第43話:あ、でも、サプライズは先に見ちゃダメだからね!

 ゆるふわ金髪ブロンドは最後までフレミングの傍にいてくれた。

「フレミー、大丈夫ですか?」

 フレミングを乗せたコクピットブロックは、地表に近づくと内蔵していた圧縮ガスを噴出して着地時の衝撃を緩和させた。無事着陸に成功し、展開していたパラシュートが萎んでいく。AMF-75Aのコクピットブロックは着地・着水時に風防キャノピーが必ず上面に位置するよう重心配置が設計されている。コクピットブロックの停止を確認したフレミングは、ふぅと安堵の息を漏らしながら、親友の問いかけに応えた。

「キルヒー、ありがと。私は大丈夫。でも、AMF-75Aこの子たちってホントに凄いねぇ~。全然痛くなかったし、風防キャノピーもモニタ類も、どこも破損してないよぉ~」

 先のベンガヴァル基地空襲時には多くの同期生達が経験したAMF-75A新型緊急エマージェンシー脱出エスケープ手順シーケンスである。同期の経験者から色々と話も聞いてはいたのだが、実体験とはやはり新鮮なものである。尤も、絶対に実践したくはない類の経験ではあるのだが……


「フレミー、本当にどこも悪くないのですね?」

 それでも心配げな様子を見せるキルヒホッフを、フレミングが揶揄う。

「どうせキルヒーは最後に『では、悪いのは頭だけですわね』とか言うんでしょ?」

「ワタクシはフレミーにそんなことを言った記憶はありませんわ」

「えぇ~、そうだっけぇ~?」

「えぇ、そうですわよ。もしフレミーにそんなことを言う人がいるとしたら、それはファーレンハイトくらいのものですわ」

「そっかぁ~、ファーレンハイトなら言いそうだねぇ」


 そんなやり取りの最中も、アンティークゴールドの機体はフレミングの上空を旋回飛行している。まるで、親友の着地ランディング地点ポイントを友軍に示すことが自分の役割であると認識でもしているかのように。もちろん、フレミングの乗るコクピットブロックからは正常に、そして安定的に救援信号が発報されており、ベンガヴァル基地でもその座標は既に特定しているのだが、こんな砂漠地帯にただ1人取り残されたのでは寂しかろう。きっとキルヒーはそう思ってくれてるんだ、と分かるフレミングは、同時に親友の機体の残り燃料も気になっている。

「でもね、キルヒー。そろそろ燃料が危ないんじゃない?」

「えぇ……でも、まだ、大丈夫ですわ」


 救援を待つ2人には時間が長く感じるが、フレミングが着地してから実際には5分も経っていなかったであろう。赤髪マルーン金髪ブロンドのヘルメットに無線が入る。

「お嬢、無事か? ヒメさんも、遅くなってすまない。こっちでもお嬢の座標は特定した。既に救難ヘリも離陸したから、ものの30分もありゃ、お嬢を回収ピックアップできんだろ」

 連絡はおやっさんからであった。おやっさんは、もうちゃんとフレミングを見つけてくれているのだ。

「うん、私は大丈夫。おやっさん……ごめんね、あの子……」

 見つけてくれた嬉しさから最初は元気に返事したものの、やはり愛機を放棄した悲しさと申し訳なさが襲ってくる。

「あぁ、お嬢、もう気にすんな、そんなこと。それよりも……実はなぁ、ちょっとしたサプライズ、って奴をこっちで用意してんだ。だから早く帰ってこい」


「サプライズ?」

 おやっさんにはいつも振り回されてばかりだなぁ、と思いながらその実、ここ最近はフレミングの方が整備チームを振り回していることにフレミングは気づいていた。「サプライズって何だろう」と、久しぶりに振り回される側に戻ったフレミングが感じている懐かしさの正体を、しかしネル隊長があっさりと白状バラしてしまった。

「フレミー嬢、チャンドールはフレミー嬢に、新しい機体を……」

「ちょっ、ネル、おま……それ……」

「えへへ、ネル隊長、それってネタバレって奴だね……でもね、おやっさん、ネル隊長、ありがと。サプライズ、楽しみにしてるね」

 おやっさんがサプライズと言うからには、単に新しい機体を用意しただけではあるまい。そう確信するフレミングは2人に謝意を述べた。

「フレミー嬢、ありがとうございます。ところで姫様、そろそろ機体の燃料が怪しくなってきました。あとは救難チームに任せて、姫様は先にベンガヴァルにお戻りください」

 ネル隊長の言に、フレミングも同意する。

「そうだよ、キルヒー。もう大丈夫だから、先に帰ってて。あ、でも、サプライズは先に見ちゃダメだからね!」


 2人の機付長とも連絡が付いた。救難ヘリも既に向かっているという。もう安心していいはずなのではあるが、ゆるふわ金髪ブロンドは、それでもまだ、この場を離れることを渋っている様子である。

