最終話:私は私にできることをやらなくちゃ!
2079年1月1日。
フレミングの選択した進路は、彼女の
「外からバーラタを見るのも大切だよね」
おやっさんは4人目のヒメを失うことになったが、むしろその表情は晴れ晴れとしていた。
「今度はまぁ、また会えるしな」
そう言ったチャンドール准尉は技術本部への異動を希望し、今は技術大尉の位を得ている。
「まぁ、お嬢以上のヒメなんざぁ、いやしませんから」
彼を『死神』と忌避する
こやっさんはベンガヴァルに留まることにした。以前の彼の上司がそうであったように、今の彼の身分は『司令付』である。シン曹長のチャンドールに優るとも劣らぬ腕を
「まぁ、お嬢の任期は2年、どうせすぐ空に戻ってきますよ」
こやっさんも近頃は大分おやっさんに近づいてきたようである。
キルヒホッフは再開された
「
というものであった。何よりキルヒホッフ本人が
「ワタクシ達の時代、第18小隊は『『
などと言うものであるから、その説は正しいものであるように思われた。尤も、第18小隊を『『
ネル隊長は姫様と共に
「姫様はその時のために、ご親友のお還りになるべき場所を守り続けるお考えなのだろう」
そう察するネル隊長には、共にその役目を引き受けることがとても光栄なことのように思えた。
「またチャンドールと仕事することになるのは、大変そうではありますがね……」
ケプラーは2週間の休暇をとって、バーダリープトラに旅をしてきた。無論、
「ファーレンハイトちゃんはねぇ、第17防衛航空軍に配属されたい、って言ってたの。バーダリープトラ駐留だし、部隊の愛称も
「そうかい……あの子がねぇ……」
そう言ったおばあちゃんの瞳は潤んだようであったが、それは果たして悲しみの故であったのか。悲劇とは喜劇であるべきであり、悲劇の連続たる人生とはしかし、喜劇として幕を降ろすべき演目なのだ。遺された髪の毛だけとは言え今、桜色の友人は故郷に還ってきた。そのことを、きっとおばあちゃんは喜んでくれているのだろう。
出立の朝ケプラーは、ファーレンハイトが生前に使っていたというカチューシャをおばあちゃんから贈られた。パール塗装された細見の台座に細かいラインストーンが無数に散りばめられたカチューシャの、その眩い煌めは華やかな
「ケプラーが大切にしてくれるんなら、うちも嬉しいっしょ」
そんな声が聞こえた気がした
「私が
休暇が明けると
そのイッセキはバーラタ軍発の女性空母乗りを目指して、海軍機部隊を志願した。ケプラーがファーレンハイトのカチューシャを譲られたと聞いた時は少し羨ましくも思ったが、
「私には、子供の頃にあの桜色本人からもらったこれがありますから」
と言って、ファーレンハイトの二つ結びとお揃いのゴムバンドを箱から取り出しては、懐かしくそれを眺めた。クルーカットにした今となっては使いようのないものではあるが、それだけに、それは想い出として大切にしまっておけるものでもあるのだ。
「ファーレンハイトさんには負けませんから」
天に対して誓う以上に聖なる決意はないであろう。女性差別の風が今だに残るバーラタにあって、女性の身でありながら空母乗りを目指すことがどれほど困難な道であるか。それは言うまでもないことではあるが、「華の42期」とも「
トリチェリ先輩は現役パイロットを引退すると、航空士官学校の
そして……
フレミングは駐在武官としてパラティア教国に赴任することになった。通常、大使以下各文官武官を相互に交換する際には
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「何でわざわざ
赴任先-それは、つい4カ月前には殺し合いをした相手国である-に到着したフレミングは、かつておやっさんから投げかけられた問いを改めて思い出していた。
「戦争ってのは人間がするもんだからさ」
おやっさんはそんなことを言っていたが、あの時は単に「私が
「
あの時にはつい感情的に口を突いて出た言葉であったが、それはある一面の真理を映し出してもいたのだ。
確かに現代の技術では、戦争を自動化・無人化することは可能であろう。そうであったならフレミングは、ファーレンハイトやロシュ、その他多くの友人を失うことはなかったのだ。しかし……
