「何だか不満そうだな?」


 口元は笑いながらも目が真剣なアナンに、エーランは腰が引けた。


「いや、いや、そ、んなことないです」

「変な剣術だと思っただろう。かまわないよ」


 アナンは、木刀を撫でた。


われが削ったんだ。頭の中にある剣を本当に作れたら、敵の胴を切り裂けるんだが」

「切り裂く?」


 首をひねったエーランに、アナンは笑みを向けた。


「お前は料理が得意なんだったね? 料理長の包丁を知ってるだろう?」


 料理長は、格別に切れる包丁を使っている。他の料理人は石包丁を使っているが、料理人のものは鉄製。短い剣のような形だが片刃で薄い。何でも、年に一度やって来る旅の商人から買った珍しい品とかで、料理長自慢の逸品だ。


「我が思う使い方なら、包丁のように片刃でいい。そしてもっとずっと長く、普通の剣より軽く、細くていい。変かな?」


 エーランは、大人のように腕を組んで目を閉じた。見ようによっては可愛らしい姿だったが、アナンは笑わなかった。

 知っていたから。

 お話を聞いているときのエーランが、情景を思い浮かべる仕草だったから。


「その剣なら、人喰い巨人を切れますね?」

「ん?」

「背の高いやつなら、腹に届かなくても足を切れる。足を切られたら動けなくなる」

「いいね」


 アナンの声が本当に嬉しそうだったので、エーランはぱっと目を開けた。


「鍛冶屋に行って、作ってもらいましょう!」

「そんな簡単にはできないよ」

「料理長が相談してる鍛冶屋がいます。もっといい包丁、作ろうって! 料理長が無理を言っても、ますますやる気を出すような人だって!」

「へえ、そうなのか」


 アナンは真剣に考える顔になった。


「すぐにはできなくても、いつかできます。それまで、おれにも若さまの頭の中の戦い方を教えてください! 動かない木よりお役に立ちます!」

「いや、それは危ない。本当に体を打ってしまうから」

「肩と腹に防ぐものをつけたらどうでしょう? 古くなった布をたたんで、それか、皮がいいか、もっと固いものか」

「ほう。すごいね。お前は考えがよく回る」


 アナンは心底感心した顔つきで言った。


「いや、若さまにはかなわんです。お話もすごいけど、何もないとこから考えて」

「何も無くはないって、教えただろう?」


 アナンの瞳がきらりと光った。


「知ってるだけなんだ。モモタローやキンタローのお話も、剣さばきも、ただ知ってることを現してるだけさ。どうやって知ったのかわからない。でも、我が作り出したものじゃないってことだけは、間違いないんだ」


 アナンは苦いものを噛んだ顔をしたが、エーランは激しく頭を振った。


「若さまの前世はモモタローだったんです!」

「およしよ。前世を知るものは、お坊さまになる決まりだ。ニャムナット寺のマイナムさまのようにね。我は寺は嫌だ」


 冗談めかして言うアナンだったが、エーランはぶるぶる震えた。


「若さまが! お坊さまなんて! おれも嫌だ!」

「知っているってことは、エーランにだけ話したんだ。誰にも言ってはだめだよ」


 その瞬間とても嬉しそうに頬を赤らめたエーランを、アナンはじいっと見つめた。


「お前が絶対に約束を破らないってことは、もちろん信じているけどね」

「はい! 信じていいです! ところで」


 急にもじもじしたエーランに、アナンは不思議そうに首を傾げた。


「何だい、言ってごらん」

「人喰い巨人の武器は、普通の剣ですか?」

「うん? ああ、何を使ってるかって話したことはなかったか」


 アナンは納得したように何度も頷いた。更には何事か思いついたらしく、口の中で「あっ」と声を立てた。


「太くて重いかねの棒だよ」

「棒、ですか?」


 しゃがみ込んだアナンは木刀をそっと置き、手近な枝を拾って地面に絵を描いた。木刀よりも長くて太く、先端がより太く丸い。


「巨人だから、武器も大きい」

「そりゃそうですね。こっちが持ち手で、えーっと、それは何だろう?」


 エーランは、アナンが描き込んでゆく薔薇の棘のようなものを指差した。


「鉄の棘だ。とても鋭い棘だから、これで殴られたらどうなると思う?」

「うわあ」


 エーランは自分の両腕を抱え込んだ。


「やっぱり巨人は強そうですう。でも、モモタローはこうやって、しゃがんで、脛のところを、えいっ!」


 エーランが左足を一歩前に出し、腰を落として左から右へ振り抜く動作をするのを見て、アナンはしっかりと頷いた。


「そうだ、エーラン。一緒ならできそうだ。明日から我と秘密の稽古をしてくれ。それと、料理長には打ち明けないといけないな。考えることがたくさんある」

「おれ! おれ、がんばります!」


 エーランは思わず飛び跳ねた。

 

 

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