第9話 文化の混在する彩宮

 結達は彩宮に足を踏み入れ、その名の通り彩鮮やかな景色に目を奪われ立ち尽くしていた。

 赤に黄色、オレンジ。差し色に使われる原色の青やターコイズブルー、エメラルドグリーン……寒色は鯉屋の日常生活には無い色だ。

 現世で見た事のある結にとっては『こんな場所もあるのか』程度だったけれど、雛依と更夜は初めてだったようで、目をまるまると見開き口を大きくぽかーんと開けて呆然としている。


 「窓に空があります……」

 「さすがひよちゃん、素敵な表現。あれはステンドグラスっていうんだよ」

 「ここは変わった着物だな。何だありゃ」

 「へー。チャイナ服と洋服ががっちゃんこしてる」


 上は詰襟にチャイナボタン、下は様々でパンツやスカートと会わせている。

 肉体労働をしている人は無地で飾り気のないシンプルなデザインだが、道行く人は暖色寒色問わずあらゆる色の服や装飾品を使う。奇抜でありながらも美しい配色はまさに『彩』だ。


 「でも鯉屋と同じお着物の人もいますよ」

 「着物かぁ?袂ねえし下はひらひらじゃねえか」

 「漢服みたいだなー。あ、すみません。何で服の系統が二種類あるんですか?」


 結は通りがかった中年の女性に声を掛けた。

 女性の服は着物のような衿に胸あたりからスカートになっていて、現世にある漢服のようだ。


 「彩宮になって民族衣装が変わったんだよ。これは彩宮の民族衣装で、あっちは虹宮の名残だね」


 女性のスカート生地はオーガンジーを重ねたようにひらひらとしている。色は赤やオレンジのグラデーションで、雛依は金魚みたいで可愛い、と呟いた。

 雛依の無邪気な様子に気を良くした女性は担いでいた荷物を降ろし、金魚の尾のような髪飾りを取り出し雛依に付けてくれる。


 「お嬢ちゃん可愛いからこれあげるよ」

 「えっ!?あ、ち、違います、僕は」

 「いいよ。どうせ売れ残りだ。薄い髪色によく映える」

 「あう、あ、あうう」


 髪飾りは見るからに家庭の手作りだった。女性の服とよく似た生地で作られているけれど、しゃらりと垂れ下がっているのは日本のつまみ細工そっくりだ。

 困った雛依は結を見上げた。女の子じゃないと言おうとしたけれど、言う前に髪飾りを付けられ言いにくくなったようだ。

 だがそれはそれで可愛いので結はうんうんと頷きそのままにした。


 「この飾りも新しい民族衣装ですか?」

 「いや、この辺りの伝統さ」


 つまみ細工の髪飾りは鯉屋領地内でよく見る物だ。この辺りはまだ鯉屋に近いし、地図上で見れば鯉屋も『この辺り』に入るだろう。

 文化の混合は歴史に沿って規則性があるのか、それとも侵略により入り混じってしまっただけか。規則性が見つからず、結は何とも気持ち悪く感じた。


 「あんたら来たばっかりかい?ならあの塀の向こうに入っちゃ駄目だよ」

 「何かあるんですか?」

 「貧困街さ」


 貧困街と聞いて顔を歪めたのは雛依だった。

 塀に囲まれた貧困街とはまるで鉢のようだ。きっと雛依は心を痛めたのだろう。更夜はそれを感じ取ったのか、雛依を抱き上げ背を撫でた。


 「最近出来たんですか?それとも昔から?」

 「虹宮の前領主が作ったんだよ。虐待と略奪が趣味みたいな奴でね、そりゃあ悲惨だったよ。でも皇太子様が討って下さったのさ!」

 「皇太子?皇族がいるんですか?それは虹宮の領主の血縁ですか?」

 「いいや。この辺りの集落の代表者のような人さ。領主を討つ旗印になるため皇太子を名乗ったんだ。そんで国民意識を新たにするとかで新しい物をいっぱい持って来て、捨てる物を貧困街に配った。いらない物はあそこの山に置いておけば貧困街に運んでくれるよ」

