第49話:地図をひっくり返して見る必要がありますわね

「それにしてもさぁ、おやっさんのアクティブステルスって凄いよねぇ~?」

 クリシュナのスダルシャナ円盤チャクラ作戦では、敵艦載機は元より敵艦隊からも一切の攻撃を受けなかったロリポップ小隊である。

「だろ? まぁ、あん時はお嬢に心配かけちまったがなぁ……」

 アクティブステルス開発のために一時ベンガヴァルを離れていたチャンドールが素直に詫びる。おやっさんのいつにない調子を敢えて無視して、フレミングが続けた。

「正直、敵はすぐに射ってくると思ってたから……でも、お陰で助かったわ」

 ロリポップ小隊は敵艦隊90kmまで近接しており、かつ、敵艦隊とは見通しの位置にあった。にも関わらずSS-20の中距離空対空ミサイルは元より、艦対空ミサイルの一発も射たれなかったのである。敵索敵網がロリポップ小隊4機を完全に見失っていたことの証左であろう。

「まぁ、マルコーニ先輩の妨害ジャミングも相当効いてたんだろうがな」


「でもさぁ、アクティブステルスがあれば、もう余裕だね?」

 明るい笑声を放つ分隊長に、しかし機付長が眉根を寄せる。

「まぁ、そうは言ってもそりゃぁ、今のうちだけ、だがな」

「今のうち、だけ……?」

「なぁ、お嬢。アクティブステルスの、いやそもそも、レーダーの基本って何だ?」


 また適当なことを答えると怒られるのだろう、と警戒しながらフレミングは慎重に返答する。

「えっと、電波を出して、その電波が返ってくる方角とか時間とか強度から……」

 フレミングの返答を遮っておやっさんが再び問う。

「大体はそうだな。電波の反射を解析するのがレーダーの基本だが、じゃぁ、アクティブステルスってのは何だ?」

「えっと、機体が反射する電波と同じ電波をマイナスにして……」

 再び慎重に答えようとするフレミングを、再びおやっさんが遮る。

「マイナスってのはちょっと気になるが、まぁ、そういうこった。それでな、お嬢。レーダーは返ってくる電波を解析するのに、アクティブステルスが電波を全く返さなかったらどうなる?」


 少し間を空けたおやっさんが、思案顔の赤髪マルーンに対して解説を続ける。

「レーダーの肝ってのはなぁ、お嬢、要は解析技術だ。レーダー波を反射すんのは戦闘機だけじゃねぇ。鳥とか虫とか雲とか地面とか、そもそもは色んなもんが電波を反射してる。本来レーダースクリーンってのは、それらの反射で一杯なんだ」

 分かったような分からないような、でも電波を反射するのが戦闘機だけじゃない、ってのは理解できるし、そう言えば航空士官学校ベンガヴァルでもそんなことを教わったような気がするけれど……ムズカシイことは他人にお任せすることにしているフレミングが思考を放棄した様子を察したのか、おやっさんがその声に呆れと諦めの成分を適量ずつ混ぜながら解説を続ける。

「お嬢にも分かりやすく言えば……例えば、マッハ1で飛ぶ鳥はいないだろ? あるいは速度ゼロの戦闘機もいねぇ。要するに、そういう、戦闘機としての特徴に合わない反射はカットする訳だ。レーダースクリーンに映らねぇのは、要はそういう解析を行っているからだな」


 そう言えばそんなことを聞いた気も……と得心顔のフレミングに、おやっさんが三度問う。

「でな、お嬢。そんな訳でレーダー波ってのは本来、あらゆる方向からあらゆる強度で『返って』くるもんだ」

 『返って』の部分を幾分協調したおやっさんに、赤髪マルーンが反応する。

「じゃぁ、『返って』こなければ……何かおかしいって、バレるよね?」

 ようやくおやっさんの顔に少し笑顔が戻る。敵にバレることは問題でも、お嬢に理解されることは嬉しいものだ。

「あぁ。アクティブステルスから向こうの電波が返ってこなけりゃ、下手したら位置も速度も相手にバレちまうからな…」

「敵が『何かおかしい』って分かっちゃえば、対応できちゃうってことね」

 こういう時のお嬢の勘はするどい。その対応がいつのことになるかは不詳だが、しかし、それは必ず起きる未来なのである。


「まるでいたちごっこCat'nMouseだね?」

 そう言えばマルコーニ先輩ともそんなことを言ってたっけ? 確か、妨害ジャミング対妨害アンチジャミングも同じような関係に。こっちが何か考えたら、次は相手が仕掛けてくる。その次はこっちが……じゃぁ、敵にバレたら、おやっさんはどうするつもりなんだろう? そう言えばマルコーニ先輩は言っていた。最後は情報インフォメーション士官オフィサーの優劣が勝敗を決める、と。

