第12話 狙われた結

 白練は肘をついてそっぽを向いた。

 雛依と更夜は話が難航しそうな様子に、あーあ、と深いため息を吐く。


 「で、お願いって何だよ」

 「鯉屋に来て下さい。うちも虹彩軍みたいな組織が欲しいんです」

 「断る」

 「そこを何とか」

 「断る」

 「彩宮の人守ってあげたじゃないですか」

 「それは礼を言う。だが俺が依頼したわけじゃねえ。勝手にやった事へ対価を支払う義理はねえね」

 「報酬主義ですか。へ~。それ鯉屋のとある組織にそっくりです。ねえ更夜君」


 報酬次第で何でもやる、それは破魔屋の経営方針だ。

 急に振られた更夜は何を回答するのが正解か分からなかったようでおたついたが、雛依が余計な事言わない方が良いよ、というので口を噤んだ。


 「見合う報酬が用意できればやってくれますか?」

 「はっ!俺は鯉も金魚も興味ねえよ!」

 「僕はやるかやらないかを聞いたんです。興味の有無による回答放棄は許可しません」


 ぴりりと電流が走った。

 皇太子はぎろりと結を睨み結はにこりと笑顔で返し、雛依と更夜はあわわと震えて身を寄せ合う。


 「何様だテメェ。ここは鯉屋じゃねえんだよ」

 「鯉屋の敵なら潰すまで。ちなみに僕の方針は疑わしきは罰せよです」


 皇太子の怒りが稲妻の様に迸った。

 対して結はにこりと微笑むだけだ。


 「三日だけ泊めて下さい。あなたの望む報酬を用意します」

 「……ふん。錦鯉連れの跡取り殿をないがしろにはできねえな」


 皇太子は悪態を付き立ち上がると、おい、と廊下に待機していた男を呼び込んだ。


 「全員分の部屋を用意しろ。跡取り様には一番広い部屋だ」

 「畏まりました」


 そしてその後、赤に青、黄色に金、きらきらと彩鮮やかで豪華な部屋を一人一部屋を用意してくれた。

 鯉屋には無い洋風の調度品がそろっていて、雛依は初めて見るソファにぴょんと飛び乗りはしゃぎ始めた。


 「結様。皇太子様は鯉屋の敵なんですか?」

 「さあねー。でもあれで引いたって事は隠し事があるんだね」

 「じゃあカマかけただけですか?」

 「うん。僕感情的な人嫌いじゃないんだ」

 「あっちは嫌いだと思うぞ」


*


 宿泊を許可されたその夜、誰もが寝静まった頃に結達は宮殿内を歩いていた。


 「いいんですか?勝手に出歩いて」

 「駄目とは言われて無いよ」

 「常識的にどうかという話です!」


 雛依は幼いけれどこういうところはしっかりしている。特に結と行動する日数が長くなるほどきりりとしていく。

 一方更夜はと言えば、ふああと大きな欠伸をしていた。


 「ちょっと更夜君。ちゃんとひよちゃんの護衛して」

 「守ってるだろ」

 「欠伸しといて何言ってんの。意識低いよ」

 「だって眠――危ない!!」


 更夜は結の後ろ襟を掴んで後方に放り投げた。

 体重の軽い結はその勢いでころころと転がり、壁にゴンッと頭打ってようやく止まる。


 「いったーい!更夜君痛い!」

 「ひよ連れて隠れてろ!」


 更夜はいつのまにか抱き上げていた雛依を結に投げ渡すと、腰に下げていた破魔矢をすらりと抜いて前方に振り下ろす。

 すると、ガキンと金属がぶつかり合う音がした。

 見れば更夜の向こう側には鉄パイプのような棒で破魔矢を防ぐ男の姿があった。


 「え!?野盗!?」

 「何だお前!聞いてねえぞ、こんなのが出るって!」

 「セキュリティ甘すぎでしょ!ひよちゃんおいで!」


 結と雛依は対人戦闘ができない。

 対出目金においては最強の鉾盾コンビだが、それは飛んで噛みつくしか能の無い出目金の話だ。人間は武器を持って襲ってくるし、大人と子供では力も違う。

 結は雛依を抱っこすると、背後から襲われないよう壁に背を付けた。

 けれどそんな心配もするだけ無駄で、既に更夜は男を床に叩きつけていた。結は上着を脱いで更夜に渡し、それで男を縛らせ猿ぐつわを噛ませた。


 「さっすが更夜君」

 「ったく。何だこいつは」


 男は更夜に踏みつけられたままじたばたと暴れている。

 結は更夜の後ろから男を覗き込むと、現代ではありふれたTシャツのような服を着ている。大きな金属製のトップが付いたネックレスをしていて、まるで現世の若者のようだった。


 (……おかしい。この服は彩宮でも虹宮でもない)


 着崩したり改造している人もいるが、こんなカジュアルな服を着ている人間は一人もいなかった。

 結はもう一度男をじいっと見て、よし、と大きく頷いた。


 「鯉屋に帰ろう」

 「え!?どうしたんですか急に!」

 「皇太子の説得しねえの?」

 「だってこの人他の国から来てる。他国と戦争するなら彩宮を死守してもらわないと」

 「あ、そっか。鯉屋に攻め込まれたら困りますね」


 もし彩宮が落とされた場合、ここを拠点にして鯉屋を制圧しに来るだろうと結は考えていた。

 敵の規模は分からないし敵じゃないかもしれないけれど、念には念を入れて、だ。


 「惜しいけど諦めよう。でもちょっと気になる事あるから帰るのは三日後にしよ」

 「はーい。僕もう眠いです」

 「ねー。一人一部屋貰ったけど更夜君はひよちゃんと一緒にいてよ」

 「言われなくても」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る