第31話:それに、『落ちこぼれ撃墜王(スケジュールド・エース)』って響き、フレミーにはお似合いだと思いません?

「フレミング中隊、ただいま出頭いたしました」

 8人の中隊メンバーは、白地に金糸の刺繍の入った第一種礼装を纏っている。この部屋には何度も呼び出されたことのあるフレミング達であるが、礼装を指定されたのは初めてのことであった。パパン先輩の言う通り、昇進や勲章でも待っているのであろうか。

「入れ」

 パルティル司令官の声に、フレミングを先頭に入室する。敬礼する8人に、自席から立ち上り答礼しながらパルティル司令官が応える。

「まぁ、楽にしろ」

 言われて休めの姿勢を取る中隊8人に、ウェーバー副司令官が口上を述べる。


「フレミング中隊の華々しい戦功に対し、司令官閣下より勲章を授与される」

 瞬間湯沸かし器ボイラーの目が「ほら、アタシの言った通りだろ」とでも言わんばかりにパっと輝く。中隊8人で敵機を合計22機撃墜して損害0なのだから、その戦功スコアは勲章を授与されるには充分であろう。特にフレミングに至っては、試製8連装地対空ミサイルSAMランチャーによる撃墜3も含めれば8機を撃墜しており、今や撃墜王エース・パイロットと言っても差し支えない堂々たる戦果である。尤も、この撃墜数にはデータリンクによる撃墜は含まれないのがバーラタ航空宇宙軍のしきたりであった。輸送機キャリアには戦功スコアなど無いのだ。従ってフレミング中隊の挙げたこの撃墜数は、戦闘機ファイター操縦士パイロットとして挙げた正真正銘の戦功スコアなのである。


「フレミング大尉、前へ」

 ウェーバー副司令官の口上にフレミングが一歩前へ出る。

「バーラタ航空宇宙軍大尉 フレミング。中部防衛航空軍団司令官の権限により、貴官に祈十字章ブレッシング・クロスを授与する。 2078年8月14日 バーラタ航空宇宙軍 中部防衛航空軍団司令官 パルティル」

 読み上げた勲記を手交すると、パルティル司令官は手づから祈十字章ブレッシング・クロスの徽章を礼装の胸元に着けてくれた。バーラタ航空宇宙軍の軍人が授与され得る勲章には、大統領から授与される最上位の勲章である聖魂十字章マハートマー・クロスを筆頭に、全部で9種類ある。そのうち下位2つの勲章は、防衛航空軍団司令官-すなわち現地司令官-の権限において授与することができる。今そのうち、上位の勲章が赤髪マルーンの中隊長に授与されたのだ。胸元に真新しい徽章を着用した中隊長が司令官と握手する様子を、複数のカメラが捉える。恐らくは軍広報関係のメディアで取り上げられるのであろう。

「パパン少尉、前へ」

 呼ばれたパパンが一歩前へ進む。

「バーラタ航空宇宙軍少尉 パパン。中部防衛航空軍団司令官の権限により、貴官に飛行十字章フライング・クロスを授与する。 2078年8月14日 バーラタ航空宇宙軍 中部防衛航空軍団司令官 パルティル」

 パパン以下、フレミングを除く7人には飛行十字章フライング・クロスが贈られた。略式ではあるが、現地部隊における授与式など、どこもこのようなものであろう。

 

「42期生には、初任給より先に年金が支給されることになりそうだな」

 全員に徽章を着けた後、パルティル司令官が自嘲気味に言った。そう、本来であれば未だ学生であるはずの彼女達を戦場に送り出したのはパルティル自身なのである。せめて、功績に見合う栄誉を与えてやらねばなるまい。

