第35話:明日、みんなで外出しない?
「で、新しい命令は何だった、中隊長?」
真っ先に
「ガリレイ達には小隊がひとつ足りない」
ガリレイの指摘する通り、フレミング中隊は2個小隊8機による変則編成である。1個小隊を受領する、というのは本来的にも、そしてフレミング中隊の活躍振りから見ても、これに相当する命令であろう。
「どの道、今は風待ちだし……」
「
相変わらずプランクの言葉の意味は不明瞭であるが、『
パパン小隊の喧噪を他所にフレミング小隊の3人は、どこか不安げな様子を見せる小隊長を気遣う。
「フレミー、どうかしましたか? 顔色が優れないようですわよ」
「フレミングちゃん、大丈夫?」
「フレミーちゃん、何か悩み事があるなら聞いてあげるわよ」
3人の
「みんな、ありがとう。私は大丈夫。それより……」
改めて中隊全員を集めたフレミングが、司令官から受領した命令を伝達する。
「
俯く中隊長を励ますかのように、パパン先輩が声をかける。
「40時間の休暇なんて、そうそうないぜ、中隊長。司令官閣下には感謝しなきゃなぁ!」
無論、パパンも本当は分かっているのであろう。であるからこそ、敢えて明るい声を挙げる者の存在も必要なのだ。小隊長の意が分かるプランクが追随する。
「中隊長、ギャンブルもいいんだろ!」
無論、どのような場合にあっても賭け事はご法度である。それは営の内外に関わらず、あるいは、休暇であろうとなかろうと関係ない。賭け事の現場が見つかれば軍紀違反で処罰されるのはバーラタにあっても常識ではあるが、毎夜の如くどこかで賭場が成立している現実も、それは古今東西変わらぬ兵営のあり様であるかもしれない。何しろ兵士達の仕事とは自身の命を掛けること、すなわちギャンブルが日常の一部なのだから。
「ガリレイ達はギャンブルはやらない」
「何だよ、ガリレイ先輩! 先輩の
「ガリレイは別に、プランクにベットしている訳ではない」
「連れねぇなぁ~」
幸いなことにフレミング中隊に賭場が立ったことは一度も無い。しかし、休暇中のビールの一杯、ケーキの一皿くらいなら赦されるような気もするフレミングは、そんなガリレイ先輩とプランクのやり取りをただ眺めている。きっと2人とも、私のことを気遣ってくれてるんだろうな……少なくとも、プランクの問いが中隊長の返答を待っていないのは自明であった。
「それでは18日0600時まで、
シン曹長-機付長補-の申し出に、
「うん、おや……ここはみんなに任せるわ。よろしくね、シン曹長」
おやっさん、と言いそうになり慌てて言い直す。「シン曹長の呼び名も考えなきゃ……」。ぼぅっとする頭の片隅でそんなことを考えるが、
******************************
結局のところフレミングは
その夜、
「フレミーちゃん、折角のお休みだし、今晩はみんなでパジャマパーティーをしない? この部屋でお喋りしながら夜更かしするのって、みんなにはいつものことかもしれないけれど、私には初めてのことだし……」
トリチェリ先輩がこの小隊に着任してから、まだ3日しか経っていないのだ。ゆるふわ
「そうですわね。このところ色々ありましたから、トリチェリ先輩の歓迎会もできていませんでしたわね」
「せっかく飲酒も許可されてるんだし、
いつになく積極的な
「ケプラー、ワタクシも一緒に……」
買い出しに出かける2人を見送ったトリチェリが、心配げに声をかける。
「じゃぁ私達は部屋の用意でもしてようか、フレミーちゃん」
「はい」
部屋の用意と言っても特段することも無い。簡易テーブルを引っ張り出したら、あとは先にパジャマに着替えるだけである。所在無げにしている後輩に、ケプラーのベッドに腰掛けたトリチェリ先輩-トリチェリの本来の
「フレミーちゃんは中隊指揮のことで悩んでいるんでしょ? 私では力不足かもしれないけれど、よかったら今何を悩んでいるのか、聞かせてくれない?」
慈愛溢れる
フレミングは
「フレミーちゃん、こっちにいらっしゃい」
今にもその双眸から大粒の涙が零れそうになっている後輩を自分の横に座らせ、その赤髪を優しく撫でながら、天使の歌声にも比される癒しヴォイスが語り掛ける。
「フレミーちゃん、中隊指揮や編隊運動については私よりフレミーちゃんの方が詳しいのだから、残念だけど私からアドバイスできることは無いと思うの。でもね、私から2つだけアドバイスさせてくれる?」
