第47話:お待たせ……こっからが私達の見せ場よ
「敵艦隊までおよそ100km」
後席
「
「味方だって知ってるけど、やっぱりこの色は気持ち悪いな……」
そんな感傷に浸る間も無く次々と、橙色のマークが友軍機を表す青色に塗り替わっていく。早速マルコーニ先輩が
「マルコーニ先輩、ありがとうございます。じゃぁ、行きます」
そう言ったフレミングは右手のスティックを手前に引いて機体を急上昇させる。
「セレクト、
フレミングの
高度を100mまで上げたフレミング機に隷下各機も倣う。
「中隊長、じゃねぇや、群司令、パパン小隊行くぜ」
「ガリレイ小隊、問題ない」
「ファラデー中隊攻撃準備完了だ、フレミング」
「テイラー中隊、位置についたぞ」
「アタシらもOKだ、フレミング。派手にやろうぜ!」
隷下各小隊長、中隊長からそれぞれに、準備完了の無線通話が飛んでくる。3時間振りに聞くお姉ちゃん達の声に一瞬気が緩みそうになる自分を叱咤して、後輩の群司令が応答する。
「みんな、ありがと。みんなのミサイル、私が借りるね」
「フレミーちゃん、しっかりね」
「各機、
「
フレミングの発令に各機が応える。そんなやりとりをしている間に、マルコーニ先輩は既に隷下47機とのデータリンクを完了させていたのであろう。
「フレミング、攻撃準備完了」
今頃は後席の左右どちらかのディスプレイ上で、264発のミサイルがリスト表示されているのだ。
「マルコーニ先輩、ありがとうございます」
短く答えた群司令が発令する。
「各機、ミサイル射出」
全264発のミサイルが一斉に射出されていく様は圧巻であった。無論これまでにも敵空対空ミサイルへの対抗として中距離空対空ミサイルを一斉射出したことはあるが、今回は対艦ミサイルなのである。空対空ミサイルとは迫力が違った。264発のミサイルは母機を離れるとそのまま降下し、海面20mくらいのところで一斉にロケットエンジンに点火すると、敵艦隊めがけて突入していった。あとは……
「フレミング、退避部隊は私が預かる」
「群司令、ロリポップ中隊はアタシが預かるぜ」
ファラデー先輩とパパン先輩からそれぞれ連絡があった。ロリポップ小隊4機を除く44機はここで反転、ベンガヴァルへ帰投することになっている。群司令たるフレミングの代わりにファラデー先輩がその44機を、中隊長たるロリポップマルーンの代わりに
「ファラデー先輩、パパン先輩、よろしくお願いします。どうぞご無事で」
フレミングは頼れる先輩達に礼を言った。
「フレミングこそ、武運を」
「群司令、アタシらはベンガヴァルで待ってるからな」
両先輩の
「各機、無線封止開始」
各機は再びアクティブステルスを有効にする。以降、少なくとも敵艦載機のレーダーからは見えなくなるであろう。
ファラデー副指令を先頭に、000W44機は
尤も、敵艦隊も今頃は混乱の極みにあろう。突如100km圏内に所属不明機が多数出現した-何しろ上空に上げた警戒機の索敵範囲は本来、数百kmを超えるはずなのだ-かと思えば多数のミサイルと思しき反応が確認され、直後にはそれらの反応が消えてしまった-再度の無線封止とマルコーニの妨害による-のである。敵としても妨害反応は認識しているであろうから、恐らくは「確認を急げ」などと言って慌てているところであろうが、100km圏内とは、ミサイルであればおよそ1分半後には弾着する距離なのである。確認と対応にかけていられる時間などそう多くはあるまい。
敵艦隊の取るべき行動は5つ。まずは主力艦の回避運動であり、原則としてはミサイル群の想定飛来方向に艦体の向きが平行になる-投影面積を小さくする-方向に艦を回頭させることであろう。尤も、航空母艦のような大型艦では、1分半での回頭完了などは望むべくもない。
次は、護衛艦群を以って主力艦の盾とすることであろう。多くの場合対艦ミサイルは海面高度すれすれを飛翔してくるものである。そうであれば、その進路に護衛艦を配置することで、主力艦に命中すべきミサイルを護衛艦に吸収させることも可能であるかもしれない。無論護衛艦は犠牲になるが、そこは戦場における損得勘定である。尤も、この方法も今回の場合には、時間がそれを許さないであろう。
3つめの行動は
4つめの行動は対ミサイル戦闘である。これには艦隊側から積極的にレーダー波を発信し、飛来するミサイルに向けて対抗ミサイルや対空砲による攻撃を加えて飛来するミサイルを破壊することが求められる。艦隊に備わるレーダー探知能力と迎撃能力、特に同時対応可能目標数の多寡が鍵になるであろう。