「フレミー、そうは言いますけど、本当に大丈夫ですの?」

「もう、キルヒーは意外と心配性だねぇ~」

 そう言ってフレミングはハーネスを外して風防キャノピーを跳ね上げると、シートの上に立ち、両手を上空のアンティークゴールドに向けて振りながら親友にお願いする。

「ねぇ、キルヒー。折角だから記念写真撮ってよ。こんな構図、滅多にないんだから」

 上空から見ると、フレミーはシート上で様々なポーズを取っているようである。投げキッスをしたり、銃を構えて撃つ真似をしたり、両手で頭上にハートを作ったり……

「フレミー、それではまるで、お猿さんのポーズですわよ」

 苦笑しながらキルヒホッフは愛機を背面飛行させる。キルヒホッフの被るヘルメットに装着されているカメラはちゃんとバーラタ一の撃墜王アイドルを映してくれたであろうか。

「それでは、そろそろ行きますわね。ベンガヴァルで待ってますわ」

 そう言って機首をベンガヴァルに向けた親友に、フレミングは背後から声をかけた。

「うん、後でね」


******************************


 赤髪マルーンの中隊長を乗せた救難ヘリが第2滑走路に着地するや否や、D-12格納庫ハンガーから中隊メンバーが飛び出してきた。特設中隊指令室に待機していたであろう操縦士パイロット達やその機付長達はともかく、整備クルーまでもがみな駆け寄ってくる。「自分の機体の整備メンテはいいのかなぁ」と少しく心配に思いつつ、みなが自分の無事を喜んでくれていることは素直に嬉しかった。

「みんな、心配かけてごめんね。ただいま」

「フレミングちゃん、おかえり」

「フレミーちゃん、よく帰ってきたわね」

「中隊長、指揮権、中隊長に返すぜ」

 それぞれに歓迎の意を伝えてくれる中、ゆるふわ金髪ブロンドだけは無言のまま俯いている。フレミングには親友が、心なしか肩を震わせているようにも見えた。いっぱい心配かけたからなぁ……