黙って頷くフレミングに、トリチェリが続ける。
「ひとつめはね、アイディアのこと。昔から言うでしょ。忘れるくらいなら大したことじゃない、って。今フレミングちゃんには、沢山のアイディアが浮かんでいるのよね? そして、明日になったらみんな忘れちゃいそうで怖いのよね? でも、明日になって忘れているようなら、それは正解ではないということではないかしら? きっと校長先生も、そのことをフレミーちゃんに伝えたいのだと思うわ」
敢えて『司令官閣下』ではなく『校長先生』というトリチェリである。
「それからね、フレミーちゃん。ふたつめのアドバイスはね、もっと周りを頼ってみたら、ってこと。中隊にはパパンちゃんもガリレイちゃんもいるわ。2人とも、あぁ見えて結構世話好きで……ガリレイちゃんなんて実は、弟が2人もいるのよ。知ってた?」
ガリレイはどちらかと言えば無口で他人には感心を示さないタイプかと思われたが、実は2人の弟を持つ世話好きなお姉さんだとトリチェリ先輩は言う。意外な感じがしたフレミングがトリチェリ先輩の瞳を覗き込むと、その目は優しくフレミングを諭してくれた。
「もちろん、私もできるだけフレミーちゃんの力になるわ。フレミーちゃんには3人もお姉ちゃんがいるの。そんなに一人で抱え込まなくても大丈夫。もっと頼ってくれてもいいのよ」
「はい……」
弱弱しく頷くフレミングに、トリチェリが加える。
「それに、
「そうですね……」
側に居て支えてくれる人がいることの何と嬉しいことか。
「ただいま戻りましたわ」
「PXまだ空いてたから、色々ゲットしてきたよぉ~」
そう言って2人は、ボトルやらおつまみやらをテーブルに手際よく並べ始める。
「フレミングちゃんのマルーンのように、赤みの深いシャトーワインを買ってきたの!」
水色が言うと金髪が応じる。
「フレミーの好きなチョコレートもありますわよ」
「フレミーちゃんって、シャトーワインとチョコレートの
意外そうな口ぶりで言うトリチェリに、思わず赤面する
「えぇ、トリチェリ先輩~、キルヒホッフちゃんが買ったのって、これですよぉ」
そう言ってケプラーが袋から取り出した戦利品をトリチェリに見せる。フレミングが好きなのは大人好みのダークビターではなく、お子様仕様のストロベリー風味であった……
「じゃぁ、栓開けますね」
と言ってコルクを抜いたケプラーがグラスを5つ用意する。
「ファーレンハイトもこちらへ」
察したキルヒホッフが口を開くと、ケプラーは嬉しそうに自分の机から写真立てを持ってきてテーブルに置いた。
「それで、何に乾杯するの?」
「トリチェリ先輩、ようこそ
と口を開き、
「ファーレンハイトちゃんにも献杯!」
と続け、
「みんな、これからよろしくね」
と応えた。こうして
「ファーレンハイトちゃんも含めて、私達は5人でロリポップ小隊よね?」
「はい!」
明るく答えるケプラーにはファーレンハイトの声が聞こえたような気がした。
「落ちこぼれ + 聖母 = ロリポップ……つか、聖母まじ最強っしょ!」
相変わらず俯き加減の親友の、その内心の焦燥が分かるキルヒホッフが、敢えて軽い話題を振る。
「ところでフレミー、シン曹長の呼び名は決まりましたの?」
おやっさんが不在の間、シン機付長補がその代理を務めている。シン曹長の呼び名を定めてしまうとおやっさんがもう戻って来ないような、そんな迷信じみた感傷に囚われたフレミングは、今のところその必要性を認めつつも敢えて思考の対象外に置いてきた。そんな親友の心情を理解するキルヒホッフが重ねて問う。
「心配しなくても、チャンドール准尉はすぐに戻ってきますわ。ですが、准尉が居なくなって一番不安に感じているのはシン曹長ではないかしら?」
ケプラーも援護射撃する。
「そうだよ、フレミングちゃん。フレミングちゃんがシン曹長の呼び名を決めてあげたら、みんなも喜ぶと思うなぁ~」
その意見に賛同したトリチェリがフレミングに問う。
「フレミーちゃん、シン曹長ってどんな方なの?」
名前を付けろ、と言われて急に浮かぶものでもない。こういう場合「どんな方なの?」と問うのは意外と有効な方法なのであろう。フレミングが少しづつ話し始める。
「シン曹長は……おやっさんと同じ、制御系が専門で……」