最後の行動は、ミサイル母機の破壊である。ミサイルの誘導を母機から行っている場合には、当該母機を撃墜してしまえばミサイルの誘導は失敗し、艦隊の安全は守られるであろう。今から発艦を行っていたのでは到底間に合わないが、既に上空待機している直掩機を向かわせることは可能であるかもしれない。あるいは、攻撃側が直掩機による迎撃を回避しようと機動すれば、その場合にもミサイルの誘導を放棄させる結果に繋がるであろう。
これらパラティア艦隊側の対応を考えれば、ロリポップマルーンの取るべき対応は明らかであった。まずは、敵の艦隊運動をよく見定めて、各ミサイルが目標に命中するようその終末まで適切に誘導すること。次に、敵の
これらの処理を多数・同時・短時間に処理することが、
264発のミサイルの、その第1目標は敵航空母艦8隻と定められていた。敵艦隊の主力は艦載機群であり、その母艦を撃沈することが本作戦の最大の目標である。これには各12発のミサイルを指向させることにマルコーニ先輩は定めたそうである。続く第2目標は補給艦8隻と油槽船4隻。ミサイル巡洋艦より優先順位が高いのは、この戦闘の目的が戦争を終結させることにあるからだ。敵軍を壊滅させなくても、敵の継戦能力を奪えば戦略的にはバーラタの勝利となる。これらには各10発の対艦ミサイルが誘導されることとなっていた。敵ミサイル巡洋艦はその次の目標であり、各6発がこれに使われるであろう。各ミサイルの内その半数は目標20km手前で一度ポップアップし上空から敵艦上面に弾着、残りの半数はそのまま敵艦喫水線付近に弾着させる予定である。
「マルコーニ先輩、何でそんな面倒なことするんですか?」
たださえ短い時間で多数のミサイルを扱うのである。作戦前、敢えてポップアップの労を取る理由を訊ねたフレミングに、マルコーニ先輩は短く教えてくれた。
「その方が、敵の迎撃が困難」
上下2方向からの同時攻撃に対する防御が困難であることは、
「みんな、高度を上げるよ。ついてきて」
そう言ってスティックを手前に引いたフレミングは、無線封止下では音声通話が利用できないことを知ってはいるが、しかし口に出さずにはいられなかった。ロリポップマルーンの機体が上昇するのに伴い、ロリポップ小隊が徐々にその高度を上げていく。高度100m付近を飛んでいたのでは、ミサイルが10kmも先に行けば水平線下に隠れてしまうであろう。ミサイルの誘導を続けるためには、高度を上げていくことが必要なのであった。無論、上げ過ぎてもいけない。ロリポップ小隊のアクティブステルスは今のところ敵艦隊上空にある艦載型警戒機からのレーダー追尾を欺瞞することには成功しているが、それは艦載機ゆえの小出力レーダーであるからとも言える。艦隊防御用のレーダーを相手にAMF-75シリーズのアクティブステルスがどこまで通用するのか、
「フレミングは高度維持に集中。ミサイル制御は自分の仕事」
ミサイルを誘導できて敵艦隊に補足されないギリギリの高度、そこを狙ってフレミングは愛機を進めていく。今回の作戦にあって、こやっさんはまた新しい機能をロリポップマルーンに加えてくれていた。それは
低空から進入するミサイルは、その初期の誘導時期では敵艦隊から補足されてはいない。但し艦隊上空にある警戒機はミサイルを見える位置にいるため、本作戦ではミサイル自身に妨害電波を送信する機能-尤もこれはアクティブステルスではなくあくまでも妨害電波であるため、その存在自体を秘匿することはできない-を持たせた。そして、この妨害電波の出力パターンをAMF-75Eからマルコーニ先輩が指示するのである。逆に終末誘導時には敵艦隊に補足されることになるが、その場合にはAMF-75Eが直接敵レーダーの無効化と敵妨害の無効化を行う。そして敵艦のレーダを無効化するためには当然、ロリポップ小隊が敵艦隊からも見える高度に占位する必要があることを意味している。
「
後席から何やら怪しげな呪文のような声が聞こえるが、ムズカシイことはお姉ちゃん達に任せることにしているフレミングである。マルコーニ先輩を信じていることに嘘は無いが、そうは言っても一応知っておく必要はあると感じたフレミングは、事前にマルコーニ先輩に聞いてみた。
「先輩、
「敵のレーダー波と同じ周波数帯を使う」
