ごめんね、トラスト
鈴鹿龍悟
第1話
皆さんはアオハトという鳥を知っていますか。
モーリス・メーテルリンクの童話『青い鳥』のモデルになった、かつて全世界のあらゆる場所に生息した、鳥類史上最も個体数が多かったといわれている生物です。
ですが、皆さんはこの鳥を見たことがない人も多いでしょう。日本にはいない鳥なのでしょうか。いいえ、アオハトは日本にもたくさん生息していました。新古今和歌集にも青鳩を歌った歌が収められています。
今この世界には、アオハトはいません。彼らはみんな、いなくなってしまったのです。どうしてだか、皆さんは知っていますか。
どうしてアオハトがいなくなってしまったのか。それを話す前に、皆さんに聞きたいことがあります。皆さん、インターネットを使っていると、広告が出てきて、鬱陶しく感じたりしませんか。ええ、ええ。みなさん正直ですね。私ももちろん、ああいう広告は嫌いです。ところで皆さん、ああいう広告に、動物は使われていないことに気付いていますか。そうなんです、ネット広告に動物は使ってはいけない、と法律で決まっているんです。どうしてそんな法律が出来たんでしょう。実はこれも、アオハトがいなくなってしまったことと深い繋がりがあるんです。
では、いよいよアオハトがいなくなってしまった理由を、お話しましょう。
アオハトは、ハトの仲間です。特徴として、頭部と胴体の上側が青色、下側が白。くちばしは黒で、足は黄色でした。オスはメスより少し小さくて、青色がちょっぴり褪せていました。全長は30センチほどだったといいます。群れで暮らす習性があり、一つの枝にあまりにたくさん止まりすぎて、木の枝が折れてしまったという逸話があります。
アオハトは昔から世界的にメジャーな鳥で、アオハトをモチーフにした物語や音楽がたくさん作られました。『青い鳥』もその一つですね。チルチルとミチルは青い鳥を探しに行きますけど、結局は家の庭で見つけますね。当時それくらいどこにでもいる、ありふれた鳥だったんです。
さて、それくらいたくさんいる鳥でしたから、幾つかの会社がこの鳥を企業のロゴマークに使いました。青い鳥は、記号化するととてもスタイリッシュでキャッチ―なものに見えるからです。実際のアオハトは汚らしい青さだったのですが。そんな風にロゴマークに使った会社の中で、最も大きかったのがTW社です。TW社は年間平均35億ドルの純利益を出し、4000人の社員が務める大企業でした。
TW社は当時の多くの企業と同じく、ネット広告に力を入れていました。当時はネットの黎明期で、ネット広告は半ば無法地帯です。例えば皆さん、動画サイトで動画を観ますよね。この時、もし五分刻みで広告が挟まれるとどう感じますか。いえ、笑い話ではありませんよ。当時はこのような広告が一般的だったんです。そうやって広告を挟まれるのが嫌なユーザーは、動画サイトの会員になって、会員料金を毎月払わなければならなかったのです。
他にも、ネット記事を見ているときに、画面の9割を占める広告が出てきたら、どう思いますか。ええ、当時はこういう広告もあったのです。これもやはり、広告を消すには、フィルターアプリを購入して、毎月金銭を払うことが必要でした。
TW社もネット広告を出しました。しかし、この広告がとんでもないものでした。当時の動画に挟まれる広告は3分から5分程度の長さでした。しかし、最初の15秒を見ると、画面上にスキップボタンが現れるので、それを押せばその広告を【スキップ】できます。課金しなくても広告を最後まで見る必要がないのです。ところが、TW社の広告は時間が1分未満でした。おや、他の広告より良心的じゃないかとお思いでしょう。ところが、この1分の広告はスキップボタンが無かったのです。当時の広告法で、1分以上の動画にはスキップ機能を付けることが義務付けられていましたが、TW社はその基準ギリギリを攻めたのです。
動画の視聴者はスキップ出来ないので、一分未満の時間、正確には59秒間、TW社の広告を見なければいけなかったのです。これだけでも苛立たしいのですが、さらに悪いことに、この広告は一つの動画に何度も使われる場合もありました。30分の動画を観るために、59秒×5の同じ動画を観なければいけない場合もありました。しかも広告内容は、アオハトを模したマスコットが視聴者に向かってぎゃあぎゃあとTW社の商品を宣伝するだけという、広告として質も悪いものでした。
この59秒広告は、公開当時から大不評で、当然のように炎上しました。ええ、炎上は当時からあったんです。ただ今と違ったのは、炎上に対する企業の態度でした。現代の企業ならば炎上すればすぐに謝罪文を出します。炎上の危険性を理解しているからです。しかし当時はようやく全世帯がネットに繋がりだしたネット黎明期ですので(今のように脳直結ではなく、デバイスを通して間接鑑賞がスタンダードでした)、炎上に対して悪手を行いました。
「動画サイトの会員になれば広告を見ずに済むのに、どうして会員にならないのか」
「月15ドルがそんなに高いのか」
このような発言をアオハトを模したキャラクターに言わせる広告を更に公開したのです。当然これも59秒でした。実の所、最初の炎上では、騒いでいるのはごく一部で、多くの視聴者は不満に思いながらも我慢をしていたんです。ところがその我慢に対して貧乏人だと煽るような広告が使われ、それも59×5秒見なければいけなくなったのですから、たまりません。最初の炎上がボヤ騒ぎに思えるような大炎上となり、TW社へ抗議文が殺到しました。
