第3話救出

 それから私は、落ち着いた場所で女から詳しく話を聞きたいと思った。そして彼女に近くのファミリーレストランへ連れて行ってもらったのだ。店の中で隅の席を案内され、二人で話をしたが女は店長の状況についてそれ以上具体的に、知らされていなかったのだ。

「これから、店長を助け出したいんだが、協力してもらえないか?」

「あなたがそう言うと思って、話をするのにこの店を選んだのよ。助け出す方法は一つだけよ」


 女から1時間近く、店長を救出する方法を聞き私は、H駅近くのビジネスホテルに宿泊することになったのだ。女の話によると、彼はビルの中にある会議室に閉じ込められているかもしれないということだ。


 翌朝の午前4時ちょうどに、その部屋のドアは開かれ俺が警備員に成り代われば、入り込めるとのことであった。

「救出のチャンスは1度だけだし、その会議室にいないかもしれないので、予想に賭けるしかないけど・・・・・・」

「それでもいいんだ。可能性がある限り、打開へ向け先へ進むしかない」

「私が協力するけど、相手側の人間に遭遇しても、絶対に無理して深追いしないでね」

 女は念入りに、私がそれに従うか確かめてから、店長を救出するための工程表をくれた。そこには、今日の午後3時にビジネスホテルにチェックインしてから、明日の午前4時にビルに入るまでにするべき行動が詳細に書かれている。

 それから私は、警備員に変装するための制服や女と連絡をとるためだけに使うスマホの入った、黒のボストンバッグを受け取った。そんなやり取りをしていると、一人の人間を救い出すという行為の実感が出てきて、次第に高揚感で体温が僅かに上がるような感覚がしたのだ。

 

 やがてファミリーレストランを出て、女と別行動になり私は午後3時過ぎにH駅近くのビジネスホテルへ入った。フロント係にカードキーを渡され、最上階にある部屋へ入るとボストンバッグの中に入れたスマホが鳴った。

「確認の電話よ。今入室したのね」

 女の聞き取りやすい声がした。

「そうだ。これからは、予定通りに行動するよ」

「今夜は、早めに休んでね」

「分かった」

 そう言って電話を終え、私は一人で使うには大き過ぎるダブルのベッドで仰向けになった。そしてどこまでも汚れのない、天井を見つめ明日の店長救出について、成功するイメージを繰り返し想い描いたのだ。

 

 翌朝の午前3時に起床し、コンビニで買っておいた弁当を冷蔵庫から取って食べると、昨日までの出来事が幻のように思えた。警備員の制服の入った、ボストンバッグを持ってチェックアウトしてから、人気のない場所を見つけながら変装していくと緊張感が増していったのだ。

 そして午前4時が迫り、目的地のビルへ行くと入口は封鎖されていて、警察車両が数台停まっているのが見えた。やがてサングラスをした老人が、一人の警察官に身柄を確保されパトカーに入れられたのだ。

 青白い早朝のオフィス街を、その警察車はくぐり抜けるように去ってしまった。私は状況がよく理解できないまま、ビルの中へ入り店長を助け出すことを諦めたのだ。周囲を歩き回り、休める場所を探したがなかなか見つけられなかった。

 

 冷たい風が漂っていても、変装した警備員の制服の中で、体は汗ばみ不吉な予感が頭をよぎったのだ。やっとたどり着いた営業中の、コーヒーショップに入店すると微かに、ビートルズのメロディーが踊るように流れている。私は思考回路を、落ち着かせることに努め深呼吸をした。

 店でサンドウィッチとエスプレッソコーヒーを飲食し、上半身を警備員の制服の上からボストンバッグに入れておいた私服で覆った。黒いワンピースの女から渡された、スマホで彼女に電話をかけたが留守番電話になっていた。


 私はコーヒーショップを出てビジネスホテルへ戻り、もう一泊の予約を取ったが午後3時のチェックインまで行き場所を見つけられなかった。何もすることのない時間を過ごすことが、こんなにも難しいと改めて分かり仕方なく山手線に乗って座席で眠ったのだ。


 次に意識が戻った時には、車両の中で午後の2時を過ぎていた。電車をH駅で降りて午後の3時を少し過ぎてから、私はビジネスホテルに行って再びチェックインの手続きをした。

 部屋に入ってシャワーを浴びてから、頭を乾かしているとスマホの着信音が聞こえてきたのだ。

「お前の救いたい人間は俺の所にいる」

「誰だ?どこにいるんだ」

 私は聞いたことのない男の声の相手に尋ねた。しかし、電話はすぐに切れてしまった。見えない敵に、恐ろしさを感じたがなすすべはなかった。

 

 テレビをつけると、店長が監禁されているはずのビルから、警察に捕らえられ連行されていった老人のニュースが映し出された。その犯人はビル内の監禁事件の首謀者と分かった。だが、解放された被害者は店長ではなく、若い男であることがテレビの映像で判明したのだ。

 私は更に頭が混乱して、今後のことを考えられなくなってしまった。やがて、消防車のサイレン音が鳴り響き部屋のカーテンを開くと、隣のビルから黒煙が空へ向かって広がっているのが見えた。

 付近の住人らしき人々が、ビルを取り囲み消防車から出ていた消防隊員は消火活動をしていた。だが勢いを増した炎は、なかなか治まらずにビルはほぼ全焼してしまったのだ。

 私は外へ出ようとしたが、ホテル側から施設内で待機するように指示を出され、火事の様子をホテルの職員から聞かされた。テレビのニュースで、そのビルに店長が監禁されていたことを知り私は彼の無事を祈った。

 

 数時間後に店長を拘束していた、犯人がビル内で焼死したことが分かった。また店長は生存が確認され、怪我がないことも判明したのだ。結局私が、関係を持たない間に事態が進み事は終わってしまったのだ。

 

 ホテルから外へ出れるようになったのは、午後の8時からだった。それから私は、東京タワーの見えるビルにあるレストランで夕食を取った。一日の出来事を振り返り、都会の夜景を見ているとスマホに着信音が流れた。

「これからは、あなたと会えなくなるけど店長が解放されてよかったわね」

 黒いワンピースの女の声だった。

「あんた今どこにいるんだ。教えられたビルに店長はいなかったぞ」

「いろんな事情があって、あなたには別の場所へ行ってもらったのよ。でもためだったから許してね」

 電話はそこで切れてしまい二度と女と繋がることはなかった。

 

 私は赤く輝く、東京タワーを見つめながら現実感を失ったようになっていた。やがてテーブルの近くに、見知らぬ一人の男が近付いて来たのだ。彼はAIタクシーで家まで送りましょうかと私に勧めた。

 私はそれを断って会計するために、レジへ向かって歩き出したが店を出た後にどこに行けばいいのか思い浮かばなかった。












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事後に知る 黒部雷太郎 @bookmake

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