への応援コメント


  • 編集済

    「なろう作家は吟遊詩人」という言葉はとても腑に落ちた気がします。
    読者参加型という作品のあり方自体はまあ面白味もあるし、歓迎されていい気はします。
    ただ個人的には、受け手側として「それは違うよ」とやるのは本来二次創作的にされるべき性質ではと思いまして。
    その境界を曖昧にしておくと、権利的な観点で面倒くさそうな事態に陥るかもなー、ということなど感じたりしました。

    追記:
    「二次創作的に~」のくだりは、商業が絡む場合には、ということでした。
    重要な言葉が抜け落ちてしまい、失礼しました。
    著作権法自体の成りたち含めて、「商人の介在ですべての物づくりは死ぬ」というのが僕の持論で、人気を集めてるなら成るべくして成ったということですから、それが詰まらない形で崩されなければいいなあと願うばかりです。

    作者からの返信

     コメントありがとうございます!

     二次創作と一次創作の区別は、もはや薄まっている。との考えでこれをコメントしました。

     むしろ、サブカルコンテンツはエヴァンゲリオンやmadと言った露骨に二次創作的な物が跳梁跋扈しているものや、字面だけ変えた(オリジナリティは当然ありますが)テンプレート的な特定作品のフォロアー的なコンテンツなど、一次創作や二次創作の境界線は確実に薄れていく感じがしました。

     ただネット小説は常に読者の存在がダイレクトに影響を与えるので、ある程度の地位を獲得した作家様を除外すれば、かなり読者の権限が大きいような気がしたまでです。

     著作権に関してはあまりに法学的な知識が不足しており、考えも及びませんでした。

     しかし、本来は趣味で終わりのネット小説が商業化の波に押され本来の姿を失ったように思います。

  •  テセウスの船を望んで作り上げる、いや捏造や改造をするシステムですか。

     日本仏教の加上説も思い出しますね。ブッダの逸話を捏造することで多様な仏教が生み出されました。
     ここは一種のSNSでありますが、そんな革命が起こっていたとは…

    作者からの返信

     インターネットの登場で真理が不明瞭となり、真理が真理でなくなったのです。

     すなわち悪魔的な相対主義の始まりです。そこでは何もかもが改編可能なモノとして扱われるわけです。

     インターネットは複数の現実でもあり新しい平和的なファシズムの、全員が王となるファシズムの到来が可能となったのです。

    編集済