第44話:できるだけ低く、できるだけ速く、できるだけ真っすぐ
8月24日1000時。ラージャ三軍統帥本部長からの要請によりダモダルダス首相が4度目の最高戦争指導会議を招集した。
カーヴァイン大統領の開会宣言に続き、ダモダルダス首相が議事を進行する。
「さて早速だが、ラージャ三軍統帥本部長によると軍部から作戦に関する新しい提案があるとのことである。そこで、まずはその提案をラージャ本部長からこの場で披露してもらいたい」
ダモダルダス首相の視線を受けて、ラージャ三軍統帥本部長が口を開く。
「首相閣下には軍部の作戦提案をお諮り頂く機会を賜り、まずは御礼申し上げます。実は今回の作戦案は航空宇宙軍からのものであり、詳細についてはクリシュ航空宇宙軍参謀総長より提案させて頂きます」
ダモダルダス首相の無言の承認を得て、クリシュ航空宇宙軍参謀総長が説明を始める。
「我が航空宇宙軍参謀本部では今次戦争勃発以来、常に反撃作戦の可能性を検討しておりましたが、このほど、成算のある作戦案が現地部隊より上がって参りました。参謀本部においても本作戦案は実施可能かつ有効であるものと判断し、つきましては、本作戦の実行について最高戦争指導会議のご承認を得たいと考えております」
クリシュはここで一旦口を閉じ、会議室を見廻す。ハーギュ商工大臣と目があうや、ハーギュが挙手する。
「実施可能かつ有効なる反撃作戦案と仰るのは大変喜ばしいことであり参謀本部のこの間のご尽力には敬意を表するが、つい先日までは戦力が整わない間の反撃は無理である、とのご説明であったと記憶しておる。以来我が商工省としても官民を挙げて増産体制に移行しているところではあるが、甚だ遺憾ながら軍部の要求を満たせるほどの成果は未だ挙げておらぬのが実情。しかるに航空宇宙軍が今回180度方向を転換したのは何故であろう?」
ハーギュの疑問は当然のことであり、この場にいる者すべてに共有されているものである。ハーギュとしては過去3回の会議において常に軍部による反撃の可否を問うていただけに、この疑問を率先して口にする責務を承知していたのであろう。
ハーギュ商工大臣の、場合によっては礼を失したとも受け取られかねない疑問-軍部から見れば「できぬ」という時に「やれ」と言い、「できる」という時に「やるな」と言っているようにも取られかねない-に、しかしクリシュは涼し気な表情で応える。
「大臣のご指摘は全くご尤も。無論、小官自身もこの作戦案が現地部隊から上がってきた時には、その成否を厳密に問わざるを得ませんでした」
そう言って再びクリシュはハーギュに視線を向けると、ハーギュは軽く目礼を返した。クリシュが続ける。
「さてその作戦案ですが、先にその要点のみ申し上げると、中部防衛航空軍団
「
思わず口を開くダモダルダス首相に、クリシュ参謀総長が頷く。000Wは今やバーラタ期待の
「確か、ロリポップとか何とか……」
普段は堅物と思われているモーテー・ギー外務大臣にすら、今やロリポップ中隊の名は聞こえているらしい。しかし
「彼女達は確か士官学校を卒業したばかり、とか。うら若き娘達に、そのような危険な任務を……」
ベルトゥリ財務大臣の言は「そのようなひよっこ達に任せて大丈夫か」との問いであったろうか、あるいは「そのような若いものを死地に向かわせでよいものか」との自責の念であったろうか。恐らくはその両方であると捉えたクリシュ参謀総長は、その両者を同時に解決する魔法のキーワードを口にする。
「大臣方のご懸念、ご心配は当然のことであろうと小官も理解しておりますが、本作戦案は
「死神……」
チャンドールの異名は、キッシー防衛大臣にまで聞こえ及ぶ令名であった。
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同じ頃……
「いいか、お嬢。改めて聞くが、対レーダーステルスってのは何だ?」
「敵のレーダー波を反射させない技術のことでしょ?」
「お嬢、そんなんでよく卒業できたもんだなぁ。やっぱお嬢には『落ちこぼれ』って言葉の方がお似合いなんじゃねぇのか?」
それは、おやっさんと
