第8話 新たな国への出発

 黒曜が結に頭を下げてから五日が経過した今日、結は黒曜の招集を受け破魔屋の屋敷を訪れていた。

 集まったのは結を守る使命に燃えた雛依と雛依にくっついて来た更夜、そして結が呼び付けた鈴屋だった。


 「呼んで下さったという事は見つかったんですか?」

 「目処はな」


 結は黒曜に頼み事をしていた。それは破魔屋の人員強化だ。

 鯉屋の自衛隊を作りたいと考えているのだが、ならば現時点唯一の戦闘集団である破魔屋の強化と増員をしなければならない。特に即戦力として部隊を率いる事のできる隊長格が必要だった。


 「どんな人材か教えて下さい」

 「名前は桜華おうか。破魔屋の《神威かむい》になるはずだった男だ」

 「神威さん?なるはずってどういう事ですか?」

 「神威は人の名前じゃねえ。破魔屋最強の人間が受け継ぐ号で、

金魚屋当主の号、《依都よりと》を継ぐ人間の護衛をする」

 「依都?ひよちゃんの名前と似てるね」

 「雛依は僕の名前じゃないですよ。次に依都になる人間の号です。だから依都の雛と書いて雛依なんです」

 「へ~。本名は何ていうの?」

 「それは言ってはいけない決まりです!名を口にするのは号を名乗らなくなった時です!」

 「おお、本格的。ひよちゃんは凄いんだね」


 結が褒めてやると、えへんと雛依は自慢げに微笑んだ。

 その笑顔はもっと褒めてほしいと言っているようで、ぶんぶんと尻尾を振っている幻影が見える。


 「その神威本人は来てくれないんですか?」

 「訳あって連れて来れない。だが現神威は繰り上げなんだ。神威になるはずの桜華が着任を拒否して外へ出て行っちまった」

 「……外って出目金の巣を超えた外で合ってます?」

 「そうだ」

 「うわ。結局外の調査をするところからじゃないですか」

 「桜華はきっと《彩宮いろどりのみや》にいるよ」

 「はい?どこですって?」


 割って入って来たのは鈴屋だ。

 鈴屋は斜め掛けの鞄からA3程度の和紙を広げると、そこには地形や国、集落を示す記号が書かれている。


 「これは?」

 「世界地図だよ。結殿の睨んだ通り、外からの侵入者がいた」

 「へえっ!?」


 声を上げて驚いたのは雛依だけだった。

 え、え、ときょろきょろと全員を見比べると、更夜だけが一緒に首を傾げている。


 「行方不明者の捜索をしてたら巣の近くに陣取ってるのを見つけたんだ」

 「よくそんな所にいましたね。下手したら出目金に食われるでしょうに」

 「だから彩宮なんだよ」

 「はい?」

 「色々教えてくれたよ。まずこの地図の説明をしよう」


 鈴屋はトンと紙の中央を指差した。そこには『鯉屋』と書かれている。


 「鯉屋から最も近いのが五日ほど歩いた彩宮。ここは最近まで《虹宮にじのみや》という国だったけど、領主が酷い男だったらしくて反乱がおきたんだって。その反乱軍を率いていた男が皇太子となり彩宮を治めている」

