第46話:天気晴朗なれば浪低し、ってところかしら?
ロリポップマルーンの機体がベンガヴァル第2滑走路に進入すると、その左脇をアンティークゴールドの機体が占位する。最近では4機同時の
敵艦隊に『
通常、離陸に際して
「おやっさん、今日もいい仕事してるじゃない」
無線封止下であれば当の本人にその声は届かないのではあるが、フレミングには想像がつく。
「ったり前だ、お嬢。誰が
きっとそう言われるんだろうなぁ、と思ったフレミングは今、自分が意外と緊張していないことに気が付いていた。
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「もうそろそろ
機内でフレミングは一人呟く。奇襲を期すため灯火管制-航空灯ばかりか衝突防止灯も全て消灯している-下にある000Wである。レーダにも映らなければ、無論、目視することも叶わないのは味方であっても同様であり、編隊の先頭を行くフレミングからはようやく月光を浴びたロリポップ小隊が薄っすらと視認できる程度である。尤もこれは距離が近いことに加えて各機の派手なカラーリングによるところが大きいのだが、同じパーソナルカラー採用機であるパパン小隊、ガリレイ小隊各機ですら、フレミングの位置からこれを視認することは難しかった。各小隊は4機で
「大丈夫、みんな充分訓練した」
機内回線からマルコーニ先輩の声が聞こえた。そう、シミュレータで最も苦労したことのひとつがこの編隊形成であった。何しろ、他機がほとんど視認できないのだ。自機から見えるのはせいぜい、前方を行く機体が放つ唯一の光源であるノズル排熱である。赤外線センサを利用して
「はい、マルコーニ先輩」
そう言った
ベンガヴァルを発進してから最初の50分、西ガウツ山脈を越えるまではバーラタ大陸中央を横断する形である。できるだけ都市や村落の無い地域を選んで直線的に、地上高度150m程度を守って進軍する。夜間無灯火の低高度飛行であれば、旋回などは考えるべくもない。『できるだけ低く、できるだけ速く、できるだけ真っすぐ』は、陸上飛行の時点から既に始まっているのである。
「それにしても、全く何も映らないなんて、何か気持ち悪いですね」
思わず
「映らないのは良い傾向」
そう、マルコーニ先輩の言う通りである。映らないことは良いことなのだ。000Wは今、バーラタの早期警戒網とのデータリンクすら切断されている。自機の発するエンジン音と振動以外に感じるものは全くない、これは孤独な
「そうですよね……」
そう返事をするフレミングは、「私にはマルコーニ先輩がいるけれど、みんなは一人で寂しく無いのかな?」と思わないでもなかった。
やがて西ガウツ山脈に到達した000Wは、今度は山肌に沿って高度を上げていく。そして尾根に到達したら180度ロールから背面で降下に入り、再びロールしたら今度は山肌に沿って高度を下げていく。これは編隊形成に続く第2の-あるいは本作戦最大の-難関であった。山肌に植わる木立をかすめて飛行する48機には、灯火も衝突回避レーダーの使用も許されていない。月夜の明かりと先行機、そして自分の目だけが頼りであった。シミュレータ訓練ではここで山肌に激突・炎上した機体もあったが果たして、後方に不幸な爆発光は見えなかったようである。訓練の時よりは多少高度設定を甘くした群司令であったが、1機も脱落することなく、1人も犠牲になることなく難所をクリアできたことが嬉しかった。しかし、無論ここでほっと一息つける余裕など、彼女達には与えられていない。
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満月から3日ほど遅れた月が、西の空に浮かぶ。少し朧気な月が照らす海面だけが頼りの000Wである。「シミュレータよりは少し明るいかしら?」と感じたフレミングは、逆でなくて良かったと思いながら海面高度を50mに保って飛行を続ける。月の煌めきを反射する海面は、フレミングの目には穏やかであるように見えた。
「天気晴朗なれば浪低し、ってところかしら?」
一人呟くフレミングに、後席のマルコーニ先輩は戦術情報を以って応えた。
「敵艦隊の現在位置が来た」
たとえ司令機であろうと、今回の隠密作戦では電波の発信を禁じられている。従って、双方向通信により接続を確立する形式であるデータリンクモードで管制機と情報交換を行うことは許されていなかった。そこで三軍統帥本部は、通常のデータリンクモードの他に、ブロードキャストモードでの情報提供を000Wのために用意してくれた。尤も
マルコーニ先輩の座る後席には、前席に備えられているような操縦系統の装置類-スティックやスロットル、ラダーべダルなど-は一切設えられていなかった。AMF-75Eは複座型であるとは言え、後席の士官が機体を操縦することなどは想定されていないのである。いざとなれば脱出すればよいだけの話であり、従って緊急脱出手順だけは前席同様に用意されているのだが、ただそれだけである。また、多くの複座機では後席士官による周囲監視も期待されるが、AMF-75Eではそれすらも期待されていない。それらはAMF-75Eの強化されたセンサ類と戦術コンピュータ、ディスプレイシステムが提供してくれるから、後席士官に『目』は要求されていなかったのである。更には、コクピットブロックの形状互換性を単座機のAMF-75Aとの間に保つという要求仕様が、AMF-75Eの後席に居住性と視認性を提供させなかったとも言える。
そんなAMF-75Eの後席には、操縦系が全く存在しない代わりに独特な設備が用意されていた。それは大型3面ディスプレイとキーボードである。後席正面中央には幅60cm高さ40cmのタッチパネル付高精細ディスプレイが陣取り、座席の主の操作に従い
「敵艦隊はポイント185667付近。予定通り、このまま直進」
進路変更-低空での編隊旋回-はこれまた難易度の高い演目であったが、どうやらそれは
「
そう言ってフレミングはもう一度、左右に2度バンクを振る。洋上に出てからのバンクは、進路変更の合図であった。左バンク2回は左回頭、右バンク2回は右回頭、そして左右バンクは直進と決めてある。「
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