第37話:どうして、私の中隊だけ……

 同日1600時。000Wトリプルゼロウィングの3人の中隊長は再び、司令官室への出頭を命じられた。司令官室に続く廊下を3人並んで歩く。今日は3人とも制服姿であった。

「やっとクリーニングから返ってきたのか、フレミング?」

 高校時代からの憧れの先輩に、赤髪マルーンが笑顔で答える。

「そうなんですよ、ファラデー先輩。だから今日はちゃんと……」

 一昨日には張りつめた表情のままパイロットスーツ姿で司令官室に出頭したフレミングであった。その時にはひどく落ち込んだ様子であった赤髪マルーンの中隊長が、今日はにこやかに笑みを見せている様子に安堵でもしたのであろうか、高校時代にはライバル校の先輩だったテイラーが軽口を言う。

「って言っても、ブルースカーフのままじゃねぇか」

 未だに士官用のゴールドスカーフは受領できていない42期生達である。さすがにスカーフ無しという訳にもいかず、相変わらず3号学生を表すスカイブルーのスカーフを着用しているフレミングである。


「愛機にはあれだけ撃墜マークが飾られて、その上本人は勲章までぶら下げてるってのに、な」

 多少あきれたような口調のファラデー先輩である。何しろキャンディーマルーンのAMF-75Aの、その機首左側には既に、鷲を模した航空士官学校ベンガヴァルの校章が5つ-これは空戦実技競技会マヌーヴァオリンピア優勝の特典スコアであった-描かれているのであるが、これからその機首右側には、先の戦功スコアを表す8つのマーク-図案は任意であり今のところは未定である-が新たにあしらわれることになっているのだ。左右合計13個-これは今後増えることはあっても減ることはない-の撃墜マークは、フレミングがバーラタのトップエースであることを如実に語っている。しかしその大エースは今のところ、スカーフの色だけはスカイブルーひよっこ色のままなのである。


「えへへ、面白いでしょ、先輩? もういっそ、今年中はこのままでもいいかな、なんて……」

 濃い水色ヘブンリーブルーの先輩とハネハネ金髪ブロンドショートの先輩に視線を交互に向けながら、赤髪マルーンの後輩が明るく言い放つ。場合によっては戦功スコアを自慢しているとも取られかねない赤髪マルーンの発言ではあるのだが、そんなフレミングを高校時代からよく知るファラデー先輩は、労うような口調で後輩の可愛い自慢話に賛意を示してやる。

「あぁ、フレミングにはその方が似合ってる」

 無論両先輩ともこの可愛い後輩が、本来であれば未だ候補学生カデットであったことを承知している。学生時代というものはあっという間に過ぎ去ってしまうものである、ということを今やよく理解する2人の卒業生である。赤髪の後輩にとってはその時間が更に短くなってしまった。そのことに同情を禁じ得ないのであろう。せめてスカーフだけでも……と、後輩のそんな感傷が分かる先輩達であった。


******************************


 司令官室に入り敬礼する3人を見て、パルティル司令官は笑顔を見せる。恐らく、フレミングの表情に柔らかさが戻ったことを見て取ったのであろう。

「フレミング大尉、休暇はどうだったか?」

「はい、とってもおいしかったです」

 パルティル司令官の柔和な口調に少し油断したのであろうか、つい余計なことを口走るフレミングであるが、司令官からはお咎めがないばかりか、意外な言葉が返ってきた。

「私も若い頃はスイーツに目がなかったものではあるが……」

「えっ、校ちょ……司令官閣下もですか?」

 いつもは怖い司令官閣下が実はスイーツ好き、という事実に気が緩みそうになるフレミングを、パルティルが軽く窘める。

「あぁ。だが、スイーツもいいが体重管理はしっかりな。操縦士パイロットも、戦闘機ファイターから見たら荷重ペイロードだということだけは忘れないように」

「はい、閣下!」

 そう言って敬礼するフレミングにパルティル司令官は答礼のかわりに笑顔を返した。


「閣下、そろそろ本題を」

 ウェーバー副司令官がパルティル司令官に水を向ける。「そうだな」と言っってパルティルは表情を引き締めた後、3人の中隊長に向かって口を開いた。

「さて、貴官らの努力によって先の、敵の第二次攻撃はこれを退けることに成功したが、我が方の被害も甚大であったことは貴官らも承知の通りである」

 フレミング達は未だ第00防衛航空軍クリシュナの損耗状況を正式に知らされていなかった。しかしながらベンガヴァルの食堂ダイナー寮舎レジデンスで先輩・ベテラン操縦士パイロットを見かける数が圧倒的に少なくなった事実から、その損耗状況は容易に推測される。恐らくば……ほぼ壊滅状態に違いない。

