3-10

「でー神宮寺くーん? 詳しいお話しを聞かせてもらおうじゃないかー?」


 放課後ということもあってか、職員室内の活気はそれほど。多くの教師が部活動の顧問としての顔を見せていたり、また職員室前で生徒に勉強を教えたりしているからであろう。


 そんな中、数学教師の榊原海音は脚を組み、俺の顔をじーっと捉え尋問を開始する。


「……あー、俺は伏見咲夕に言ったんだ。女子バスケ部員の鍵を隠し回ったのはお前だろ? ……って。たったそれだけだが? 周りが勝手に騒いだだけだ」


 ゆっくりと目を細め、舐めるようにじっくりと俺の顔を見定める榊原教諭。黒に近い茶のロング、認めたくないが美人な顔立ち、いくら接し慣れた女教師だからってこうも見られては緊張が走る。


「本当にそれだけか? ……ふむふむ、なら学年主任にバトンタッチしよっと」

「ヤメロ! やめてくれ! それはキツイからやめてくれ!」


 怖いというよりもねちっこいと評判の学年主任、絶対に相手したくない。とにかく学年主任は回避すべし、と俺の本能が告げる。


「ふーん、じゃあ話してくれるんだ。それじゃ、全貌とやらを聞かせてもらおうか?」


 思い通り、と言いたげにニヤリと笑いやがった。…………降参だ。

 俺はバスケ部における星ヶ丘花蓮と伏見咲夕の関係、過去から続く黒川紅涼と伏見咲夕の関係、そして伏見咲夕と鍵隠し事件の真相を榊原海音に話した。こうは見えても榊原だって立派な教師、事の真相を無駄に広めたりはしないだろう。


 俺が説明し終えると、考え込むように数回相槌を打った榊原教諭。


「伏見が鍵を隠したっていう証拠は誰が掴んだ? 残ってるなら私に見せてほしい」


 俺はポケットから一枚の写真を取り出し、榊原にそれを渡して、


「四日前、あの篠宮に電話したんだ。部活の連中と協力して真相を暴いてくれって。そんでアイツらは女子バスケ部の部長に頼んで、あれやこれやで証拠ゲット。あんまり詳しい話は聞いてないけど」


 実は今回、篠宮らに色々と協力してもらった。それに余談だが、落とした写真に反応を見せた女子生徒というのも実は部活仲間。


「証拠があるようなら、生徒指導の先生と協力して改めて伏見本人の話を聞かないとな」


 俺が差し出した写真をクリアファイルの中に仕舞った榊原海音。そうしたら唐突に立ち上がり、そのまま俺の背後へと回り込んできた。


「おっ、おい!」


 どうしたんだよ、と思って背後を振り返ろうとしたら、


「お疲れさん」


 ポン、と俺の両肩を叩くように掴んできた。普段からは想像が付かないような優しげな声を添えつつ。


「それと、キミがヒールになる必要なんかないのに。黒川の件で許せなかったら、隠れて伏見に直接手を出したって私は構わないと思う。それで言いがかりを付けられても、私が全力でキミを庇ってあげたからさ」


 強弱を付けるように俺の肩を握り、優しく言葉を掛けてくれた。


「それ、教師が言って大丈夫かよ?」

「ふっ、神宮寺の前だと教師失格かも。……キミには辛い思いをしてほしくないと思うよ。星ヶ丘にああ言われた時だって、辛かったんじゃない?」


 ……はぁ、何で見られてるんだよ。黒川にも榊原にもことごとく。


「……別に、何も思わねーよ。ま、星ヶ丘がああ思うのなんて普通だ。逆に星ヶ丘があんなことやったら俺が幻滅する」

「嘘つき。……強がってない?」


 僅かに密着してきた榊原海音。黒川とも星ヶ丘とも違う甘さの押さえられた香り、別の表現をするならば大人の香りが俺の鼻孔を擽った。


「…………キツイに決まってんだろ」

「そっか。今晩、私が慰めてあげよっか?」

「ここ、職員室だろ……」


 榊原は苦笑いで俺から離れると、


「なに勘違いしてるんだか、神宮寺クンは?」

「…………あ、ああ」


 最後に、俺の頭にポンと手を乗せ、


「お疲れさん、神宮寺。これからは補習なんて受けなくてもいいように数学の勉強、頑張って」


 やれやれ。黒川といい榊原といい、俺は女に弄られやすい体質のようだ。


       ◇


 夕日が沈みかけていた。


 火照った顔に涼しい風が吹く。


 そんな時刻、俺はいつもの帰り道を歩く。周りには学生連中が歩いていた。俺と同じように一人で歩く者もいれば、友達同士ワイワイしゃべりながら歩く連中も。

 普段とは特に代わり映えのしない光景。


 だけど。


 ふと、一人の女に自ずと視線が向かった。


 それは茶髪ロングの、俺と同じ学校の同級生――――伏見咲夕。


 やや離れた場所だったので、俺の存在には気づいていないようだ。


 彼女もまた一人での下校らしい。そうして伏見は、外見は小学生くらいだろうか、一人の少女を呼び止める。因縁を付けようとして……という訳ではなさそうだ。


 呼び止められた少女は、どうやら洒落た小型犬の散歩に付き添っているらしい。伏見は一言二言少女と声を交わし、ゆっくり座り込むとそのまま犬の頭を撫でた。


 可愛い、なんて言葉が聞こえる。そうして飼い主の少女とも楽しそうに言葉を交わしていく。瞳から頬に伝う涙の痕を見ると、チクリと胸が痛くなった。

 俺は伏見に見つからないように、すぐにその場を去ることにした。



 伏見咲夕自体、性格の腐った悪い人間……、ではないと俺は思う。だってそりゃあ、あれだけの友達がいればな。素は良い部分で構成されているはずだ。


 星ヶ丘花蓮に嫌がらせをしたのだって、黒川紅涼を追い詰めたのだって、伏見咲夕自身の精神にまだ子供の部分が見え隠れしているから……、じゃないか? あんな行動を取ったのも、たぶん自分の気持ちに制御が利かなかったからだと俺は考える。『嫉妬』を覚えても、我慢ができずにどうにかして発散した結果があのような結果を招いてしまったのだろう。だから、伏見は狙っていない。黒川が伏見じぶんの行動によって周囲に晒され苦しんだことも、決して狙った行動ではない。


 でも、俺は狙った。


 俺は狙って伏見咲夕を追い詰めた。だから俺は伏見よりも悪質で、星ヶ丘の言う通りサイテーな人間だ。たとえ仕返しという気持ちが強かったとしても、伏見に黒川の気持ちを知ってほしかったという考えがあったにしても。


 でもな、伏見。俺は――――。


 ふと、頭に思い浮かんだあの言葉、そして彼女の顔。



 後悔なんか一切してないからな。

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