「キルヒー、どうしたの? 怒ってる?」

「怒ってなんか、いませんわ」

 そう言って顔を上げたキルヒーの、同期でも5本の指に入る可愛い顔がくしゃくしゃになっている様子が可笑しかったのか、つい赤髪マルーンが口を滑らせる。

「そんなんじゃ、折角の美人さんが台無しだよ?」

「誰のせいで、こんな……」

 周囲のみなが一斉に笑う。とにかく、今度の戦闘でも、フレミング中隊は1人の戦死者も出さなかったのである。こんなに嬉しいことは、他にそうそうあるものでもなかろう。


「お嬢、よく帰ってきたな」

「おやっさん……」

 おやっさんの顔を見ると一気に力が抜けた気になったのは、安堵感のせいか、それとも……

「おやっさんこそ、よく無事で。もうケガは大丈夫なの?」

 おやっさんは先の戦闘時に、自分を助けるために現地改修SAMランチャーロリポップファイヤーで出撃し、負傷したと聞いていた。

「あぁ、ケガは大したことなかったんだが、ついでにやりたいことがあったんでな……その、お嬢には心配かけたな」

 とにかくおやっさんが無事でよかった、と安堵したフレミングにおやっさんが追撃をかける。

「それにしても聞いたぜ、シン曹長のこと。あいつの綽名、お嬢が付けたんだって? こやっさんって、何だよそれ?」

「いいでしょ! こやっさんはこやっさんなんだから!」

 本人には必死の反撃のつもりであろうが、全く反撃の体を成していない。尤も、そんな反撃が許されるのも相手がおやっさんだからであろう。

「あぁ、そうだな。『お嬢』と『こやっさん』ってのも、そこそこいいコンビじゃねぇか……まぁ、オレの居ない間、よくやってくれた。シンもな」

 そう言ってシン曹長の方を振り返るおやっさんが無事帰ってきてくれて、肩の荷がひとつ減じた気がするフレミングである。

「そうだよ、こやっさんが頑張って、色々やってくれたんだよ」

 フレミング中隊の秘密兵器は全てこやっさんが創り上げてくれたんだから、と強く言いたい。その意をおやっさんは分かってくれたのであろうか。

「あぁ、シンもようやく技術者クリエイターとして育ってきたようだな……」

 おやっさんの一言は言われた本人よりもむしろフレミングの方をむしろ喜ばせたようであったことを、聖母マザーが雄弁に物語る。

「あら、フレミーちゃん、ようやく前の柔らかい笑顔に戻ったわねぇ~」


「で、おやっさん。サプライズって?」

「あぁ、それは格納庫ハンガーん中だ。今から見るか?」

 連れ立って歩く中隊長とその機付長の後から他の中隊メンバーもついていく。道中、金髪ブロンドの親友に肩を並べたフレミングが小声で問う。

「キルヒーはもう見たの?」

「いいぇ、まだですわ。だって、フレミーと約束しましたから」

 フレミングの知る限り、キルヒホッフがフレミングに嘘を言ったことはない。きっとキルヒーも未だ知らないのだろう。

「そっかぁ~、サプライズ、楽しみだね?」

 と言うフレミングにキルヒホッフが頷く。


 D-12格納庫ハンガーに入ると、常にはキャンディーマルーンの機体が駐機していたスポットに、何やらカバーの掛けられた戦闘機と思しきシルエットが見えた。

「このカバーは?」

 と問うフレミングに、ネル隊長が答える。

「何しろフレミー嬢は姫様に『先に見ちゃダメ』と仰いましたから」

「ったく、大変だったんだぜ、急遽カバー用意すんの……」

 不貞腐れ顔のおやっさんに、フレミングは笑顔で謝する。つまりこのカバーの中身がサプライズなのであろう。

「開けてもいい?」

 まるでお誕生日プレゼントをもらった子供のようなはしゃぎ声をあげるフレミングに、その子守役機付長が、こちらも嬉しそうに大声を上げる。

「カバー、降ろせ!」

 数人の整備士メカニック達が一斉にカバーの裾を引っ張ると、中から真新しい機体がお目見えした。


「この子……」

 中身はマルーンの地にラメ入りのキャンディー塗装をしたAMF-75Aであるようだが……

「この子、どっか違うよねぇ?」

 そう言ってフレミングは機体各部を眺める。双発エンジンとカナード付前進翼に2枚の垂直尾翼を持つ大型の外見シルエットはAMF-75Aとそっくりである。機体上面から主翼につながるなだらかな曲線や、機首からコクピットを通して尾部まで流れるラインが貴婦人のような美しさを保っているところも、AMF-75Aと瓜二つである。しかし……コクピットブロックの形状が少し異なるようであることに、フレミングは気づいた。風防キャノピーがAMF-75Aよりは少し、前後方向に長くなっているようである。

「この子、コクピットブロックが……?」

 操縦士パイロットの疑問に、その機付長が嬉しそうに答える。

「そう、コイツは複座のAMF-75E、電子戦専用機だ」

「複座? 電子戦?」

 目を丸くしながら繰り返す中隊長を、横から金髪ブロンドの親友がフォローする。

「電子戦。相手のレーダーを妨害したり、あるいは敵に妨害されるのを阻止したり、要するに、電子的に戦場を支配するための戦闘を行う機体ですわね」

「あぁ、その通りだ、ヒメさん。コイツはAMF-75Aのバリエーションのひとつでな。基本スペックはAMF-75Aと同じだが、電子戦に特化して、より強力なコンピュータとレーダを搭載してある。前にベンガヴァルには1機の予備機が着いただろ? アレをオレが預かって、コーラルで電子戦用に換装してきた」

 ここ数日の心労の種はここにあったのだ、と気づいたフレミングが問い詰める。

「さっき言ってた『ついでにやりたいこと』って、まさか……」

「まぁ、そういうこった。あぁ、校長閣下の許可は取り付けてあるから、安心しろ」

 そう言えばあの時司令官閣下も「チャンドール准尉のことはこちらで確認する」とか言っていたし、2人はグルだったのかなぁ……? フレミングが向けるふくれっ面に、おやっさんはカラカラとした笑声で応える。