「フレミーの答も間違いではありませんが……より正確に言えば、敵のレーダーを欺瞞する技術、でよろしいでしょうか。チャンドール准尉?」
「さすがヒメさんだ。お嬢も少しはヒメさんを見習ってだなぁ……」
またぞろ長くなりそうなところをネル隊長が軌道修正を図る。
「そうやってチャンドールはいつも冗長なことを。早く本題に入ってください」
「そうだよ、おやっさん」
おやっさんは何か言いたげに頭を掻きながら本題に入る。
「いいか、対レーダーステルスってのはヒメさんの言う通り、敵レーダーを欺瞞する技術だ。で、欺瞞には今のところ大別して2種類ある。それは分かるな、お嬢?」
「えっとぉ……レーダー波の反射を抑える技術と、レーダー波の反射方向を変える技術……で合ってたっけ? キルヒー?」
またおやっさんにダメ出しを喰らわない前にフレミングは、今度は先に矛先を親友に向けることにした。
「えぇ、大体はその通りですわ」
また何か言いたそうなおやっさんをネル隊長が睨みつける。「ちぇっ」と軽く舌打ちをしたおやっさんが素直に話を先に進めた。
「まぁ、そんなとこだな。で、その敵のレーダー波の反射を抑える方法としては、反射率の低い材質を使用したり、電波吸収剤を機体表面に塗布したり、あるいはアンテナ形状を作らないような工夫をしている。また反射方向を変える技術としては、機体形状を制御してこれに充てている。そこまではいいよな?」
うん、と素直に頷くフレミングにおやっさんが続ける。
「で、バーラタの機体はステルス性を捨てたと言ってるが、これは主に機体形状の制御をあきらめて機動性と兵装搭載量を重視した、ということだ。無論、材料工学の面における反射低減の努力は怠ってはいない」
「じゃぁ、
ロリポップマルーンの塗装にも無論、電波反射を抑える技術が使われているのだ。
「あぁ、そうだな。アイツの塗装にも耐レーダーステルスの技術が使われている。が、そうは言ってもやはり形状制御をしていない分、
そのカラーリングに、視認性の低下は考慮されていない。ロリポップ中隊は、いわゆる迷彩塗装-光学ステルス-とは無縁であった。
「で横道に逸れたが、今言ったステルスはいわば
「パッシブステルス?」
聞き返すフレミングに、おやっさんが頷く。
「そうだ、まぁ受け身のステルスってとこだな。で、今回オレが開発……まぁ、ほとんどはシン曹長、今はこやっさんか……が開発したようなもんだが、まぁオレ達が開発したのが
「アクティブステルス?」
聞き返すだけしか能の無い、まるでオウムかインコの様になっていることを自覚しつつ、フレミングが繰り返す。
「あぁ、アクティブステルスだ。相手から受けた電波の方向と強度、周波数変移を元に自機の反射波を計算し、180度位相を変換した電波を生成して、同じ強度で出力する。単に反射を抑えるだけでなく、より積極的に敵レーダを欺瞞する技術だ」
「???」
おやっさんの言葉の意味が今一つ理解に至らないフレミングの替わりに、
「つまり、レーダー反射波と打ち消し合う電波を自ら発信して敵レーダーを欺瞞する、ということですわね」
「さすがはヒメさん、その通りだ」
ムズカシイことは横においたフレミングが問う。
「打ち消し合うって、そんなことできるの?」
素人目にもかなり難しそうな技術であるが、おやっさんはいとも簡単に返答する。
「あぁ、
まぁ、おやっさんがそう言うのならそうなのだろう。そう無理やり納得したフレミングが、肝心なことを訊ねる。
「それで、そのアクティブステルスで、どうするの? この前おやっさんは『反撃だ』って言ってたけど、それと
その質問を待ってました、とばかりにおやっさんが嬉しそうに答える。
「あぁ、大ありだ。つまりなぁ、お嬢。オレの考えている反撃とは、アクティブステルスを活かした大規模対艦隊攻撃作戦だ! 既に校長閣下経由で参謀本部から承認は得ている。だから……後はまぁ、政府次第だな」
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クリシュ参謀総長が続けた。
「その死神、チャンドール整備准尉によれば、現地部隊では2つの技術開発に成功した、とのことです」
「2つの技術開発?」