簡潔なマルコーニ先輩の返答って案外分かりやすいな、などとフレミングが思ったのもここまでであった。
「但し、電波強度は乱数を使って……」
ムズカシイことはよく分からなかったがどうやら、常に一定の強度で電波を出すだけではダメらしい。その場合には、その影響を加味して受信波を処理すれば済むからだとか云々……従って電波強度を
「逆に言えば、敵もこっちのミサイルを
こちらが相手のレーダーを妨害できるのであれば、敵もまた同様であろう。
「そう、だから計算で無効化するか、後は使用周波数を変えていくか……」
きっとそれも、様々なパターンを用意するのであろう。
「それじゃぁまるで、
「そう……だから最後は戦術コンピュータと、
敵艦隊は2隻の空母を中心とした4つの輪形陣を組んでいる。敵艦隊30km手前で000Wのミサイル群は、艦隊群の所在に合わせて4方向に分かれていった。きっとマルコーニ先輩のディスプレイには今、どのミサイルがどの艦に向けて、どのタイミングでどのような動きをするのか、全てリストアップされているのであろう。そして、敵の妨害や対抗を受けるたびに、その設定を即座に変更しているのだ。
「先輩、間もなく敵艦隊に露出します」
それは、ロリポップ小隊が敵艦隊の水平線下から出ることを意味しており、これから更に熾烈な電子戦が始まることを報せることであった。
「大丈夫、任せて」
マルコーニ先輩の冷静な返答に意を強くしたフレミングは、愛機に
「セレクト、
ミサイル群と敵艦隊との距離が30kmを切った時、フレミングは信号弾を射出した。それは無線封止解除の合図である。敵艦隊との距離は約90km。未だ上空直掩部隊から視認される距離ではなく、あるいは、艦載機に搭載されているレーダー程度であればアクティブステルスも有効ではあるが、対艦ミサイル群が敵艦隊に補足される頃合いである。これらを敵艦隊の妨害から守るためには、
「フレミー、いよいよですわね」
無線封止を解除した
「フレミングちゃん、いつでも言ってね」
フレミング機に
「フレミーちゃん、マルコーニちゃん、敵は近づけさせないわ」
アクティブステルスを有効にしている3機のAMF-75Aは、積極的に自機のミサイルを制御することはできない。しかし、2丁の27mmリボルバーカノンであれば使用できよう。
「みんな、ありがと。信じてる」
高度を1,000mにまで上げたフレミングが返答する。
対艦ミサイルが敵艦20kmまで接近すると、その半数は次々とポップアップシーケンスに入った。上下2方向からの同時突入である。ポップアップしたミサイルは敵の迎撃を受けやすく、また敵艦を沈める効果には多くを期待できない。しかし、高い命中率を期待できる一方、上部甲板の各種構造物を破壊できれば敵の戦闘能力を奪うことには成功する。他方、低空から進入するミサイル群はその命中率が低くなるとは言え、敵の迎撃は受けにくく、更には喫水線付近に着弾すればより積極的に敵艦の撃沈を期待できる。果たして、その戦果は……
8月26日バーラタ時間0658時。000Wの対艦ミサイル264発が次々に敵艦に命中していった。
「みんな、反転するよ。全速離脱」
そう言ってフレミングはスロットルを
「各機、無線封止開始」
離脱を決意した時、敵艦隊上空にある直掩機のうち12機がこちらを指向して進路を定めたようであった。追撃機が案外少ないのは、陽動作戦が効果大であったことの証明であろう。また、距離90kmで敵艦載機のSS-20がミサイル攻撃-有効射程は240km超-をしてこなかったことから、アクティブステルスはSS-20に対しても有効であるように思われる。尤も敵は、もう少し近づいてから必中の一撃を加えてくるつもりかもしれないのだが。
フレミングは素早くスティックを右に倒して360度クイックロールを行うと、海面高度200mまで高度を下げる。まずは敵艦の大型レーダーから身を隠すことが重要である。艦載機搭載レーダー程度であればアクティブステルスが欺瞞してくれる-すなわち、敵にはフレミング達の行方が分からなくなる-であろうから、これで敵が追撃を諦めてくれればよいのだが……ロリポップ小隊各機が隊長機に続く。
今はまた無線封止下にあり、それは往路と同じく、外界との情報が一切切断された孤独な飛行を意味していた。往路と異なるのは、フレミング達の前方を朝日が染め始めていることと……何よりも敵の追撃を受けていることである。索敵レーダーも