「まず第001防衛飛行群001Wであるが、こちらは31機のAMF-35Aが出撃、うち帰還3」

 損耗率9割という事実に衝撃を受けた3人は、まるで呼吸を忘れたかのように口を閉じる。

「次に第010防衛飛行群010Wだが、こちらは57機のAMF-60Aが出撃、うち帰還34」

 001Wに比すれば少ないとは言え、こちらも4割近くの損耗率である。いかに両飛行群が先行部隊であったとは言え、ここまで損害の出るものであろうか。

「恐らく彼女らは、貴官ら若い操縦士パイロットを守るため、自ら盾となってくれたのであろう……」

 パルティル司令官の伝達を遮ってそう言ったウェーバー副司令官は、まるで戦死者の冥福を祈るかのように軽く目を閉じる。戦死した者の中には、ウェーバー教頭の教え子や、あるいはかつて共に翼を並べた戦友も多かったのであろう。フレミングも辛いが、もしかしたら校長先生や教頭先生はもっと辛いのかもしれない。ウェーバー副司令官の言葉に、はじめてそのように思えたフレミングである。

「最後に貴官ら第000防衛飛行群000Wだが、ノビーリ大尉、ペラン大尉、クーロン大尉の3人を失った」

 少し間を空けて口を開いたパルティル司令官の言葉に、3人は無言で頷く。他の2飛行群と異なり、000Wの戦死者は「損耗率」という記号ではなく、個別の名前で呼んでくれた司令官の心遣いがフレミングには嬉しかった。


「そこで第00防衛航空軍クリシュナ隷下各防衛飛行群は再編しなければならない訳であるが、その方針について伝達するために貴官らには出頭してもらった」

 ウェーバー副司令官が本題を告げた後に続ける。

「まず001Wであるが、これは残念ながら既に集団としての戦力を期待できる状況にない。またAMF-35Aについては他部隊からの転用も期待薄であるため、当面はこちらの再編を放棄する」

 ウェーバー副司令官が淡々と、事務的な口調で話を進める。

「次に010Wであるが、こちらは他部隊から機体と操縦士を補充してもらい、48機4個中隊に再編する予定である。恐らくは本日以降、順次着任するであろう」

 こういう伝達事項は、あるいはパルティル司令官よりウェーバー副司令官の方が向いているのかもしれない。それは性格に起因するものであろうか、それとも職階によるものであろうか。判然とはしないものの、恐らくは両方ともがその理由なのだろうとフレミングは思う。決断する責任と伝達する責任は分けた方がいい。いくら将官とは言え、やはり1人の人間なのだ。苦痛も苦悩もあるのだろうし、分け合えるのであればその方がよいに決まっている。


「さて」

 ここで再びパルティル司令官が口を開いた。次は当然000Wの件に決まっている。それは、司令官自ら私達に伝えようとしてくれている、その司令官の心情がフレミングには嬉しかった。

「貴官らの000Wにも当然補充がある訳だが……」

 一旦言葉を止め軽く目を瞑った後、パルティルは改めて目と口を開いた。

「000Wには1個中隊が補充され、4個中隊48機の編成とする予定である。これに際し000Wは15機の新造AMF-75Aを受領する予定である。また、先のベンガヴァル空襲で損害を受けた5機のAMF-75Aも復旧を終え、000Wは現可動29機と合わせ稼働49機、うち予備機1となる予定である。尚、操縦士には42期生を中心に、不足分については先の2度の実戦で乗機を失った操縦士のうち、機種転換訓練を受けた者を充てる予定とする」

 ここまで一気にまくし立てた上で、司令官はしばし口を閉じた。3人の中隊長はそれぞれに、ただいまの伝達事項を反復している。48機編成ということは、フレミング中隊も3個小隊編成になるのであろう。小隊編成はどうなるのかなぁ、とフレミングは自問する。


「さて、まずは貴官らに新しい中隊長を紹介しよう」

 しばしの沈黙を破って司令官はおもむろに口を開くと、控室に向かって声をかける。

「入れ!」

 控室から出てきて司令官に敬礼を見せる将校の、その紫水晶アメジストのように見た者を魅入らせる紫紺ディープパープルの髪には見覚えがあった。

「マクスウェル先輩!?」

 司令官閣下の前であるというのに思わず声をあげる赤髪マルーンの中隊長であるが、しかしそれを咎める者は誰もいなかった。

「マクスウェル大尉、貴官らもよく知っている仲であるな?」


 ウェーバー副司令官の言葉にフレミングは無言で頷く。マクスウェル先輩はカンナダ女子高模型部で1学年先輩だった。ファラデー先輩が卒業した後は模型部をよくまとめて-いたと本人は思っているらしい-くれていた。「火力は正義」が信条のいわゆる乱射狂トリガーハッピーで、引き金を引いたら離さない。航空士官学校ベンガヴァル時代の演習でも、常に機銃弾は撃ち尽くしていたという強者(?)である。何故そんなに機銃に拘るのか、その理由を聞いたフレミングにマクスウェル先輩は、こう言ってのけたものである。「だって、ミサイルなんかで墜としてもつまんねぇだろ? やっぱ、相手の未来位置を予測して、風を計算しながらそこに撃ち込むって方が萌えるじゃねぇか」、と。