呟きながらフレミングは、以前シン曹長についておやっさんに聞いたことを想い出していた。
******************************
それはまだ2度目の出撃前のことであった。実際に現場で様々な最終チェックをしてくれているシン曹長について、おやっさんは彼をどのように評価しているのか、とフレミングが聞いた時のこと。おやっさんはシン曹長のことを『凄腕の
「いいか、お嬢、ヒメさん。
両者の違いは単なる所属部署や組織の違いかと思っていたフレミングが正直に問う。
「えっ、どっちも似たようなもんでしょ!?」
「いいや、全然違うんだ。だいたいお嬢はそんなことも分かんねぇのか?」
おやっさんの理不尽とも思える言い分を見かねたネル隊長が、援護射撃でもするように横から割って入った。
「チャンドール、自分にもよくわかりませんよ、そんなの」
「何だよ、ネルまで……ったく。いいか、お嬢。
「
突然の論旨展開、それも意味不明な比喩表現にオウム返しをするフレミング。
「そうだ。で、
「
そう言われてもちっとも納得できない様子の
「分かんだろぉ? ったく、おいネル。ちょっと上手く……」
解説役を渋々引き受けたネル隊長が、少しく考えながら話を始める。
「そうですね、フレミー嬢、姫様……そう、
キルヒホッフがその機付長に正直に答える。
「いいぇ、ネル隊長、ワタクシには……」
「それでは、ヒントです。お2人の飛行群の名称は……?」
問われたフレミングが反射的に答えるが、珍しく自身無さそうな様子である。
「
『ゼロ』と聞いたキルヒホッフが何かを閃いた、というような口調で続けた。
「ネル隊長、ヒントの鍵は『無』ということですわね? でも、それがどう……?」
姫様の傅役が主人の聡明さを確認して喜色を表すかのように、ネル隊長は大きく頷きながら解説を続ける。
「姫様の仰る通りです。
ネル隊長の言わんとすることがぼんやりと見えてきたキルヒホッフが相槌を打つ。
「どちらも『無』を見てるのですわね……」
ようやくネル隊長がおやっさんの意を解題してくれた。
「その通りです。今まで無かったものを新しく創り上げるのが
ようやく我が意を得たおやっさんは、最終的にシン曹長をこう評価した。
「まぁ、そういうこった。でシンはな、
******************************
シン曹長はおやっさんに心酔してるとも言ってたな、などと思い出しながら、フレミングが続ける。
「あとは……おやっさんより少し背が高いけど、おやっさんより少し痩せてて、おやっさんより少し年下で……」
「あらあら、それじゃぁまるで、『小さいおやっさん』みたいね、シン曹長って……」
トリチェリ先輩の何気ない一言に感じるもののあった
「小さいおやっさん……こやっさん??」
いの一番に反応したのはケプラーだった。
「こやっさんって、何か可愛くていいね、フレミングちゃん」
あの、シン曹長の評価を聞いた場に同席していたキルヒホッフも口を揃える。
「『こやっさん』なら、チャンドール准尉が戻ってきても、悪い気はしないと思いますわ」
こうしてシン曹長の呼び名は、酒席のガールズトークで決定してしまった。後日そのいきさつを聞いたおやっさんは、大笑いしながらこう言ったという。
「『こやっさん』かぁ、そりゃいい。シンも早く『おやっさん』と呼ばれるよう、せいぜい精進するこったぁ。尤もそん時オレはぁ、『おおやっさん』だけどな!」
「そっか、そういうことかぁ」
突如明るい声を挙げる赤髪に、
「何か分かったのですか、フレミー?」
「お悩みは解決したのかしら?」
「良かったね、フレミングちゃん」
結局のところ、古より伝わる賢者の言葉は正しかったのだ。忘れてしまうようなアイディアに真の価値ない。それは炭酸水の泡が次々と湧いては消えゆくが如し。考えて考えて考え尽くし、悩んで悩んで悩み尽くした後、敢えて思考を空にする。そこまでして尚残るものにこそ真の価値がある。「だって、大切なことはちゃんと覚えてるじゃない!」。明後日の朝、
「明日、みんなで外出しない?」
何かを悟り吹っ切れた様子の
「いいですわね」
「スイーツ食べたい!」
「そうねえ、どこのお店がいいかしらねぇ~?」
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