「でも、うちの機付長も負けてないんでしょ!?」


「まぁ、秘策はある」

 どっかで同じような会話をしたような……そう、あれは最初の出撃の時だった。あの時はブースターを作ってくれたんだったっけ。まだたった1か月前の出来事を懐かしく思い出しながら、フレミングはその秘策を聞き出す。

「さしずめ、アクティブステルスVer2.0ってところね?」

「おっ、お嬢も随分と技術者エンジニアっぽくなってきたじゃねぇか……まぁ、そのアクティブステルス2.0は、な……」

「うん」

 そこからはまたムズカシイ解説が始まった。顔に複数の「?」マークを浮かべながら暫くの間はその説明に付き合っていたフレミングが、たまりかねて問い返す。流石に「?」マークを描くスペースが足りなくなってきたらしい。尤も足りないのは顔の表面積であるのか、あるいは脳のそれであるのか……

「で、要するに……どういうこと??」


「はぁ~……」

 急に勢いを無くしたおやっさんが、ため息交じりに概説する。

「要は、反射する電波の時間と強度を弄ってやれば、『居ない』ことを装うんじゃなくて、『もっと遠くに居る』って誤解させることができる、って寸法だ」

「……」

「お嬢だって、レーダーに映ってる敵影は未だ400kmも先のくせに、そいつがいきなりミサイルを射ってきて、それが実際には30km先だったらビビるだろう?」

 想像しただけで背筋が寒くなる思いがしたフレミングは、旧世紀のからくり人形のようにギクシャクした首肯を返すのが精一杯であった。レーダー波の反射を積極的に利用すれば、見えないことよりも更に効率的な欺瞞になり得ることは、落ちこぼれにだって直感的に分かる。

「やっぱ、おやっさんは凄いね。まだアクティブステルスだって敗けた訳じゃないのに、もうその先のことを考えてるんだぁ」

 感嘆する分隊長に、その機付長はさも当然という表情を返す。

「まぁ、常にその先の技術を考える……それが技術者クリエイターってもんだ」

「ふ~ん」

 素直に感心する赤髪マルーンに、整備士メカニックはつい余計な一言を差し挟む。

「まぁ、お嬢もシンと一緒になって何やら空域エリア脅威度スレット判定エヴァリュエーション何とかってのを開発したらしいが、その先のことを考えてないようじゃ、まだまだ一人前の技術者クリエイターにはほど遠いってもんだな」

 先ほどまで「尊敬」と書かれていた赤髪マルーンの両の眼に、今は「激発」の二文字が読み取れたようである。

「私は技術者エンジニアじゃないもん!」


******************************


「でもさぁ、これでまた平和が続くといいね」

 それは、ようやく手に入れた和平であった。赤髪マルーンの小隊長の言に、ゆるふわ金髪ブロンドが同意する。

「そうですわね。多くの方の犠牲が無駄にならないためにも……」

「もう、戦争は起こらないんだよね?」

 水色ライトブルーの確認、というよりはむしろ願望に近いその発言は、しかし蜂蜜色ハニーイエローに優しく否定された。

「ケプラーちゃんの言う通りだといいわねぇ~。だけど……人類の歴史って……」

「戦争の歴史、ですわね……」

 金髪ブロンドの言葉に他の3人も頷かざるを得ない。


「残念だがな、それが現実って奴だ、お嬢」

 途中から会話に入ってきたおやっさんが言う。パラティアにしてもグレートエイトアイルズにしても、今回の和平条約は互いに利があるからこそ締結することができたにすぎない。状況が変われば、いつ再び……

