終章

彼女と過ごして、少しは「青春」を垣間見たのかもしれない

 単なる補習期間だったとはいえ、この一週間はなかなかの激動な日々だったとは思う。これもまた、伏見咲夕という女が絡んだせいだな。


 その伏見咲夕のことなんだが、あのまま放置するのは流石にマズイので、とりあえずは俺たちの人間関係修復をする部で彼女をフォローすることになった。クラス内、それに部活内での信用を失ったであろう伏見、どうにかしてやることが最低限の俺の務めだ。たとえ余計なお世話だと思われようが、食い下がってやろうじゃないか。


 ま、心配はしてない。知らんだろうが俺だって一年間、人間関係の修復に取り掛かってきた実績がある。きっと、伏見だってすぐに真っ当な学園生活を送れるようになるはずだ。もちろん、自分勝手で迷惑極まりない行動は絶対に慎んでもらうが。


 伏見の件はひとまず大丈夫だろう。



 授業も全日程を終了し、ホームルームの時間を終え放課後になった。

 荷物を纏め、俺は目指すべき場所へと向かうことにする。と、その時、


「………………」


 教室を出る際、すれ違ったのは――――星ヶ丘花蓮。


 あの日以来、一切俺に声を掛けてこない。いや、視線すら向けてこない。二日前なら、この状況ならば元気よく俺を送り出してくれただろうに。


 彼女は見知らぬ通行人のごとく俺とすれ違った。


 まあいいさ……、これで俺は不必要に目立つことがなくなる。……とは思っていたが、ピタリと俺と星ヶ丘が関わりを持たなくなったことで、次第に周囲から疑念の目を向けられていることも事実(もし俺が傍観者の立場なら、「あっそ、ふ~ん。仲悪くなったんだ。で、それがどうかした?」で済ませるのに。周囲は無駄に疑いたがる人間で溢れているのだ、哀しいことに)。


 馴れ馴れしい関係にはならずとも、せめて軽く声を掛けあえる人間関係には戻さないといけないらしい。でも俺の勘だけど、そのためには時間が掛かるかもしれないな。伏見どうこうよりも難しいことなんだと思う。


 さてと、気を取り直して3階のあの場所に向かうことにする。それは『多目的教室3』ではない、部室という名の教室。きっと篠宮天?らが俺の帰りを待ってくれている。

 廊下を進み、階段を一歩ずつ踏みしめる。わざわざこんなルートを通らずとも、部室へは最短で辿れるルートが他にあるのに。


 だというのに、このルートを通ってしまうのはどうしてだろうな?


 肩で担ぐスクールバッグの中に『数学Ⅰ・A』の教科書はもうない。試行錯誤しながら解いた数式が書かれた用紙もない。バッグに詰まっている本類は、本日の授業で使った教材のみ。いつもよりも肩の荷が軽い。


 だけれども、足取りが少し重いのは気のせいか?


 階段を登り、廊下を一直線に進んでいく。


 そして、いつものクセのようにそこでピタリと足が止まってしまった。


「ハッ、なに足を止めてんだか」


 ここから10メートルも歩けば目的地に着くというのに。

 用もないのにここに突っ立ってたって、不審者と間違われるだけだ。


「……さて、行くか」


 教室へ向けていた眼差しを改め、元から目指していた先へと促す。そうしてバッグを担ぎ直し、再び一歩を踏み出すことにする。


 ――――した時だった。


 ガラリと、窓ガラスが開いた音がした。


「神宮寺くん」


 黒川紅涼。


 俺の補習の先生だった彼女。だけど、今は単なる同級生。


「あっ、ああ、悪い……。こんな所で立ってて不気味だったろ。じゃあな、黒川」


 気恥ずかしさが込み上げてくる。

 そりゃあそうだ。黒川紅涼にとっては、『神宮寺善慈』なんか補習を受け持った生徒の一人。たったそれだけの関係。これから新しい人間を教えるっていうのに、前回の生徒が教室の前で立っていたら嫌だろう。


 だが、


「毎週木曜日の補習後は空けとくから、よかったら来てね。コーヒー淹れて待ってるから。あ、自信のあるお菓子は持ってくるように。昨日みたいに板チョコ持ってこられても困るだけだから。分かった?」


 ビシっと指を差し、俺にそう言ってくれたのだった。


「……おっ、俺なんかでいいのか?」


 黒川は困ったように視線を斜め上に逸らし、ほんのりと頬を染め、


「だって、んっ、んん……、神宮寺くんとはもっと…………あとは察して」

「もっと……何だよ?」


 黒川はムッと口を結び、


「なに? 来たくないって言うの? それならそれで……かっ、構わないけど?」


 おっと、意地の悪い質問をしてしまったようだ。こんな時くらいは素直にならないとな。


「……おっ、俺も……、黒川ともっと……話でもしたいと思ってる」


 所どころ言葉が出てこなかったものの、何とか最後まで言うことはできた。言った後でとんでもない恥ずかしさは込み上げてくるが。


「じゃあな、黒川。姉ちゃんにでも相談して女が喜ぶお菓子持ってきてやるよ」


 今度こそ俺は一歩を踏みしめ、目的の場所まで向かうことにした。


「神宮寺くん」


 だけども、黒川紅涼はもう一度俺に声を掛けた。どうした、と思いつつ声の方に振り返ってみる。


「いってらっしゃい、頑張ってね」


 黒川ははにかむように微笑みながら、小さく手を振ってくれたのだった。




 この一週間を踏まえて、改めて「青春」という二文字について考えてみた。

 友達や恋人と学園生活を過ごすことも当然「青春」なのだろう。だけども、目指す先を見据えて勉強に取り掛かることも、部活動に精を出して取り組むことも「青春」なのだろうとしみじみ思う。ま、深く考えずに勝手に思ったことだが。本当の答えは人それぞれだ。


 例えば黒川紅涼にしても、星ヶ丘花蓮にしても、伏見咲夕にしても、それぞれの学園生活というものがあり、それぞれの「青春」がある。日々過ごすことにより、思い出青春アルバムにページを刻み続けるのであろう。きっと俺とは違うアルバムが出来上がるに違いない。


 だから、俺が毎日過ごす一日も「青春」と呼べるものなんだろうね。授業を受けることも、教室内で誰かとしゃべることも、今から部室に行って活動に勤しむことも、俺のアルバムに刻み続けられる。


 だけど、この一週間でさらに考えてみたことがある。


 それは。



 アルバムの見開き1ページには、もしかしたら黒川紅涼と過ごした瞬間ときを載せるんじゃないかってことをな。

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かつて誰よりも主人公だった元・野球男のラブコメ ―微笑みの氷の女王― 安桜砂名 @kageusura

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