28
街の裏通りで銃撃事件が起きた。居合わせたレオンは犯人の銃弾を頭部に受け、即死だったという。
レオンの死を聞かされた私は、もはや泣く気力も湧かないほど悄然となった。レオンから供給されていたガックの摂取もできなくなると、また禁断症状による頭痛と震えが蘇った。それは親殺しの呪いと相まって全身を苛み、震えだけでなく痛みを伴うようになった。激しい下腹部の痛みや、わけも分からない吐き気を催すようにもなった。
痛みと気持ち悪さから逃げる術は、眠ることだけだった。アマンダに頼ることは考えなかった。私はセンターに行くのをやめて閉じこもったが、眠りから目を覚ますと、私の室内は強盗にでもあったかのように荒れていた。あらかたの家具が雑然としていて、マットレスは窓の下に投げ出されていた――それらが眠っている私の仕業で、夢遊病による症状だと知ったのはずっとあとのことだ。なにもかもが破壊された室内に呆然としながら、私はまた下腹部の痛みや異様な吐き気に襲われ、部屋の中で倒れ込んだ。
それから、どれだけの時間が経ったのか――朦朧とする意識の中、懸命に目を凝らすと、アマンダが私を見下ろしていた。私は今どこにいるのだろう。また病棟のベッドだろうか。全身の震えや痛みは治まっておらず、苦痛に身を焼かれているようだった。
もう、死んでしまいたい。
そう口にしかけた時、アマンダは私に言った。
「カタリナ、あなた妊娠しているわ」
初めは、なにを言われているのか分からなかった。夢かと思ったのかもしれない。
「お腹の中に子供がいるのよ――一体、誰の子供なの?」
焦燥したように訊いてくるアマンダを見て、私はこれが現実であることを理解した。
この病棟において、妊娠した少女はめずらしくない。戦地から救出された少女の多くは、兵士などによって孕まされた子ばかりだった。センターに入ってからしばらくして、妊娠が発覚したという子もいる。
しかし私の場合、戦場にいる間に孕まされたというにはあまりに時間が経っていた。アマンダが驚くのも無理はない。
「心当たりはあるの? もし知っているのなら、本当のことを話してちょうだい。とても大切なことだから」
私は素直に、お腹の中の子が誰との子かを話した。自然と相好を崩しながら。
対照的に、アマンダはとても悲しい顔になった。
「カタリナ……落ち着いて聞いて。子供は諦めざるをえないわ。私が言っていること、分かるわよね?」
私にとってその問いは想定内のものだった。
兵士によって孕まされた少女たちは、そのほとんどが中絶可能な時期を過ぎており、結果的に出産しなければならなかった子が多かった。しかし若過ぎる出産は母体を苛み、死に至る少女も多くいた。また母体が難を逃れても、赤ん坊の方が出産後に亡くなるケースもあった。結局このセンターで、母体と赤ん坊が共に無事であった事例は絶無に近かった。
アマンダは私に子供をおろすよう勧めた。それは医師として最良のアドバイスだったが、私は頑として拒否した。
私が宿した子は、これまでアマンダが見てきた少女たちのものとは違う。彼女たちは絶望の末に子を授かってしまったが、私にとってこれは最後の希望だった。レオンが残してくれた大切な宝物であり、なんとしてでも守り抜かなければならなかった。
「危険過ぎるわ。あなた自身が死んでしまうかもしれない。私は了承できない」
アマンダはめずらしく取り乱していた。が、その程度の説得で怯むわけにはいかなかった。
産むことが許されないのであれば、今この場で舌を噛み千切って死んでやる――私が叫ぶと、白衣の偽善者は黙り込んだ。
私が収容されていた病室には、私と同じ妊婦が四人ほどいた。私と同年代で、大きく膨らんだ腹部が似つかわしくない少女ばかりだった。
言葉が通じることはない。それはほかの子たちが民族語しか話せないからという理由がたぶんにあったが、もし英語が通じたとしても会話が成立するとは思えなかった。彼女たちはみな虚ろな眼差しで、魂の抜け殻のような顔をしているか、日がな一日、気色の悪い笑みを浮かべて独り言を呟いている子しかいなかったからだ。
――彼女たちはきっと、汚らわしい兵士に孕まされた子たちだ。だからこんなにもおかしくなって、壊れてしまっている。
けど、私は違う。
私の中にいるのは、――私が心の底から愛した人の子供なのだ。
希望を宿したおかげか、私の体は快方に向かった。禁断症状の震えや頭痛は大人しくなり、しばらくは両親の夢も見なかった。
しかし妊娠六ヶ月目、私の容態が著しく悪化したことがあった。数日のうちに落ち着いたものの、アマンダから警告を受けた。
「胎児の状態自体はそれほど悪くないわ。奇跡に近いレベルで順調と言っていい。問題はカタリナ、あなたの体よ。このまま行けばあなたは、お腹の中の赤ん坊によって死んでしまうかもしれない」
もしお腹の中の子が私を殺してくれるならば、それもまた望むところだった。死ねばレオンのあとを追える。それだけのこと。
けれどもし、私も赤ん坊も無事に会える時を迎えられたなら……その時は、堂々と母親を名乗って、抱き締めてあげたいと思った。今はそれだけが、私に残された望みだった。
――二ヶ月後、私の体は限界を迎えた。
酷いつわりと原因不明の体調不良が加わり意識が混濁した。アマンダは私と赤ん坊の両方を救うギリギリのタイミングだと判断し、帝王切開による出産に踏み切った。妊娠八ヶ月目の早産だった。
手術から一週間後、私はようやく意識を回復させた。
初めてこのセンターに来た時と似た感覚を覚えていた。トラバーチン模様の天井、輸液用のパックスタンド、左腕に繋がれたチューブ……看護師が私の目覚めに気づき、アマンダを呼びに駆けていく光景まで、あの日の再現のようだった。
生きている――手術は、成功したのだろうか。
膨らんでいたはずのお腹は元通りぺったりとしている。手がほとんど動かないため摩ることもできないが、そこに身ごもっていたはずの胎児はいなくなっている。
では、一体どこに――その時、アマンダが私の前に現れた。
私はすがるような目で彼女を見た。
言葉にせずとも、私の問いは伝わったのだろう。
アマンダは答えた。
「ごめんなさい、カタリナ……本当に、ごめんなさい」
懺悔するような言葉が、いつまでも私の耳をつんざいていた。
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