第6話 出目金の法則・黒曜の謎
部屋から出ると破魔屋の数名が武器を持ち走り回っていた。
叫び声から聞く限り、どうやら鉢では既に多くの重傷者が出ているらしい。
「ひよちゃん。出目金てこんなに多いの?」
「いえ。現世で死亡が増えるのは大体十月なのでもう少し先のはずです」
出目金が増えるという事はそれだけ生者が死んでいるという事だ。
死亡者数が一気に跳ね上がるような何かがあったのなら出目金も突発的に増えるだろう。
しかし多かろうが少なかろうが、破魔屋だけでどうにかなるわけでは無い。何もできないわけでは無いけれど、何ができるのかと言えば網をかけ動けなくして端から突き刺していくだけだ。更夜や錦鯉のように先手を打って殺せるわけではないのだ。
結は雛依を更夜に預けると、臨をツンと突いた。
「他の錦鯉を連れて来れる?身体の大きい子を十匹くらい」
臨はくるりと旋回すると、ひゅうっと鯉屋の方へと飛んで行った。
連れて来たのは五匹で四匹は死んでしまった。一匹では心もとないが、幸いな事に大きな体をしている。
「よし。僕手伝ってくる」
「結様!駄目ですよっ!更夜君追いかけて!」
「はいはい」
*
結が鉢に到着すると、そこでは数名の破魔屋が出目金の捕獲のため走り回っていた。
鉢の人々は泥水の壁の向こう側への逃げるようだったけれど、その途中で出目金に追いつかれ噛みつかれている者もいた。
パニックで方々好き勝手に逃げ回る鉢の人々を取り纏める事はできないようで、破魔屋もどうしてよいか分からなくなっているようだ。
(避難訓練しなきゃ駄目だな。というかそれさえできればどうにでもなる気がする……)
見ていると、出目金に食われているのは逃げ惑う人だけだ。
一か所に固まっている人達には破魔屋がべったりと張り付いていて、やってきた出目金に網をかけ動けなくする。網をかけるだけなら鉢の人間も手伝えるようで、何人かは協力し合っている。
「俺も手伝ってくる。結、ひよを守ってくれ」
「うん。ひよちゃん、おいで」
「はいっ」
更夜から雛依を受け取ると、更夜は刀を抜いて出目金へと向かって行った。
黒曜は刀を抜かず、散り散りになって逃げる人達を捕まえ破魔屋に付かせて回っている。
やはり更夜の様に自ら向かって行く破魔屋はいない。だが生き延びる事が出来れば別に戦闘などしなくても良いのだ。
「みんなを黒曜さんのところへ連れて行こう。ひよちゃん、小さい子に手を貸してあげて」
「はい!みなさん!大丈夫ですからね!」
結と雛依は怯えて動けなくなっている人を支え、出目金の目に付かないよう破魔屋のいるあたりへ向かって行く。
けれど出目金の数は多く、数匹が結達を視界に捕らえ飛んできた。
「見つかった!ひよちゃん下がって!」
「駄目です!結様逃げて下さい!」
「大丈夫。援軍が来たから」
援軍、と結が指差した先にいたのは臨と他十数匹の錦鯉だった。
錦鯉は出目金よりも圧倒的に速く飛んで来た。あっという間に結の元にやって来て、半数は結を守るように囲って半数は出目金に向かって行く。
錦鯉は基本的に一対多数の先方を取るようで、出目金はどれを標的にして良いか分からずうろうろしているうちに錦鯉に食われて行く。
「君はひよちゃんについて。君達は鉢の人達を囲って守る」
結が錦鯉達に指示を出すと、即座に各自持ち場に付いた。
てきぱきと動く結と錦鯉の姿に鉢の人々は呆気にとられた。
「まさか、どうして鯉屋様が?」
「鯉屋様が鉢に来るわけない。破魔屋の新しい人じゃないのか」
「あの方は跡取りの結様です!結様は鉢を助けるために来て下さったんです!」
なんと、と結を知らない人間はざわざわとどよめいた。
雛依はまたも盛り気味に結のアピールを始めたが、既に結を知ってる人間は自慢げに今度の跡取り様はお優しい方なんだぞと語り始めた。
「こら、ひよちゃん。避難が先だよ」
「あうっ!ごめんなさい!みなさんこっちです!」
「僕あっち見てくる。ひよちゃんは黒曜さんの傍から動かないでね」
「はいっ」
結は錦鯉を五匹ほど連れ、一匹でうろうろしてる小さめの出目金を狙っていく。
一体多数なら錦鯉一匹当たりの消化も少ないようで、すぐに死んでしまう事も無い。
「効率よくやらないとね。よし、行け!」
結は脚が遅いので、出目金が追い付いて来ない程度の距離を保ちつつ目に見える範囲で錦鯉を戦わせた。
移動する雛依達には錦鯉を付けているが、近付かせないに越した事は無い。雛依を視界に収めながら近付きそうな出目金を倒していく。
そうしているうちに、すっかり出目金の姿は見えなくなっていた。
網にかかった出目金を破魔屋が殺して回っているようだ。
「ん、終わりかな」
「結様!みんな無事です!」
雛依が黒曜の足元でぶんぶんと大きく手を振っていて、その愛らしい仕草に癒される。
そして雛依と黒曜の元に戻ろうとした時、視界の隅で何かが蠢くのが見えた。それが出目金だと気が付いた時、既に出目金は大きく飛び跳ねて一直線に黒曜へと向かって行く。
「黒曜さん!危ないっ!」
結は錦鯉にアイコンタクトを送った。
すると目にもとまらぬ速さで黒曜の元まで飛んで行き、ばくりと出目金に食らい付きごろごろと転がって行った。
その錦鯉は他よりもうんと速くて、結も思わずため息をついて驚いた。肉体の大きさが違うのは見れば分かるけれど、こんなに違いがあるのかと感心する。
