第4話 跡取り出陣
「あれが野良出目金?」
「そうです!結様、僕の後ろに隠れ」
「よーし。せっかくだし錦鯉使ってみよっと」
「え!?結様!?」
雛依が止めるのも聞かずに、結は一匹の錦鯉をコンと小突いてアイコンタクトを取った。
すると錦鯉はひゅんと素早く泳いで出目金に向かって行った。しばらく追いかけ合っていたが、錦鯉の方が圧倒的に素早いおかげであっという間に出目金は捕獲された。
そして錦鯉はばくばくと出目金を食い息の根を止めたが、それと同時に錦鯉もくたりと動かなくなった。
「あれ?死んじゃった?」
「身体の大きさが魂の大きさのはずです。小さい錦鯉じゃ大きな出目金を食べられないですよ」
「……例えばあれみたいな?」
結は横たわる錦鯉を拾いに行こうと思ったけれど、足を止めその向こうを指差した。
そこにいたのは抱き着いても両手が回らないであろう、巨大な出目金だった。
あまりの巨体に結も雛依も言葉を無くし呆然と立ち尽くしたけれど、更夜は即座に動く。雛依だけを抱き上げ脱兎のごとく逃げ出した。
おかげで結もハッと意識を取り戻し、鈴屋に背を守られながら更夜の後を追いかける。
「あの大きさ何!?」
「共食いです!出目金は共食いするんです!そうすると相手の恨みも肉も吸収して大きくなるんです!すっごく凶悪です!」
「うえええ。蟲毒みたい」
しかし幸いな事に共食い出目金は幸いな事に動きはのろく、全力で走れば逃げられる程度だった。
錦鯉は常に警戒しているしこれなら逃げられるだろう、だが逃げて放置していいのだろうかと思った途端に出目金がビタンと血に叩き落とされた。
そこには大きな網で出目金を捕獲する数名の人間がいた。
「誰あれ。出目金討伐隊?」
「破魔屋さんです!助けに来てくれたんです!」
「破魔屋?あれが?」
更夜が着物に日本刀だからてっきり類似する服装なのかと思っていたが、彼らが着ているのはなんとレザーのパンツにジャケットだった。
武器の形状も西洋剣で、この世界では明らかに異質だ。
(……それにしてもお粗末な戦い方だなあ。剣道部の方がマシだよ)
武器を持ってはいるものの、構える姿は不格好で巨大な出目金を恐れて逃げ腰になっている。
隊列を組んで連携するわけでもなく、ただ網をかけて動けなくしているだけだ。
「更夜君、網掛けてどうするの?」
「切って殺すんだよ。お前達ここで待ってろ。俺も見てくる」
「あ、僕も行く」
「いいよ。ひよと待ってろ」
「えー、でもあれ戦える?めっちゃ来たよ出目金」
「あ?」
共食い出目金を捕まえて一安心したものの、その向こうから出目金が五、六匹ほどやってきた。
どれも両手で掴む程度の大きさで、共食い出目金を見た後では可愛く見える。
けれど破魔屋はうわあと驚いてその場を逃げ出し、とてもじゃないが戦えるようには見えなかった。更夜は情けないと罵倒しながら群れに飛び込んだ。
けれどすばしっこい出目金相手に一刀両断とはいかず、ちょろちょろすんな、と叫びながら切り付ける。
だがやはり刀を小さな身に食い込ませるのは難しく、苛立った更夜は素手で殴り始めた。けれど空いてる腕は一本しかない。そんな更夜をからかうように出目金は牙を剥いて飛び回る。
「すばしっこさなら錦鯉でしょ!行け!」
合図と同時に、結を取巻いていた三匹の錦鯉が出目金達に飛びついた。
錦鯉の戦いぶりはなかなかに壮絶で、がぶりと噛みつき肉を引きちぎり、落下した出目金一匹に二、三匹の錦鯉が群がり食い尽くす。
そこから命からがら逃げた出目金は更夜が切り捨て、かすかに息のある瀕死の出目金は破魔屋がとどめを刺す。
雛依と鈴屋は結達が出目金を相手にしているのを見ていたが、他にも見ている人間がいた。
「雛依様。ありゃあ鯉屋様の羽織でしょう。何故鯉屋様が鉢を助けるんです」
「あの方は跡取りの結様です!助けに来て下さったんです!」
こそりと雛依に話しかけて来たのはぼろぼろで服とも言えない服を着た鉢に住む人々だった。
雛依は、結様は自分から戦いに出てくれたんですよ、鉢の生活も助けるって言ってくれてるんですよ、と若干盛り気味に嬉々として語った。
「鯉屋様が鉢にお見えになるなんていつぶりだ」
「俺ぁ初めてだ」
「こんな汚い場所に足を運びお助け下さるとは、何とお優しい」
「いいや、勇ましい方だ。見ろ。錦鯉を操る凛々しいお姿を」
雛依を中心に人々はわいわいと盛り上がった。
そして出目金を倒し切ると結はぶんぶんと手を振り雛依の元へ戻って来た。
「ひよちゃーん!終わったよー!あれ、この皆様はもしは鉢の方?初めまして。棗結です」
「跡取り様自ら御名を!?」
「鯉屋様がご挨拶下さったぞ!」
おお、と人々は大きな声で騒ぎだした。
鯉屋の跡取り様が来て下さったぞ、と叫ぶとどこにいたのかぞろぞろと鉢の人間が集まって来た。
「え?何?ナニナニ?どしたの?」
「鯉屋様も大店も、鉢を助けてくれる人はいないので嬉しいんですよ!」
「ねえ、それ何でなの?同じ土地で暮らしてるのに変じゃない?」
「同じ、同じとおっしゃって下さるのですか……」
「え?だって地続きでしたよ。というかあの泥水の壁いります?何ですかあれ」
「おお……」
結がきょとんと首をかしげると、人々は一斉に平伏して拝み出し口々に感謝を述べる。
「えっ、止めて止めて。拝まないで」
「それくらい凄い事なんです!」
「ええ~。よく分からないけど顔上げて下さい。覚えられないです」
「お、覚えて下さるのですか」
「知り合ったら覚えるでしょう。名前は何ていうんですか?」
「名を聞いて下さるのですか!?」
「普通聞きません?あ、僕の事は結って呼んで下さいね。双子の兄とお揃いの名前なんです」
けろっと言う結を見て、嬉しさに耐え切れず拝みだす人や涙を流す人も現れた。
結は想像以上の扱いに右往左往し、落ち着いて落ち着いてと声を掛けるがそれだけでも深い感謝をされ話は遅々として進まない。ひと落ち着きするのを待つしかなさそうだった。
わあわあと賑わいは尽きない中、一人離れた場所にいた鈴屋はふふ、と笑った。
「こんなすぐ鉢の心を掴まれて、黒曜はどうするのかな」
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