第7話 結に降った1人目の権力者

 黒曜が待ってると案内されたのは、一番最初に雛依と顔を合わせた広間だった。

 あの広間は明らかな上下関係を示すような造りで結はあまり好きではなかった。それに少人数なら結の部屋か客間でよかったのだが、何故か雛依が広間じゃなきゃ駄目だと言って譲らない。

 しかも頬をぷうっと膨らませ、ぷんぷんと怒気を放っている。それも可愛いだけなのだが、こんな露骨に怒っているのは珍しかった。


 広間に着くと、いつも結の後ろをちょこちょこと付いて行く雛依が今日は先陣を切り襖を開けてくれる。

 そして当然結は上座に座ったのだが、目の前の景色に目を疑った。黒曜と更夜、二人して平伏しているのだ。

 跡取りに対する態度としては適切ではあるのだが破魔屋は鯉屋の部下ではないし、何よりも全く似合わない振る舞いは逆に恐怖を感じた。


 「……どうしたのこの二人。平伏するような事をしでかしたの?」

 「しました!この人達のせいで結様が倒れたんですっ!勝手に顔を上げるなんて許しません!」

 「え?僕?何だっけ」

 「黒曜様がぼーっとしてるから出目金に襲われたんです!更夜君なんてのんきにお喋りしてたんですよ!だから結様が無理して錦鯉使わなきゃいけなくなったんです!この二人が悪いですっ!」

 「ああ、そういう」


 僕は許しませんよっ、と雛依は二人に向かって威嚇した。

 本人は至って真剣なのだろうけれど、小さな体で怒りを振りまく必死な様子が可愛くてついついぎゅうっと抱きしめてしまう。

 ちゃんと怒らなきゃ駄目です、と雛依は結の膝の上で抱っこされながらじたばたと暴れている。すっかりその姿に癒されて、黒曜達の事はどうでもよくなっていた。


 「顔上げて下さい。ひよちゃんが怒ってくれたからもういいですよ」

 「……いや。雛依の言う通りだ。すまない」


 黒曜は体を起こしたものの、あまりにも深く項垂れていて顔がろくに見えない。

 結としては黒曜と更夜が悪いとは思っていないのでそれは気にしていないのだが、気になったのは毎日面会にやって来ていたという事だ。

 目が覚めたら連絡を寄越せと言付けておけばよいものを、わざわざ出向くとは義理堅い。


 「鯉屋領地内を守るのは跡取りの役目です。気にしないで下さい」

 「……いや、それだけじゃねえ」

 「え、まだ何かあるんですか?」

 「ありますっ!」

 「あ、うん」


 答えたのは黒曜ではなく雛依だった。

 手に持っていた数枚の紙を勢いよく結に差し出してくる。一生懸命仕事をしようとしている姿はただひたすら可愛らしい。

 たまらず雛依に頬ずりするけれど、真面目に見て下さい、と怒られ渋々書類に目を落とす。

 するとそこに書かれているのは雛依の愛らしさでは誤魔化せない事実だった。


 「鉢の死亡者十八人!?何で!?」

 「あの後また出目金がたくさん出たんです。それで……」

 「これくらいは日常茶飯事だ。十八人は少ない方だが、それもこれも破魔屋がふがいないせいだ」


 黒曜はまた項垂れてすまない、とこぼした。

 結が鯉屋に来てから接した人間はそんなに多くはないけれど、鉢の犠牲を悔やむ人間は初めてで新鮮だった。


 「悔やむのは後にしましょう。被害はそれで全部ですか?」

 「いえ。行方不明が三人いるっぽいです」

 「いるっぽい?ぽいっていうのは確実じゃないって事?」

 「急にいなくなったそうです。そのうち戻ってくるかもしれませんけど、とりあえずいないそうです」

 「ふうん……」


 嫌だな、と結は思った。

 出目金に食われて死んだのなら仕方が無いが、問題は外敵に連れ去られていた場合だ。

 情報収集目的で潜伏していた場合、敵に結の存在を知られてしまう可能性がある。この世界共通の敵である出目金を消せる跡取りなんて、敵ならば手に入れるか殺すかだ。

 これ以上の情報漏洩を防ぐためにも防御策は急ぎたい。となると警備を置くのが手っ取り早いが鯉屋には使える戦闘員がいない。

 戦闘訓練をするにしても指導できる人間も、戦闘を指揮できる人間もいない。平和な日本で生まれ育った結だってそんな事はできはしない。


 「良くないですね」

 「……ああ。俺の責任だ。すまない」

 「え?ああ、いえ……」


 黒曜が悪いと責めたわけでは無かったのだが、黒曜は全て自分のせいだと思っているようだった。

 鉢で死傷者が出た事の責任を問うのなら支配者としてふんぞり返る鯉屋だろう。

 だがこの時結が考えたのは責任の所在ではなく、黒曜が結に頭を下げている事実をどう扱うかだった。

 結はにっこりと微笑みそっと黒曜の背に手を添えた。


 「被害が最小限で済んだのは破魔屋さんのおかげです。出目金を捕まえてくれたら僕が消しますから、これからは協力して頑張りましょう。」

 「……よろしく頼む。破魔屋は必ずやお前の力になろう」

 「はい。よろしくお願いしますね」


 結はもう一度にっこりと優しく微笑んだ。だがその笑顔は仲良くなれて嬉しい等という意味ではない。 


 (破魔屋さんゲーット。利害が一致する感情的な人は嫌いじゃないんだ、僕)


 これは、破魔屋は鯉屋ではなく結個人に降ったという事だ。

 鯉屋という後ろ盾無しに結が手に入れた結自身の力である。結はよし、とほくそ笑んだ。


 「結様悪い顔してます。何企んでるんですか?」

 「ひよちゃん、この前からどうしたの?可愛くないぞ~」

 「僕は結様の金魚屋です!結様みたいになるんです!」

 「待って待って。それどういう意味?」

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