「でもさぁ~」

 ケプラーが清流のような透明感のある声で、魔女が作るという秘薬のような毒舌を振るう。

「フレミングちゃんに電子戦なんて、ホントにできるの? ファーレンハイトちゃんが聞いたらきっと『まじ受けるし』って言われちゃうよ?」

 尤も、桜色SAKURAの口真似をする水色ライトブルーの疑問は、この場にいる全員が共有している。

「えぇ~、それってちょっとヒドくない?」

 と言い返すフレミングでさえ、ホントは自分には無理だと感じている。しかしそんな疑問を、おやっさんはあっさりと解消してくれた。

「あぁ、そんなの無理に決まってる。だから複座なんだろ? 紹介するぜ!」

 おやっさんの声に応じて、ゴールドスカーフの士官が現れる。


「マルコーニ先輩?」

 春摘ファーストフラッシュ新芽オレンジペコーで淹れたような淡く上品な紅茶色ダージリンのポニテールは、まさしくマルコーニ先輩のものであった。マルコーニ先輩はカンナダ模型部で1学年上の先輩である。ほぼ無口で誰に対しても愛想を振り撒くことがないと言われるマルコーニ先輩は、航空士官学校ベンガヴァル入学後、2学年時後期からは電子戦課程を専攻してコーラルに移っていた。フレミング中隊ではガリレイ先輩も無口と評されているが、2人の無口はその種類が異なる、とフレミングは感じていた。ガリレイ先輩の無口が『自信に裏打ちされた職人の無口』であるならば、マルコーニ先輩の無口は『事実に裏付けされた科学者の無口』とでも言えようか。ガリレイ先輩が「自信の無い者ほどよくしゃべる」と考えているとすれば、マルコーニ先輩は「憶測で者をいうのは科学的態度ではない」と考えているのではなかろうか。そんな2人の無口に共通するのは、いずれもプロフェッショナルとしての矜持を抱いていること。フレミングはそのように2人の無口な先輩を評しており、それは2人の先輩に対する尊敬の念であった。


「マルコーニ先輩、お久しぶりです。フレミングです」

「久しぶり」

 マルコーニ先輩の言葉は短い。しかしそれは自分に興味が無いことと同義ではないということを、フレミングはよく知っている。マルコーニ先輩はいつもフレミングのことを見てくれている。そのマルコーニ先輩が後ろに居てくれたら、どんなに安心できるだろうか?

「おやっさん、もしかして複座って、マルコーニ先輩と?」

「あぁ、そうだ。マルコーニ少尉にはフレミング機の後席についてもらう。いわゆる情報インフォメーション士官オフィサーって奴だな」

 マルコーニを知るキルヒホッフは安堵の表情を浮かべるが、水色ライトブルー蜂蜜色ハニーイエローも、よく様子が見えないような表情のままである。中隊の不安を払拭するかのようにキルヒホッフが、敢えて高らかに宣言してマルコーニを中隊に迎え入れる。

「マルコーニ先輩が後席ならフレミーでも安心ですわ。ワタクシが保証いたします」

「マルコーニ先輩、よろしくお願いします」

 フレミングの挨拶に、マルコーニが短く答える。

「よろしく」


「あとはさぁ、おやっさん。違うのはカラーリングくらい?」

「あぁ、そうだな」

 おやっさんの短い返答に、ロリポップ小隊の面々が次々に声を挙げる。

「主翼の縁取りは、アンティークゴールドですわね」

「見て見て! 垂直尾翼には、水色ライトブルー桜色SAKURAのピンストライプが入ってる!」

「カナードはマルーンと蜂蜜色ハニーイエローのグラデーションねぇ」

「コクピットブロック」

 マルコーニ先輩が短く呟く。機体上面、コクピットブロックを挟んで前端から流れる2本の紅茶色ダージリンのラインは、ゆるやかな曲線を描いて機体尾部まで繋がっている。ロリポップ小隊6人のカラーをモチーフにした新しい意匠のAMF-75Eがそこにはあった。

「今日からフレミングちゃんの機体は『ロリポップマルーン』だね」

 ロリポップ中隊の自称カラーデザイナーおしゃれ番長が、カラーリングの指定をし損なった鬱憤を晴らそうとばかり、中隊長機に新たなパーソナルカラー名を与えた。


「でさぁ、おやっさん。ロリポップマルーンはいいんだけど、どうして電子戦専用機なんかに換装したの?」

 チャンドールは軍上層部でもその才を高く評価されている技術者エンジニアであり整備士メカニックである。この局面-バーラタは今のところ連敗中なのである-において興味本位で機体を弄る、とはとても思われない。フレミングの支援サポートをシン曹長に任せてまでこの機体の換装を行った裏には、何か大きな理由があるはずであった。みなが固唾を呑んでチャンドール准尉の返答を待つ。そんな周囲の反応を充分に堪能した後、おやっさんは口元ににやりと笑みを浮かべながらこう言い放った。

「そりゃぁ、決まってんだろ、お嬢。反撃だ!」

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