「ですが姫様。バーラタにとって目下最大の脅威は……」

 ネル隊長の言にキルヒホッフが応じる。

「サイノ帝国……ですわね。この南オリエントは今や真空地帯になりましたから……」


 今回の一件で、リベラリオンの覇権は揺らいだ。同盟国-それは基地を提供するほど-の有事にあってリベラリオンは、その安全保障条約に規定されている防衛行動を起こさなかったばかりか、バーラタ国外にその駐留軍を退避させてしまった-そのことが結果的にパラティアには更なる攻勢を企図させた-のである。これはリベラリオンの弱腰と見られても仕方あるまい。更には、バーラタ、パラティア両国は、共にその戦力を大幅に低下させてしまってもいた。バーラタはその航空宇宙軍の、パラティアはその海軍の、ほぼ全ての戦力を喪失したに等しい。そして……覇権の真空地帯は必ず別の覇権で埋められる、というのは歴史の掟である。しかも『直ぐに』という副詞付で、それは語られるのが常である。


「えぇ~、そんなの、どうしたらいいの?」

 清流のように爽やかと評される水色ライトブルーの声音が震える。それは、均しくバーラタ国民の疑問でもあったろう。この時のキルヒホッフの回答は、バーラタの基本外交戦略の一端を的確に表現するものであった。

「ケプラー、『遠交近攻』という言葉がありますわよね。ワタクシ達は今、正にそれを実践するしかありませんわ」

 古来、遠くの国とは友誼を結び、近い敵を攻めろという。サイノ帝国を仮想敵とするのであれば、バーラタが結ぶべきは……

「だからグレートエイトアイルズなんだね?」

 ケプラーは得心したように破顔して見せるが、次のおやっさんの一言は容易に、その水色ライトブルーの表情を再び曇らせることに成功した。

「だがな、ヒメさん。合従連衡とも言うぜ」


 結局バーラタとしては、バーラタ一国で仮想敵の脅威に対応できないのであれば、同盟国を作って共闘する他に方法がない。今のところその同盟国とはリベラリオンのことであり、あるいはパラティアやグレートエイトアイルズのことではあるが、今後は更にこれを増やし、サイノ包囲網を構築していくことがバーラタの基本戦略になろう。一方のサイノ帝国から見れば、その戦略は単純である。それはこちらの連携を崩すこと。こちらが諸国連合を組もうとするのであれば、相手は個別の2国間協調を各国に持ち掛けていくことであろう。その強大な経済力を背景にして。

「地図をひっくり返して見る必要がありますわね」

 チェスや将棋でも、盤を180度回転させて相手側からこれを眺めてみると、意外な着想があると言う。地図も同じであろう。相手の意図を知りたければ、相手の立場になってみる必要があるのだ。


 その時、金髪ブロンドの親友の言に赤髪マルーンは、何かしらの示唆を得た気がした。そう言えばキルヒーはこの前も言っていたなぁ。ガンガーお母さんならきっと、アフリカを目指すのではないか、って。

「逆に、外からバーラタを見てみたら案外、バーラタと協力したいのが誰なのか分かるかもしれないね?」

 それは大きな気づきであった。後進ひよっこの、こうした気づきをそっと後押ししてあげるのも、あるいは先達機付長の役割のうちなのであろう。おやっさんにしては珍しく、それは感慨深げな発言であった。

「あぁ、だから、一度は外からこの国を見てみるってのも、いいんじゃねえか? ガンガー前市長みたいに……な」


******************************


 戦後、航空宇宙軍は、その名目上は組織として残されることになった。しかし、巷間かねてより囁かれていた三軍航空統合論が、航空宇宙軍の事実上の壊滅という事態にあって初めて日の目を見た、というのはまことに皮肉なことであったろう。まずは陸海航空宇宙三軍から航空機部隊が抽出され、航空宇宙軍から名称を改められた空軍がこれを統括することになった。その上で宇宙軍-偵察衛星や弾道ミサイルを管轄としていた-は航空宇宙軍から分離され、新たに陸軍の指揮下に入ることになった。以上が今回の軍制改変の大要である。


 最高戦争指導会議の場におけるラウム海軍軍令部長の発言に代表されるように、従来海軍ではこの三軍航空統合論には懐疑的であった。にも関わらず海軍がこの軍制改変に積極的な反対をしなかった-むしろ、消極的賛成の立場に回った-ことには理由があった。その最大の理由は、三軍航空統合時点における作戦機数の割合において、海軍機がその圧倒的多数を占めていたことにある。しかも旧航空宇宙軍の生き残りパイロットはそのほとんどが新米ひよっこであり、各級部隊指揮官のポジションは、自ずと海軍パイロットがこれを占めることが予想されたのである。また同時に、以前から航空宇宙軍は『陸軍アーミー統制コントロール』などと揶揄されていたところであるが、当然のことながら、将来的には防衛省空軍部や空軍参謀本部の高級士官人事に、海軍将校が推されることも想定されるのである。それはつまり、三軍統帥本部において、海軍が陸軍に拮抗するだけのポジションを得ることを指していた。海軍としてはこれに積極的に反対する意味も意義も、今や全く無かったのである。


