第3話 魂のカースト

 結達は鯉屋を出て大店へと足を踏み込んだ。

 そこは頭が痛くなるほど真っ赤な空間だった。鯉屋のように朱塗りの神社風が所狭しと並んでいて、街頭は赤い提灯でそれに照らされ輝く金魚達。ところどころに雑居ビルのような建物もあるが白い土蔵か木造の日本家屋のどちらかなのだが、そこに建てられる灯りも赤いので結局視界は真っ赤に染まる。

 煌めく街並みはただただ赤く、美しくないとは言わないが結は少々頭が痛くなった。

 これが昔ながらの伝統なのか、はたまた鈴屋の提案で紫音が良しとして建設されたのか。どちらにせよ大店は鯉屋よりもはるかに眩く、これではどちらが上位か分からない。


 大通りの両脇には露店が並んでいるが、売られているのはどういうわけか飴玉ばかりだ。


 「他の売り物は無いんですか?」

 「店内にあるよ。雛依、この前あげた卸鈴で今度ご案内して」

 「はいっ!もちろんです!」

 「卸鈴?」

 「大店に入っていいですよーって証明の鈴です。これ!」


 雛依は首に下げていた赤い鈴をつまんで結に見せた。音はならないが形状は鈴だ。

 入場許可証が鈴というのはお洒落だが、結が気になったのはそれではない。


 「まさか入場者管理も鈴屋さんなんですか?」

 「そうだよ。だから僕は鈴屋なんだ」


 何が『だから』なのかはよく分からないが、経営だけでなく入場まで握っているとなると鯉屋に近づけるどうかは鈴屋次第という事だ。

 もし紫音の権力を高める人間がいたとしても鈴屋がはじけるわけで、それは実質権力が鈴屋に集約しているというと言っていい。


 (紫音さんは知ってるのかな。それなりに成り立ってるならどうでもいいのかな)


 結としては違和感だらけだが、それはあくまでも結の思惑を正とした場合の話だ。現状うまく回っているなら何も覆す必要は無い。

 さてどうすべきかと悩んでいると、黒い倉庫のような建物の裏からもくもくと煙が立っているのが見えた。

 どうやら焼却炉のようで、こんもりとゴミが積まれている。一つしかない焼却炉に対して随分な量だ。


 「焼却待ち多すぎません?」

 「鯉屋近くは水気が多いから焼却に時間がかかるんだよ」

 「ああ、湿気……」


 鈴屋はちょっと待って、と足を止めると焼却をしている男に声を掛けた。


 「そこの。衣類は鈴屋に置いていいよ。僕がまとめて処分するから」

 「へえ、有難う御座います」


 男はぺこぺこと頭を下げる。鈴屋が権力者だと分かっているようだった。

 紫音はお嬢さんお嬢さんとちやほやされているが、権力者としてひれ伏されてる様子は無かった。結はここでも圧倒的な違いを感じた。

 そのまま焼却炉を通り過ぎると、今度は金属の山が見えてきた。主に鍋や机等の生活用品のようだ。


 「金属はどうするんですか?熔解できるとは思えないんですけど」

 「置いておくんだよ。そうするとそのうち無くなる」

 「え。まさか土に還るのを待つ長期計画?」

 「違うよ。あの先に行けば分かる」


 鈴屋に付いて行くと、どんどん薄暗く埃っぽくなっていく。

 進むにつれ美しい店は無くなり住宅のみになり、それも過ぎて歩き続けて辿り着いたのは聳え立つ水壁だった。見渡す限りそれは続いていて終わりが見えない。それに水といっても泥水のように澱んでいて、腐ったような臭いがする。


