未たされないこころ
宵町いつか
第1話
生きているうちに転機となる時は一体何回あるのだろうか。
ペットに体を預けながら、一人物思いにふける。
生きていればなにかいいことあるなんて馬鹿みたいな言葉は聞き飽きた。
膵臓癌。
それが俺の体を壊している原因だった。
最近はいつもより「死」というものを意識する時間が増えたような気がする。
俺はゆっくりと寝返りを打つ。
一日中ベットの上にいるからか骨がバキバキと軋む。
誰か助けてくれ。この地獄から。
ただ普通に生きていただけだったのに、なんで俺がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ。
ふざけんな。
神様ってもんは理不尽な罰ってのを与えるらしい。
「あー。ふざけんなよ」
誰に言うわけでもなくボソリと呟く。
「ああ、そうだね。
君が苦しむ理由なんてないよね。うんうん。そーだそーだ」
聞いたことのない男の声が聴こえた。
俺は目だけを動かし、その姿を捉えようとするがそれを見透かしたように男の声は俺の鼓膜を震わせる。
「ふふ。君、僕を探しても意味ないよ。なんたって僕はこわーいこわーい……なんだっけ?えーっと、アク……ん?いや死骸だっけ?」
「死神?」
「そうそれ」
随分明るい死神で。
「死神だからって鎌持って魂かっさらうみたいなイメージ持たれてもこっちが迷惑なんだよね。
こっちはねそんな物騒なことしてないし。てか、君たちのいう天使だとか神様だとかは実質僕らなんだから」
流れるようにスラスラと死神は言葉を弾ませる。
きっと姿が見えたら、気持ちよさそうに話しているんだろう。
「そういえばさ」
俺は虚空に向かって話しかける。
「死神がいるってことは、俺、死ぬのか」
「ああ。とっても残念だけれども君は死んじゃうんだ。あと3日でね。僕ら、死神の声が聞こえてから大体3日で皆死ぬ。まあ最後の一日くらいは意識不明になってるか死にかけてるかのどっちかが多いんだけれど。僕の管轄が病院だからね。仕方ないっていうのはわかるんだけど最期のほうは暇になっちゃうからね。あんまり好きじゃないんだよ。ああ、暇になっちゃうんだ」
「だろうな。お前、うるさいし」
俺は少し死神のお喋りにうんざりしながら答えるとまた嬉しそうに言った。
「そうそう。よく言われちゃうんだ」
だろうな。
「すまんが、少し寝かせてくれないか?疲れてるんだ」
俺はそう言うと目を瞑る。
すると死神の慌てた声が聞こえた。
「いやいや、あと3日で君、死ぬんだよ?
そんな簡単に寝ちゃっていいの?マジで言ってんの?」
マジですが?
「まだこっちは本題にも入ってないんだけど?」
「開始一言目に言うことじゃねえの?それ!?」
そう言うと死神ははぐらかすように「ははっ」と笑い声を上げた。
「でね」
でねじゃねえよ。
「本題なんだけれど、僕たち死神はというより僕が入ってる派閥はね死にかけの人間に接触して、この世の未練をなくしてあの世に逝かせるっていう感じなんだ。その月のノルマが厳しくてね……月に9人やんないといけないんだ……。ブラックすぎるよね。ははっ、死んでるから労基なんてないんだけれど。
で、言いたいのは君のやり残したこととか教えて下さいってことなんだ」
「そうか。じゃ、帰っていいぞ」
「は?いやいや未練あるでしょ。人間なんだから。バカなの?自分のことを何もわかってない大馬鹿者なの?え?さっさと死ねば?そんな恩知らず」
止まんねえな、おい。
「未練なんてねえよ。
そんな過去にやり残したことなんてない。」
「ふーん。可哀想。人生に何も価値を見いだせなかったゴミじゃん」
「好きなだけ言っとけ」
そう言うと俺は今度こそ微睡みの世界へと旅立った。
「ほんとに未練ないの?」
「しつこいな。ねえよ」
そう言うと死神が面倒くさそうに言う。
「未練がないって悲しいね。
だって未練があるってことはその時はめっちゃ充実してたってことじゃない?なんたって未練が残るほどその時間のことを覚えてるんだし」
「じゃあなんだ。そんな振り返る時間がないのは人間失格か」
「そうだね。そりゃそうだ。
戻りたい時間ややり残したものがあったっていうのは少なくともその人生のその時間は充実してたってことなんだから」
そうだな。
それから俺と死神は一言も話さなかった。
「見つかったかい?」
「そうだな……見つからなかったてことが俺の人生の未練かもな」
悲しいけどな。
でも仕方ない。
それが俺なんだ。
「すまんが寝るぞ。
お前に未練を話したしな。また会うとしたら悪霊として会おうぜ」
おれがそういうとしにがみは
「ああ。そうだね。君みたいな面白い人間と逢えて良かったよ。
じゃあ。おやすみ。
逝ってらっしゃい」
それから約5時間後。
その部屋から音が聞こえなくなった。
未たされないこころ 宵町いつか @itsuka6012
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