第13話 最終通告は服従一択

 そして翌日、三人は結の部屋に集まっていた。


 「それじゃあ帰る準備を始めます」

 「つまり帰る前に何かするんですね」

 「お。ひよちゃんはすっかり僕の事を理解したね」

 「当然です!僕は結様の金魚屋ですからね!悪巧みもしますよ!」


 結と雛依はきゃっきゃとじゃれたが、更夜は複雑そうな顔をしていた。


 じゃあ作戦を教えます、と結は二人に幾つかの指示を出す。

 雛依はすぐに嫌そうな顔で駄目出しをしたりけれど、雛依の心配はさらりと流して結は白練に面会を求めた。

 雛依と更夜は断られるんじゃないかと言ったけれど結は絶対すぐ会えると確信していて――


 「おい。俺も暇じゃねーんだぞ」

 「本当にすぐ会えちゃうんですね」

 「ああ?なんだチビっ子」

 「雛依です!結様には逆らわない方が身のためですよ」

 「んだと?俺を馬鹿にしてるのか?」

 「馬鹿にしてるのは僕じゃありません」


 白練は雛依の憎たらしい物言いに眉を引きつらせ、雛依を膝の上に乗せている結をちろりと見た。

 そして何か言おうと口を開いたけれど、結はわざとそれを遮って告げた。


 「最終通告です。鯉屋に降るか制圧されるか、どっちがいいですか?」

 「……何だと?」


 ほらね、と雛依は暇そうに足をぶらぶらと揺らした。結はよしよしと雛依の頭を撫でて、それは一見すれば微笑ましいじゃれ合いだ。

 しかしその時、結の後ろからぬるりと錦鯉が顔を出した。雛依は無邪気に笑いながら、おいで、と錦鯉を抱きかかえる。


 「選択肢を与えておいて、その実は服従一択。武力制圧は人の心は動かさんぞ」

 「後で動かせばいいですよ。僕をここに連れて来たのは追い出そうとしてた長老様です」

 「俺に手を出したら軍も国民も黙ってない」

 「族があなたを殺して僕は助けに駆けつけた事にするんでおかまいなく」

 「あ、それで昨日襲って来た人捕まえといたんですね」

 「うわ。最低だな、お前」

 「策士家と言ってよ」

 「いーや、お前は単なる性悪だ」


 酷いよー、と結は大袈裟にケラケラと笑った。

 まるで悪意など感じられない笑顔は皇太子をさらに苛立たせているに違いない。


 「たった三人で軍を相手にできると思ってるのか」

 「三人?」


 結はあははと声を上げて笑い飛ばして、くるりと人差指を回した。

 すると結の足元からぬるぬると何匹もの錦鯉が浮き出てきて白練を囲む。結は雛依を膝から降ろすと、一枚の羽織を肩に羽織った。

 それは鯉屋の跡取りである事を証明する、黄金で鯉の鱗が描かれた黒い羽織だ。そして錦鯉が翻る羽織の中を泳ぎ、結に頬ずりをしてくる。


 「ええと、何でしたっけ。三人?」

 「……貴様……」

 「ああ、争いたいわけじゃないですよ。ただ国を守るため協力したいんです」


 結は口角を吊り上げにやりと笑った。

 それと同時に錦鯉が皇太子の首ににゅるんと巻き付いた。いつでも噛みつける距離だ。


 「取引きです。あなたが鯉屋に来てくれたら錦鯉を護衛として提供します」

 「俺に膝を付けと」

 「自尊心と国民の命、どっちを取りますか?」


 じわじわと錦鯉が白練ににじり寄る。

 協力じゃなくて脅迫ですね、と呆れたのは雛依だ。結の得意技だなと賛同したのは更夜で、結はあははと声を出して笑った。

 白練は何も言わず、ギリギリと拳を握りしめているだけだった。

 

 「明日までに回答を下さい。ああ、そうそう。錦鯉は無限に作れるんで」


 結は雛依を抱き上げ部屋を出ると、雛依は錦鯉達においでと声をかけて白練を開放した。

 そしてそのまま部屋に戻ると、雛依はぴょんと結の腕から飛び降りた。

 脱いでください、と結から跡取りの羽織を受け取るとぎゅうぎゅうと鞄の中に押し込む。


 「なあ。お前、報酬用意するとか言ってなかったか?」

 「報酬として錦鯉貸してあげるよ」

 「あっちは望んでないのにか?単なる脅迫じゃねえか」

 「最終的にうまくいけば協力でも脅迫でもどっちでもいいんだよ」

 「鬼かよ」

 「それより、結様は錦鯉作れるんですか?」

 「そのうち黒曜さんがどうにかするんじゃないかな」

 「あ、嘘吐いたんですね」

 「嘘も方便って言うんだよ」

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