 「ここが鯉屋領地内の貧困街。鉢だよ」

 「まさかこの泥水で隔離してるんですか?何でそんな事を?」

 「魂の罪人だからだよ。雛依、説明してくれるかい」


 指名された雛依を見ると、急にしょんぼりとして目をそらされる。

 けれど鈴屋に雛依、と催促をされ小さな声で囁くように語り始めた。 


 「魂には二種類あります。これから生者になる魂と、生者が死んだ後の魂です」

 「人間が産まれて魂が出来るんじゃないの?」

 「違います。現世で人の肉体が作られると、この世界生まれの人が入るんです。これが大店と街に住んでます」

 「へえ。じゃあ鉢の人は?」

 「金魚から輪廻転生した次も昇天できなかった魂です。そもそも輪廻転生は鯉屋様の恩情で、魂の理から逸脱する行為なんです。何度もできる事じゃないんです」

 「やり直すチャンスは一度切りって事ね」


 しかしこれはまた結に疑問を与えた。


 (……だからってカースト設ける必要ある?)


 ここに存在する経緯が違う事を双方受け入れられないのなら、交流を絶てば良いだけで追い詰める必要があるようには思えない。


 「大店の廃棄物は鉢の住人が使う。だからそのうち消えるんだ」

 「なら普通に譲ってあげればいいじゃないですか。何でゴミ漁りさせるんですか?」

 「魂の格差があるのに同列には扱えないよ」


 またそれか、と結はため息を吐いた。

 なぜそこまで格差にこだわるのだろうか。こだわらざるを得ない理由があるのだろうか。


 (必要犠牲なのかな。救えないなら必要悪として切り捨てるのも一つの手だ。鉢は住人が多すぎる)


 結一人で無限の出目金を相手にできないのと同じように、鯉屋が養える人数にも限りがある。

 そう思うと魂に格差を付けるのは正しいように思えた。


 (そうか。鯉屋は裁判所ポジションなんだ。同時に法の制定もやってるから権力が偏るわけで)


 三権分立の法則で生きてきた結には一つの組織が二権を掌握するのはアンバランスに思えたけれど、図式としては司法立法行政を保っているのかもしれない。

 となると鉢の扱いは相当難しくなってくる。下手に手を出して鯉屋が権威失墜したら結の立場も危うくなる。

 鉢の果てはどこなのか、遠くへ目をやると荒れ地がぷつりと途切れて鬱蒼とした森が始まる境界があった。


 「ひよちゃん。出目金の巣ってもしかしてあの辺?」

 「そうです。野良出目金がいっぱいいるから近付いちゃ駄目です」

 「野良。野良がいるんだ」


 雛依は怯えたように結にしがみ付いた。

 隣接しているだろうとは思っていたけれど、まさかこんな目と鼻の先で突如始まるとは思っていなかった。

 これでは日々襲われるのは当然だが、結はふと不思議に思った。

 出目金被害があるという割に、遺体は無いし怪我人がいる様子も無い。


 「……出目金に襲われたら食べられちゃうんだよね」

 「はい。だから助けてあげないといけないんです」


 結はちらりと鈴屋を見た。

 大店の経済状況を見るに多少の施しはしてやれるだろう。けれどそれは一切しない。立ち入りを制限もしている。


 (……そうか。出目金に食わせて人口増加を防いでるんだ)


 結がおかしいと思ったのは放流対象の出目金がきっちり水槽に詰め込まれている事と、野良出目金の存在を知らされなかった事だ。

 鉢を取巻くように出目金がいるのなら、一斉に消すべきは小さな水槽の中ではなく出目金の巣の方だ。

 けれど紫音も鈴屋もそれを言わなかった。野良を消すつもりがないのだ。


 (これは下手に体制変更できない。やるなら魂の管理から見直さなきゃいけないけど、金魚屋は……)


 金魚屋の当主代行である雛依は幼い。

 新たな体制の一角を担わせるには役不足が否めない。


 「ねえ、ひよちゃん。金魚屋の当主って」

 「ひよ!下がれ!」

 「わあ!」


 突如更夜が叫び雛依を抱き上げ後ろに飛んだ。

 結の腰辺りを泳いでいた錦鯉達もぬるりと結の前に躍り出た。その向こうに見えたのは両手でかかえるくらい大きい一匹の出目金だった。 

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