3
「何だか不満そうだな?」
口元は笑いながらも目が真剣なアナンに、エーランは腰が引けた。
「いや、いや、そ、んなことないです」
「変な剣術だと思っただろう。かまわないよ」
アナンは、木刀を撫でた。
「
「切り裂く?」
首をひねったエーランに、アナンは笑みを向けた。
「お前は料理が得意なんだったね? 料理長の包丁を知ってるだろう?」
料理長は、格別に切れる包丁を使っている。他の料理人は石包丁を使っているが、料理人のものは鉄製。短い剣のような形だが片刃で薄い。何でも、年に一度やって来る旅の商人から買った珍しい品とかで、料理長自慢の逸品だ。
「我が思う使い方なら、包丁のように片刃でいい。そしてもっとずっと長く、普通の剣より軽く、細くていい。変かな?」
エーランは、大人のように腕を組んで目を閉じた。見ようによっては可愛らしい姿だったが、アナンは笑わなかった。
知っていたから。
お話を聞いているときのエーランが、情景を思い浮かべる仕草だったから。
「その剣なら、人喰い巨人を切れますね?」
「ん?」
「背の高いやつなら、腹に届かなくても足を切れる。足を切られたら動けなくなる」
「いいね」
アナンの声が本当に嬉しそうだったので、エーランはぱっと目を開けた。
「鍛冶屋に行って、作ってもらいましょう!」
「そんな簡単にはできないよ」
「料理長が相談してる鍛冶屋がいます。もっといい包丁、作ろうって! 料理長が無理を言っても、ますますやる気を出すような人だって!」
「へえ、そうなのか」
アナンは真剣に考える顔になった。
「すぐにはできなくても、いつかできます。それまで、おれにも若さまの頭の中の戦い方を教えてください! 動かない木よりお役に立ちます!」
「いや、それは危ない。本当に体を打ってしまうから」
「肩と腹に防ぐものをつけたらどうでしょう? 古くなった布をたたんで、それか、皮がいいか、もっと固いものか」
「ほう。すごいね。お前は考えがよく回る」
アナンは心底感心した顔つきで言った。
「いや、若さまにはかなわんです。お話もすごいけど、何もないとこから考えて」
「何も無くはないって、教えただろう?」
アナンの瞳がきらりと光った。
「知ってるだけなんだ。モモタローやキンタローのお話も、剣さばきも、ただ知ってることを現してるだけさ。どうやって知ったのかわからない。でも、我が作り出したものじゃないってことだけは、間違いないんだ」
アナンは苦いものを噛んだ顔をしたが、エーランは激しく頭を振った。
「若さまの前世はモモタローだったんです!」
「およしよ。前世を知るものは、お坊さまになる決まりだ。ニャムナット寺のマイナムさまのようにね。我は寺は嫌だ」
冗談めかして言うアナンだったが、エーランはぶるぶる震えた。
「若さまが! お坊さまなんて! おれも嫌だ!」
「知っているってことは、エーランにだけ話したんだ。誰にも言ってはだめだよ」
その瞬間とても嬉しそうに頬を赤らめたエーランを、アナンはじいっと見つめた。
「お前が絶対に約束を破らないってことは、もちろん信じているけどね」
「はい! 信じていいです! ところで」
急にもじもじしたエーランに、アナンは不思議そうに首を傾げた。
「何だい、言ってごらん」
「人喰い巨人の武器は、普通の剣ですか?」
「うん? ああ、何を使ってるかって話したことはなかったか」
アナンは納得したように何度も頷いた。更には何事か思いついたらしく、口の中で「あっ」と声を立てた。
「太くて重い
「棒、ですか?」
しゃがみ込んだアナンは木刀をそっと置き、手近な枝を拾って地面に絵を描いた。木刀よりも長くて太く、先端がより太く丸い。
「巨人だから、武器も大きい」
「そりゃそうですね。こっちが持ち手で、えーっと、それは何だろう?」
エーランは、アナンが描き込んでゆく薔薇の棘のようなものを指差した。
「鉄の棘だ。とても鋭い棘だから、これで殴られたらどうなると思う?」
「うわあ」
エーランは自分の両腕を抱え込んだ。
「やっぱり巨人は強そうですう。でも、モモタローはこうやって、しゃがんで、脛のところを、えいっ!」
エーランが左足を一歩前に出し、腰を落として左から右へ振り抜く動作をするのを見て、アナンはしっかりと頷いた。
「そうだ、エーラン。一緒ならできそうだ。明日から我と秘密の稽古をしてくれ。それと、料理長には打ち明けないといけないな。考えることがたくさんある」
「おれ! おれ、がんばります!」
エーランは思わず飛び跳ねた。
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