つい口を開いたハーギュ商工大臣に、微笑を返しつつクリシュ参謀総長が答える。
「えぇ、その通りです。ひとつはアクティブステルス、すなわち戦闘機自らが敵レーダー電波を打ち消す電波を発信し、敵レーダーに映らないようにする技術。そしてもうひとつは、電子戦専用機の投入による大規模対艦隊攻撃の統合運用技術です」
「クリシュ参謀総長、もう少し詳しく説明してもらえるかな?」
ダモダルダス首相の問いに、クリシュが一礼の後に答える。
「000W所属の最新鋭戦闘機は各6発の長距離対艦ミサイルを搭載可能です。これを敵艦隊100kmの地点にまで進出させ、一斉にミサイル攻撃を開始します。この際、アクティブステルス技術が利用できれば敵艦隊による探知を遅らせることとなり、我が航空部隊の接近が容易となります。また一斉発射したミサイルの標的指示は現地に投入された電子戦専用機により行う他、敵の対空防御網の妨害も、当該電子戦専用機により行います。対艦ミサイル発射から命中までおよそ1分半。敵艦隊もミサイルの接近を察知すれば迎撃態勢に入ることは当然ですが、電子戦専用機に統合運用された合計240発超のミサイルに対処するには、この時間は短すぎるものと航空宇宙軍参謀本部では算定しております」
クリシュ参謀総長の態度は-過去3度の最高戦争指導会議における彼とは異なり-自信に溢れており、その発言は雄弁であった。一同はその作戦案に納得はしたものの、しかし尚ひとつの疑問を共有していた。何故クリシュはわざわざこの作戦案を会議にあげたのか。航空宇宙軍の作戦であれば本来、航空宇宙軍内で決裁すればよいはずなのだ。会議出席者を代表して、議長たるダモダルダス首相がクリシュの真意を問う。
「クリシュ参謀総長、航空宇宙軍の作戦案は分かった。軍事的成否は参謀本部で検討した以上、最早この場での討議事項ではなかろう。そこで貴官に改めて問うが、何故貴官はこの作戦案を最高戦争指導会議に上程したのか?」
クリシュはダモダルダスに一礼した後、その趣意を述べる。
「アクティブステルスにより敵艦隊への接近は察知されないものであると我が参謀本部では確信しておりますが、本作戦の実施に当たり我が航空宇宙軍では、その成功率をより高めるために航空宇宙軍全軍を挙げて敵艦隊への陽動作戦を実施する考えであります」
一同が頷くのを見たクリシュは、少し表情を引き締めた上で厳かに、この会議に上程した真の理由を述べた。
「そこで、願わくば陸軍、海軍、両軍からも陽動作戦にご助力頂きたい、と航空宇宙軍では考えております」
ことが単に空軍と陸海軍の協同作戦であれば、これもやはり最高戦争指導会議にわざわざ諮る必要はあるまい。しかし今次の
ことの重大性を今やこの場の参加者は均しく理解した。議長役の首相が口を開く。政府の意思を確認する前に、まずは軍部の意思統一を確認するべきであろう。
「クリシュ参謀総長の意は理解した。航空宇宙軍の要請について、陸軍、海軍はどのように考えるか?」
挙手をして発言を求めたのはラウム海軍軍令部長であった。よく言って消極的、悪し様に言えば保身的とも見える過去の海軍の態度からは意外と言ってよいであろう、それはラウムの返答であった。
「海軍としては、航空宇宙軍の作戦案に全面的な協力を約束するものであります」
ラウムの態度の変わりように、ハーギュ商工大臣は目を丸くする。一体、軍部にはこの間、何があったのであろうか? 参加者の視線を受けて、ラウムが続ける。
「海軍内部でも今次戦争について、我が海軍があまりに消極的にすぎる、との批判が高まっており、今や海軍将兵の戦意は高揚しております。幸いクリシュ参謀総長から成算の高い作戦案が示されたからには、この際はこれに助力せねば我が海軍の名折れである、と小官は考えます」
実はラウムの発言する通り、海軍内部には批判というよりはむしろ不満という表現が適切な気分が充満していた。戦争が勃発したと言うのに、そして航空宇宙軍は多大な損害を出しているというのに、海軍はただ指を咥えて友軍を見殺しにするのか、と。特に、
