第39話:空戦の基本ってね、私は相手のエネルギーを先に奪うってことだって思うの

 翌19日0800時。朝食を終えたフレミング中隊のパイロットとその機付長達がD-12格納庫ハンガーに仮設された会議室ブリーフィングルームに集合した。この会議室ブリーフィングルームは前夜、こやっさんの発案により彼とネル隊長が設営してくれたものである。格納庫の隅をパーティションで仕切った一画に、3面スクリーンを正面に長テーブルが3列-小隊別にテーブルにつくことになろう-設置されている。各テーブル天面にはタッチパネル付きワイドモニターも埋め込まれており、地図情報をはじめとする各種情報を共有することができる仕様だ。また正面横には司令卓も設置されており、中隊各機が出動中には中隊指令室としての機能-中隊各機の状況モニタや情報伝達等-も提供できるように配慮されている。次回の出撃時からは、中隊隷下各機付長はみなこの会議室ブリーフィングルームに詰めて戦況を見守ることになろう。


「今日からは、中隊12人で訓練を行うからね」

 冒頭、フレミングは会議室ブリーフィングルーム正面に立って宣言する。既にそのことはよく承知している全員が軽く頷くのを確認しながら、フレミングは隊員を気遣う様子を見せた。

「みんな、昨日はちゃんと眠れた? 初めて組む人もいるけれど、だからこそ訓練するんだからね!」

 同期生以外とは初めて小隊を組むことになる新任の4人は、特に不安に感じているところであろう。何しろそのことは、つい先日同じ経験をした中隊長本人が一番よく知っているのだ。

「何だ、中隊長も以外と気ぃ遣えるんじゃねぇか?」

 場の雰囲気を少しでも和まそうと考えてくれたのか、パパン小隊長が声を挙げる。自分の指揮下に入った後輩達の不安を、パパン先輩なりに払拭しようとしてくれているのであろう。

「トムソンもマイトナーも優秀なパイロット」

 普段は無口なガリレイ先輩も、昨日は3人の小隊メンバールームメイトと夜遅くまで話し合っていた、と聞いている。マイトナーはすでに「レイ先輩」などと呼んでいるようであるが、相変わらず誰もその綽名を採用してはくれていない様子である。「まぁ確かに『ガリ先輩』よりはいいけど、そこまでして綽名を付ける必要はあるのかしら……?」というのが、その話を聞いたフレミングの正直な感想である。


「それでね、訓練の前にみんなにお伝えすることがあるの。こやっさん、詳しい説明をお願い」

 そう言ってフレミングはシン曹長に説明を引き継ぐ。指名されたシンが自席から立上り、会議室ブリーフィングルーム正面で説明を始める。

「えぇ、これはお嬢の命令で、ネルクマール准尉にもご協力頂いて、あぁ、おやっさん、チャンドール准尉には未だ……」

 こやっさんなりに色々と気を遣っている様子だが、前置きだけで午前の訓練時間が終了しそうな勢いである。そう不安に感じたフレミングが口を挟む。

「こやっさん、気遣いありがと。でも、今はそういうのはいいから、説明をお願い」

 そう言われて頭を掻きつつ、シンが本題に入る。

「実はみなさんの機体には、新たに2つの機能を追加しました。ひとつは空域エリア脅威度スレット判定エヴァリュエーションプログラム、もうひとつは隊長リーダー航路パシュート予測プレディクトシステムと名付けております」

「エリア……何だって?」

 パパン先輩のこういう突っ込みは、いきなり新しい固有名詞を投げかけられたこのミーティングの参加者達に、一瞬の思考の間を取り戻させることに成功する。少しおいてシン曹長が説明を続けた。


「失礼しました。そうですね……まずひとつめの空域エリア脅威度スレット判定エヴァリュエーションプログラムですが、これはみなさんの全周戦術情報表示装置HMD戦闘コンバット空域エリア脅威度スレットを色分けして投影表示する仕組みです。敵の配置と味方の配置から危険な空域と安全な空域を判定して、それぞれを赤、橙、緑、青の4色で表示します」

