17
「ラルフも元々、戦争孤児だった。色々な施設を転々として、最終的に私のもとにやって来たんだ」
車で移動するさなか、カツミはラルフについて語ってくれた。私はずっと黙ったまま、やまない頭痛を抱えながら聞いていた。
「隊員として作戦にも参加できるようになった頃、彼は結婚した。相手は北欧出身の子で、オックスフォード大出身の賢い女性だったが、少し前に交通事故で命を落とした。ラルフが今回の作戦で潜入員役を買って出たのは、そのすぐあとのことだ」
カツミの話で、私の中に溜まっていたいくつかの疑問が解消された。
ラルフが、頑なにアジトに残ろうとしたこと。私の母親の出身を言い当てられたこと。
私は彼から授かったペンダントを首から外す。
ロケットを開くと、笑い合うカップルの写真が収納されていた。
ラルフと、私と似たような髪色をした白人女性が、笑顔で身を寄せ合っていた。
「もしかするとラルフは、亡くなった妻と君を、心のどこかで重ねていたのかもしれない。君の英語の癖は確かに、彼の妻とよく似ている」
そんな風に、カツミは慰めの言葉をいくつかくれた。私はそのどれにも頷かなかった。
私が知りたかったのは、もう誰にも分からない問いに対する、明確な答えだけ。
ラルフは本当に、私や私のような子を救うことが望みだったのか。
そのために命を投げ出すことが、彼にとって真の幸いになりえたのか。
「死ぬことが幸いなんて、あってはいけないことだろうけれど、しかしラルフは、自らを犠牲に彼自身の役目と本望を果たした。多くの少年兵や少女を殺さずに救い出すことができた。中には深い傷を負った者もいたが、命さえ繋ぐことができれば再び歩いていける。日常を取り戻す機会がある。それでも君が、ラルフの死に納得がいかないようであれば、君自身が彼の意志を引き継いでいくほかにない。それが唯一、残された私たちが行うべき最良の選択だと私は思っている」
少しずつ、私も理解し始めていた。
この先、自分がなにをしていくべきなのかを。
ラルフのように強くはなくても。非力な子供でしかなくても。
私はカツミに訊ねる――今の自分でも、できることはあるのかと。
「焦る必要はない。しばらくの間は療養と、教養を得るために時間を費やすべきだろうから。だがもしも、君がラルフの意志を継いで、ほかの誰かのために身を尽くすべき時が来れば、私も頼みたいことがあるんだ。できればその時まで、気が変わらないでいてくれると助かるかな」
冗談めかして微笑んだカツミを見て、不思議と私も口元をほころばせていた。
こんなに自然と笑みがこぼれたのはいつ振りだろう。今となってはもう遠い昔の記憶で、思い出すことは叶わない。
車窓の外では、白んでいく星空の向こう側で、新たな一日が羽根を広げるように光を放ち始めていた。
♦
ジュリエッタという名を捨てたのは、克己様の施設に入ってすぐのことだった。
「そういえば、名前はなんだったかな」
という質問に対し、私は、忘れてしまいましたと答えた。
本当は当然、覚えていた。
だけど忘れたふりをしたのはきっと、人生をリスタートさせるための分かりやすい変化を求めていたからだと思う。
克己様は私が名前を覚えていないことを不思議に思いながらも、すぐに新しい名前を与えてくれた。
名前の意味は私の故郷そのものであり、まるで『忘れてはいけないよ』と暗に示されているようだった。けれど名前の真意について、私が問いただすことはなかった――むしろ私は、気に入ってさえいた。
あの内戦の中、反乱軍の軍費調達のために貪られた貴重鉱石。血塗られた宝とも呼ばれ、争いを長引かせた最たる理由の一つ。
だけど本当の宝は、君たちのような未来を担う子供であると、だからこそ宝石の名を冠するのに相応しいのだと、そう言ってもらえたから……。
宝石なんて言われると少し気恥ずかしいけれど、せっかくのお言葉を無下にはできない。
――あれから四年。
私にとっては内戦中よりも濃い時間を経験した四年だったけれど、その話はまた別の機会に。
十六歳になった私は、克己様の故郷である国の、とある一軒家を訪れていた。
随分と前に交わした約束、それを果たすために。
「だれ、ですか」
インターホンを押すと、小さな男の子が出迎えてくれた。歳の頃は、ちょうど四年前の私くらいだろうか。なんとも無愛想で、かなりの警戒心を見せているように感じられた。
負けじと私は、こんにちは、と何度も練習した挨拶と共にお辞儀をして、それからにっこりと笑顔を作って、自己紹介をする。
これが彼にとって、一生忘れることのない出会いになることを願うように。
――はじめまして。
――宇佐見拓海様、どうぞよろしくお願いいたします。
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