第36話:シン曹長のことは今日から『こやっさん』って呼んで頂戴!
休暇が明けた18日0600時。クリーニングから戻ってきた制服にスカイブルーのスカーフ-何故かゴールドスカーフは未だ支給されていなかったのだ-と
「おはようございます、お嬢。休暇はどうでしたか?」
「おはよ、シン曹長。みんなばっかり働かせて私だけお休みもらって、ごめんね。はいこれ、お土産」
そう言ってフレミングが紙袋を手渡す。昨日みんなで行ったお店で買ってきた
「お嬢、ありがとうございます。これ、みんなで頂きます」
「うん、それより、シン曹長も体壊さないようにね」
おやっさんに替わって今はシン曹長が
「自分らは慣れっこですから……それよりもお嬢、今日は珍しいですね、制服なんて」
このところパイロットスーツを着てばかりであったフレミングが、シン曹長には久しぶりと聞こえる笑声をあげる。
「そうなの、やっとクリーニングから帰ってきたのよ。どうせ休戦期間中なんだし、たまには制服もいいかな、って思って……どう?」
そう言ってにこやかにその場でターンするヒメを見て、ここのところ張りつめた様子だった
「
「そうでしょ? えへへ……いいでしょ、これ?」
ひとしきりはしゃいで見せた後、中隊長の顔に戻った
「それでね、シン曹長。相談があるんだけど……」
「何でしょう、お嬢」
こちらも真顔に戻ったシン曹長が答えるが、シンはこういう時の勘が鋭いと見える。お嬢から何か新しい奇抜なアイディアが指示されるとでも予感したのか、シンの表情から内心の興奮を読み取ることは容易なことであった。彼も根っからの
「
敵戦闘機群の機数や機種・武装、高度や速度・方位角と自中隊のそれとを比較し、メッシュ化された
「実は、自分も以前からそのようなことを考えていて……2.5km立方程度のメッシュで4段階程度の判定であれば、AMF-75Aの戦術コンピュータであればリアルタイムで判定可能だと思います」
我が意を得たフレミングは、瞳を輝かせながらまくしたてる。
「そう。そしたらそれを色分けして、
「それも可能です」
「それを、中隊みんなで共有することも?」
「もちろんです!」
「じゃぁ、
さすがに遠慮したフレミングは「どれくらいでできるか?」とは最後まで問うことができなかった。しかし、シンはそれにも即答する。しかも、嬉しそうな表情のままで。
「明日の朝一までには完成できます。実を言うと既に
おやっさんはシン曹長のことを「
「そう、それじゃシン曹長には徹夜続きで悪いけど、明日の朝までにお願いね」
「了解しました」
シン曹長が右手を額につけて敬礼する。
「それと、もうひとつ……」
「他に何か……?」
流石に
「スロットルやスティック、ラダーの動きと
しばし黙考した後、シン曹長が明快に返答する。恐らく、技術的な可能性だけでなく、人繰りと納期まで検討してくれたのであろ。
「それなら、先の
「そう、よかった。そしたら、小隊各機には小隊長の、各小隊長には中隊長の
「了解しました」
シン曹長の返答に、フレミングは満足そうに頷く。
「やっぱこういうのは、シン曹長に任せれば大丈夫よね、絶対!」
「ありがとうございます、お嬢。おやっさんが帰ってきたら、2人でびっくりさせましょう!」
結局フレミングが悩んでいたのはこういうことである。中隊各機に指示を与える際に、中隊長の意図を示すべきであるのか、あるいは各機の具体的な行動を指示すべきなのであるか。無論、両方できることが望ましいに違いない。しかし、戦闘機が
最初フレミングは、ひとつかふたつの必勝パターン-それであれば各自もすぐに習熟するであろう-を構築することを考えていた。しかしどう考えても、あらゆる状況に対応した必勝パターンなどあるはずがない。条件を複雑にすればするほどパターンも複雑化するのは当然のことであり、だからこそ、状況に応じた複数のパターンが用意されることの方が望ましいのだ。次に考えたのは中隊長の意図だけ簡潔に指示する方法であったが、やがてそれも不可能であると悟る。それこそ熟練パイロット同士の
だからフレミングは周りを頼ることに決めたのだ。具体的にはまず
あとは訓練よね。
全てのパターンなんて覚える必要もない。色分けされているのだから
「あぁ、それからみんなに伝えておくわ」
そう言って
「えっと、シン曹長のことは今日から『こやっさん』って呼んで頂戴! これはお願いね。今はおやっさんがいないけど、みんなこやっさんの言うこと聞いて、頑張ってね!」
機付長補とは言え、機付長以外の者が部隊内で共通の呼び名を付けてもらうことは稀である。それもヒメ直々に……いずこともなく拍手が湧きあがる。感極まった様子のこやっさんが、改めてお嬢に礼を言う。
「お嬢、ありがとうございます。『こやっさん』として、これからもよろしくお願いします」
その宣言を聞いたネル隊長が激励の言葉を加える。
「いつか『おやっさん』って呼ばれるように頑張ってくださいね、きっとチャンドールもそれを待ってますから」
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