「よっ、フレミング、久しぶり。ファラデー先輩も変わらず」

 そう言って軽く手を挙げるマクスウェルにフレミングは笑顔で答える。

000Wうちがそのうちカンナダ模型部閥になるなんて、うちはご免だからな」

 くせっ毛ショートの金髪ブロンドをハネハネさせながら口を挟むテイラー先輩の横に並びながら、マクスウェルは懇願するような口調でテイラーに返事する。

「そんな冷たいこと言わないでくださいよ、テイラー先輩。アタシが来たからには火力充実。一緒に敵を蹂躙しましょう」

 この火力馬鹿、とでも思ったのであろうか。ファラデー先輩が珍しく軽口をたたく。

「相変わらずだな、マクスウェル。そんなに火力が欲しければ、爆撃機ボマー乗りにでもなればよかったではないか」

 面倒な奴が来た、とでも言わんばかりのファラデー先輩の口ぶりを批難するように、マクスウェル先輩は矛先をフレミングに向ける。

「ファラデー先輩は連れないなぁ~。なぁ、フレミング、AMF-75A新型のペイロードってAMF-60A旧型の倍以上なんだろ? まさにアタシ向きじゃねぇか、くぅ~」

 一番下の後輩としてはどちらか一方の先輩の肩を持つ訳にもいかず、「えへへぇ~」などと中途半端な笑顔を見せながらフレミングは、「こういうの、何か懐かしいなぁ」と感じていた。


「再会の挨拶はその辺でいいだだろう。そういう訳で、000Wトリプルゼロウィングの4つ目の中隊はマクスウェル大尉に率いてもらう」

 司令官の伝達に4人の中隊長は揃って敬礼で答える。あとは、パイロットの補充と小隊長の選抜であるが……

「さて、補充パイロットの名簿を配布する」

 そう言ってウェーバー副司令官は4人の中隊長に資料ペーパーを配布した。それぞれが目を通す様子を司令官と副司令官は沈黙を守りながら見守る。各中隊それぞれに、新たに配属されたパイロットの名前が記載されている。特筆すべきであるのはマクスウェル中隊にはマクスウェルを含めて6人の41期パイロットが配属されていることに比してフレミング中隊には4人の42期生が追加されただけであることと……


「質問してもよろしいですか、閣下?」

 赤髪マルーンの中隊長の挙手にパルティル司令官は黙って頷く。

「どうして、私の中隊だけ……」

 ファラデー中隊、テイラー中隊の場合は戦死したパイロットの補充なので、元の小隊編成のまま新しいパイロットの名前が替わりに記入されただけであった。一方、新しく編成されたマクスウェル中隊は、小隊編成まで含めて指示されている。そのどちらでもない、1個小隊の補充となるフレミング中隊の場合であるが、資料ペーパーには「中隊長 フレミング大尉」とあるだけで、残りの11名については名前と階級は記載されているが、小隊編成については一切指示が無かった。これは何かのテストなのだろうか? もしこのテストに正答できなければ、自分は中隊長の任を解かれるのではないか。そう不安に思ったフレミングは聞かずにはいられなかった。

「先輩達の中隊は小隊編成まで指示されているのに、どうして私の中隊にはそれが無いのでしょうか?」


「あいかわらずフレミングは心配性ですね。別にこれはあなたをテストしてる訳ではありませんから、安心しなさい」

 パルティル校長は意外と落ちこぼれの心理を理解しているらしい。「もしかして、本当は校長先生も落ちこぼれだったんじゃぁ?」と思いかけて頭を振る。そう言えばパルティル司令官は航空士官学校ベンガヴァル8期首席だったと聞いたことがある。だからこそ中将まで昇進し、航空宇宙軍の背番号ながら防衛航空軍団司令官の座にあるのであろう。それなら何故?

「フレミング大尉。貴官の中隊は目覚ましい戦果を挙げており、中隊内の連携もよく取れている」

 口調を司令官のそれに切替えたパルティルがフレミングの疑問に答える。

「私はただ、無暗にここに新たな1個小隊を追加することが、貴官の中隊の連携を損ねることを恐れているのだ。この小隊追加編成は、中隊の実情に合わせたものにするべきである、とも。そこで貴官の意見を編成に取り入れようと考えた結果、現在のところ貴中隊の小隊編成は白紙に据え置いた、ということだ」

 少し俯いた後、パルティル司令官が続ける。

「貴官には編成という責任を押し付けることになって申し訳ないと思っているが、貴官なりの考えで中隊編成を具申して欲しい。無論、全責任は私が取る」


「何だ、司令官からえらく信用されてるなぁ、フレミング」

 茶化し気味に口を開くマクスウェルを、ファラデーが指摘する。

「当たり前だ、マクスウェル。あれだけの戦果を挙げ、なおかつシミュレータでの中隊連携訓練まで発案したのだからな」

 無論、そのようなことは言われなくても互いに理解している2人である。そして両先輩が可愛い後輩を気遣って言ってくれていることを、赤髪マルーンの中隊長もよく理解している。

「引き受けてくれるだろうか、フレミング大尉」

 再び要請-これは命令でも指示でもなかった-する司令官に、フレミングははっきりとした声で答えた。

「ありがとうございます、司令官閣下。私なりに考えてみます」

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