本当の愛

「彼」は車で私を迎えに来た。


私の手を握りエスコートする。大学から出てくる学生たちの小さな黄色い声援が聞こえた。


「お疲れ様」


彼の微笑みが溶け出し、次第に彼の顔はどろどろになる。後ろを通り過ぎる学生たちの黄色い声援が耳障りだ。


「大学はどうだった?」


「いつも通りだよ」


「そっか」


タイヤと地面の擦れる音と「彼」の好きなクラシックの音がまじりあう。妖怪の鼻歌に私は吐き気を催す。


この関係を終わらせなければならない。わかっているのに終わらせることができない自分を拒絶して、いつまでもちゅうぶらりんな癖に営みを求める気持ちの悪い「彼」を拒絶する。その悪循環がいつまでも終わらない。


「着いたよ」


「彼」は車のドアを開け、再び私の手を取った。


その大げさな愛のパフォーマンスに手を振り払いたくなる衝動をこらえた。ここで手を振り払って逃げれば、私たちの関係を終わらせられるのに、それはできない自分が恨めしい。


「彼」の予約したフレンチのフルコースを黙々と食べ続ける。「彼」も

そんな私に倣っていたが、どことなくいつもと様子が違う気がした。


「ねえ、明日香」


「彼」はカトラリーをゆっくりと置いて私を見た。その瞳はいつもより少し輝いている。私は食事の手を止めることなく、無作為に口に放り込んでいく。


嬉しい予感と嫌な予感が同時に胸に押しあがってきて、食べたものがせりあがってくる。


「明日香、この関係を終わりにしないか?」


それは願ってもいない申し出のはずだった。でも私はこれまでの支援を失うことが怖くて彼の言葉に答えることができない。


「僕はね、明日香のことが本気で好きだよ」


「明日香が好きな二人に敵わないこともわかってる。このまま君の恋を応援していれば一緒にいられることもわかってるんだけどね」


話が私の予想外の方向に進んでいて、思わず食事の手を止め、顔を上げた。彼は私をまっすぐに見つめている。


「僕はこの歪んだ関係を終わりにしたい。僕と付き合ってくれませんか?」


彼の微笑みはこの世界の何よりも暖かく私を包み込んだ。私の目から一筋の涙が落ちた。



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@ライブ_コネクション#10年の奇跡 つきのひかり @moon_hika

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