 「へえ……」


 女性の指差した先には数えきれないほどの服が積まれていた。

 それはぼろぼろの布もあればまだまだ着れる服もある。彩鮮やかな生地がほとんどだが中には和柄の着物もあった。文化にこだわらず使える物は全て使おうという事だろうか。

 

 「皇太子様の話かい!ならこれ見てくれ!宮殿の下働きに入ったら制服を下さったんだ!俺も宮殿の一員だ!」

 「これだよこれ。働きに見合う物を与えて下さる。だから働くのも楽しくてねえ」


 女は嬉々として語り、それを聞いた通行人もわらわらと寄って来た。

 口々に皇太子の素晴らしさを語り、まるでお祭りのような賑わいだ。皇太子がどれほど愛されているのかが伝わってくる。

 だが賑わえば賑わうほど雛依の顔は暗くなり、終いには更夜の胸に顔を埋めて動かなくなってしまった。これ以上は良くないと結は更夜と目を合わせて頷き、この場を去ろうとした。

 だがその時、ドーンと何かが結に体当たりして来た。結はそのままがっちりと抱き着かれ掴まってしまった。


 「何!?誰!?」

 「や~ん!可愛い子ぉ!お肌真っ白つるつるすべすべ~!」

 「ぎゃー!」

 「結様!何だお前はっ!結様を放せえ!」


 項垂れていた雛依は結の叫び声に反応し、更夜の腕からぴょんと飛び降りた。

 結に抱き着いたのは彩宮の民族衣装に身を包んだ女だった。あなた可愛いわねぇと身体をくねくねとしならせたが、不自然に抑揚を付けた喋り方をするその声は女性にしては低い。よく見れば肩幅も広く、手はごつごつと骨ばっている。

 そして結はハッと気付き叫び声をあげた。


 「おかまだー!!」

 「ハ~イ♪かわいこちゃんいらっしゃ~い♪」

 「ははははは放せー!!」


 女改め男は結をひょいと右肩に担ぎ、すたこらさっさと連れ去った。

 結を助けるべく雛依と更夜は全力で追いかけるが、男は驚くほど足が速かった。一向に追いつけず、ついに男は一軒の建物に逃げ込んだ。

 中に入ると、そこは酒場のような店だった。まだ昼だが大勢の人が酒を飲みに集まっている。

 雛依はむせ返る酒の匂いと、男達の怒号に等しい笑い声にびくびくと怯えた。顔を青くしながら必死に店内をきょろきょろと見回すと、雛依が見つけるよりも先に、更夜があそこ、とカウンター席を指差した。