 「虹よりを超える彩かぁ。嫌味。それでどうして桜華が彩宮にいるんですか?近いから?」

 「彩宮に出目金を切った人間がいるらしい。それが相当の手練れとの事だ」

 「噂程度の話ですか?それだけじゃちょっと弱いですよ」

 「分かっているよ。実は桜華より虹宮出身の人間が気になるんだ。どうやら彼らは出目金を兵隊にするらしい」

 「……はあ?」


 何馬鹿な事を言ってるんだと言わんばかりの声を上げたのは雛依だ。

 この中で最も金魚と出目金に詳しいのは金魚屋の雛依で、その雛依からすればあり得ないという事だ。

 雛依はじとっとした目で鈴屋を見てため息を吐く。いつも無邪気な雛依がそんな嫌味な態度を取ってしまうほど馬鹿な話なのだろう。


 「真実かどうかは分からないけど、実際侵入者は出目金に襲われなかった」

 「……情報過多だなあ。よくここまで喋りましたね、そいつは」

 「根性の無い男だったよ。たかだか爪一枚で」

 「あ、そういうのひよちゃんに聞かせないで下さい」


 結はぱむっと雛依の耳を塞いだ。突然の事に雛依はあうっ、と身体を震わせた。


 「それじゃあまずこの彩宮を手に入れましょうか」

 「落とすのかい?」

 「はい。出目金を兵隊にするというのが脅威です。傘下に降るなら良し、従わないなら制圧しましょう」

 「えーっと、でも彩宮に変わったんですよね?」

 「勝者は敗者を吸収するものだよ。そのまま存在すると思った方が良い。新しい指導者の悪評立てて国民を味方に付ければ、僕ら主導で反乱くらい起こせるでしょ」


 シレっと悪役じみた事を言う結に全員が引いていたが、そんな中で雛依だけは元気よくハイッと手を挙げた。


 「僕が彩宮の偉い人にいじめられたって泣いて回れば悪評立つと思います!」

 「あ、さすが僕の側仕え。すっごく賢い」

 「頑張ります!僕可愛がられるの得意です!」

 「おい!ひよに変な事やらせんじゃねえ!」


 更夜は雛依を取り戻そうとしたけれど、その雛依は結にしがみ付いて離れない。

 ぎゃあぎゃあと三人がじゃれ合っていると、おい、と黒曜がしびれを切らして煙管で机を叩いた。


 「桜華はどうすんだよ」

 「一先ず情報収集ですね。視察してから方針を立てましょう」

 「視察な。よし、じゃあ行って来い」

 「え?」


 黒曜はドンっと大きな革の鞄を取り出し結の前に突き出した。

 中には干し芋や干し肉といった携帯食料に飲み水等、旅に必要な物が詰め込まれていた。

 結は瞳をぱちくりと瞬かせ、驚いたようなその表情を見て黒曜はにやりと笑った。


 「破魔屋は警備で動けねえ。一般人は出目金と戦えねえ。何より視察できるほど頭の回る奴ぁいねえ」

 「……まさか……」


 黒曜はにっこりと満面の笑みを浮かべると、ぽんっと結の肩を叩いた。


 「敵情視察行って来い」

 「えー!!」

 「なら僕も行きます!結様は僕が守ります!」

 「ひよが行くなら俺も行く」

 「ん。じゃあ三人で行け」

 「ちょっとちょっとちょっとー!」


*


 こうして、結は雛依と更夜を連れて鯉屋の領地から外に出たのだが――


 「もう疲れたよ~」

 「錦鯉に乗ってるくせに何言ってんだ」 

 「僕は身体弱いの!揺れてるだけでも疲れるの!」


 今の結は病気で苦しむ事は無いのだが、そもそも運動不足で体力は無い。

 病室からろくに出た事が無いので肌は真っ白で手足は細い。肉体はその状態のままなので長時間歩く事すらできないのだ。

 そこで考えたのが体躯の大きな錦鯉に乗って移動する事だった。結を乗せてもすいすいと宙を泳ぐので、戦闘時以外は乗り物として使っている。

 それだけでもガッカリ感が否めないのに、ぴゃあああと泣き喚く結に雛依までもがじっとりとした目を向けた。


 「結様は二重人格なんですか?」

 「違うよ。その場その場で必要な演出をしてるだけ。処世術と言って」

 「あ、あそこに街がありますよ。あれじゃないですか、彩宮」

 「お!やっとか!」

 「ちょっと!聞いてよっ!」


 雛依と更夜は結の訴えをさらりと無視し、視界の端に見えてきた街へ駆けていった。

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