「司令官閣下」

 そんなパルティルの愁いを知ってか知らずか、瞬間湯沸かし器ボイラー小隊長が声を挙げる。

「中隊長が祈十字章ブレッシング・クロスって、アタシには納得がいかないぜ」

 フレミングより2期上のパパンであれば、後輩に先をこされて不満を持ったのであろうか。

「パパン少尉には、私がフレミング大尉一人だけに祈十字章ブレッシング・クロスを授与したことが不満か?」

 そう問うパルティルの懸念は、しかし杞憂にすぎなかった。

「アタシはそんなみみっちいことを言ってるんじゃねぇ。中隊長の腕も指揮も、アタシは認めてる。ホント凄ぇパイロットだよ、うちの中隊長は。アタシが言いたいのはそういうことじゃなくて、中隊長ほどの戦功スコアであれば、佐官に昇進があってもおかしくはねぇはずだ、ってことだ」


「そうか……」

 しばしの沈思黙考の末、司令官がゆっくりと口を開く。

「そう……今回の出撃、貴官らは本当によくやってくれた……いや、よく無事に帰ってきてくれた」

 フレミング達の聞いた話では、57機が出撃した010Wからは26機のAMF-60Aが、31機が出撃した001Wに至っては28機のAMF-35Aが、それぞれ撃墜されたそうである。000Wトリプルゼロウィングにおいても、ファラデー中隊からは2機、テイラー中隊からも1機の被撃墜が出ている。何しろ、今回出撃した全11中隊のうち、無傷の中隊は-8機による変則編成とは言え-フレミング中隊だけなのである。パルティル司令官が『よく無事に帰ってきてくれた』と言うのもむべなるかな。出撃を命じた司令官の胸のうちには、様々な想いが去来するのであろう。

「そして、貴官らはよくボルタを援けてくれた。そうでなければ……改めて貴官らには礼を言う」

 そう言って頭を下げるパルティル司令官の姿は、勇猛なる現地司令官というよりは、慈しみ深い校長先生のものであったろう。


「そのボルタ少尉にも先に同じようなことを言ったが……フレミング大尉を昇進させるということは、フレミングに対して更に大きな責任を与えることを意味する……」

 軍隊においては、階級と責任が比例する。より上の階級に昇進すれば、より大きな責任を負うことになるのが軍隊というところである。戦功スコアを挙げたからと言って、おいそれと昇進させることはできない。現地指揮官に勲章-責任を伴わない栄誉-を授与する権限が与えられている所以である。

「また……」

 常にはなく終始うつむく赤髪マルーンの中隊長に眼差しを移しながら、パルティルは続けた。

「今フレミング大尉はチャンドール准尉を負傷させて傷心している。そのような者を昇進させて更に大きな責任を与えることなど、私にはとてもできない。分かってもらえるだろうか……」

 今回の作戦は、敵の企図を挫いたという面においては中部防衛航空軍団の勝利である。しかし失った者は多く、その責任は司令官に帰すものである。戦争である以上、今後も多くの将兵を失うであろう。しかしその責任を負わせることはまだ20歳の、ようやく少女から大人の女性になりかけているひよっこに与えるには早すぎることであるように、パルティルには思われた。


「中隊長には、それとは別の責任」

 幻影ファントムのような今にも消え入りそうな声で呟くガリレイの言葉が、ヒメシステムのパイロット達には戦場での戦功スコア以上に重要な役割があることを、この場の全員に思い出させた。聖母マザーが慈愛溢れる声音で応える。

「そうねぇ、フレミーちゃんは今やバーラタの大エースですものねぇ~」

「そんな……私なんて……」

「そうだよぉ、フレミングちゃん。元気出して」

 機付長を負傷させておいて撃墜王エース・パイロットなんておこがましい。そう自省するフレミングの顔を最後にあげさせたのは、黄金で染め上げたように美しく輝くゆるふわ金髪ブロンドの一言であったろう。

「フレミーは優しい子だから……でも、今のフレミーのそんな姿を見ても、チャンドール准尉は喜びませんわよ」


 4日前の奇襲攻撃と今日の第二次攻撃。2度の戦闘でバーラタ航空宇宙軍は大きな損害を被った。幸い市民生活に影響の出るような被害は出ていないが、戦争の帰趨が不明瞭なこと-有り体に言えば負け戦が続いていること-は既に経済指標に大きなインパクトを与えている。この状態が続けば早晩、物価高騰インフレという形で市民経済に跳ね返ってくることになろう。今のバーラタには、新しい救世主が必要とされている。であるからこそ、今回の叙勲であり、軍広報部をこの場に同席させる意味がある。女性パイロットヒメシステムの存在は、このような事態における国民の戦意高揚を狙ったものでもあるのだ。ウェーバー副司令官がパルティル司令官の考えを代弁する。