そんな情勢下で、一つの投稿が注目されました。それは普段過激な発言で有名なとあるカリスマ配信者でした。彼は動画の中で、ベランダを糞で汚したアオハトを電気罠で捕まえ駆除しました。この動画は彼の動画の中で最も再生回数が多くなり、全世界に拡散されました。TW社のアオハトを使った広告に怒りを覚えていた視聴者にとって、その配信者の動画は一種の清涼剤として機能しました。(彼の動画の中ももちろん5分おきに広告が挟みこまれました)。
ここから、後追いとして幾つものアオハト駆除動画が公開されました。駆除方法には様々な趣向が凝らされ、猟銃で射殺するものや、溺死させるもの、殴殺するものなど、幾つもの個性的な駆除方法が公開されました。特にペットに捕食させる系統が人気で、再生ランキングの上位は軒並み蛇や猫による捕食動画が並びました。
これらの動きに対してTW社は徹底的に抗戦姿勢を取りました。それまでは動画広告がメインだったのですが、ネット記事のバナー広告にも進出したのです。画面の9割を占める広告バナーは非常に迷惑なものであり、おまけに広告を閉じるスイッチは、広告が展開されてから59秒後に現れる仕様だったのです。それまでTW社は動画サイトを視聴ている非会員に蛇蝎の如く嫌われていました。しかし、会員、あるいはそもそも動画を観ないユーザーに対してはTW社は数ある大企業の一つに過ぎませんでした。ところがそんなユーザーに対してもTW社は苛立ちを与えたんです。TW社に対する嫌悪感はさらに広がりました。しかし、いくらTW社に抗議しても、改められることはありません。やがて怒りはTW社のマスコットであるアオハトに向けられ始めたのです。
アオハトの駆除は、それまで動画投稿者そしてそれらのファンにとってのコンテンツでした。しかし、バナー広告の展開によってアオハト駆除はネットユーザー全体に広がっていったのです。
元々人間は狩猟採集民族です。人類史全体で見れば、農耕を始めたのはごく最近といいます。アオハトの駆除は、彼らの狩猟者としての本能を呼び覚ますものでした。
アオハトの駆除にはあらゆるメリットがありました。まず、そもそもとしてアオハトは数が多く、糞による被害も当時の鳥類で最も多いため、主に害鳥として扱われていました。そのためアオハトを駆除することで、街を綺麗にする一助になります。
また、いくら直接抗議しても譲る所を見せないTW社に対して、アオハトを駆除することで怒りを表明することが出来ます。TW社にアオハトの死骸写真を送りつけることで、ユーザーがどれほど怒っているか示すことが出来るのです。
更に、ネット黎明期では、主に高齢層から、ネット中心の生活は運動不足に繋がるとの危惧が広がっていました。しかしアオハトはネットには存在せず、駆除しようと思えば外に出る必要がありました。高齢層からすれば、家に籠ってネットをするより、外に出て鳥を追いかけ回すほうがまだ健康的だと思えたのでしょう。
このようにアオハト駆除が進んだ結果、都市部のアオハトは次第に減少傾向を見せ始めました。
しかし都市部以外の場所では未だ数多く生息していたため、アオハト駆除に待ったをかける声はあまりありませんでした。
ところが、同時期にTW社による森林伐採が行われ、アオハトの生息地が無くなってしまいました。
この時、危機感をもった人もいました。しかし、多くの人の認識では、アオハトはあまりにも数が多いのだから、絶滅するはずがないと考えていました。ですが、アオハトは繁殖能力が他の鳥類と比べて極端に低く、炎上による駆除と森林伐採によって減ったアオハトの個体数は、さらに減ることはあっても、増えることはありませんでした。
TW社は、アオハト保護プログラムを始めました。彼らはアオハトが減っている現状と、保護の基金を募るために、広告を出しました。それがユーザーの怒りをさらに買うとは思わずに。
アオハトが絶滅寸前というのは陰謀論だ、という言説がネットの海に溢れました。「ミシシッピの虐殺」や「クーパー事件」などによって、希少なアオハトの数はさらに減ってしまったのです。
最早絶滅は避けられないと彼らが気づいたときに、アオハトの個体数は世界で200羽を切っていました。
そして、最後のアオハト、トラストが2030年に死んだとき、アオハトは完全に地球上から姿を消してしまったのです。トラストは動物園で生まれ、一生を檻の中で過ごしました。
これが、アオハトの歴史です。
この絶滅を教訓として、広告法が改正され、広告に動物、あるいは動物を模したマスコットキャラクターを使うことは禁止されました。
また、あまりにも悪質な広告は、ユーザーを集団ヒステリーに追い込む恐れがあるということで、これもまた規制されるようになったのです。
今、私たちが快適なネットライフを送れる、その裏にはアオハトの尊い犠牲があったのです。そのことを忘れないでくださいね。
そして今、アオハトのDNAを復元させるプロジェクトが進んでいます。人類の業によって滅んでしまったアオハトがもう一度自由に空を飛べる日を目指して。私たち、TW技研は研究を続けます。
TW技研のアオハトプロジェクトに援助を行ってくださる、アオハト会員は、月額14ドルで加入できます。会員の皆様には会誌『青い鳥』の閲覧権と、ディアゴスティニー「原寸大アオハト模型」を送付します。詳しくはこちらの【URL】からご確認ください。
(広告が終了し、動画本編が再開する)
ごめんね、トラスト 鈴鹿龍悟 @suzukaryuugo
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