「フレミーちゃん、凄いこと考えたわね」

 聖母マザーが優しい笑みを赤髪マルーンに向ける。嬉しそうにはにかむ中隊長を見て自分も嬉しくなったのか、シン曹長の声も心持ちトーンが上がったようである。

「えぇ、お嬢の発案で……赤は危険、橙は警戒、緑は通常、青は有利、の意味になりますので、みなさんはできるだけ緑から青の空域エリアを占位するように機動マヌーヴァするのがよろしいかと愚考します」

 シン曹長の説明に、みな納得している様子である。空域の脅威度が目に見えて判別できるるのであれば、パイロットにとってこれほど有難いものはないであろう。


「それから、2つ目の隊長リーダー航路パシュート予測プレディクトシステムですが、こちらはみなさんの全周戦術情報表示装置HMD上に隊長の予測進出地点を図示する仕組みです。隊長機の各種諸元を元に航路パシュートを計算して表示しますので、みなさんの機動の参考にしてください」

 この機能は特に、4人の新任パイロット達に歓迎されたようである。初めて組む小隊長との連携に不安を感じている彼女達にとって、小隊長の進出地点が予測できることは大きな安心材料となろう。

「レイ先輩、私、頑張ってついていきます」

 席次68位、『基本に忠実に過ぎて機動が読みやすい』との評価ゆえに席次を下げているマイトナーの、古代洞窟壁画に用いられた顔料のように生々しい辰砂色ヴァーミリオンの髪が力強く上下に揺れる。無論、ファントムのことを『レイ先輩』などと呼ぶのは、この地球上でマイトナーだた1人である。


「みんな、今更で悪いんだけど、もう一度確認ね。空戦コンバットの基本って何だっけ?」

 こやっさんから再び説明を引き継いだフレミングが中隊メンバーに問う。

「見敵必殺!」

「パパン先輩、それを言うならファストルック・ファーストキルじゃないですか?」

 瞬間湯沸かし器ボイラーの気合に訂正を入れた水色ライトブルーに、フレミングが答える。

「う~ん、確かにそうなんだけど、私達の戦場はレーダーが支配してるわ。もうお互いに相手の位置は認識しているのだから、先に発見するというのは、私達の仕事ではないかも……」


「風にのって後ろを取ること、かしら?」

 カルマンが、空気を読むことを得意とする彼女らしく、中隊長の意図を読みながら先の説明を演繹して意を述べる。

「そう、そんな感じなんだけど、必ずしも後ろじゃなくてもいいのよね?」

 黒赤RougeNoirハーフが一瞬のひらめきを表情に表す。

「High & Low」

 恐らく敵機との高度差のことを言いたいのであろう。相変わらずナソなプランクの言葉ではあるが、そこからにヒントでも得たのであろうか、ゆるふわ金髪ブロンドが口を開く。

「敵より有利なエネルギー状態を保つこと、ですわよね?」

「そうなの、キルヒー」

 親友に意思が通じることは、やはり嬉しいことである。華やかな笑顔を見せながらフレミングが続ける。


「空戦の基本ってね、私は、相手のエネルギーを先に奪うってことだって思うの」

 中隊長の意見にみな無言で頷く。尤も、中には不信げな表情をしている者もおり、

「まさか、フレミングがそんな常識的なことを言うなんて、思わなかったわ」

 と、トムソンなどは惜しげもなく正直な感想を述べる。トムソンは席次41位と、席次では39位のフレミングより下位に甘んじているが、それはフレミングの飛び抜けた実技試験の成績-航空士官学校ベンガヴァル歴代1位の特A++-によるものであり、全科目50点のフレミングと、筆記試験では大差をつけているのである。