「ロリポップ中隊には期待しているぞ」

「ちょっ、中隊って副司令官、アタシらまで……」

 パパンの挙げる抗議の声をパルティル司令官が制する。

「貴官らの活躍に期待する。以上」

「下がってよろしい」

 ウェーバー副司令官の口上に、フレミング中隊8人は一斉に敬礼した後、司令官室を退出した。


******************************


 中隊メンバーと一緒にD-12格納庫ハンガーに戻ると、そこにはファラデー先輩とボルタが待っていた。

「フレミング、今回のことは済まなかった」

 自身の指揮命令が徹底を欠いたばかりに、隷下クーロン少尉を失い、ボルタ少尉を危地に追い込んだファラデー中隊長である。またその救援に当たっては自小隊の対応が遅れ、フレミング小隊の救援に頼るばかりとなった結果、危うくフレミングまでもが撃墜されるところであった。

「しかし、お陰で助かった。フレミングには礼を言う」

 謝罪と感謝を言葉に載せて、2学年上の、高校時代からの憧れの先輩が頭を下げる。

「ファラデー先輩、そんな……顔を上げてください」

 慌てて返答する赤髪マルーンの後輩に、その同期生の青銀色ブループラチナが深々と頭を下げる。


「フレミング、援けてくれて本当にありがとう。私……私、前に非道いことを言ったわ。フレミングのAMF-75Aキャンディーマルーンは囮専用機か、って。でも、私……本当にそんなことするつもりなんて……本当に……本当に、ごめんなさい」

 涙で顔をくしゃくしゃにしながら詫びる席次3位の、シルクのように光輝く気品のある青銀色ブループラチナの長い髪を撫でながら、席次39位の赤髪マルーンが応える。

「そんなことないわ、ボルタ。あなたのせいなんかじゃない。とにかくあなたが無事でよかった」

「でも……私……」

 俯きながら嗚咽を漏らすボルタを、水色ライトブルーが彼女なりの表現で励ます。

「そうだよ、ボルタちゃん。例え私達第18小隊落ちこぼれスケジュールドって言われてても、フレミングちゃんの踊るダンシング赤髪マルーンは特別なんだから、敵だってフレミングちゃんに魅了されちゃっても仕方ないでしょ?」

「そうですわね、ケプラー。それに、『落ちこぼれスケジュールド撃墜王エース』って響き、フレミーにはお似合いだと思いません?」

 ゆるふわ金髪ブロンドの命名に場が一斉に和む。ようやく、涙を一杯に溜めたボルタの瞳にも笑みが戻ってきたようであった。最後に溢れたその一滴は、無念や悔悟、謝罪のそれとは微妙に異なる味がしたはずである。


「それで、パパン先輩……ファラデー先輩もいいですか?」

 D-11格納庫に待機するパパン小隊の整備士メカニック達も集めた上で、D-12格納庫ハンガーにいる全員にフレミングが説明する。

「今回の戦闘で私、思ったの。私達には圧倒的に訓練が足りていないわ。特に、中隊規模での編隊フォーメーション攻撃アタック編隊フォーメーション防御ディフェンスの訓練が……」

 その場にいる全員が均しく頷くのを見て、赤髪マルーンの中隊長が続ける。

「それでね、ファラデー先輩。ファラデー先輩の中隊やテイラー先輩の中隊と、中隊単位での模擬戦闘をしたいと思うのだけれど、先輩はどう思いますか?」

「そう、フレミングの言う通りだな。今の私達に中隊単位レベルでの連携が足りていないのは私も感じているが……」

「よっしゃぁ、そうと決まればアタシらもいくぜ!」

 ファラデー先輩が言い終わらない前に、パパン先輩が口を挟む。何にしても両先輩が賛同してくれたことは嬉しいのだが、

「問題がある」

 ガリレイ先輩の指摘をトリチェリ先輩が引き継ぐ。

「フレミーちゃん、司令官閣下の許可は取れるの? いつ戦闘があるかも分からない状況で、中隊対中隊での模擬戦闘演習なんて……?」


 さすがに、000Wトリプルゼロウィング稼働全機の半数以上を同時に演習で空に上げることなど、不可能であろう。そもそも、そんな大規模な空戦コンバット演習プラクティスを行える空域など、ベンガヴァル周辺にはないのだ。