 一方、旧航空宇宙軍の指揮下にあった陸上基地は、ベンガヴァルとコーラルを除いて全て、陸軍に接収されることになった。陸軍としても、各防衛航空軍団司令官のポジションを正式に陸軍の権益として保持したまま、基地という大きな権益まで手中にしたのであれば、空軍内における海軍勢力の伸長もやむ無しというところであったろう。


 つまるところ新制空軍とはパイロットの育成と作戦機の管理を行う組織にすぎず、その実戦-統帥、運用-に関しては、陸上基地にあっては陸軍の、海上基地-すなわち航空母艦-にあっては海軍の、それぞれ指揮下に入ることになったのであった。要するに、空軍はその名前を残したとは言え、指揮は海軍に、資産は陸軍にそれぞれ事実上吸収されてしまったということである。


 航空士官学校ベンガヴァルは、4カ年制に変更になる予定である。何しろ、将来の航空士官学校ベンガヴァル卒業生は、艦隊勤務をも想定されているのだ。新制航空士官学校ベンガヴァルにおいては海軍関連の科目、例えば遠泳やカッター競争、遠洋航海実習等、海軍兵学校サーサーティーの学生であれば誰でもが履修する課程と、航空母艦への発着艦関係の課程が追加されるであろう。従来の3カ年制では時間が足りないと判断された所以である。但しこれは、現在の各士官学校、兵学校のカリキュラムが終了後に統一予定となっていた。空軍に唯一残された聖域サンクチュアリである航空士官学校ベンガヴァルですら、海軍背番号が闊歩する光景は既定の未来である。


 また、統合後のバーラタ軍主力戦闘機にはAMF-75Cの採用が決定されていた。これはAMF-75シリーズの海軍仕様機であり、AMF-75Aに比べて強化された降着装置と空母発着艦専用の装備、並びに、狭い格納庫や甲板上での取り回しを容易にするため主翼の折り畳み機構を追加した機体である。今後、バーラタ戦闘機の制式番号の末尾に「A」の文字が付けられることは無いであろう。そう……空軍AirForceは事実上、消滅したのである。


 航空宇宙軍の戦略単位であった防衛航空軍団は解体され、防衛航空軍が空軍の戦略単位となった。防衛航空軍司令の任には少将を以って充てることは従来通りであるが、それはすなわち、空軍背番号の事実上の最高位となった。戦時中臨時に編成された中部防衛航空軍団も他の軍団同様に解体され、隷下第00防衛航空軍クリシュナは新たに第00独立防衛航空軍クリシュナとして再編された。敢えて『独立』の名が付与されたことは恐らく、クリシュナは新制空軍の戦略単位としては認められていない、ということの証左であろう。


 第00独立防衛航空軍クリシュナの初代司令にはパルティル中将が充てられた。しかしこれは、中将を以って任ずるとされた軍団司令官を努めていたパルティル司令にとっては、降格人事と同義であった。一方、パルティルが正式に第00独立防衛航空軍クリシュナ司令に転出したことに伴い、航空士官学校ベンガヴァル校長にはウェーバー教頭が、こちらは正式に少将に叙された上でその任に就くことになった。但しそれは、来年度以降の予定である。


 そして……


 航空士官学校ベンガヴァル42期生は、その本来の卒業時期である12月までの間は、臨時に第00独立防衛航空軍クリシュナに所属することとなった。最初のベンガヴァル空襲時に負傷して後方搬送されていた42期生のうち、既に任官拒否を宣言していた13人を除く残りの9人も、他の実戦経験者同期生達と同様に第00独立防衛航空軍クリシュナに配属され、パルティル司令の権限で空軍少尉に野戦任官された。何故か未だにスカイブルーのスカーフを着用している42人の生き残り達は、残りの4カ月間モラトリアムを部隊訓練と学園生活-場合によっては補習と追試がそこに付け加えられた-をない混ぜにしながら過ごすこととなっている。

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