海軍も今次戦争に積極的に参加すべきではないのか、という声が今や海軍部内には溢れているが、それもヒメシステムの一種の効用であったかもしれない。パーソナルカラーを纏った愛機を駆って空中戦を行う女性パイロットが、地上にあっては
******************************
「できるだけ低く、できるだけ速く、できるだけ真っすぐ」
これが今回のミッションの合言葉である。作戦当日は荒天になる-すなわち浪が高くなる-かもしれない。無論、参謀本部がそのような日をXデーに選ばないことを祈ってはいるが、その一方、荒天の方が敵の対応が鈍くなることも期待できるのだ。そして、作戦実施中は無線が封止される。片道3時間の道のりを、パイロット達は孤独と向き合い緊張感と戦いながら進撃することになるであろう。
「ねぇ、おやっさん」
シミュレータから降りてきたフレミングが問う。
「今回の作戦には、何で電子戦専用機が必要なの?」
AMF-75Aは多目的戦闘機である。従って各機は本来、それぞれが対艦攻撃を行う能力を有している。しかし今回の作戦では、フレミングはAMF-75Eに搭乗することになっている。いやむしろ、AMF-75Eこそが本作戦の要なのである。
「あぁ、それはな……AMF-75Aの戦術コンピュータは、アクティブステルスの処理で容量一杯で、攻撃までは手が回らねぇ、ってことだな」
何かに気づいたフレミングが納得したような表情を見せる。
「そっかぁ、だからロリポップファイヤーみたいに、AMF-75Eが他のミサイルをジャックするのね?」
「ロリポップファイヤー? あぁ、あれのことか……まぁ、そういうこった。それにな、お嬢。お嬢には……あぁ、正確にはマルコーニ先輩には、だが……
こちらの対艦攻撃を探知した敵艦隊は、当然迎撃態勢に入るであろう。対抗ミサイルや対空機銃を誘導する敵艦のレーダーを妨害するためにこそ、電子戦専用機が投入されるのだろう。まぁ、ムズカシイことはマルコーニ先輩にお願いするとして……
「あとさぁ~、どうして私達だけ対空兵装なの?」
「それはですね、フレミー嬢。対艦ミサイル発射後フレミー嬢には引き続き、弾着まで監視と誘導をお願いしなければならないからです」
自分のヒメを再び危険にさらす作戦の真意を、流石にチャンドールも説明しあぐねたのであろう。しかし、その作戦意図を今や正確に理解したフレミングが答える。
「つまりその間、キルヒーとケプラーとトリチェリ先輩に守ってもらうってことね? 大丈夫よ、おやっさん。安心して、私は絶対に死なないから」
******************************
「さて、軍部の意思統一は確認できた」
議長たるダモダルダス首相が再び口を開く。ラウム海軍軍令部長の発言に続き、ダルス陸軍参謀総長からも航空宇宙軍の作戦案に賛意が示されたのである。そうであれば後は、政府側の意思を確認するのが筋である。
「外務大臣、軍部の作戦案に乗れば我がバーラタ共和国は全面戦争に移行することとなる。その際、終戦の目途についてはどうか?」
一戦して勝利したとしてその後、果たして和平交渉に至ることができるのであろうか。この作戦案は戦争を終結させるための反撃であって、戦争に混迷と絶望のダンスを躍らせるための媚薬ではないはずである。その手筈も整わぬ前に反撃作戦など実施してしまえば、平和は今より更に遠のくことであろう。モーテー・ギー外務大臣の発言は幸いなことに、この会議の参加者の期待には充分応えることのできるものであった。
「グレートエイトアイルズからは内々に、一戦して勝利の上は和平交渉の仲介役を努めてもよい、との感触を得ております。彼の国もその消費エネルギーの大半を西オリエントからの輸入に頼っている以上、この地域の安定は死活問題ということでありましょう」
斯くして最高戦争指導会議の意思は統一された。それがこの国には久しぶりの輝かしい決定であったことは、閉会を宣言したカーヴァイン大統領の笑顔が象徴していたことであろう。Xデーの決定権はラージャ三軍統帥本部長に移譲された。ついに陸海航空宇宙三軍による統合作戦が開始される。作戦名は『
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