「そこはね……」

 口を開きつつフレミングが目的の顔を探していると、その人物と目が合った。

「シン曹長! シン曹長なら、24基のシミュレータを連接することなんか、簡単にできるわよね?」

 シン機付長補の専門はおやっさんと同じ制御系だと聞いている。そのおやっさんは以前、3基のシミュレータを連接してキルヒーとファラデー先輩と、3人で空を飛ばせてくれたことがあった。あの時に実際に細かい設定を行ったのはシン曹長であったのだろう、とフレミングは読んでいる。何しろ、そんな細かいことをおやっさんが自分でやるはずがないのだ。恐らくは、シン曹長と……

「もちろん、ネル隊長も手伝ってくれるわよね?」

 金髪ブロンドの親友とその機付長を交互に見ながら声をかける。

「お嬢、おやっさんに誓って!」

「フレミー嬢、シン曹長なら腕も確かですし、自分達にお任せください」

 シン曹長とネル隊長が同時に頷く。そうと決まれば話は早い。

「1600時から開始できる?」

 両名が再び頷くのを見て、フレミングは先輩に改めてお願いする。

「それじゃぁ、ファラデー先輩。そういうことで、お願いします」

 頭を下げる赤髪マルーンの後輩に、両耳の後ろだけ伸ばした、真夏の空のように濃い水色ヘブンリーブルーの髪を軽く揺らしながら先輩が応える。

「あぁ、分かった。それから、司令官閣下には私から伝えておこう。無論、フレミングからの具申として、な。そういうの、相変わらず苦手なんだろう?」

 滑走路ダッシュを命じられる以外に校長室には縁の無かったフレミングには、先輩の申し出が心底ありがたかった。

「はい、よろしくお願いします」


 ここまで話が進めば、中隊長として命ずるべきことはあと一つ。

「それから、パパン小隊に伝えます。尚、これは命令です」

 パパン以下、操縦士パイロットから整備士メカニックに至るまでの小隊全員が、『命令』という言葉に姿勢を正す。

「パパン小隊4機はみな、愛機をパーソナルカラーに塗り替えること!」

 笑みを交えながら軽やかに宣言する中隊長に、必死の形相で小隊長が抗議する。

「ちょっ、中隊長! パーソナルカラーって、アタシらがか? いくら中隊長とは言え、その命令は越権が過ぎるぜ」

 パパン先輩の正論を、しかしフレミング後輩はニヤニヤしながら軽く受け流す。

「はい、仰るとおりです、パパン先輩。だからこれは、命令です。副司令官閣下の」

 先に副司令官から『ロリポップ中隊』と呼ばれたことを思い出したのか、その場に力なく崩れ落ちるパパンを見て、自らの勝利を確信した中隊長が

「パパン先輩は……」

 と、そのカラーリングを指定しようとしたところ、澄み切った清流のように透明感のある明るい声が格納庫ハンガー内に響き渡った。

「クロムイエロー!」


 その後、フレミング中隊の専任カラーデザイナーおしゃれ番長-尤も、本人曰く「うちのおしゃれ番長はファーレンハイトちゃんなんだよ、本当は」ということであったが-による、各機のカラーリングが決定された。

 パパン機は、火のついたナトリウムのように激しく明るいオレンジ色クロムイエロー

 ガリレイ機は、天女の羽衣のように淡く透き通る青白色ラベンダーアイス

 カルマン機は、草原を吹き渡る爽やかな風のような薄緑色ブライトグリーン

 プランク機は、機体の左半分を黒、右半分をカーマインに塗り分けた黒赤ハーフRougeNoir

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