 「ひよちゃーん。ここだよー」

 「結様ぁ!」


 雛依は結を見つけるや否やぴょんと飛びついた。

 特に縛られたり危害を加えられたわけではないのだが、雛依はわんわんと泣きじゃくった。


 「ごめんなさいね~。可愛い新顔が来るとつい~」

 「結様に触るなあ!」

 「アラ、嫌われちゃった」


 雛依の頭を撫でようと伸ばされた手だったのだが、雛依は結に何かしようとしていると思ったようでその手をぺしっと叩き返した。

 結が大丈夫だよと言っても雛依は聞かず、ガルルルルと威嚇し続けている。


 「ひよちゃん、大丈夫だよ。この国の事詳しいみたいだからお話してみよう」

 「駄目です駄目です!この人は駄目です!」

 「うーん。お菓子でも食べて落ち着こうか」


 結はテーブルに置かれている陶器のカップに詰め込まれている白い綿のような物を指先でむしった。

 するとそれはふわりと空気に揺れる。


 「……雲が降りてきた……」

 「ひよちゃんは詩人だね。これは綿飴っていうんだよ」


 まず結が一口食べ、警戒する雛依の口元に運んでやると恐る恐るぱくりと口に含んだ。

 すると雛依はびくっと震えて結の服を掴んだ。


 「きききき消えました!お口の中でしゅって!」

 「甘いでしょ?飴を綿みたいにしたお菓子だよ」

 「飴?飴玉の飴ですか?」

 「そう。形が違うだけ。はい、あーん」

 「……美味しいですっ!僕初めてです!」

 「ねー。美味しい物いっぱい食べようね」


 雛依は初体験の綿飴が気に入ったらしく、ぱくぱくと必死に食べ始めた。

 喜ぶ雛依を見てカウンターの奥にいた女性――女性に見える男性が今度は桃色の綿飴を出してくれる。雛依はきらきらと目を輝かせて、手と口をべとべとにしながら食べていく。

 皆が雛依の愛らしさに癒されていたその時、ガンッと机を叩く大きな音がして店内の全員がその音がした方を振り返った。

 そこにいたのは老齢の男性で、歯ぎしりをしながら結達を睨みつけている。


 「余所者ってのはお前らか」

 「はい。余所者三人衆です」

 「目的は何だ。また出目金を連れて来たのか」

 「出目金?」

 「ちょっと長老様!こーんな可愛い子がそんな事するわけないじゃない!この前のはどっかの難民でしょ!」


 まだ来たばかりではあるが、結はこの国の人々は新しい物を積極的に受け入れ発達に尽くしている印象を持っていた。

 少なくとも排他的な風潮ではないし、他の客も「また長老の難癖だ」と呆れてため息を吐いている。


 「革新的な人に温故知新が拒絶されるのは世の常だね」

 「結様一言多いです」

 「え?何が?」


 結は分かんない、と首をかしげてにこりと微笑んだ。

 明らかに馬鹿にされたと受け取った長老はもう一度机をガンと殴りつける。


 「とっとと出ていけ!宿は無いからな!」


 長老とやらは結に向かって怒鳴りつけると、どすどすと足音を立てて店を出ていった。


 「おかまさん。今の誰ですか?」

 「お姉様とお呼び。虹宮時代からこの街を仕切ってる人。あんたらもう宿取れないわよぉ~」 

 「え。それは困ります。泊めて下さい」

 「アラ。ご奉仕してくれるならいいわよぉ♪」


 じゅるりと舌なめずりをしながらぎらりと目を光らせて、結達を物色するようにじろじろと見始めた。

 ぴっ、と結と雛依は飛び上がり更夜の背に隠れる。


 「ひよに手ぇ出したらぶっ殺すからな!」

 「ま!私あなたの方が好みだからちょうど良いわねぇ~」

 「え」

 「あー、更夜君てゲイ受けしそうな感じあるよね」

 「更夜君……僕達のために身売りをしてくれるなんて……」

 「ちょ、お、おい!ふざけんな!」


 結と雛依は更夜を置いて壁際に逃げ、更夜だけがぎゃあああと叫び声を上げていた。

 そして更夜の唇を犠牲に、結達は酒場の二階を宿として使わせてもらえる事になった。


*


 貸してくれたのは二組の布団が備え付けられている客間だった。

 部屋の出入口は黄金の襖で牡丹のような大輪の花が描かれている。柱は黒塗りだが壁は赤茶けた木造で、灯りは和紙で作られた提灯だ。これは鯉屋とよく似ている。

 やはりこの辺りは元々鯉屋の領地内で、他民族が移住して来た等の歴史があるのだろうかと結が考え込んでいると、その横をふらふらと身体を大きく揺らした更夜が通り過ぎ積まれた布団に倒れ込んだ。

