12
父の死体も、母の死体もあった。
兵士たちが投棄していた、四肢の山に紛れているのを見た。
思い出す度に吐きそうになって、泣いて、こぼれた微量の胃液と涙が混じり合って、また吐きそうになった。
両親について最後に考えたことは、殺されるところを見ずに済んでよかった――その程度だったと思う。
密林を抜けた先には小さな村があった。
人は誰もおらず、半壊した家屋やいくつかの死体が残されているだけだった。規模は違うが、私の村と同じ状況だった。
きっとまた、反乱軍のせいだ――私はそう決めつけた。
村の木々にはマルーラの実がわずかになっていた。すぐに手に取ってかじりついて、あまりの苦さに吐き出した。とても食べられそうになかった。
ほかに食べられそうなものを探したけれど、なにも見つからなかった。一番マシだった家屋でライターを見つけ、残っていたマルーラの実を茹でて食べた。
苦さはほとんど抜けなかったが、噛める程度には柔らかくなった。私は鼻をつまみ、懸命に果実を飲み込んだ。
その日の夜は、ひとまず屋根が生きていた家の中で眠った。
これだけ荒らした村だ。反乱軍だってきっと戻ってこない。
そうは思っても、しばらくは体が震えて寝つけなかった。長い時間が経って、体が疲労を思い出したように、少しずつ目蓋が重くなり始めて。
気づけば景色は、暗闇一色に染まっていた。
このまま歩き続けて、救われる日が来るのだろうか。
十二歳の私は、際限なく広がる戦火の中で、ただ生き抜くことだけに力を尽くした。同時に、生きることの本当の壮絶さを思い知っていた。
私は今まで、生きたことなんて一切なかった。
ただ、生かされてきただけなのだと気づいた。
長い荒野を歩き、いくつかの林を抜け、打ち捨てられた村の家屋に泊まる。食べものが尽きればまた歩き出す。
放浪のような旅路に、私の体は、心に追いつかなくなっていった。その心もまた、確実に摩耗していた。
もういっそ、ここで。
舌を噛み切れたら。ガラスの破片で胸を貫けたら。誰かに殺してもらえたら――。
歩き続けても助からない。
命を、心を浪費していくだけ。
辛いだけの、苦しいだけの道のり。
それでもまだ、生きる意味があるのだろうか。
すり減り続ける心を、傷だらけの素足で運ぶ――そんな途方もない一人旅が、永遠に続くかに思われた頃。
「動くな」
終わりは予告なくもたらされた。
森の茂みから立ち上がった、低い声によって。
私は足を止めた。姿を見せたのは、私よりいくつか年上の少年だった。冷酷な眼差しと自動小銃の先をこちらに向けてきている。少年兵だった。
私は力なく両手を上げた。それは誰に学んだ行為でもない本能的な降伏の手段だった。
少年兵は私の背中に銃口を突きつけ、「歩け」と高圧的に命じてくる。
心が干からびていた私は、抵抗なんて考えなかった。私は言われた通りに足を動かした。先ほどよりも少し、足取りが軽くなった気がした。
「お前、名前は?」
「歳はいくつだ?」
「めずらしい髪の色だな。親の出身は?」
途中にいくつか質問をされた。私は正直に答えた。
そののち、今度は私が問いかけた。
いつ、私を殺すのかを。
「ただ殺すのも、もう飽きたな」
少年兵は渇いた笑みを零した。卑劣な響きがあって、顔を見なくても嘲笑だと分かった。
指示通りに歩いて森を抜けると、別の少年兵が二人、倒れている女性を取り囲むようにして立っていた。
よく見ると女性は妊婦で、大きく膨らんだ腹部を守るようにうずくまっていた。少年兵たちに撃たれたのかおびただしい量の血を流し、ぶるぶると身を震わせながら呻いている。
「おい、ゲームをするぞ」
銃で背中を突かれ、私は少年兵たちに視線を戻す。
三人とも、示し合わせたように醜悪な笑みを浮かべていた。
「俺たちがよくやっているゲームだ。今回はお前も参加させてやる。お前が負けたら俺はこの引き金を引く。もしもお前が勝てたら、そうだな、今日一日は俺たちが可愛がってやるよ、たっぷりとな」
ゲームの内容はシンプルだった。
妊婦のお腹にいる子の性別が、男か女かを答える。全員が答えたのちに妊婦の腹を裂いて、実際の胎児を見て答え合わせをするというもの――。
私は、背筋が凍りつくようだった。その悪魔染みた行為を、少年兵たちは余興と称して愉しんでいる……。
「さあ答えな。たった二択なんだから」
高圧的な声に、私の唇は戸惑うばかりだった。声一つ出せなかった。
男か、女か。
たった二択。どちらかを選ぶだけ。
けれど答えれば、妊婦は殺される。中の子供だって助かるはずがない。
私はなにも答えなかった。答えることができないでいた。
「ほら、ヒントだ」
少年兵の一人が、銃口の先に取り付けられた剣で妊婦の腹部を突き刺した――「産声が聴けるかもな」
妊婦の悲鳴と、少年兵たちの醜い笑い声が響いた。私は絶句した。
結局、私が答えるかどうかなんて関係なかった。この妊婦と子供は死ぬ運命にあった。
それならばゲームに参加して、自分が生き延びる可能性を取るべきだったかもしれない。
それでも私は、沈黙を貫いた。
かろうじて留めていた人間らしさと、もう死んでしまっても構わないという思いが、私の口を堅く塞いだままにしていた。
死は、もうそこまで迫っている。
心のどこかで、彼らの銃弾が私の心臓を撃ち抜くことを待ち侘びていた。
けれども死は、やはり迎えにきてくれなかった。
「――お前たち、なにをしている」
密林の奥から、軍服に身を固めた白人男性が現れる。この辺りではあまり見ない綺麗な金髪で、屈強な体には似つかわしくない精悍な顔立ちをしていた。
突然姿を見せた兵士に、少年兵たちは「ラルフ中尉」と口をそろえて敬礼する。
「動けそうな女子供はアジトに連れていけと命じてあったはずだ。余興にばかり現を抜かすな」
状況を察するなり、上官の兵士は静かな怒声を上げる。
少年兵たちは少し不満げに眉を曲げていた。しかし上官にキッと睨まれると、再び「了解です」と声を束ね、私に向けていた銃を下ろした。
代わりに、上官が私の背中にナイフを突きつけ、
「
と小声で命じ――この時、私は少し不思議に思いつつも――彼の言いなりとなって歩き始めた。
少年兵の一人が少し先を行き、ほかの二人が私と上官のやや後方をついてくる隊形で小道を進みながら、私は先ほど覚えた違和感について考えた。
上官からの命令に対する違和感。
少年兵も含め、それまで彼らはこの地方の民族語で話していた。
けれど上官は先ほど、私に対する「そのまま歩け」という命令をするのに、どうしてか英語を用いた。
なぜ彼は、ラルフ中尉と呼ばれたこの男性は、そんな回りくどいことをしたのか。
真意の片鱗は、私が結論を見出すよりも先に姿を見せた。
「君は、英語が分かるようだね」
道中、上官が背後からそう耳打ちしてくる。その言葉も、やはり英語だった。
それから彼は、再び英語で、少年兵たちには決して聞こえない小さな声で言う。
「心配しなくていい。僕は君の味方だ――この戦争も、じきに終わらせてみせる」
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