15分ほど飛行したところでフレミングは左右に2度バンクを振る。後続の3機が同様にバンクを振ることを確認したフレミングは、スロットルをミリタリーまで戻した。
「マルコーニ先輩?」
珍しく不安げな声音を挙げる
「まだ」
「ですよねぇ~」
力なく同意するフレミングに、常の
「敵は追撃を続けている。こちらがエンジン出力を絞った分、今は敵の方が速いはず。でも、敵が追撃進路を外せば距離は離れる。ここでこちらが電波を発することは、敵に情報を与えるだけ。お勧めできない」
フレミングは敵の追尾状況が知りたい。そのためにはロリポップマルーンが無線封止を解除しなければならないが、それは当然、敵に情報を与えることになる。少なくとも、電波の飛来方向という、重要な情報を。
「ちょっとだけ……でも?」
可愛い(?)後輩の甘えを
「今この機体は敵の索敵レーダー波を感知している。5時の方向、距離不明、推定70km。少しづつ強くなっている」
敵がいることが分かっているのであれば仕方が無い。もう少し我慢しよう。12機が相手であれば、ロリポップ小隊の中距離ミサイル全36発では少し心細い。せめてキルヒー達にも今の状況を教えてあげたいけれど……
「みんな、もう少し我慢して」
決して届かないその言葉を、フレミングは一人口にした。明るい朝に向かって進む、暗い
******************************
「……嬢…………える…………」
海岸線まで300km。AMF-75Eがオープン回線からノイズ混じりの音声を拾った。
「……海…………5………………アー……」
ところどころ言葉らしきものが聞こえるが、内容は全く分からない。
「……お嬢……」
野太い男性の声のようだ。瞬間的に声を上げる。
「おやっさん?」
無論その声は相手には届かないが、マルコーニ先輩が代わりに応答する。
「フレミング、少し待って。感度を上げてみる」
暫くすると、少し明瞭になったおやっさんの声がスピーカから聞こえてきた。
「お嬢、聞こえるか。お嬢。海岸線50kmで
どうやら、同じフレーズを繰り返しているようだ。聞こえるとも分からない見えない相手に対して、おやっさんは
「おやっさん……」
思わず返答したくなる誘惑に駆られるが、しかし今は無線封止下である。
ようやく、海岸線50kmの地点までたどり着いた。おやっさんがそう言うのなら正しいに違いない。フレミングは愛機を労うように声を掛ける。
「お待たせ……こっからが私達の
AMF-75Eの2基のDW-175Vエンジンが武者震いをしたようであったが、それは間違いなく
「
索敵レーダーやトランスポンダが眠りから覚めていく。次々と表示を切り替える
「
「
フレミングが
「盛大な花火のようですわね」
今や無線封止を解除した
「た~ま~や~、だっけ?」
「フレミーちゃん、お疲れ様。みんなも、よく頑張ったわねぇ~」
「おやっさん、ありがと。『地対空機動挺進構想』だったっけ、それ?」
フレミングは地上にいる機付長にも礼を述べた。
「おぅ、そうだ……って、どこでそんなこと聞いたんだ、ったく?」
そのネーミングは意見具申のための、いわば耳障りのよい
「えぇっ、こやっさんが言ってたよ。確か、おやっさんがパルティル司令官を口説くのに、とか何とか……」
「あんの野郎ぅ~、いちいち喋りやがって、口の軽い……」
あとでこやっさんは絞られるんだろうなぁ、などと思いながらフレミングは話題を変える。
「ところで、おやっさん。一体いつから無線に呼びかけてたの?」
おやっさんの返答は単純かつ不明瞭であった。
「うっせぇ、知るか!」
こんな会話ができるのも、私とおやっさんが生きてるからね……本当は、沢山の敵を殺したことを知っているフレミングではあるが、今は自分と、友人達が生き残ったことに感謝することにした。
「みんな、ありがと」
「発、中部防衛航空軍団司令官パルティル。宛、第000防衛飛行群司令フレミング」
ヘルメットに響くパルティル司令官の声にはどこか、柔和さが漂っていた。
「状況はこちらでも確認した。追撃する敵は認められない。『
「
「フレミング……」
口調を改めたパルティルが続けた。
「また撃墜マークを増やしましたね……」
きっと校長先生は、それを我がことのように喜んでくれているのだろう。人の上に立つ者の気持ちが、フレミングにも少しは分かってきたような気がした。
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