錦鯉はしばらく出目金と絡み合っていたけれど、すぐに動かなくなり錦鯉は結の元へと戻って来た。
「すっごく足速いんだね。お前も僕と一緒にいてよ。足が速いから名前は
喜んでいるのだろうか、疾風はくるくると結の周りを泳いだ。
現世では錦鯉を可愛がる感覚は持っていなかったけれど、こうなると可愛く見えてくる。
臨と疾風を撫でていると、途端に雛依が声を上げ顔を真っ青にして走ってくるのが見えた。
「結様!どうしたんですか!?」
どうしたと言われている意味が分からずにいたその瞬間、ぐらりと結の視界は暗転した。
*
結が目を覚ましたのはそれから三日ほど経ってからだった。
目が覚めたのは湯舟の中で、どうやら眠っている間は金魚湯に浸けてくれていたらしい。何でも塗り薬の様に皮膚からの摂取でも効果を得られるとの事だ。
「ひよちゃん。僕もう大丈夫だよ」
「駄目です!眠くなるなら寝て無きゃ駄目です~!」
わあん、と雛依は泣きながら結を抱きしめた。
雛依がここまで心配する理由は倒れた原因が分からないからだ。出目金に噛みつかれたなら分かるのだが、全て終わって何も無いところで突如倒れたのだ。
そのため雛依は目が覚めてもなお朝昼晩と金魚湯を飲ませてくれるのだが、これがやはり眠くなる。
そして金魚湯で眠くなるのは魂が回復してない証拠だとかで布団から出してもらえないのだ。
(錦鯉使ったのが疲れたのかな。でもあの子達勝手に動いてるしなー)
ううんと考え込むと、雛依がハッと気付いて金魚湯の入ったお椀を差し出してくれる。
具合が悪いと思ったのだろう。不安そうな顔をしている。
「有難う。でももう大丈夫だよ。ほら、元気でしょ?」
「でも放流した時も倒れたじゃないですか。無理しちゃ駄目です」
「ああ、そう言えばそうだったね」
過剰に心配するのはそのせいか、と鯉屋に来たばかりの時を思い返す。
あの時は出目金の放流をした――したと言っても何をしたかは分からないが、出目金を消した後に倒れたのだ。状況としては今回とよく似てる。
だが放流では錦鯉を使っていない。ならば結の体調に影響するのは錦鯉ではなく双方に共通する何かで、共通してるのは『出目金が消えた』という事象だ。
だが出目金が消えてもこの世界の人間には何の影響もない。
(出目金から現世の肉体だけに有効な毒ガスでも出るのかな。じゃあ出目金の肉体に何か秘密があるのかも)
ちらりと雛依を見ると、やはり心配そうに目を潤ませている。
こんな小さくても今は金魚屋の代表としてここに居るのだ。いつでも結を助けられるように手にはしっかりと金魚湯を持っている。
「ねえ、ひよちゃんは出目金って何でできてると思う?」
「魂ですよ」
「ではなく、身体の成分とか」
「んえっ。そんな難しい事は分かりません。金魚と違って触れないから調べようも無いし」
「あー……え?」
さらりと言われた雛依の一言に結はぴくりと眉を揺らした。
「今何て?触れないって言った?」
「はい。結様触れるんですか?」
雛依はきょとんとして首を傾げた。
言われて思い返すと、確かに直接触った事は無かった。水槽に入っているか錦鯉に倒させるかで、素手で触れた事は無い。
「でも出目金て僕らの事齧るよね」
「あっちは僕らに触れるんですよ。しかも出目金は魂を食べるので怪我は治っても魂は治りません」
「じゃあ出目金が襲って来たらどうしてるの?」
「何かにぶつかってもらうしかないです。僕らが投げる物はすり抜けるんですけど、自分から壁にぶつかったりはします」
「何その法則。足に食いつかれたら引っぺがす事も逃げる事もできないじゃない」
「それはもうどうにもできません。だから破魔屋さんは凄いんです」
つまり食べられ死ぬのを待つだけという事だ。さすがにそれは背筋が冷える。
あの情けない戦いぶりでも重宝されるのはそういう理由か、と結は大きく頷いた。
「……ん?網にかかってたよね。鯉屋も水槽と金魚鉢に入れてたし」
「あれは網と水槽と金魚鉢ですもん」
「もんって、網と水槽と金魚鉢は何か特別な物の?」
「そうですよ!あれはどっちも黒曜様が作る特別製です!」
「……それは、また……」
予想だにしない事実の連続に結はため息が出た。
(黒曜さんが作るのは対出目金武器じゃなくて出目金に触れる物なのか)
だがそれが分かったところで新たな疑問が産まれた。
何故黒曜はそんな特殊な物を作れるのだろうか。だがそれを解明したところで結にメリットはあるだろうか。紐解いてデメリットが発生するなら謎のままにしておきたい。
何を考えればいいか頭が追い付かずにいると、あ、と雛依が手を叩いた。
「忘れてました。その黒曜様が面会にいらしてるんでした。このところ毎日いらしてるんですよ」
「毎日僕に?鈴屋さんにじゃなくて?」
「鈴屋様はお仕事で一昨日から鯉屋を離れてるんです。別に会わなくてもいいですよ」
「いいよ。行く。聞きたい事もできたし」
では準備しますっ!と雛依は結の着物と羽織を取り出し、小さな体で一生懸命着付けをしてくれる。
自分で着付けた方が早いのだが、雛依が尽くしてくれるのが可愛くてやってもらう事にしている。
着付けが終わると、結は雛依を抱っこして部屋を出た。
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