 顔を真っ青にしてぐったりとくたびれていて、そりゃそうか、と結はクスクスと笑った。


 「ひよちゃん、可哀そうだからぎゅーってしてあげて」

 「ええ?おかまさんにぎゅうされた後にですか?嫌です」

 「ひよちゃん、いい?更夜君はひよちゃんの奴隷――じゃなかった。護衛だね。ご褒美あげて労うのは主人の役目。それができないと立派な当主になれないよ」


 当主と聞いて雛依はビシッと背筋を伸ばし、倒れている更夜をぎゅうと抱きしめた。


 「更夜君!元気出して!」

 「……んー……」


 更夜は雛依に抱きかかえられ、ごろごろと幸せそうな顔で甘え出す。

 チョロいな、と結は更夜の単純さが若干不安になった。


 「そのままでいいから聞いてね。明日は桜華探しするよ」

 「あ、探すんですね」

 「一応ね」


 黒曜から聞いた話では、その名の通り桜色の髪で十七、八歳。

 破魔矢は更夜と同じ日本刀で、鞘が特注の桜色だからそれが桜華である証拠になるそうだ。

 だが写真という技術が無いのでこの情報だけで見付けなくてはならないのが難点だ。


 「派手な顔してるから見れば分かるって言ってたけどそれだけじゃね」

 「髪の毛染めてたら終わりですよね」

 「偽名使ってるかもしれないしな」


 どうしましょうかと雛依は真面目な顔で更夜の頭を撫でていたが、その時外からわあわあと大勢の叫び声が聞こえてきた。

 驚いて窓を開け外を見ると、そこには数えきれないほどの出目金が飛び交っている。


 「何であんなに……!」

 「結とひよはここで待ってろ!俺は連中の相手をする!」

 「だーめだめだめ!更夜君はひよちゃんの傍離れない!」

 「けど!」

 「けどじゃない!もし出目金がここに入って来たらどうするの!」

 「じゃあ見捨てるのかよ!錦鯉出すのか!?」

 「駄目ですよ!錦鯉見られたら跡取りってバレちゃいます!何されるか分かりません!」


 結は窓からじっと外を見た。

 酒場の店員達が店に入るよう逃げ惑う人々に避難指示を出している。

 一階がばたばたと慌ただしくなったが、店員達は驚くほど手際よく冷静に空き部屋へ案内していく。


 (避難訓練してるな、これは。なら下手に手を出さない方が良い)


 恐ろしい事に、鯉屋は天災にも人災にも何の対策も取られていなかった。各々が頑張るのみだ。

 けれど国民から支持されている絶対的な指導者が立っている彩宮ならば災害対策も提供され、設備も整っているのかもしれない。


 「店に避難する道中を守ってあげようか。どうするのが良いかなー」

 「はいはいはい!僕金魚湯使います!」

 「金魚湯?金魚湯で何するの?」

 「眠らせます!出目金は魂が剥き出しなので一滴でも浴びればすぐ寝ます!」

 「えっ、凄い。そんな特効があるの。じゃあ作戦はひよちゃんが金魚湯で眠らせて更夜君がひよちゃんの護衛に専念」

 「はいっ!じゃあ結様は更夜君の傍に」

 「あ、確認したい事あるからちょっと出てくる」

 「は!?どこにですか!?駄目ですよ!」

 「臨と疾風がいるから大丈夫だよ」


 結は背負っていた大きな鞄を開けると、そこからぬるりと二匹の錦鯉が姿を現した。

 錦鯉は異空間に収納なんて事ができるわけではない。常にそこにいるので人目に付かないようにするには鞄に入れておくしかない。ちなみに、ここまで乗って来た大きな錦鯉は彩宮の外に隠している。


 結は雛依が止めるのも聞かず、錦鯉を抱えて窓からぴょんと飛び降りた。

 そして錦鯉は結ごとふよっと空を飛び、そのままひゅんとどこかへ飛んで行ってしまった。


 「あああああ!!結様あああああ!!」

 「錦鯉いるんだから大丈夫だって。ほら、行くぞ」

 「結様のばかあああ!!」

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