「えへへ、そうぉ~。私も少しは成長したのかなぁ~」

 この場にいる誰も「褒め言葉じゃないから」などという無粋な突っ込みは入れなかった。尤もそれは、中隊長への礼儀からというよりは、フレミングの能力を認めてのものであったろう。噂によればフレミングの筆記試験は、正答率そのものは高かった-途中の証明が全くなかったがゆえに大幅減点されたのだ-という。赤髪マルーンの落ちこぼれは、しかし直感的に空戦の本質を見抜いているからこそ、胸に祈十字章ブレッシング・クロスの徽章を光らせているのであろう。


「私思うんだけど、敵機を排除するのに、ミサイルも機銃弾も要らないと思うの」

 ばら撒き女王ブロードキャスターが意外そうな顔をしてプランクギャンブラーと視線を交わすのを見たフレミングは「この2人、同じ小隊にしなくて良かったぁ」と内心で安堵する。今のところはバランス重視の小隊編成に自身を深めた中隊長である。そんな中隊長の自論の詳しい説明を、瞬間湯沸かし器ボイラーが要求する。

「でもよぉ、中隊長、ミサイルも機銃も使わなきゃ、敵機を墜とせねぇだろ?」

 あるいはパパン先輩は自分の意図を分かった上で、それを中隊全員に理解させるために敢えて正論を投げる役を務めてくれているのかもしれない。頼れるお姉ちゃんに謝意を表し軽く頭を下げた後、フレミングが会議室ブリーフィングルームの全員に伝えるように声を張る。


「そう、パパン先輩の言う通り、もちろん最後はミサイルや機銃が必要なんです。でも、いきなり射ってもダメなのはみんなも知ってる通り。射つのは必中の態勢を採ってからでないと、ね」

「そのためにはまず、相手のエネルギーを奪わないといけませんわね」

 ゆるふわ金髪ブロンド赤髪マルーンの意をフォローしてくれる。親友に微笑を混じえた視線を送ってからフレミングは続ける。

「だからこの、エリア……何だっけ? まぁ、名前はともかく、空域エリア脅威度スレットの可視化なの。こやっさんも言ってた通り、できるだけ青いところにいるようにすれば、それだけで私達は敵のエネルギーを奪うことができるわ。逆に赤いとこにばっかりいたら、先にやられちゃう。だから、青いところにいることだけを中隊の目標とするわ」

「つまり私達は、敵を追い詰めることを意識しなくてもいいってことね、フレミングちゃん」

 清流のように透明感のある声が、中隊メンバーの思考と指向を単純化する。敵を追う、有利な態勢を取る、敵を追い詰める、今やそういう難しいことを考える必要は無くなったフレミング中隊のメンバーである。『常に青いところを目指す』というシンプルな目標を予め設定しておけば、戦場で逐一中隊長の意図を説明する手間は省けるであろう。


「ガリレイの進路が予測できれば、トムソンもマイトナーも安心?」

 ガリレイ先輩が自小隊に配属された新任少尉2人に隊長リーダー航路パシュート予測プレディクトシステムの有効性を確認する。昨夜はそのことについて遅くまで議論を続けていた4人の小隊メンバーである。名指しされた2人とも、小隊長の目を見据えながら力強く頷く。

「ガリレイ先輩はたまにトリッキーな動きをすることがあるけれど、2人とも大丈夫だよね?」

 フレミングは安心したように頷き、次に視線をボースとミリカンに向ける。パパン小隊の2人の新任少尉も頷いてみせた。

「じゃぁ、あとは訓練ね。シミュレータ訓練でもさっきの2つの機能を使えるように、こやっさん達にはお願いしておいたわ。ファラデー先輩の中隊との対戦で、まずは実際に使ってみましょ。それと、整備士メカニックのみんなは、操縦士パイロットのみんなが早くこのシステムに慣れるよう、サポートしてあげて。以上!」

「了解!」

 中隊メンバーが一斉に立ち上がり敬礼する。答礼するフレミングの顔に浮かぶのは今や、慣れない受礼がための照れ笑いではなく、自身が考案した新機能の実戦訓練に臨む高揚感であった。

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