「それじゃぁまるで、中世の戦争だわ」
中世封建領主達は富や領土や名誉、あるいは女性すらをも対象とする
しかし、国民国家、民主国家の戦争は違う。国民が戦争を始め、国民が戦争に参加し、国民が戦争を終わらせる、それが民主国家の戦争であり、従って、戦争には人間が参加しなければならないのである。チェスやカードで決着が付く戦争、すなわち血の流れない無人化された
「何より私達、ロリポップ中隊がその証拠だわ」
フレミングはそう思う。ロリポップ中隊を守るために陸海軍は作戦に協力してくれた。そしてそれは多くの国民の支持があったればこそである。一方でその国民は、一戦の後の更なる反撃を望まなかった。多くの場合大衆は熱しやすく、戦勝ムードは次の積極作戦を誘因するものである。特に敗戦の後の反撃であれば尚更であったろう。にも関わらず今回バーラタ国民が冷静に和平を支持したことにも、ヒメシステムは有効であったのだ。バーラタは既に多くの
「でも、誰も死なない戦争じゃ、国民は自国の負けを認められないものね?」
このフレミングの自問は辛辣である。果たして、兵の一人、市民の一人も死なない戦争で、国民は自国の敗戦を受け容れることができるであろうか? 領土を奪われ賠償金を支払う決断ができるであろうか? 恐らく答は否。
「だって、『我が国はまだ負けていない』って言うに違いないわ」
人は言う。「戦争は悪だ」と。しかし、そう簡単に評価してしまっていいものだろうか? 「死者のいない敗戦を受け容れることはできるか?」との問いに「
「たくさんの犠牲があって、敵も沢山殺して、そうやって初めて戦争を終わらせられるんだから……」
多くの友人を失い、多くの敵を殺した
「ファーレンハイトはその犠牲に……」
死ぬことを命じられた兵士とは、勝利のための希望ではなく、終戦のための人身御供なのであろうか? 国民に、自国の負けを認めさせるための生贄なのであろうか、軍人とは? その自らの問いは、そう問う度にフレミングの心臓を握りしめ、肺を圧迫するようである。そんなことのためにファーレンハイトが犠牲になる必要なんて……しかし、その顔からは血の気が引き、唇は青紫色に変色し、眼差しは虚ろになりながら、それでも『否』とは言い切れないフレミングである。
「そうじゃないけど……でも……」
フレミングは今次戦争を通して多くのことを学びもした。戦争を避けることも始めることも、戦うことも休むことも、続けることも終わらせることも、全ての決断は人間のものである。人はその選択を、常に問われ続けているのだ。
「戦争って、人の行いそのものだから……」
だから
「だからこそ、私は今、パラティアにいる」
自分が多くの人を殺したその国に。二度と戦争を起こさないために。それこそが、生きているフレミングに今できることなのだ。ファーレンハイトや、その他多くの亡くなった人のために……
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「武官、そろそろ時間です」
「今行きます!」
駐パラティア教国一等書記官から声を掛けられたフレミングが、張りのある声で返事をする。今日は新任駐在武官のお披露目がここ、バーラタ大使館で開催される予定である。主催は無論バーラタ大使館。パラティアの政府軍部高官は元より、各国の大使・公使以下駐在外交官・武官が出席するパーティーの、本日の主役は
「自分で選んだことではあるけれど……やっぱりこういうのは慣れないなぁ」
フレミングは小声で呟く。こういう時、あの人達ならどうするんだろう。2人の母親を思い比べながら自問してみる。
「でも」
フレミングは、そのシャトーワインのような深みのあるシャギーカットの
「私は私にできることをやらなくちゃ!」
フレミングの法則 ~ 踊る赤髪の落ちこぼれ撃墜王 Dancing Maroon of the Scheduled Ace ~ 勅使河原 俊盛 @TokenTeshigawara
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